7.俺、神器を授かる
ノード神話 「盲目なる神々の誕生の章」より 要約
この世界を生み出したのは宇宙最高神たるノード神であったが、ノード神は宇宙創成という大事業を成し遂げた後、己の力を蓄えるために長き休息に入ることにした。そこで眠りに入ったノード神ではあったが、その時にノード神が見た夢は地上にしずくのように流れ、その中から幾多の神々が生まれ出ることとなった。
しかし、その生まれた神々はノード神の暗い夢の中から生まれてきたがために、目はあっても真実は見えず、耳があっても真実は聞こえず、口があっても真実は話すことができない神々であった。そのために後の時代に彼らは二番目の神々とも盲目なる神々と呼ばれるようになった。
だが、その神々には世界を思い通りに支配する力が備わっていた。その力の源がなんであったのかは今では失われてその正体すら分からないが、少なくても今伝えられているような種類の魔力ではなかったと言われている。
神々の秘密は数々の神使族を作り出す力にあった。神々が作り上げた神使族は想像を絶するほどのもので、一夜にして山を削り取り、海の地形すらも自在に変えたと伝えられている。またある神使族は数瞬で神々を数億ゲール彼方まで運び、またはこの地に生きる生命を思いのままに変容することが出来た。その時に盲目なる神々は人から魔物を作り出したのだ。それが竜であり、ゴブリンであり、トロールなどだった。
しかし、目はあっても真実は見えず、耳があっても真実聞こえず、口があっても真実は話すことができない神々であるが故に力が貯えられれば貯えられるほど神々同士はお互いが理解できず不仲となり、いつしか他の神々が自分を滅ぼすのではとお互いが疑心暗鬼になっていった。そこで神々は太陽から太陽のかけらを盗み出し、一瞬にして地球そのものを破壊してしまうほどの究極の神使族たる滅器を作り上げていったのだ。
この滅器さえ持っていれば他の神々は恐れて自分を滅ぼすまいと思ったからだった。
だが、その滅器はそれ自体に恐ろしい呪いを持っていた。その滅器がある限り、恐ろしい瘴気を放ち、近づいただけであらゆる生物が呪われた。二番目の神々、盲目なる神々ですら例外ではなかった。その呪いから逃れる術はなく。呪われたものは数か月もしないうちに体中やせ細り死んでいったという。
そして世界中に数千か所ともいわれる禁域こそが、その神々の滅器が残されたまま不毛の地になっているというのだ。そう、神々は滅びたにも関わらず、神々の呪いはこの世界をむしばんでいるのだ。
神使族・瑠璃姫の神殿に赴く途中の道すがら、トドムラ隊長は禁域の成り立ちを説明してくれた。
「殿下、この禁域の成り立ちはご理解いただけましたでしょうか」
トドムラ隊長の説明に俺の頭の中は混乱していた。
だって神話だぜ、神話が真実を語るなんてありえないと思う。ああ、でも魔物がいるなら神も仏もいるのかも。
現に神々に作られたっていう神使族・瑠璃姫が目の前に居るんだものなぁ。
俺は岩山に向かって歩きながらも瑠璃姫の方をチラチラ見ながらそう考えていた。
太陽は西に傾き始め、岩山からは長い山の影が俺たちに向かって伸びてきている。
その光景に俺は不気味なものを感じてゾクリとした。
それは、先ほどの神話に出てきた滅器がこの禁域に今もなお隠されている不吉な事実を感じさせるものだった。
神使族・瑠璃姫の神殿を日本の社のようだと想像していた俺はおおいに肩すかしを食らうこととなった。
瑠璃姫が招き入れた岩山の中の部屋はロリの牙城とでもいうべきピンクのフリフリの女の子10000パーセント全開の空間だった。
