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Ⅰ イントロダクション

 揺らめくような緋い夕陽が、夜の中へと熔けていってからまだ数時間。夜明けには程遠い時間のはずだったが、空は曙に照らされるように鮮やかに色づき、そして、静かにその色合いを変えていく。

 緋色から紫へ。

 蒼から翠へ。

 橙から浅葱色へ。

 そして、また紫へ。

 それはまるで、水槽の中へ宝石でできた絵の具をゆっくりと垂らしていくかのようで、その幻想的で美しい光景は、目にした人々の胸に鮮烈な感動と共に、言いようのない僅かな不安として焼きついた。



「っ、まもなく爆発事故があったという北海道単幌町の上空に差し掛ります」

「……あぁ、いや……これは……これは酷い……」

「……あぁ、なんてことだ……」

「宮坂さん、宮坂さん、スタジオの石田です。どうしたんですか!? こちらはまだ映像が出ていないのですが、単幌町の大半が爆発で被害を受けたという情報もあります。そのあたりはどうなんでしょうか?」

「なんだこれは……いや……あぁ、」

「宮坂さん!? どうなってるんですか!?」

「あぁ……ここには…」

「映像どうなってるんです!? まだ出ませんか!?」

「ここには……」

「宮坂さん!? 宮坂さん!?」

「……もう、なにもない」



 目を開けると、そこは一面火の海だった。床も天井もドアも柱も何もかもが燃えていた。

 壁に貼られていた園児たちがクレヨンで描いた両親の似顔絵も、炎に包まれながら無残に焼け落ちていく。

 いたる所で爆発音が響き、激しい振動が身体を乱暴に揺さぶってくる。

 転ばないように両脚へ力を込めて腰を落とすと、視界の端にいた園児のひとりが爆発で吹き飛んだ。

 それと同時に、園児を構成していたであろう物体が目の前に飛び散らばる。

 誰かが大声で悲鳴をあげたが、それもすぐに爆発音にかき消されてしまった。

 爆発は少しづつ迫ってきていた。周りにいた数人の園児たちが、追い詰められるように集まってくる。

 背後にある吹き抜けの階段はすでに爆発で崩落しており、破損したスプリンクラーの配管から噴き出した大量の水が、階下の踊り場を浸していた。

 園児たちの恐怖と絶望がテレパシーのように伝播してくると、無意識のうちに脚が震えはじめる。

 そして、目の前で爆発が起こる。

 次は自分たちの番だ。

 理由はなかったが、なぜか確信はあった。すると、斜め前にいた少女が突然こちらを振り返る。

 そして、脚を小さく踏み出して間合いを詰めると、彼女は静かに眼を合わせてきた。

 その少し吊り気味の眼は凛として気高く、彼女の内なる覚悟を映し出しているようだった。

 次の瞬間、彼女はにこりと微笑みながら、小さく呟く。

「またね」

 唇は、そう動いたように見えた。

 それと同時に、彼女は両腕を突き出すと、軽く力を込めて少しだけ肩を押してきた。

 でも、それで十分だった。

 身体は均衡を失うと後ろへと倒れていき、かつて階段であった深い穴へ、吸い込まれるように落下しはじめた。

 自由を失った身体を重力に任せながら、遠ざかっていく彼女の姿だけを視界に捉えていた。

 深い藍色をした長い黒髪が爆風になびく。

 彼女はこちらをずっと見つめたまま、薄い唇に笑みを浮かべていた。

 彼女がだんだんと遠くなっていく。

 その名前を全力で叫んでみたが、声が出でいたのかもわからない。

 そして、もう彼女の姿が判別つかないぐらいに小さくなった頃、激しい衝撃と痛みが全身を襲い、大量の水が気管へと流れ込んできた。

 その瞬間、世界は爆炎に包まれた。



 北海道河東郡単幌町。

 人口が五千人に満たないこの小さな町は、ちょうど北海道の中央に位置していた。

 広がる一面の平野以外にこれといった特徴を持たず、また、競争力のある観光資源にも乏しい、決して恵まれているとは言い難い町だったが、北海道でも群を抜いた税収を誇っていた。

『ファーイースト製薬単幌研究所』

 それがこの町のすべてだった。住民の半分以上が研究施設に関わる仕事に従事しており、町の開発も政治も何もかもが、研究所を中心として回っていた。

 この町の富は研究所がもたらしていると言えた。

 全住民の医療費は生涯無料。高等学校卒業までの教育費もすべてが無料。また、光回線やインターネットなどの通信インフラや、各種の行政サービスも高次元のものが無償で提供されていた。その他、シングルマザー手当や子ども手当など、手厚い補助制度が設けられており、ほとんどの住民がなにかしらの補助対象になっていた。

