Finding The Path
あれよあれよという間に時間は過ぎ去り、そして準備は完了させる。旧新宿駅にて数日間キャンプを行うという前提である為、消耗品を優先度高めで持ち込む事が決定している。スカウト、或いはレンジャーの仕事というものはこの時点で既に開始していると思ってもいい。何せ、前線で戦うパーティーメンバー達にはそれぞれの道具があり、探索やスカウトに必要とする道具を揃えたり、用意するのは一種の面倒だからだ。それよりも専門のスカウトか、或いはレンジャーを雇って、一括で管理させた方が遥かに楽だし、安上がりだし、効率的だ。故に、偵察の仕事は非常に重要だ。これから何が起きるのか、どういう状況になるのか、それをある程度予想し、そして対策しておかないといけない。戦闘が出来ない分、更にそこらへんは気を付けなく手はならない。一つのミスで全滅する事はザラにあるのだから。
そういう訳で、戦闘班とは違う意味でレンジャーやスカウトは命を賭けている。今回のダンジョンは、目的地は旧新宿駅、今ではシンジュク・ステーションと言われているダンジョンだ。旧新宿駅内はほぼ全体がダンジョン化されているのだが、一部区画に関しては”浄化”という作業が行われており、モンスターが出現しない区画となっている。とはいえ、出現しないだけであって入ってこない訳ではないので、それなりの準備は必要となってくる。
まずはガスが出ているという話なのでガスマスクは外せない。酸素ボンベ、閉じ込められた場合を相当して発破、調査用の小道具一式、それ以外にも扉のロック等を外す為のピッキングツールに病気や寄生虫にやられた場合を想定して薬を、あらゆる状況に対応して道具の類を増やしていきながら、かさばり過ぎない様にしっかりと用意しないといけない。馬車なんかを使うわけではないのだ。新宿樹海に到着してからの移動は完全に徒歩であり、キャンプ地までは自分で運ばなくてはならないのだ。運べない量を持ったとしても、邪魔になるだけなのだから。
こういう場合は専用の荷物持ちを雇って運ばせてもいいのだが、今回それを兼任しているのが自分だ。だからしっかりと運べる限界量を見極め、道具を選んで行くのだ―――他の連中とは違い、魔力で肉体を強化できないのだ、その分、持てる数は必然的に少なくなってくる。人間、出来ない事を嘆く事よりも、出来る事を見極めてそれに注力するべきだという事は、この十年間の冒険者生活で良く理解している。
そういう訳で準備には慣れているし、新宿のダンジョンに挑戦するのも決して初めての事ではない。準備を終わらせるのにはそう時間は必要とはしない。そうやって準備を終え、アンナに家の事を任せ、
今回一緒に活動するパーティーと顔合わせをした次の日には馬に乗って新宿樹海へと移動を開始する。
◆
ゲーデル、エリーナ、ラカン、そして己全員が姿を隠すように緑色のローブを装着しており、新宿樹海を染め上げる緑の色に同化している。周りの景色と同化し、姿を隠す事は冒険者としての技能の初歩の初歩だ。ソロでも、集団でも、必ず使う事になる事の一つである為、誰もが出来る。
「そんじゃ先導頼んだぜ」
「ういうい」
色々と詰め込んである大きなバックパックを背負ったまま、新宿樹海の境界線を越えて侵入する。背後には敵襲を警戒して常に備える三人の姿がある。彼らの役割は簡単だ、此方がルートを割りだし、そして進んでいる間は奇襲に備える事だ。それも俺がちゃんと魔物のいないルートを通れば問題のない話だ。まずは何時も使用している侵入ルートを確認し、そして足元の草木の様子を確認する。前へと進みながら警戒は三人へと任せ、足元や近くの木へと注視する。常に目を光らせておく必要はない。新宿樹海に出現するモンスターとは基本的に知性が低いタイプが多い。弱い、という訳ではない。この環境に適応した結果、そこまでの知性が必要とされていないだけだ。その為、魔物がこの付近を通ったなら、荒らされた形跡が存在するはずなのだ。だからそれにだけ気を付けて、先へと進めば、そう簡単には魔物と遭遇する事はない。オークを始めとする人型、或いは獣型の魔物はどうしても痕跡が残ってしまうのだ。
臭い消しを使って完全に生活圏の臭いを落とした状態になると、余程気配に鋭い魔物か、或いは”感覚器官が魔法”である生物以外は、ほとんど気付けなくなってくる。こうなると次に恐ろしいのは植物型の魔物になってくる。たとえば人食い花、通常時は良くある花にしか見えないが、その本体は地中で潜伏しており、近づいた魔物や人間を蔦を伸ばして食べる、面倒な連中だ。何より一番面倒なのが、感覚器官が人間や獣の様な五感に頼っている訳ではなく、地中から震動等に反応している事で、臭い消しやカモフラージュをしていても、動いているという時点でアウトだという事だ。