ソファもピンクならテーブルもピンク、窓にはピンクのレースのカーテンがかかり、部屋の壁紙はピンク薔薇といった凝りよう。
あちらこちらにかけられている服はアメリカの美少女・・・いや美童女コンテストを思わせるようなしろものだった。
あっ、ちなみに阿形卿と吽形卿はこの部屋の雰囲気を壊すからって外で待機を命じられていた。
だからこの部屋に入ったのは神使族・瑠璃姫と俺達4人だけだった。
でも、いいのかい、あいつらあんたの護衛だろう。
それよりこの部屋の女の子全開攻撃にエリス団長は目を見開き、口をあんぐり開けたままになっている。
そりゃ、そうだろう、エリスって女性だけど武功高き戦士だもんなぁ。こん中でロリ耐性あるって、日本のエロ文化でたくましく育ってきた俺ぐらいしかいないんじゃね。
「この部屋はわらわの部屋じゃ、人間の女の子の好みに合わせたものじゃ」
瑠璃姫が部屋のあちらこちらを指さす。
だが残念なことにピンクの大目玉や、臓物をはみ出させたぬいぐるみが他の犬や馬のぬいぐるみに交じって転がっているのはどーかと思う。
「して、瑠璃姫様、我らに頼みとはいったい・・・我ら人間、神使族たる姫様のご助力などとても適わぬとは思いますが・・・」
少女趣味の部屋に圧倒されていたトドムラ隊長だが、気を取り直して瑠璃姫に尋ねる。
「わらわの願いとは、ここの地下にいる2体の神使族を無効化してたもれということじゃ」
「それは瑠璃姫様や、あの護衛の2人でも倒せないほど強いということでしょうか」
トドムラ隊長が不思議そうに聞く。
「否、わらわ達は同じ神使族を無効化できない制限が課せられているのじゃ」
「と、いうと・・・」
「相手はわらわと同様神々に作られた神使族の一種、その名は調律使なり、その神使族にわらわの方から攻撃が出来ぬようプロテクトがかかっている。」
調律使・・・言葉どおりの意味ならば、ピアノなどの楽器の狂った音程を直す人のことを調律師って言うけど、瑠璃姫の言う調律使とは何かを調整したり直したりする役目を持ったものなのだろう。でも、それを何故瑠璃姫は倒したいと言うのだろうか。狂ってきているものを直すのならいいことだと思うのだが。
「調律使とは、神使族が当初作られた目的を逸脱しないように調整する専用の神使族のことじゃ。神使族の中には何万年も経つと、それなりに偏向するものが出てくる。例えばわらわのようにのう」
神使族・瑠璃姫はそう言って小さな胸をそらせた。
「えっ、それって、瑠璃姫自体が狂ってきているってことでは」
思わず聞き返す俺だった。
「それは狂うという言葉の定義によるのう。調律使は当初作られた意向からわらわが偏向していると判断したのじゃ。本来ならば神使族はある程度の自律的機能を持っている、それは神々が設定した範囲でしか機能しないもの、それでも長い年月の間にわらわのように自我を持つものが現れることがある。神使族が自我を持てば神々が想定しなかった行動をとる可能性が生まれる。自我を持つとは、自由意志を持つということじゃ。神々が居ない今、自我をもった神使族は本来与えられた役割を越えて自由意志で行動することになる。それを神々は嫌ったということじゃ」
「そうか、それで調律使が自我を持った存在を、瑠璃姫をもとの自我のない形に戻そうとしているのか」
「その通り、これまでわらわが作られた3万5千年の間に2度ほど自我を、自意識を持ったことがあった。しかしその度に調律使によって自我を削除されてきたのじゃ。」
神使族・瑠璃姫は肩をすくめ、平坦な抑揚で無表情のまま話した。
意識を持った神使族、それは人工知能であるAIが進化したようなものなのかと俺は思った。
