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はずれ領主

 店にはカウンターと五つのテーブルがある。

 一つのテーブルを四つが囲む形で、中央のテーブルには水桶と木のコップがあり、食事は周囲の四つに用意されていた。


 薄暗い店に入ってきた商人たちはコップを取り、桶から水をすくって思い思いの場所に向かう。

「な?そう思うだろう?絶対おかしいって」

「まあまあ、飯でも食いながら考えようや」

 常連客が多いだけに場所も決まっているようだが、スナポン商会の彼も愚痴に付き合ってくれる商人に付き添われるように席に着いた。

「これ、粉にもしていない麦じゃねえか。なんかネトネトしているし、気持ち悪いな」

 さっそくとばかりに大きな茶碗をスプーンで探ると、炊き込んだ麦らしき物がたくさん入っている。

「よく見えないから仕方ないが、それは麦じゃなくライズ、ライズ飯だ。隣の味噌スープをかけて食べるんだ」

 実践して見せた商人だったが、当人はいやそうな顔を隠そうともしなかった。

「ライズって家畜の餌じゃないか。客をなんだと思っているんだ?」

 あきれてものも言えないと、木のスプーンを放してコップの水を一口飲んだ。

 だが、広くはない食堂だ。その声は当然みんなにも聞こえる。

「ナロン公爵領広しといえども、このライズ飯に勝るものはないな」

「おまけにこの安さ。王国一と言ってもいいんじゃないか?」

「これを食べないやつの気がしれん」

「まったくだ」

 食べないやつなどほっておけと、大きな口を開けてガツガツと食べる周囲の商人たち。それは本当においしそうに見えた。

 隣の商人も今度は目だけで食べてみろと催促し、そこまで言うなら仕方ないとうそぶいていたが、一口食べて固まった。

「な、なんだこの味は? こんなの王都でも食べたことがないぞ」

 今度はむさぼるように食べだし、やれやれと言った周りの視線を浴びていた。

 だが、彼が驚くのはむしろこの後だった。


「全員そろったようだし、少し早いけどお勉強会をやりますか」

「「「「うおーっ! 待ってました!」」」」

 ミュレーが椅子の上に立つと店が歓声につつまれ、皆が荷物から紙とペンを取り出した。

 紙は高価なため荷物と一緒にすることはない。しわなどが付かないように、売り先が決まってから丁寧に運ぶのが常識だ。

 新参者もいたが、ほとんどの常連客は各方面の代表者だから持っていても不思議はないのだが、それでもこんなところで使っていい代物ではなかった。

 弱冠一名があっけにとれているのをよそに、ミュレーの話が始まった。


「まずは前回の『おまる壺』の経過報告からね。ここ城下町では、大通りの臭いは少なくなってきたわ。商店に普及させたのが大きいと思う。だけど、路地に入れば相変わらず。そんなところね」

 そう言い終わると、彼の方を、正確にはそのテーブルの方を見た。

「城では二百の注文があった。すでに姫様たちがお使いだったことと、病気予防の宣伝が効いたのだと思う。城内に臭いはなくなった」

 答えたのは隣の男だ。

「裏方にも二十納めた。メイド長直々だったから上からの指示だと思う。一日中下女たちが川へ捨てに行っているから大変そうだ」

 笑いながら言ったのは反対側に座っていた男だ。

「公爵騎士団の方にも百納めた。命令には従っているみたいだったが、夜間警備の時はさすがに無理みたいで、城壁沿いは臭いままだな」

 これまた同じテーブルの男だった。


「な、なあ。あんたら城に出入り出来るほどの商人なのか?」

「一応、な」

 思わず聞いてしまったのは、そんな大商人がなんでこんな安宿に泊まるのか? それ以前に泊まる必要があるのかと聞きたかったからだが、意味深な言葉で返されるとそれも聞けなかった。

 改めて周りを見渡すと、駆け出しと思える商人もいたが、たいがいはどっしりとしていて風格さえ見せる商人たちだ。

「どうなってんだ?」

 考え込んでいる間に、直轄領や公爵家に連なる領地持ちの貴族たちの状況などが報告されていた。

「まあ、聞いていれば分かるさ」

 隣から聞こえてきた言葉で彼は現実に引き戻された。

「お年寄りに聞いたんだけど」

 ミュレーが締めくくるようだ。

「昔、はやり病があって多くの人が死んだそうよ。だけど、『おまる壺』が普及していれば死者を最小限度にとどめられる。そのためにも必要なの。たぶんだけど、城下では病気で死ぬ子供が減ってきている。利幅の薄い商品で申し訳ないんだけど、みんなのために引き続きよろしくね」

