えびふらい
時刻は夕暮れの五時半。
窓の外を見てみると、あのオレンジの空に溶け込んでいく黒が、どこか不気味に見えます。
こんな時は、なにかが起こりそう。
背後に誰かいないかを確認して、家中のクローゼットの開け閉めをします。
特に変わった様子はありません。
どうやら杞憂のようです。
安心したら、お腹が空いてきました。
机の上にはお父さんが今日は帰るのが遅くなるからと、朝早くに買ってくれたお弁当があります。
メインディッシュはエビフライ。
少し早いけれど、もう食べちゃおうかな。
さっとレンジでチンして、お弁当を自室へと運びます。
机の上に置いて、お箸を握って、あとはもう食べるだけです。
なのですが、妙な違和感がありました。
首の後ろがざわつくような、異様な感覚です。
わたしはお箸を置いて、ゆっくりと部屋を見渡します。
「あ、あ、ああ……」
わたしは度肝を抜かれました。
窓の外から、小さな女の子が顔をのぞかせていたのです。
わたしは困惑して、その場を一歩も動けないでいました。
どうにかしてこの状況を打破しようと、机の上に置いてある清めの塩を取ろうとしたその時、妙なことに気が付きました。
彼女の視線が、一点に注がれていたのです。
恐る恐る、その視線の先を辿ると、お弁当がありました。
いえ、彼女が見ているのはお弁当ではありません。
そのお弁当の中に入っているエビフライを凝視して、決して目を離そうとしないのです。
「えびふりゃああああああああ!」
唐突に、頭の中に響くような叫び声がしました。
「えびっ、えびえびっ、えびふっ、えびふりゃっ」
尋常ではない様子です。
まるで何者かに憑りつかれているような、そんな不気味さを感じます。
わたしは慌てふためいて、お弁当のカバーを外して、ホクホクのエビフライを女の子の目の前へと持って行きました。
すると、エビフライはお箸と共に奪い去られ、女の子のおくちの中へと運ばれていきます。
「んまんま」
なんということでしょう。
女の子はエビフライの尻尾をも咀嚼していたのです。
そして、わたしの今晩のメインディッシュは、あっという間になくなってしまいました。
まるで、神隠しにでもあったかのように。
エビフライをぺろりと平らげた女の子は、満足そうにしながら、わたしの手のひらにむんずとお弁当を置きました。
少しの間を置いて、迷ったような表情をすると、ポケットの中から石ころを取り出して、わたしに手渡してきました。
「これは……まさか、パワーストーン!」
心なしか、呪われているような気もします。
手を離すか、離すまいか、わたしがパワーストーンに気を取られている間に、女の子は姿を消していました。
遠くを見ると、女の子は此方に手を振りながら、あの不気味な夕暮れの中へと、軽やかな足取りで去っていきます。
「妖怪海老フライ……」
パワーストーンは、塩をふりかけて清めておきましょう。
あんまり塩を使うとお母さんに怒られてしまうので、最小限にとどめておきます。
後は隠し物置き場に封印です。
それにしても、あの女の子はなんだったのだろう。
エビフライが大好きな幽霊が、女の子に憑依していた、とか?
「たたりじゃー」
わたしはお腹が空いているのも忘れて、今回の出来事を謹製の怪談ノートへと綴りました。
これで、八つ目です。
百物語への道のりは、まだまだ遠い――。