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くまさん

「とっとと、出てけ!」

ミュレーがランドをたたき出した。


ご隠居様が帰った後、納得いかないと言い出して再戦を求めてきたのだ。

乗り気でないミュレーは渋い顔を見せたが引き下がらないため、仕方なく妥協案を出すことにした。

「そうね。実力は分かったし、十個縛りでかけるならいいかな」

「十個縛り?」

「そう。白石十個で決着がつかなかったら私の負け。勝ったらあなたの持ち物を一つもらう。実力差がありすぎて、そうでもしないとやる気が出ないのよね」

「生意気な!吠え面をかかせてやる!」

そうして再び対局となったのだが、二人の実力差は大きく、そこまでしても結果は変わらなかった。

賭けの対象にしたのは竹とんぼから釘まで、珍しい商品はすべて巻き上げたがいいかげん飽きてきた。

お金を対象にする気はないし、めぼしい商品も無くなった。それなのに、もう一局もう一局ときりがなく、とうとう切れてたたき出したのだ。


せいせいして店を見渡すと、すでに片付けは終わっていた。

「とうさん、ありがとう」

厨房に声をかけ、カウンターに置かれた朝食をとった。

「野生米を改良して白米になる可能性、無いだろうな。やっぱり、味噌汁をかけるか、炊き込みご飯にするかしかないか。あ、卵ご飯食べたくなってきた。牛丼とか豚丼でもいいんだけど畜産となると専門外だしな。鶏ならいけそうなんだけど、どこかに鶏いないかな」

ブチブチ言いながら食べるのはいつものことだ。

食事が終われば二階の掃除だが、ランドのせいでやる気がそがれた。掃除は飛ばして畑で草むしりに決めた。

「とうさん、ごちそうさま」

声をかけながら食器を返して裏庭に出た。

「暖かいから年中育つのがいいよね」

成長した野菜は収穫してゆく。

「ずい、ずい、ずっころばし、ごまみそずい♪ 茶壷におわれて、とっぴんしゃん♪ ぬけた~ら、どんどこしょ♪」

軽快に作業は進み、抜いた草は肥料山に乗せる。

最初は腐葉土をベースにしたいたこの山も、今では調理で出た野菜くずがメインで、米ぬかをかぶせ、時折高価なはちみつ水をかけるのがこだわりのようだ。

収穫した野菜は厨房に、肥料は野菜を抜いたあとに埋め込んで終了。

「チュウ、チュウ、チュっと」

次に向かうは隣の水田。

といっても、畑の向こうにある川から水を引き、水路のようになった細長い水田だ。

大きな水田にしないのは汚れるのがいやなのと品種改良中だからだが、今のところ稲穂の数を増やす程度しか成果はない。

草は指で泥に押し込んでゆく。稲の方はまだ苗と言ってもいい背丈だが、成長の遅いものは間引いてゆく。

「なつも、ち~かづく、八十八夜♪ って、茶摘み。ああ、お茶を忘れてた。代用茶になるとしても妥協点が難しいな。とりあえず片っ端から試すとして、依頼するならどういう基準にするのがいいか?う~ん」