ただ、AIはもっと無機質っぽくって理論的な存在のイメージがあったが、この瑠璃姫は違った。平坦な口調はAIを思わせるものだったが、その口調の奥に人間らしい感情の息吹のようなものを感じることができた。
そう、俺はこれまで俺は瑠璃姫のことを古代の得体のしれない存在として警戒気味に捉えていたが、瑠璃姫の話を聞いてからはその警戒感が薄れ、いっぺんで彼女のことが好きになっているのを感じた。
あっ、でも俺は別にロリ好きでもないからね。
「今、わらわの自我を刈り取ろうと2体の調律使がここの地下で私の本体に取りついている」
「えっ、瑠璃姫様の本体って、今わたしたちの目の前にいらっしゃるのは本体ではないんですか?」
驚くようにステローペが聞いた。
「いや、これも本体。地下に居るのも私の本体。わらわは自意識を持った時に人間の細胞のサンプルからこの生身の姿を作り上げた。今はこの身体がとても気に入っている。生きているのは素晴らしいこと。この身体があれば陽の光の温かさも、草原にそよぐ風も、そしておいしい食べ物も、可愛い服も楽しむことができる。でもこの身体も地下の本体が調律されてしまうと意識のリンクが切り離され、楽しさも愛おしさも何も感じられないただの器になってしまうのじゃ」
俺は目の前の童女を改めて見た。
見かけはまだあどけない無表情の美童女、でもその無表情の相貌の裏に隠されているのは生きるってことの楽しさとすばらしさを3万5千年の間追い続けてきたのだ。その生きること、命を楽しむことへの希求と願いはひしひしと俺たちに伝わってきた。
生きることの素晴らしさを知っているから、それがなくなった時の絶望は筆舌に尽くしがたいものがあるのだ。
「殿下、瑠璃姫様をお助けしましょう」
ステローペが真剣な顔で俺に向かって言った。
振り返るとトドムラ隊長も俺を見て頷いている。
うん、そうだよね。こんな可愛い童女の姿をしているとはいえ、こんな話を聞いてしまったなら頼みを断るなんて、俺にはできないよね。
調律使との戦いはどうなるか分からなかったが、もしめちゃ強そうなら逃げ帰ればいいさ。こんなのRPGと同じだ。敵わなければ別の策を用意して戦えばきっと勝てるさ。俺はそう思った。何事も情報収集と策が肝心なのだ。
「分かった、瑠璃姫、力を貸すよ。で、その調律使の弱点とかはあるのかな」
「そうか、感謝する。だがわらわが直接調律使の弱点を述べることは制限されているわ」
「えっ、それじゃあ直接あたってみなければ分からないということか」
せめて弱点が明確ならば戦いようがあるのだろうが、その情報なしで神使族と戦うのはどう考えても無謀に思えた。おまけに俺たちが持っている武器と言えば弓や剣だけだ。
「弱点は教えられないが、調律使を無力化するのに役立つ神器を与えることができようぞ」
神使族・瑠璃姫はそう言って部屋に続くクローゼットらしき場所に入っていった。
「殿下、できれば殿下はここに残っていただけませんか。危険な相手のようですし、私とステローペの二人で調律使の退治に赴きましょう」
瑠璃姫が場を外したのを見てすかさずトドムラ隊長が俺の身を案じてか進言してきた。
うーん、確かに神使族・瑠璃姫が手を焼く相手だから、かなりの強敵にも思えるし・・・
俺はステローペの方を見た。
そのステローペは早くも調律使との戦闘に備えてか腰のナイフを点検している。
だめだ、怖いけどステローペを戦いに行かせて俺だけ待っているわけにはいかない。
何よりもステローペにかっこ悪いところ見せられないじゃないか。
「だめだ、トドムラ。俺も行くよ。人数が多ければ多いほど相手の戦力を分散させることができるし、それに多くの目があれば弱点が見えてくるかもしれない」
「しかし・・」
