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自己中心的なB型の沢君

 沢君と私が初めて会ったのは、高校一年生の頃だった。私は彼と偶然に同じクラスになったのだ。沢君は周囲に合せようとはあまりしないタイプの人で、血液型がB型という事もあってか、クラスの(主に女生徒達から)自己中心的な性格だと言われていた。

 皆の雰囲気がまとまりかけていた時にそれを壊したり、自分だけ別行動を執ったり。もちろん、沢君の意見の方が正しい場合もよくあったのだけど、それでも…… いや、だからこそ、それは皆にとって迷惑な行動だった。

 「空気が読めない奴って本当に嫌よね」

 だから、よくそんな陰口を沢君は言われていた。もっとも私は沢君が空気を読めないとは思っていなかったのだが。多分、沢君は空気は読めているけど、その読んだ空気に従う気がないだけなのだ。その証拠に、自分が嫌われていると悟ってからは、彼は目立った行動は執らなくなっていった。本当に空気を読む事ができないのだったら、気付かないでずっとそのままだったろうと思う。

 沢君が大人しくなった後も、その彼に押された“自己中心的なB型の沢君”の烙印は消えなかった。一度レッテルを貼られると、それを覆すってのは中々に難しいものだし、それに大人しくなったってだけで、彼は相変わらずに周囲に合せるような事はしていなかったから、それは仕方がなかったのかもしれない。沢君はずっと「典型的なB型で性格が悪い」とそう思われ続けた。

 ただ、私は確かに彼は周囲には合せないけれど、自己中心的でもなければ性格も悪くないのじゃないかと思っていた。私は血液型性格診断なんて信じちゃいないのだけど、それはそういう話ではなく、なんというか、あるエピソードから、彼はとても優しいのじゃないかとそう思うようになったのだ。

 実は人間関係でちょっとした失敗をやって、私は一時的に仲間グループの皆から嫌われてしまった事がある。その所為で嫌がらせを受けて、体育の後片付けを一人でやらされる破目になったのだけど、その時に沢君がそれを手伝ってくれたのだ。

 正直に言うと、私はその出来事があってから少しばかりの間、沢君を異性として好きになっていた。ただ、告白するどころかほとんど話しかけすらもしなかったのだけど。それは嫌われている彼に話しかけて周囲から変な目で見られる事を恐れたからでもあったのだけど、なんというか、沢君が単なる“同情”から私を手伝ってくれただけだったらどうしようかと不安で、どうしても一歩踏み出せなかったのだ。そして、時間が経過していくと共に、私の仄かな思いはいつの間にかに自然消滅してしまったのだった。

 孤独な彼を放置するなんて酷いと思うだろうか? もしかしたらそうかもしれない。ただ自己弁護をさせてもらうのなら、沢君は一人でいてもあまり辛そうにしているようには見えなかったのだ。

 それから学生時代が終わり社会に出て私は働き出した。はっきり言って、ほとんど沢君の事は忘れていたのだけど、偶然私達は街で再会した。その時間帯はちょうどお昼時だったものだから、懐かしさも手伝ってお喋りでもしながら一緒にご飯でも食べようという事になった。ただ、何かを話すといっても、彼と私の間にある共通の話題は、例の体育の後片付けのエピソードくらいしか思いつかなかった。それで私はまずその話をした。

 「あの時ね、本当は私はすっごく嬉しかったのよ、沢君が手伝ってくれて」

 大人になったお蔭で、過去の照れくさい話も落ち着いて話せる。それは彼も同じだったらしく、私がそう言うと沢君はあっけらかんとした口調でこう返した。

 「そうなんだ。なら、もう少し押せば良かったかな? 実は期待していたんだよ、あの時」

 それが冗談なのか本気なのかまたはリップサービスの類なのかは分からなかったが、私は嬉しかった。それから他愛のない会話をし、私達はまた会う約束をしたのだ。そして、何度か会ううちにどちらともなく結婚をするという方向に、いつの間にかに話は転がっていったのだった。