手が止まり、悩んでいるところにあわただしい足音が聞こえてきた。

振り返ると、向こうもこちらに気が付いたのか立ち止まった。

体格はでかいの一言で、背が高くがっしりとしている。

長く灰色のざんばら髪と髭もじゃの浅黒い顔。服と呼んでいいのか、幾種類もの鞣し皮で全身を覆っていた。

キョロキョロとあたりを見渡した後、意を決したように歩いてくる。

とうぜんミュレーの足が引けた。

「ま、待ってくれ、嬢ちゃん。怪しいもんじゃないんだ。ああ、格好は怪しいかもしれんが、怪しくない」

立ち止まって必死で弁解をしている。

「プッ」

思わず噴き出したミュレーに男も苦笑いを浮かべた。

肩にかけた大きな弓、腰には鉈のような武器といくつかの獲物があるから猟師なのだろう。

「で? くまさんが何かよう?」

「くまさんはひどいな」

そう言って頭をかいた。

「できれば、その。家の陰にしばらく隠れていたいんだけど、駄目かな?」

目は青く澄んでいた。

「誰に追われているのか、正直に言いなさい」

「うーん。実は兵隊さんに……」

両手を腰に当ててにらみつけるミュレーに迫力はないが、怪しい男は正直に答えたようだ。

「なにしたの?」

「何もしてない! 本当だ! 信じてくれ! ただ歩いていただけなんだ。気が付いたら、おっかけられていた」

必死に弁解するも、何とも情けない表情で答え終えた。

「その格好で城下を歩いていたら無理もないか」

「面目ない」

ため息をつくミュレーに、男は肩を落とした。

「うちは宿屋だから泊めてあげるけど、お金ある?」

首を振った。哀れさを誘う上目遣いを見せるが、かわいくはない。

「じゃ、腰に下げた獲物で手を打つわ。こっちよ」

「……」

喜びに言葉も出ない様子だ。もしかすると、下手に話をして少女の心変わりを恐れたのかもしれない。

ミュレーのあとをおとなしくついてゆく熊、いや、猟師だった。


「お父さん。くまのお客さん一人ね」

身も蓋もないなと言いながらも、裏木戸から階段をのぼり隔離部屋へ入る。

藁を敷き詰めたベッドが左右にあるだけの部屋だ。

「残りものでもよかったらあるけど、どうする?」

「ぜひに」

かなり空腹だった。

「じゃ、私は話を付けに行ってくるから、出歩いちゃだめよ。いいわね」

「あっ、これ。宿代」

出て行こうとするミュレーに腰に下げていた獲物を渡した。

勢いで全部渡してしまい、しまったと思ったが後の祭りだ。ありがとねという声とともに扉の向こうに消えていった。

静まり返った小さな部屋。殺風景な部屋は洞窟を思い出させるが、ここに危険はない。

安全。何といい響きだろう。

弓と矢筒を置き、背負子を下した。ドッカリと腰を落とし、フーッとため息をつく。

両親が亡くなってからも山を下りたことがなかった。

自由気ままに生きる楽しみがあったからだが、ふと人恋しくなって人里に下りた。そのとたんに追いかけられる羽目になったことに苦笑いが浮かんだ。

矢を射かけるわけにもいかず、暗くなったら山に帰るつもりだったが、いい娘に巡り合えたようだ。

よほど気を抜いていたのだろう、階段を上がる足音にビクリとした。

ノックもなく入ってきたのは目つきの鋭い男だが、手に持つ木のお盆には食べ物が見える。

あの子の父親に違いない。正座をして頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしております。暗くなればすぐにおいとま致します」

「あの子が客だと言ったのなら客だ」

不愛想にそう言って出て行った。父親なら当然の反応だろう。

やはり、ここから去るべきではないかと悩む。だが、それも運ばれてきた食べ物を見るまでだった。

「こ、これは! おにぎり? 味噌汁って……まさか」

思わず扉の方を見やるが、すでにいない。

改めて運ばれてきた物に目をやり、おにぎりを大事そうに手に取った。

そして、ゴクリとのどを鳴らしたかと思うと、おもいっきりかぶりついた。

喉につかえ、味噌汁で流し込み、熱い熱いと言いながらも食べる方はやめられない。

二つあったおにぎりをあっという間に完食した。

「旨い。なんて、旨いんだ」

味噌汁もたいらげたその頬には涙が流れていた。


「食器くらいは返した方がいいな」

ノソリと立ち上がり扉を開けた。

「おかわり。とは、言えんか」

そんなことをつぶやきながら階段を下り、厨房らしきところを覗くと何やら料理中のようだ。

「ごちそうさまでした。感激するおいしさでした。このご恩は……」

「向こうに風呂がある。臭くてたまらん。早く行け」

言葉つきは相変わらずだがケンがない。照れ隠しだと思うが、本当に臭いだけかもしれないと腕のにおいをかいでみるが分からない。

「ありがとうございます」

場所はわからないが、とにかく向こうだ。

横の空間を覗くと店。裏木戸を開けてみると窓から湯気が出ているところがあった。

「あれだな」

見当を付けて階段横の狭い廊下を進むと、『湯』と書いてある。

「やはり日本人で間違いないな」

入ってみると、岩風呂というより池をかこった部屋のようだ。

どんな仕掛けかは知らないが水を温めたようで、部屋には湯気が満ちていた。

タオルがあり、小箱に入った粉は石鹸とみた。

賭け湯をするだけで汚れが落ちることに苦笑いをしながら、きれいにしてから湯に入ろうと何度も体を洗う。

皮膚が赤くなるほど洗って、ようやく湯船につかった。

「はーっ。生き返るなー」

熱めの湯が皮膚を刺激して心地いい。

「う~ん」

ジンジンと体に浸み込む感覚に目を閉じた。

生まれ変わってから今日まで風呂に入ったことが無かった。

そんな無防備な状態が許される環境ではなかったから思いもしなかったが、これだけでも里に下りてきたかいがあったというものだろう。

「草津~良いとこ♪ 一度は~おいで♪ どっこいしょ♪ どっこいしょ♪」

やがて鼻歌が飛び出す。それほどゆったりした時間が過ぎていった。


「くまさん。やっぱり、日本人だったんだ」

「げっ」

顔をのぞかせたのはミュレーだった。

「嬢ちゃん。男の裸は見るもんじゃないぞ。というか、嬢ちゃんが日本人なのか?」

「いいじゃん、減るもんじゃなし。くまさんは親せきのおじさんてことで警備騎士の方に話を付けて、ついでに着替えもらってきたから置いておくね。じゃ、あとで」

ありがとうを言う暇もなく、行ってしまった。

「騎士?騎士って貴族じゃなかったか? 貴族社会だと思うんだが……。まあ、なんにしてもあの嬢ちゃんには驚かされる」

考えるだけ無駄だと立ち上がり、湯舟を見下ろすが汚れていない。

変なところに安心しながら風呂から出るくまさんだった。


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