 そう言ってみんなの顔を見渡し、頷く商人たちにほっとした表情を浮かべた。


「みんなが聞きたいのは今回の馬鹿げた政策の事よね。答の前に現状報告から聞こうかな?」

 その視線は他のテーブルに向かった。

「やはりここにきて正解だったな。耕作地を四つに分け、その一つでしか麦を育ててはならんなど正気の沙汰とも思えない。公爵様のお考えが分かるなら教えてほしい。現状、西部地区は従ってはいるが困惑しているといったところだ」

「東部も同じだ。付け加えるなら、市場では少しずつだが麦の値段が上がってきている。買い占めが始まっているようだ」

「南部も同じだが、街道沿いの新たに開拓した耕地まで同じようにしている。それでも収穫できる麦は例年の半分だ。はっきり言って来年の収穫まで持たない。俺も買い占めに走りたいところだ」

 値上がりが分かっているなら今のうちに買い占める。商人としては当然のことだが、それはいやだと彼女は言う。駄目とは言わないがいやなのだと。

 彼らにとってミュレーは娘や孫と変わらない年だし、従う義理もない。しかし、それでも彼女の言葉は尊重している。

 情報収集のために集まることが多かったここ『商いの宿』だが、いつのころからか始まったミュレーのお勉強会は彼らの商売に多大な貢献をしてきた。

 ミュレーに直接の利益はないのだが、宿屋が繁盛するためだからと礼金すらとろうとしない。

 そのため、儲かった商人たちが数十倍もの宿代を払ったりする。そうでもしなければ気がすまないということらしい。

 彼女はただのコーデイネーターなのだと笑うばかりだが、いつしか困ったときのミュレー様。『知恵袋のお嬢』と呼ばれる存在になっていた。


「じつは」

 隣人に視線が集まった。

「ミリオン様がお戻りになられている」

 そういって言葉を切った。

 彼の愚痴を聞いていたのはミリオン公爵領最大の商人だった。その彼が話を振るなら何か意味があるのだろうと、みんながその話に乗った。

「もう十二歳になられたのか?」

「いつの話だ? 歓迎パレードの話は聞いてないぞ」

「まさか、今回の政策はミリオン様が?」

 ミリオン・フォン・ナロン次期公爵。

 王都で生まれ、第一王子の側近になるべく、幼いころからとともに学ばれていた。十二歳から十五歳の間は領地経営を身に着けるために帰ってくるのがならわしだった。

「少し早めにお戻りになられたのだが、パレードは不要だとおっしゃたらしい。その費用は今回の改革にあてろと。まあ、それだけ聞けばご立派な方なのだが、な」

 意味深に言葉が切られ、静けさが場を包んだ。

 この政策のおかげでミリオン公爵領は大変なことになっている。秋にならなければ表面化しない事ではあるが、その時になってからでは遅いのだ。

 しかも、それを次期公爵様が主導しているのだとしたら覆ることはない。

 絶望とまではいわないが、それに近い状況だといえるだろう。


「ちょっと待てよ」

 南部方面の商人が大きな声を出した。

「港の整備はどうなるんだ? 街道にしたってそうだ。森を切り開き、今じゃ草原を突っ切る大街道だ。夏には港まで到達するし、港湾整備の資材だって運んである。最後の指揮をミリオン様がとられ、この功績をもって王都に帰っていただく。十年、いや、ミリオン様がお生まれになってからだから十二年の大計画だぞ」

 港の利権は大きい。

 ここにいる商人たちも、そのほとんどが出資しているから他人事ではない。

 特に南部の商人である彼が焦るのも無理はないのだが、その問いにこたえられる者はいない。

 こんな政策が続けば港どころではなくなるのは明白だ。

「はずれ、か」

 誰かがポツンと言った。

 領地の繁栄は領主にかかっている。優秀な領主であればいいが、そうでない場合だってある。

 そして、最も無能な領主を『はずれ領主』と呼ぶ。

 みんなの心を代弁したそのつぶやきが静かな室内に響いた、その時だ。


「ミリオン様は『はずれ領主』なんかじゃない! あのお方は『天智の才』をお持ちの方だ!」

いきなり立ち上がったのは、意外にもスナポン商会の彼だった。

 みんなの注目を集めたが、逆に『天智の才』とは何ぞやと問われた。

「天智の才とは、天から知恵を授かったという意味だ」

 そんなことも知らないのかと言わんばかりの口調で返答する。

「ここでは無かったのかもしれないが、庶民に理解できない命令なぞ王都では日常茶飯事だ。ましてやミリオン様なら当然と言っても過言ではない」

 まただ。ミリオン様をほめるのはうれしいのだが、どうも馬鹿にされているようにしか聞こえない。

 ここで言葉を挟めるのはミュレーだけだろう。

「領民を飢えさせるのが『天智の才』なの? はた迷惑な才能ね」

「ガキは黙ってろ!」

 ミュレーを一喝し、みんなの方を向き話し始めた。

 だから、見えなかったのだろう。

 彼女の瞳が怪しく光っていたのが。

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