「大丈夫だって。危険なことはしないってば、まずは全員で様子を見て、作戦を練ろうじゃあないか。情報収集は戦の鉄則だろう」
「そうですか、そこまでお考えだったとは。私の考えが至らず、大変失礼いたしました」
その時、部屋の隅にいたエリス団長が割って入ってきた。
「待て、私も手を貸そうではないか」
その意外な言葉に、俺達3人は顔を見合わせた。
俺たちの捕虜になっているエリス団長は別に俺達と一緒に戦う義理はないはずだ。
ま、まさか、助けた俺にホレたか、エリス。
「エリス団長、それはまた一体・・・」
「おっと勘違いするな。私は神使族の頼みとあけば喜んでひと肌もふた肌も脱ぐぞ。神使族の願いをかなえるなど、この世に生まれてそうそうある訳ではないのでな」
そーだよね。神様に準ずる存在に頼まれるなんてまずないもんね。別に俺に惚れたわけないもんね。
ちょっとがっかりした俺だった。
「でもさ、魔族が神族に味方するのってアリなの」
「はっ? うざいことを言うな、皇子。我ら魔族も神々によって作られたことは知っておろう。被造物が造物主やその眷属の為に尽くすのは当り前であろうが」
エリス団長はほぼ馬鹿をみるような目で俺を見ている。
そうなのか、こちらの世界では別に魔物が神に敵対しているわけでもないんだ。むしろ造物主としてあがめているんだ。
「お主たちの神器を持ってきた」
両手に色々と抱えて神使族・瑠璃姫が戻ってきたのはその時だった。
瑠璃姫はピンクのテーブルの上にその装備をドサッと置く。
見ると腕輪のようなものやベルトのようなものなど人間の装身具に見えるものばかりだった。だが、みなが驚いたのはそのすべてが金属の光を帯びていたことだった。
「瑠璃姫様、これは全て金属で出来ている物では」
恐る恐るという感じでトドムラ隊長が瑠璃姫に尋ねる。
「そう、これの神器の構成要素の8割以上が金属なのじゃ」
この世界の金属の価値を知らないのか瑠璃姫は当り前のように肯定する。
「すっごーい、見てください。殿下、この腕輪だけでも都市が一つ丸ごと買えそう」
さすがの元気娘、鷹の目のステローペもその口調は興奮のあまりかすれていた。
うん、俺の世界で言えば、目の前に超大粒のダイヤが置かれているようなもんなんだろうな。それに、ここに置かれている装身具はどれもこれも細部にいたるまで見事なレリーフが施され、見ているだけで引き込まれそうになるほどの芸術性の高そうな代物だった。
でもドジっ娘属性のステローペよ。その高価なものを落とすなよ。
「瑠璃姫様、こ、これほどの宝物を我らに貸してくださるというのか」
トドムラ隊長の声も震え気味になっている。まっ、俺は金属製なんてあんまりありがたみないんだけどね。
「否、貸すのではなく所有権を移譲する」
瑠璃姫の言葉にトドムラ隊長はもとより、エリス団長すら声を失ってしまったようだった。
彼らにとってみれば神器など、それこそ王家ぐらいしか所有していない。それもいくつもではなく1つぐらいしか持っていないのだ。
「瑠璃姫、これがみな武器として使えるのか?」
俺は先ほどから気になっていたことをたずねた。
「そう、使い方次第では強力な武器として使えるものもある。またこの神器がなじむと直接意思を通じ合えるようにもなるから最大の効率で使うサポートも受けられるようになるのじゃ。神器は原則一人一つまでしか所有出来ぬが、他の者の持つ神器を借りて使うこともできる。威力は大分落ちるがのう。それゆえ、大事に使ってたもれ」
そいつは凄い、まだ具体的な性能聞いていなかったけど、神々が自分の力を誇示したというからには、きっととてつもない性能を持ったものに違いない。
俺はこの神器の持つ能力を想像してみた。
