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79. ケイティの仲裁

ノード神話 「超族の争い」の章より


 こうして、超族・125番と2柱の神使族の争いは終焉したかに思われた。

 しかし、神出鬼没王がかけた封印の術は完全なものではなかった。

 封印には小さな穴が開いていたのだ。

 そしてそこから超族・125番は己の復活のための永き活動を行うことになったのだ。





 「なっ?強すぎる!」


 ハトマ副官が驚愕の声を上げた。

 重トロールが石門内を突進し、迎撃した兵士たちをダンプカーとの衝突のように吹き飛ばしてしまったのだ。

 普通、重トロールはこんなに早く動けない。

 せいぜい、のろのろと動くだけだ。

 だが、この重トロール達は違った。

 トーマ・ヤイス大尉がこれまで見たこともないほどのスピードで突っ込んでくるのだ。

 だが、幸運なことに、石門の前に配置した石の防壁に足を取られ、先頭の重トロールが倒れ込んでしまった。

 そこをすかさず兵士たちがトロールの急所の首に石剣を突き刺していく。

 あっというまに重トロールの一匹は派手な血しぶきを上げて絶命してしまった。

 だが、その後がいけなかった。

 続けて石門から現れた重トロールの思い棍棒の一撃に、帝国の兵士たちは次々と刈り取られて行く。

 おまけに、まずいことに石門からはリザードマンたちがバラバラと飛び出してきた。

 その勢いは、まるで水門が決壊したかのようだった。

 

 「大尉殿、無理です、とても止められません!攻撃魔法兵がいないと無理です」


 ハトマ中尉が悲痛な声を上げた。

 重トロールに対抗するには剣や槍といった物理攻撃では無理なのだ。

 だが、トーマ・ヤイス大尉の手勢には攻撃魔法兵は一人も残っていない。

 もはや、これまでか。

 トーマ・ヤイス大尉が腰の石剣を抜き放った。

 全滅するのは目に見えている。

 彼我の戦力差は歴然としていた。

 ならば、せめて一太刀、少しでもそれによって時間が稼げれば、難民達が逃げおおせる時間が稼げるのだ。

 ハトマ中尉も同じように石剣を抜いて構える。

 その二人に向かって、数十名のリザードマンの兵士が殺到した。


 グオーン!!


 その瞬間、彼らの頭上に凄まじい轟音が鳴り響いた。

 その轟音の大きさに、人間も魔物も、戦場にいる誰もが戦いを止めて音の方向を見やった。

 そして彼らが目にしたのは、陽光を浴びてギラギラと黄金に輝く金龍の姿だったのだ。


 「金龍!ここは金龍の住処だったのか!」


 トーマ・ヤイス大尉は手にした石剣を取り落し、その場にへたり込んでしまう。

 神使族を別として、金龍にかなう生物などこの世界にはいない。

 たとえ魔王国軍から逃れることが出来ても、金龍からは逃れることなどできっこない。

 ただ単に殺されるだけではなく、貪り食われるのだ。

 トーマ・ヤイス大尉は自分の心の中の全ての希望がかき消されるのを感じた。

 そして、避難民達をこの恐怖の存在の前に放り込んでしまったことを悔いた。

 やはり、あの老農夫の言葉通り、この地は化け物の跋扈する恐怖の土地だったのだ。

 だが、恐怖に震え、絶望の底に叩きこまれたのは何も帝国軍兵士達だけではなかった。

 魔王国軍の兵士も、あの重トロールすら金龍の持つ圧倒的な破壊力を肌身で感じ取り、身動き一つできなかったのだ。

 

 「双方、剣を収めよ!神聖なるこのマヨヒ国での戦は許さぬ!」


 数キロ四方にまで響き渡る大音声で警告を発したのは金龍だった。

 金龍は足元に何やら台座のような物を吊るしている。 

 そしてゆっくりと羽ばたきながら石門の前に着地した。

 その体躯の巨大さに、トーマ・ヤイス大尉は戦慄を禁じ得なかった。


 「双方の指揮官に問う。ここは神使族・瑠璃姫様の治めるマヨヒ国である。その国に無断で侵入し、あまつさえ戦を始めるとは、神使族・瑠璃姫様に弓引く行為とみなされても異存はあるまい。申し開きがあるなら、我が前にいでよ」