ただ、これに関してはある程度群生地がある上に、しっかりと観察しておけば見抜けるというのもある。人食い花には獲物を引き寄せる為にある程度の甘い匂い、薬物に似たものをその花弁から流している事もあり、無意識の内に誘導される何て事もある。その為、しっかりと勉強しておけば回避する事はそんなに難しくはない。それでも怪しい花を見つければ少し離れた所から石を投げて震動を与え、それで出てきた所を狩ればいいのだ。
スカウトとレンジャーの活動とは”予習と復習”が非常に大事になってくる。その地域に存在する魔物、生態系、地形、気候、そういう知識を現地に行く前にどれだけ頭の中に詰め込む事が出来るか、というのが一つの重要な点になってくる。初見殺しの人食い花であっても、事前に調べて対抗策を用意しておけば、全く恐ろしくはない。そうやってパーティーの生存率を引き上げ、全体の活動を円滑に進めるのもまた、その役割だ。ランクはC+で止まっているが、それで自分は腐った覚えはない。体は鍛えているし、暇があれば発見された新種や別の地域の魔物の知識を必死に頭の中に叩き込んでいる。
新宿樹海とはもはや十年も付き合っている。
分布、生態、裏道に関してはもはや自分の庭の様にこの場所を把握している。
それに魔物が出現するとはいえ、大森林と融合しても、元々新宿は整備され、そして発達した都市だったのだ。多少廃墟化されているとはいえ、それでもまだ靴の裏には整備された道路の感触が、歩道の感触が強く残っている。非常に歩きやすいのだ。世界融合で新宿自体の面積が二倍、三倍ほどに膨れ上がっていても、移動にさほど時間はかからない。ルートを二度程切り替えながら移動を行えば、一度も魔物とエンカウントする事なく、
旧新宿JR駅改札口まで到着する。
ここから振り返って視線をその先へと向ければ、今は苔と蔦に覆われたデパートの姿が見える。その前にあるドーナッツ屋は割と好みのお店で、両親にここに来る度にドーナッツを買って、とせがんだものだった。そのドーナッツ屋も今では完全に魔物と植物の住処となっている。懐かしき過去の想い出。それを思いかえしながら視線を外し、京王線側へと通じる地下通路へと入る。
ここら辺へと来ると既にダンジョンとしての侵食が始まっており、あれほど地上を支配していた木々の姿が一つも存在しなくなっている。そのまま通路を奥へと抜け、京王線の改札口へと到着し、そこからさらに階段を上って、元デパ地下だった場所へと入る。片側の入り口が封鎖されているこの場所こそが、この旧新宿駅における安地になっている。昔は多くの店舗やブースが入っていたデパ地下だが、邪魔である為、多くは撤去され、そしてバリケードとして再利用され、大きなスペースを作ってある。
ここに到着した事で漸く一息が付ける。基本的に例外はあるが、それでもダンジョン産の魔物はダンジョンから出てくる事はない。その為、見張りを立てる必要はあるが、それでもここでならゆっくりと寝る事だって出来る。早速運んできたバックパックを降ろしながら、持ってきた大きめの六人用テント―――魔術師による作品である程度持ち運び時に圧縮されているそれを取り出し、迷う事無くスペースの一角にテントの設置を始める事にする。
「手伝うかー?」
「一人でやった方が色々と捗るからいいー」
「ういお。んじゃ俺達はその間に軽く装備に着替えておくか」
そう言って歩き出すとが背後から聞こえてくる。当たり前の話だが、探索用の装備とダンジョンアタック用の装備というものは変わってくる。全く戦闘に参戦しない自分はレンジャーとスカウト用の軽装のまま、つまりはズボンとシャツの上から胸当てや薄手の手袋を装備し、ローブを装着するという恰好だけで十分だが、前線で戦う彼らは違う。探索や移動時は軽装、そしてダンジョン時は専用の戦闘装備、と着替える必要がある。そこらへん、戦う人たちは面倒な所だよな、とは思うところがある。状況や相手によっては何時もの戦闘手段が通じない場合が存在するのだ。だったらそれを想定し、予めサブウェポンや、別の攻撃手段を用意しておかないといけない。
攻撃が通らないからといって、自分もそこらへんは抜かりはない。基本的にメインウェポンを槍、つまりはハルバードで固定しているが、それが通じない相手に対しては剣や格闘で攻撃を加え、味方がトドメを刺せる様に隙を作る様に心がけている。そこらへん、純戦闘職の皆はさらに厳しくやって行かないといけない。特に未見のダンジョンともなると準備しすぎでも足りないぐらいだ。まるでRPGの中身がリアルになった様な世界だ。
だけどセーブもロードもない。
データなんてものは存在しない。
死ねばそれまでだ。