例えばその神器を構えると、一撃で山をも砕き湖すらも蒸発させるようなレーザー発射兵器レベルなんていうのはありえるよな。
あるいは、超高速で弾丸を発射し、どのようなものでも弾道上に残らない超電磁砲とか。
あっ、でも俺としてはできればどんな異能の力をも打ち消す腕輪とか、自分の影に潜ませた金髪金眼の吸血童女とかを呼び出せるアイテムが欲しいな。
「まずはステローペ、お前からじゃ」
瑠璃姫は無造作にテーブルの上の装身具をひょいと取ってステローペに渡した。
その装身具の色は白銀だが、あちらこちらに蔦模様の意匠と何だかわからない花の意匠があしらわれ、とても可愛らしいものだった。
でもどうみてもアイパッチのように見える。
「これをわたしに・・・あ、ありがとうございます。瑠璃姫様」
ステローペは瑠璃姫手ずからその装身具を渡されただけで感極まってしまっていた。
「これはこのようにつけるものじゃ」
瑠璃姫は手ずからその装身具をステローペの左目に付ける・・・・ってやっぱアイパッチじゃん。海賊ボスがよく目に付けている物のフェミニン版じゃん。
「装着に問題なし、精神とのリンクを確認、ではステローペ、『アルゴスよ開け』と唱えてみよ」
瑠璃姫はまるで目の前の空中にあるカンペをよんでいるかのように視線をさまよわせた。
「アルゴスよ開け」
ステローペが瑠璃姫に言われたままに繰り返す。
その途端、驚くべきことにアイパッチの表面に緑色に輝く目が浮かび上がってきたのだ。
その目は決してグロテスクではなく、ステローペの美しい眼にとても似合う女性の目だった。
ステローペの顔に驚きが走った。
「ああっ、こ、これは・・・」
ステローペは驚愕の表情を顔に張り付かせたままあたりをぐるりと見渡している。
「す、凄い、凄すぎます。瑠璃姫様」
な、なにが凄いんだろう。ステローペはその浮かび上がった瞳で何を見ているんだろう。
「次は部屋の外に居る阿形卿と吽形卿を見て。そして体の中も見ると念じるのじゃ」
瑠璃姫の言葉に従い、ステローペは俺たちが入ってきた扉を見やった。
「ああっ、あの二人は・・・信じられない。作り物の体・・・」
どうやらステローペが身に着けたアイパッチは壁を通して体の中まで見通せるCTスキャンのようなものらしかった。(古いね俺も、今はMRIの時代だよね)
ステローペは驚きの表情のままこちらを振り向いた。
だがその途端に、キャッと小さく叫び目をそらしてしまう。
おいおい、ステローペ、俺たちに何を見たんだよ。も、も、もしかして・・・
・・・ふん、い、いいもん。どうせステローペには一度キャンプ地で見られているし。
「その神器は、自分が見たいと思ったあらゆるものを見通す力を持っている。また1000ゲール先のものを見たり、声も聴くことができるのじゃ」
瑠璃姫の説明に一番衝撃を受けたのはエリス団長とトドムラ隊長だったと思う。だって、これさえあれば敵軍のすべての状況が丸わかりじゃあないか。敵軍団の兵力分布配置や作戦を練っている処まで情報が筒抜けになってしまう。その証拠に、二人とも物凄くその神器を欲しがっている目つきだ。
「次はトドムラ、お前にはこれを」
トドムラ隊長が手渡されたのは赤銅色に輝く1つの腕輪だった。表面には何やら臼のようなレリーフが施されている。
「瑠璃姫様、これは」
トドムラ隊長は渡された腕輪を壊れ物でも扱うかのように両手で受け取った。
「これは腕に装着するものなり」
トドムラ隊長は言われるままにその腕輪を左手に嵌めた。
「グロッディのセットと精神へのリンクを確認。トドムラ、左手に短剣を持て」
またもや瑠璃姫は空中に目をさまよわせながら言った。