 彼の年収は平均程度で、結婚できるギリギリのラインといった感じだったが、なんと家を持っており、既に繰り越し返済でローンもある程度は返していて、それを考えるのなら経済的にもあまり問題はなさそうだった。

 彼曰く、「酒もタバコもゴルフも車も興味ないからあまり金を使わなくてさ。お蔭で貯金が貯まったもんだから、今のうちに安全資産に換えておこうと思って、家を買っておいたんだ」という事らしい。因みに太陽電池もある(太陽電池には今のところは税金がかかりそうにないので、資産を守るという意味では効果的だと彼は考えたのだそうだ)。

 多くの若い女性の例に漏れず、私の収入はそれほど多くはなかった。彼よりも随分と少ない。だから彼のその経済力はそれなりに魅力的だった。そして、彼の方はそろそろ気楽に一緒に暮らしてくれるパートナーが欲しいと思っていた。

 つまり、お互いの利害が一致したのだ。結婚に至るのも自然だと言える。打算的と言われればそうかもしれないが、現実ではこういう打算的な思考は重要だ。もっとも、子供を産み育てる事を考えるのなら、私も働かなくては経済的に少し苦しい。だから私は結婚後も仕事をし続けたのだが。

 結婚の報告を旧友達にすると、喫茶店に呼び出しを受けた。高校時代に嫌われていた沢君と私の結婚に彼女達は驚いているらしく「一体、どうして?」などと責め立てるように問いかけてきた。どう説明すれば良いか分からなかったので「なんとなく、自然の流れで」と私は答えておいた。もっとも、その彼女達の質問には私を攻撃するような要素はなかったのだが。どうも彼女達はそうする事で優越感に浸りたかっただけのようだ。彼女達の目には私が追い詰められて仕方なく彼と結婚をしたように見えているのだろう。“当たらずとも遠からず”だと思ったので、私はそれを放っておいた。

 しばらくお喋りしていると、一人が、「私はちゃんと、高収入のいい男を捕まえたわよ。専業主婦でやっていくつもり」などと自慢してきた。

 “働きに出る女は負け組”。昨今では、そんな考えを抱いている女達も多いと聞くが、どうも彼女はそんなタイプのようだった。彼女の夫は収入が高く、顔も良くて身長も高いらしい。

 「それは羨ましいわ」

 私は素直にそう答えておいた。もっとも、沢君に不満があるなんてこともないし、自分を負け組だとも思ってはいないのだが。

 それからまたしばらく時が流れた。沢君と結婚をして変化した生活スタイルにも慣れ、これなら上手くやっていけそうだと自信を持ち始めたある日、また旧友から喫茶店に誘われた。それは例の専業主婦自慢をして来た彼女だった。

 「主人ったら、自分の収入が良いからって威張り散らしているのよ。まったく、むかつくったらありゃしない」

 また自慢話を聞かされるのかと思ったのだが、どうも彼女は愚痴を言いたかっただけのようだ。彼女は今度は恐らくは共感してくれる相手として私を選んだのだろう。私は少し迷ったが、沢君の事を悪く言うのは気が引けたのでこう返しておいた。

 「沢君はそんな事はないわよ。威張ったりしない」

 すると、案の定、彼女は少し気を悪くしたようだった。“おっと、こりゃいけない”と私は思う。

 「でも、彼の収入だとあまり威張れもしないだろうけどね。私も働かないと、少し生活が苦しいから」

 それでそうフォローを入れると、彼女は安心をしたような表情になった。「あぁ、そりゃそうよね」と吐き出すように言う。

 もっとも、沢君の場合は例え収入が多くても、あまり威張りそうにないが。

 「うちの主人ね、私が少しでも家事に手を抜くと直ぐに怒るのよ? “会社の同僚を連れて来た時に、これじゃ恥ずかしいだろ!”って。少し埃が残っているくらい、誰も気にしないわよ。そんなに気になるなら、自分で掃除しろってのよ」