だから入念に準備を重ね、そして確殺できるという自信を持って挑まないといけない。そうじゃないと安心できないからだ。自分が死ぬだけならそれはいいのだろうが、自分が死ねば全員が連鎖的に狂い、死んで行く。それがリアルなファンタジーだ。だからミスをしても、それが致命に繋がらないようにしなく手はならない。迷惑は自分だけではなく周りを滅ぼすのだから。そういう使命感をある程度抱いておくのがいい、と個人的には思っている。
使命感皆無だと緊張感が最後まで持たないし。
「っと、こんな感じかな」
テントの設置作業を完了させる。六人用テントである為、それなりの大きさがある。コッテージ型の六角形なタイプであり、魔力を使えば簡単に収納できる様に出来ている魔道具の一つだ。勿論、自分は魔力が使えないが、それに関しては同行者に手伝ってもらえば済む話だ。態々大き目の六人用を持ってきたのは女性であるエリーナを軽く配慮して仕切りを入れられるスペースが欲しかったのと、寝食はダンジョンアタック中は重要な要素であり、ストレスを抜く事の出来る貴重な休息だ。寝る場所がギリギリだとなると、翌日まで疲れが抜けない場合がある。その為、テントは広めのを持って着ておいた方がいい、と個人的には思っている。
まぁ、常に夜番が一人いるのだからテントで常に眠っているのは三人までだ。そう考えるとかなりスペースはあるのかもしれない。
テントの設置が終わったら今度は探索に使いそうな道具を用意する。今回のダンジョンは未踏であるという事の為、まずはマッピングをある程度簡易化させてくれるマッピングアプリの入った携帯端末を取り出し、手回し型の充電器もちゃんと持ってきたのを確認する。人数分のガスマスクにスペアのガスマスク、そして端末が破壊された場合を想定してのメモ帳とペン、他にもダンジョン内で使う事、或いは使いそうな道具を取り出し、本日使いそうな分だけを出しておく。今日はまだ探索初日だ、そこまでダンジョンの奥には踏み込まず、浅い部分を調査と確認で時間を過ごすだろうと思っている。つまりはいざとなったらすぐに出れる距離だ。だからこの一度目に関してはそこまで重装備である必要はない。
自分も、武器を持ち込まずに、今回は探索用の装備ばかりを持ってきている。一定のレベルになると流石に攻撃が通じない相手では戦えないのは事実だからしょうがない。
「ま、こんな感じかな……」
装備の整理や装着を完了させ、振り返る。そこでは装備品を装着しているパーティーメンバーの姿がある。まずゲーデルは先日、酒場で見かけた格好と同じ格好に変わっているが、全ての指に指輪が付けられており、前よりも魔術師らしさが上がっている。得物は杖らしく、本体が木で出来ており、その頂点には金属でできた円の様な装飾が施されている。反対側が槍の様に金属で尖っている為、刺突にも使えそうな感じはする。
そんなゲーデルの変化に比べてエリーナは驚く程に変化がなかった。昨日同様、下はジーンズに上は半袖の青いシャツという格好になっている。物凄いラフ、を超えて本当にそれでいいのか? と思える姿をしているが、B+というランクは数百を超える依頼を完遂しなければ到達できない領域だ。特例で上がったとしても、それでも無能が到達できる領域ではない。そして彼女が無能ではないという事は、片手で持ち上げられている武器によって証明されている。それは全体的に紫と黒によって彩られた両刃の大斧だ。片方の刃がそれこそ長さが一メート二十センチ程存在し、その刃の幅も八十センチから一メートル程の長さがある様に見える。正真正銘の化け物と呼べる武器を彼女は片手で持ち上げ、肩に担いでいた。
なんとなく色々と察した。
「うっし、これで大体準備は完了か?」
準備に一番時間がかかったのはラカンだった。移動中は軽装だったのは他の皆と一緒だが、現在はその姿を変え、全身に鎧を装着している。光らない様に鈍い灰色に塗装された鎧はスマートなものであり、体にフィットする様に作られている。その背後には二本のハルバードが装備されており、腰には剣と銃が見える。何だかんだでラカンが最後だったのは、鎧を装着するという行為がそれなりに面倒であり、時間がかかるから、というものがある。
装備しやすいように加工を施しても、どう足掻いても三分、或いは五分ぐらいは時間がかかってしまう。それに鎧を着たまま休息を取ろうとしても全く休めないし、色々と面倒な部分が多い。それと引き換えに、色々と命を助けられる部分もあるのだが。
ともあれ、こっちも準備完了である事を伝えると、うし、とラカンが頷く。
「んじゃ―――お仕事の時間だ」
(`・ω・´)スカウトやレンジャーは命を預かる職なのです
(`・ω・´)戦闘力が低いからと馬鹿にしてはいけません
(´・ω・`)先制判定を取れなかったら戦犯ですけどな