魔法!?
幼馴染の二人が盛り上がればご隠居様でも傍観者になるというのに、そこに割り込んできた大男。
真顔に戻ったミリオンがこいつは誰かと目線を飛ばすが、ミュレーはちょっと待ってと目で抑へ、くまさんに向きなおった。
「えっと、くまさん。どうしたの?」
「いやな。切株がどうのと言っていたから、協力出来そうだと思ってな」
くまさんを紹介するつもりはあったが、日本人であることも、魔の森で生きてゆける戦闘力も秘密にしたかった。幼馴染のことはよく知っているが、今は次期領主。利用価値がありすぎるのだ。
しかし、くまさんは明らかに年上の男性で、言い方も遠慮したものになってしまう。
「そりゃ力持ちは重宝されるだろうけど、騎士団もいるし、無理しなくていいよ」
「そうじゃなくて。何というか、俺は妖術が使えてな」
「「妖術?」」
ミリオンとミュレーの声がそろった。
「まあ、なんというか。見てもらった方が早いな。えいっ!」
気合いとともに手を下に向けると、むき出しの地面にポッカリと穴が出来た。
「なにこれ? 穴が開いた」
「まさか、魔法? あんた、魔法が使えるのか!?」
ミュレーのあっけに取られたような声と、ミリオンの大きな声が響いた。
「魔法というのか?」
しかし、当のくまさんはのんびりしたもんで、苦も無く穴を元に戻していた。
「たぶんだが、土魔法だと、思う」
「なるほど魔法か。かっこいいな」
「いやいやいや。そういう問題じゃないだろうが。あんた、何者だ?」
この瞬間ミュレーの思惑は外れた。
魔法だか何だか知らないが、こんなとんでもない力をミリオンが見逃すはずはないのだ。
さしものミュレーも、どうすればいいんだとうなってしまった。
「俺の名前は三上譲二。君たちと同じように日本人の記憶を持っていて、ここではお嬢ちゃんの親せきということにしてもらっている」
ミリオンの鋭い視線を受けても平然としているくまさんはある意味大物だが、何もそこまでばらさなくてもいいとは思う。だが、焦ったのはむしろミリオンの方だった。
「ちょっと待て!落ち着け!」
ミリオンはくまさんを手で制して考え込み、くまさんはあんたが落ち着けとは言わないで待った。
「あんたは、えっと、譲二さんは魔女の親せきだというならそれでいい。いいが、そのうえで一つ約束してほしい」
「改まって言われるとなんか怖いな」
一大決心をしたかのように話し始めるミリオンに、笑いながらくまさんが応じた。
「難しい事じゃない。魔法が使えることを誰にも知られないようにしてほしいんだ。当然、開墾地への協力も無しだ」
「協力していらないのか?」
さっぱりわからんぞと、腕を組んだ。
「理由は二つあるんだ。一つ目は、魔法という言葉なんだが、魔法とは魔物が使う不思議な力という意味だ。だから、使える者がいたとしたらそれは人の形をした魔物だとなる。魔物なら殺すべきだ。違うか?」
「なるほどな。で? もう一つは?」
殺されるかもしれないと聞いても平然としている。それほど自分の力に自信があるのだろう。
「その力は武器になる。戦力になると言い換えてもいい。塹壕を掘る。防護壁を作る。向かってくる敵の前に落とし穴を掘るなど、数え上げればきりがない。しかもだ。あんたに命令することは出来ないだろうが、親しい人を人質にすれば協力させることは可能になる」
「なるほど。つまり、魔法が使えることを人に知られると、俺だけでなく周りにも危険が及ぶと、そう言いたいわけだな」
「理解が早くて助かる」
「そういうことなら了解した。俺としても、あんたや嬢ちゃんに迷惑はかけたくないしな」
二人の会話を聞いていて、ミュレーは正直ほっとしていた。