 金龍が神使族に仕えていること自体が驚きだった。

 元来、龍族は、特に上位種の龍族になるほど束縛を嫌うと聞く。

 それが、神使族に仕えているというのだ。

 すぐにでも怒れる金龍に焼き尽くされるかと思っていたトーマ・ヤイス大尉にとって、このことは一縷の望みを与えることとなった。


 「金龍様、私は神聖ガルニラン大帝国帝都守備師団所属、トーマ・ヤイス大尉であります。私が難民キャラバンの指揮を取っております」


 トーマ・ヤイス大尉がそう言った時だった。

 金龍の足元の台座に乗せられた箱から女性の悲鳴のような声が聞こえたのだ。


 「兄様!トーマ兄様!」


 箱の中から飛び出してきたのは若い女性だった。

 トーマ・ヤイス大尉は我が目を疑った。

 それは、帝城の郊外の荘園に残してきた最愛の妹、ステローベに他ならなかったからだ。


 「ス、ステローペ、何故ここに」


 信じられない思いで駆け寄ってくるステローベを茫然と見るトーマ・ヤイス大尉だったが、はっと気づいて目の前の金龍に言葉を発する。


 「私たちは魔王国軍に敗れ、大勢の避難民とともにこの地が神使族様の国と知らずに辿り着きました。そして、今戦闘をしていたのは魔王軍の人間狩りの部隊、それゆえ戦闘になってしまいました。どうか、ひらにご容赦を」

 「兄様」


 駆け寄ってきたステローベがトーマ・ヤイス大尉の首に抱き付く。

 だが、その再会を喜ぶ間もない。


 「そうか、お前がステローベの兄だったのか」


 トーマ・ヤイス大尉には金龍の表情が少し和らいだように見えた。


 「失礼します、私が大ニザール魔王国軍第5強襲師団の師団長、トーナミ少将であります」


 突然後方から響いた声にトーマ・ヤイス大尉は振り返った。

 そこには急いで走ってきたのか、息せき切った黒い軍服姿の人狼の姿があった。

 恐らく、金龍出現の報告を受け、大急ぎで石門の向こうから来たのだろう。

 

 「お前が、魔王国軍の最高指揮官か」

 「はい、そうであります。知らぬこととはゆえ、貴国の領土に無断侵入したこと、深くお詫び申し上げます。しかし、これも我が君主モラグ王陛下のご命令に従ったまでのこと、責任のすべては、この私にございます。処刑は私だけとしていただき、どうか、部下はこのまま撤退させていただけますまいか」

 

 トーナミ少将は金龍に向かって深く頭を垂れた。

 例え精強・勇猛を持って知られる魔王国軍の師団であっても、金龍と戦っては勝ち目はないことは重々承知したうえでの決断だった。

 ならば、自分一人が犠牲となり、マヨヒ国無断侵入の責を負い、配下の命は少しでも救おうという腹積もりだったのだ。

 その首を垂れるトーナミ少将に聞き覚えのある声がかけられた。


 「もうよい、トーナミ、頭を上げよ」


 その声に訝しがりながら頭を上げたトーナミ少将の目に飛び込んできたのは、黄金龍のエリス団長だった。

 これにはさすがの百戦錬磨の勇将、トーナミ少将も驚きを禁じ得ない。


 「おおっ、なんと、エリス様」


 トーナミ少将が驚くのも無理はない。

 エリス団長はトーナミ少将の恩人であり、上司であり、そして先生だったのだ。

 親兄弟のいない、浮浪者同然だったトーナミを拾い、軍の基礎知識を徹底的に教えてくれた、いわば姉も同然の存在だったのだ。

 そのエリス団長がモラグ王に疎まれ、自らが育てた軍団を追われ、最後は帝国の皇子を追跡中に砂蛇に襲われ死んだと聞いていた。

 そのエリス団長が生きて、目の前にいるのだ。

 こんな嬉しいことはない。

 すると、エリスの姿に気づいたトロールやリザードマンたちが一斉に膝を地に付けて臣下の礼の姿を取り始めた。


 「ケイティ、攻撃は止めだ。この魔王国軍の者たちはみんな元、私の部下だった者たちだ。彼らの言葉に信が置けることは私が保証する」

 

 エリスが金龍に告げた。

 気が付くと、エリスの立っている側に異形の存在も含めて複数の人間がいる。

 ピエロ姿の男も衝撃的だったが、あの空中を泳いでいる派手な色彩の魚は一体なんだ。

 トーマ・ヤイス大尉もトーナミ少将も自分の目を疑った。

 その中の若い男と中年の男にトーマ・ヤイス大尉は見覚えがあった。

 それは、キャサール皇子と帝城の守備隊長トドムラ隊長だと即座に気が付く。


 「ほう、これはこれは、こんなに知り合いが多いとは、いやはや、まこと人間生きてこそ花ですな」

 「そうだな、トドムラ。ステローペの兄がいるかと思えば、エリスの元部下までか。エリス、お前部下の人望、ずいぶん厚いみたいじゃあねえか」


 かたや黄金龍のエリスと恐れられた魔王国軍の司令官と、帝国の第三皇子が金龍の前に一緒に立って会話しているのだ。

 えーっ、何でだ。

 トーマ・ヤイス大尉の頭が混乱してしまったのは仕方がないことだった。

 


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