 「あぁ、なるほど。大変ねぇ」

 と私はそれにそう返す。また、少し同意し難い話題だ。なにしろ沢君は、私に対してこんな事を言ってくれたのだから。

 「家事は“いかに適度に手を抜くか”が重要だと僕は思うんだよ」

 私も働きに出ているとは言っても、まだ子供も生まれていないし、私の方が労働時間は随分と少ない。それに住んでる家は彼の物だから私の立場は弱いはずだ。だから結婚当初、家事は確りとやろうと私は思っていたのだが、その私の意気込みを彼はどうも心配したらしく、そんな風に言ってくれたのだ。

 彼曰く、「家事を確りやるなんてのは、家事の道具が発達して、主婦って役割が確立した時代になって初めて言われた事らしいよ。それ以前は女性も働く場合がほとんどだったから、ぶっちゃけ家事は手を抜いていたのだね。君は働いているのだから、それで良いと思うよ。そうじゃなきゃ、身体が壊れちゃう」という事らしい。

 それで私はあまり家事に気合いを入れてはいない。夕食は休日の時にある程度はまとめて作っておいて平日はそれを温めるだけで、後はコンビニかなんかで一品追加でバリエーションを増やしてそれで誤魔化すというパターンが基本だ。皿洗いは自動食洗機を彼が元から買っていたから大丈夫で、それに彼もトイレ掃除やフロ掃除などをやってくれるし、洗濯だって休日は変わってくれたりする。そして、休日の昼飯は各自自由に食べたり食べなかったり。そんなような様々な“手抜き工夫”と“適度な役割分担”で、私の家事負担は随分と減っていた。因みに彼は「まだ、料理は下手だけど、もし練習して上手くなったら、休日くらいは作りたいと思っているよ」とそんな事まで言ってくれている。もっとも相変わらず、彼は料理が下手くそなのだが。

 「……二言目には、“誰のお蔭で生活できているんだ”って言うのよ? 前時代的よね。やんなっちゃう。

 なんか彼の同僚はだいたい奥さんに対して同じ事を言っているらしいわよ。男って本当に嫌っ!」

 彼女の愚痴はまだまだ続いた。その前時代的な生活スタイルを彼女は自ら選択したようにも思うのだが。

 「まったく、そうよねぇ」

 私はやはり返答に困ってそう言った。収入が多い男の社会人が、自分の方が妻よりも立場が上だと考えているケースがよくあるというのはどうやら事実のようだ。或いは、男達の間にはそんな文化みたいなものがあるのかもしれない。しかし沢君は違っている。彼は高校時代からそうだけど、自分が正しいと思ったら、周囲の意見がどうだろうがそれを曲げないのだ。彼には周囲に合せる事を重視する価値観がない。だから、周りの男共が収入が多い自分の方が偉いと思っていても、それに従ったりはしないのだ。

 彼曰く、「だって、そりゃ、そもそも女の人は不当に低賃金で働かされているのだもの。男達の方が収入が多いのは、本来なら女性が受け取るべき賃金を受け取ってしまっているからでしょう? なら、威張る理由なんてないよ」という事らしい。

 家事労働を合わせれば、この日本という社会において、男性の働いている時間はとても短く、その所為で反対に女性の労働時間は長くなってしまっている。それが出産や育児をより困難にし、出生率を下げている。そんな現実があるのだから、男が家事を手伝うのも当然だろうと、どうも沢君はそんな事を考えているようでもあった。

 いや、そもそもその前に、優しい彼は私に辛い思いをさせたくないから、家事を手伝ってくれているのかもしれないが。

 ……あの、高校時代の体育の後片付けの時のように。

 “周囲に合せない性格”は、自己中心的な性格でもないし、悪い性格でもない。沢君と結婚をして、私は改めてそう思っている。

 

 「“亭主元気で留守がいい”なんて昔はよく言われていたみたいだけど、本当にそうだって私は実感しちゃうわよ。男なんてこっちの苦労を知りもしないで偉そうに……」

 

 彼女のその愚痴はまだまだまだ続きそうだった。

参考文献:「居場所」のない男、「時間」がない女 著者 水無田気流 日本経済新聞出版社


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