ご隠居様
「俺はスナポン商会のランドだ。王家御用達の金属商の名だから知っている者もいるはずだ。ミリオン様にもひいきにしていただいているのは言うまでもない」
嫌味な物言いだ。嘘つけと言いたいところだが証拠はない。
「あのお方は幼少のころから秀でておられた。竹がクルクル回りながら空を飛ぶ。みんなが持っている紙でさえ、折りたたむだけで空を飛ぶ。まあ、こんなことを言っても信じられないだろうが本当だ。知らないと思うが、リバースや五目並べとよばれる遊びもあのお方が発明された。最近ではハサミや釘と言った画期的な発明もされたんだ。見本は持ち歩いているからあとで見せてあげるが、あのお方のなさることに間違いはない。私はそう信じている。以上だ」
ランドが座り、腕を組みながらフンと鼻を鳴らした。
ご高説はもっともだし、本人はしごく満足そうだが何の解決にもなっていない。やはりここはミュレーの出番のようだ。
「聞けば聞くほどミリオン様は『はずれ領主』のようね」
「なんだと! 次期公爵様を侮辱するつもりか!」
ランドが怒鳴ったが少しも動じない。
「えっと、竹とんぼに紙飛行機だったかしら? 正体バレバレじゃない」
何がバレバレなのかは分からないが、ミュレーの反撃が始まった。
「リバースはお遊び程度だから強くはないけど、五目並べで私に勝てる者はいないでしょうね。連珠初段の私にはね」
「嘘をつくな! 連珠などと訳の分からんことを言っても無駄だ。ミリオン様の発明だぞ、お前なんかが知っているはずがない!」
「誰でも知っているでしょう、それくらい。おそらくだけど、ミリオン様は囲碁をご存じないから五目並べでごまかしたのでしょうね。なんとも情けない話だけど、この推理かなり自信があるわよ」
「言ってくれるじゃないか。そこまで言うなら勝負してもらうぞ。見本があると言ったのを忘れたのか? 嘘をついてもごまかされんぞ」
「いいわよ。あとで遊んであげる」
さらに何か言おうとしたランドをミュレーの話が遮った。
「あとはハサミに釘ね。ずいぶん便利なものを発明したとは思うわ。しかしね。ハサミで実用的な布の切断用は、わずかで均一な隙間を作るのが難しいのよね。発明したことより、手作りできる職人がいたことの方が驚きだわ。量産は無理ね。釘は木と板を固定するものね。家を建てるとき、壁を板にすれば今までより十倍は早く建てられる優れものだわ。ただ、板はどうするのかが問題なのよ。一本の丸太から何枚もの板を切り出す『縦引きノコ』の発明がなければ意味がない。水車を動力にした丸鋸で大量生産したいところだけど、ベアリングがなければ実用化には耐えられない。将来は便利な物ばかりだけど、さしあたっては何の役にもたたないガラクタね」
さすがにガラクタ扱いされてはスナポンも黙ってはいられない。いられないのだが、ミュレーの言っていることが半分も理解できない。その結果、言葉が出ない。顔を真っ赤にしながら口をパクパクするのみだ。
周囲の商人たちも同様だが、スナポンがやり込められたことは分かる。
「ばかが。お嬢にたてつくなど十年早いわ」
みんなを代表して誰かがつぶやいていた。
「さてと。無駄話はこれくらいにして本題に入りましょうか」
無駄話と切って捨てるミュレーも容赦がなかった。
しかし、話を始めようとしたまさにその時、入り口の扉が開いた。
何も言わずに入ってきたのは爺さんだ。
年齢の割には素早く室内を見渡し、ミュレーをみつけると破顔した。
「味噌スープが飲みたくなってのう」
「ご隠居様」
「ご隠居様。ご隠居様。そう言われるの好きじゃ」
そう言いながら入ってくる。
「じゃなくて。いつも言うけど、一人で来ちゃダメでしょう?」
「一人でなければ面白うない。老い先短い命じゃ、楽しまなそんじゃて」
馬の耳に念仏というか、言うだけ無駄のようだ。
白髪頭で背は低いが、歩く姿はかくしゃくたるものだ。
「あの爺さん、何者なんだ?」
粗末に見える服装だが生地が違う。なにより、色あせてもいない新しい服。庶民でない事だけは確かだ。
「スバイツアー様。先代公爵様の弟で、ミリオン様から見れば祖父の弟に当たるお方だ」
「なんでまたそんなお方が?」
「お嬢が好きなんだと」
「……」
貴族独特の冗談なのだろうが、いろいろ誤解を招きやすい言い回しではあった。
一方、当のじいさんはといえば、カウンターに腰かけて首を伸ばし、味噌スープはまだかのうと、のんきなものだ。
ミュレーが慌てて厨房に入ると、味噌スープを温めなおしているところだった。
「こんな物をお出ししてもいいものか?」
毎度の事とはいえ、父親がため息をつくのも無理はない。
この味噌スープは裏の畑で採れた野菜に自家製味噌を入れただけなのだ。
こんな料理が最高だなどと言われたら、お城の料理長が泣くだろう。
「今更でしょう。それに、ライズ飯よりましよ」
「それはそうなんだが」
ライズは家畜の餌で貴族が食べていいものではない。
はっきりと言ったのだが、儂は気にしないと取り合わない。
貴族に家畜の餌を食べさせれば不敬罪で処刑されると言えば、今度は知らない間に貴族にされていた。
下級貴族とはいえ公爵様などには会ったことも無い。それでも貴族というのだから、まったくこれでいいのかと言いたくなる。
とうのミュレーはというと、態度も言葉使いも今までと何も変わらなかった。それどころか、貴族扱いする奴は泊めないという徹底ぶりだ。
まあ、そんな彼女だからこそ、一筋縄ではいかないような商人たちでさえ彼女に一目置くのだろう。
もっとも、後ろには超大物がついている貴族だ。商人たちには、甲斐性のある奴は名前を使っていいと言ってあるので元は取ってある。
沸騰直前まで温めてから具をかき混ぜる。木の茶碗に入れ、飾り薬味の葉を一枚浮かべる。それをそっとカウンターに運べば、熱々の味噌スープの出来上がりだ。
「これ、これ。いい匂いじゃ」
城に行けばうまいものなどいくらでもあるはずだが、年寄りの口には合うのかもしれない。
「今日の具は何かの?」
みんなの視線をもろともせず、木のスプーンで楽しそうに味噌スープをかき回す。
呑気なものだが、無視することも、邪魔をすることも不敬にあたる。とても厄介な爺さんなのだ。
「ところで、話は終わったのかのう?」
「い、いえ。これから始めようかと」
味噌スープに目をやったまま、独り言のように聞いてくる。
「ほう、それは重畳。こっちは気にせずともよいぞ」
「お気遣い、感謝いたします」
なれなれしく話せと言われてはいるものの、それでいい時と駄目な時、その使い分けが面倒だし気が抜けない。
ましてや、話を聞くのが目的だったくせにとは口が裂けても言えないのだった。