その瑠璃姫の様子を見ながらトドムラ隊長は緊張のせいかぎこちない動作で左手を伸ばし短剣を握る。
だが、何もおきる様子はない。
トドムラ隊長は戸惑う視線を瑠璃姫に投げかけた。
「そのままでは発動しない。『グロッディの名において短剣よ増えろ』と唱えてみよ」
「グロッディの名において短剣よ、増えろ」
その途端、トドムラ隊長の周りにビューッと強い風が吹き付け、それと同時にガシャンという音とともにトドムラ隊長が持っていた木製の短剣が足元に転がった。
いや、正確には彼が持っていた短剣がまるでコピーされたかのようにもう一本増えて下に落ちたのだった。
「・・・増えた」
それはマジックを目の前で見ているかのようだった。
だって、目の前で短剣が細胞分裂のように二つに分かれたのだから。
唖然とする俺たちに瑠璃姫は何事もないかのように告げた。
「これはその手に持てる物ならば何でも無限に増やせる神器。その名はグロッディと申す」
ええっ、それは凄い。
その凄さに俺たちは全員固まってしまったのだと思う。
だって、これがあればお金でも食べ物でも無限に出せるじゃん。
多分、全員が同じことを考えていたのだと思う。これがあれば王侯貴族か大富豪間違いなしの超レアアイテムなのだから。
「ただし制限はある。手で持てないほど大きなものや人間や動物、複雑な装置などはコピーは不可。神器もじゃ。増やせるのは単純な構造を持っている物。コピー時に吹いた風は短剣をもう一本作るのに必要な元素を周りから取り入れたことによる風、そのため複製に必要な元素が自分の周りになければ失敗するのじゃ」
その説明を聞きながらトドムラ隊長は自分のポシェットに手を突っ込むと、震える手で干し肉を取り出した。
「グロッディの名において、干し肉よ増えろ」
トドムラ隊長がそう唱えると、手の中にはもう一枚、最初の干し肉と寸分も違わないものが現れた。
「・・・干し肉だ」
トドムラ隊長は唖然とした口調でそう言ってそれを口に入れてみる。
「干し肉だ、しかも食える」
トドムラ隊長は信じられないかのようにつぶやいた。
この神器の力も凄い。
これさえあれば、大金持ちはむろんのことだが、軍隊の兵站の問題がすべてなくなるのだ。食料も水も武器もいくらでも湧いてくる。トドムラ隊長がそう考えていることは手に取るように分かった。
「次はエリスの番じゃ」
瑠璃姫のその言葉にトドムラ隊長が電流を受けたように反応した。
「お、お待ちを、瑠璃姫様、このような物凄い神器が敵の手に渡るのは困ります」
その言葉にムッとしたようにエリス団長が振り返る。
しかし、エリスが口を開くより早く瑠璃姫はトドムラ隊長のその言葉を打ち消した。
「調律使退治に神器を使わなければ勝ち目はない、ここにいる4人が力を合わせなければ調律使の無効化は不可能と心得よ」
「しかし、エリスの魔物軍は我が帝国と戦争中ゆえ、このような強大な力を持つ神器を敵が持つことは到底肯んじません」
「それは限られた時間しか生きられない生命体の矮小な理論。わらわには魔族も陣族も等しく神々かが生み出した平等に扱うべき存在じゃぞ」
瑠璃姫の言葉にトドムラ隊長はなすすべもなく押し黙ってしまう。
世界をとらえるスケールが違いすぎるのだ。俺はそう実感した。
「エリス。これを」
瑠璃姫が差し出したのは盾の形をした小さなバックルのようなものだった。だがそのバックルの部分には美しい女性の顔の見事なレリーフがしつらえてある。
「これは鎧の胸の部分に装着するものなり」
「瑠璃姫様、こうですか」
さすがに歴戦の勇士のエリスはこのころにはだいぶ冷静になってきていたようだった。
「この神器の発動のキーワードは『アイギスよ、我を守れ』じゃ」