 そのため、近年では移住者も爆発的に増えはじめ、また、そういった層をターゲットにした各業種も集まりだすという、好循環の成長スパイラルに入っていた。

『ファーイースト特別区』

 近隣の自治体からは、羨望と嫉妬の対象として、そう揶揄されることも少なくなかった。

 そんな町が一夜にして消失した。

 死者三百二十一人

 行方不明者四千六百五十七人

 被害面積294.23km2

 町の居住地区の八割と研究施設のすべてが、蒸発するように跡形もなく消えてなくなるという、世界的にみても前例のない、人類史上最悪の爆発事故となった。

 町があった場所には、研究所を中心地とした爆発跡が生々しく悲劇の記憶を刻んでいたが、在りし日に結びつくような人工物は、一切地表に存在しなかった。

 ありとあらゆる物が爆発により消失してしまったことで、当局による原因の究明は困難を極めた。

 また、他国政府との取引や契約に関する秘密保持を盾に、ファーイースト製薬が捜査に協力的ではなかったということも、捜査が進まなかった要因のひとつだった。

 非人道的兵器の開発を行っていた。次世代エネルギーの生成に失敗したなど、様々な憶測が流れては消えていったが、明確な事故原因が明るみに出ることはなかった。

 そして、わずかに残った住民たちも、ほとんどが近隣の町や親戚縁者を頼って離散していった結果、単幌町は自治体としても消滅したのだった。



「言われたとおりに処置をして持ち出しましたよ」

 眼鏡の男は、周囲を警戒するようにしながら助手席に乗り込んできたマスクの男へと、そう告げた。

「すべて揃っているんだろうな?」

 対するマスクの男は、相手の労をねぎらうようなこともなく、バンの荷室へと視線をやりながら不躾に尋ねる。

「五体満足かという意味でしたら、残念ながら欠品していますよ。あぁ、眼は無事ですけどね。それにしたって残っているだけ運がいいんですから、苦情はなしでお願いしますよ」

 これ以上の厄介ごとは御免だと、うんざりした調子で眼鏡の男が答える。

「生きているならそれで構わんよ。もうひとつはどうした?」

「そっちはダメですね。そもそも生き残ってなんかいませんよ。なので、死後、時間があまり経過していない検体から一部を採取しました」

「ちっ、何をしてるんだ。あれの重要性を知らんわけではあるまい」

「知ってますよ。だから、こうして危ない橋を渡ってんでしょう!? もう少し感謝ってもんを知らないんですかね、この博士様は」

「君も研究者の端くれなら、わたしの役に立てることを誇りに思いたまえ」

「ったく。あのね、言っておきますけど、こっちはこんな事に付き合う義理はないんですからね!? 知ってますか!? これってフツーに犯罪なんですよ!?」

 相手の不遜な態度が気に障ったらしく、眼鏡の男が腹立たしげに声を荒げる。

「それなりの金は渡しただろう。そういう御託は見合う働きをしてから言うものだ」

「本気で言ってんですか!? 表立って動けないあんたの代わりにサルベージしてきてやったのは誰だよ!? オレにそんな口利いていいのかよ!?」

 完全に頭に血がのぼった眼鏡の男は、車内だというのにも関わらず大声を張り上げた。

 すると、マスクの男が前を向いたまま呟いた。

「あぁ、その点について心配は無用だ」

 そして、懐へと手を差し入れながら、マスクの下で笑みを浮かべる。

「もう、君はわたしと口を利くことはないからな」



「――というわけで、警察ではこの身元不明の遺体については爆発事故とは関係が……あっ! いま、救助隊に動きがありました。担架が運ばれてきます! 生存者でしょうか!?」

「ここは幼稚園があったとされる場所なんですが、どうやら生存者があった模様です」

「あっ! 手です! 子どもの物と思われる手が見えました! 生存者は子どものようです! 幼稚園の園児でしょうか、子どもが地下施設から救出されたようです。いま、救急車へ運ばれていきました!」

「いま報道陣へ下がるように指示が出ました。詳しい状況を確認いたしますので、一旦、スタジオへお返ししたいと思います。情報が入り次第、また、あらためてお伝えいたします」

「はい、ありがとうございます。現場からの中継でした。えー、まだ未確認ではありますが、たったいま、奇跡的にも生存者が見つかったという情報が入ってきました。高坂先生、こういった可能性については、予想されていたんでしょうか?」

「えぇ、単幌町は全戸を対象とした再生エネルギーの実験を行っていましたので、そのための地下施設が数多く存在していたんです。そして、そのうちの一部には生存者がいるのではないかと、当初は期待されていました。ただ、そうした施設は、最終爆発の前に群発したと思われる小爆発の要因にもなってしまったわけですから、こうして地下施設から生存者が見つかるということは、やはり奇跡としか言いようがないですね」

「なるほど、やはり奇跡なんですね。救出されたお子さんが無事であることを、出演者、番組スタッフ一同、祈っております。では、一旦CMにいきたいと思いますが、番組では引き続き単幌町爆発事故についてお送りして参りますので、チャンネルはどうぞ、そのまま」

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