幼馴染だが次期公爵と言うのと、次期公爵だが幼馴染だと言うのでは天と地ほどの開きがあるからだ。
「あたしは平気だけどな」
「「一番あぶねえよ」」
ミリオンとくまさんの声が重なった。
「おかしいな。そんなに頼りないかな?」
小首をかしげるミュレーを置いて、二人の会話が続いた。
「あと、形だけでいいから、公爵家下の貴族になってほしい」
「それは構わんが、囲い込みを目的とするにしても公爵様の許可は下りるのか? 自分で言うのもなんだが、どこの馬の骨かもわからん奴だぞ」
「ははは。それは問題ない。俺が日本人の知識を持つことは伝えてあるし、それがいかに優れた物で、かつ危険な物なのかも証明済だ。同じ知識を持つ者が現れたらどうするかと聞いたら、利用しようとは思うな。協力してもらえるような信頼関係を築けとさ。さすが公爵様だと感心したもんだ」
「そりゃ、あんたが頼りないからでしょうが」
仲間外れになるものかとミュレーが割り込む。
「うるせー。その気があるなら、新しい港を領地として任せてもいいぞ」
「まったく、だからあんたは馬鹿だっていうのよ」
「おまえな。バカバカ言うなよ。いくら俺でも傷つくぞ」
「馬鹿だから馬鹿だって言ってるの。港なんて、これから発展していく最優良物件じゃない。そんなところをもらったりしたら、妬みや嫉妬で厄介な敵が増えるだけでしょうが」
「いや、港がいくつもあるんだ。それをみんなに分けて、開拓してもらおうと思ってる。そのうちの一つを任せると言っているのさ」
「いくつも?」
「そ、いくつも。港というより、内海かな。船に乗って視察したんだけど、東京湾を小さくしたぐらいだ。何本も河が流れ込んでいて、港に出来そうなところも、プライベートビーチになりそうなところもあった。もっとも、魔物が住む森におおわれているからすぐにとはいかないけどな」
「東京湾に行ったことがあるみたいな言い方だけど?」
「……ないけど。まあ、そんな感じだったって話だ」
「はーっ。やっぱりあんたは馬鹿だわ。それも、底なしの大馬鹿野郎だ」
「もう。お前にそう言われると、むちゃくちゃ自信が無くなるんだけど。今度は何が問題なんだ?」
「いい? 内海と言ったら、船乗りにとっては最も安全な寄港地よ。河川の流れ込みがあるなら魚影も濃い。商人も漁師もここには目を付けているはず。上陸は出来ないにしても、錨は下せるしね」
「えっと。そこが上陸できるようになれば万々歳だと思うんだが……」
自信なさげにではあるが反論を試みる。
「国内の船だけなら問題はない。でもね。東にも北にも陸続きの国がある。彼らがすべて友好的だとでも思う?」
「あっ……」
「やっとわかった?」
「ああ。力を見せておかないとまともな取引ができないかもしれない。好戦的だったら何か所も開港すると守り辛い」
「危機管理ができるなんて、お利口さんになったじゃない」
「次期公爵だぞ、勉強はしているさ。防御陣地や投石機もいるな。将来に向けでかい城も必要か。待てよ。街道の終わりに大掛かりな関所を設けて、援軍が来るまでの足止めでもいいのか」
自分の世界に入った幼馴染は無視してくまさんに向き直る。
「ねえ、さっきの魔法の話だけど」
「うん?」
「戦闘で壁を作るって言っていたけど、万里の長城みたいなのは出来る?」
「そうだな。時間はかかるが不可能じゃないな」
それを聞いたミュレーの顔がパッと明るくなり、振り返った。
「ねえ、太郎?」
「太一だっての」
考えている最中だと言うのに、反射的だろうか声が返ってくる。
「どっちでもいいけどさ。戦争はそっちの仕事だから後で考えてもらうとして、港の代わりに中央山脈を頂戴」
「は?」