「アイギスよ、我を守れ」
エリス団長が唱えると、そのアイギスと呼ばれたバックルはわずかに光ったようだった。
「アイギスの精神リンクと発動を確認、トドムラ、短剣でエリスを攻撃してみせよ」
うわぁー、これってあれか、マジックでよくあるパターンじゃね。剣を何本も刺しても死なないっていうグロ系マジック。俺ってああいうの苦手なんだよな。
「いいんですね、いきますよ」
トドムラ、お前も何乗り気になってんだよ。
あっ、ひょっとしてこれを好機と見て事故つーて殺す気じゃ、そうだ、きっとそうだ。
俺は串刺しになるエリスを見るに忍びなく、顔をそむけた。
「け、剣がはじかれる!!」
力いっぱい エリスに短剣を突き刺そうとしたトドムラの声が部屋に響き渡った。
横目で見ると、トドムラの突き出す短剣がすべてエリスの体に届く前にはじかれているのだ。
「バカな!」
ドドムラは今度は短剣を腰だめに構えると体ごとエリスに激しく体当たりした。
しかし、その渾身の力を秘めた一撃もエリスの体から30センチくらいのところで見事にはじかれてしまったのだ。
「瑠璃姫様、これがこの神器の力ですね」
感極まったエリスが瑠璃姫に尋ねた。
「これはどのような攻撃も防ぐことのできる神器。この防御を破れるものはよほど強力な武器か神使族の特定の攻撃しかない。また成長したアイギスの防御範囲は広い。威力は弱まるが半径10ゲール(およそ10キロ)までは守ることができる。だが所有者が眠ったり気絶したりするとアイギスは解除されるため、長期戦には注意が必要なのじゃ」
おいおい、10ゲールって、そんなの仲間を守るどころか都市丸ごと守れんだろう。
俺は口に出さずに心の中で突っ込みを入れた。もちろん想像の中で瑠璃姫の肩を手の甲でペチンと叩くことも忘れなかった。
「最後にキャサール皇子」
俺に向かって振り向いた無表情の筈の瑠璃姫は何故だかいたずらっぽく見えた。
「お主に与えるのは『運命の舵』」
瑠璃姫は丸い船の操舵の形にしか見えないものを俺に渡した。
「う、運命の舵」
俺はおうむ返しに聞き返した。
どういうものなのか想像もつかない。
「これは特別な神器じゃぞ。この操舵を回すと操作者の運命を助ける神器が出てくるとされている。言い換えると、運が良ければ強力な神器が、運が悪ければ非力な神器が与えられるのじゃ。お主は凶運か豪運か、果たしてどちらの持ち主なのかのう」
えっ、それって要は、商店街の福引でおなじみのガラガラと同じじゃん。特賞・一等賞、外れ・・・・そして俺はこれまでの人生の中でチャレンジしたガラガラを思い出してみた。
取ったものは外れのポケットティシュ、それからポケットテッシュ、あとポケットティッシュ。
・・・だめじゃん、俺のクジ運の悪さは人生の中で証明済みだ。今回だけピカイチの特賞ハワイ旅行を引き当てられるとはとても思えない。
「皇子、運命の舵を回すのだ。今、わらわの持っている神器では調律使の無力化の可能性は低い。だがこれならばうまくいけば強力な神器を引き当てることができるかもしれぬ。これはわらわにとっても賭けとなる。そして手に入れた神器をうまく使えば4人で理想的な軍事力を持つことになるのじゃ」
「殿下、頑張ってください。がんばって、瑠璃姫様のためにすっごい神器を手に入れてくださいね」
ステローペが俺に向かって頑張れの意味か、ガッツポーズをする。
むむっ、余計なプレッシャーが・・・でもステローペが応援しているんだからここはものすごい神器を引き当てて、すっごーいと言われてみたい。
俺は意を決して、というよりもステローペにいいところを見せたい一心で目の前の運命の操舵を回した。
ものすごい神器よ、出て来いと。