69. ジョリーナ、再び蛇に
ノード神話 「超族の争い」の章より
超族・125番は思いもかけぬ自己の弱体化にひるんでいた。
もともと、どのような過酷な環境であろうとも生きていける強靭な体を与えられた生命体であったのだ。
それが、まるで生身の人間のように傷つき体が破壊されてしまう。
そのようなことがあって良い訳がなかった。
ジョリーナが、ようやく目的地の蔦城にたどり着いたのは翌日の昼頃だった。
街道から見えるはずの蔦城の先端の塔が見えないことに不吉な予感を覚えながら、ジョリーナは城を取り囲む森を早足で抜ける。
だが、数歩歩いたところでジョリーナの足は止まってしまった。
「そ、そんな・・・・」
ジョリーナが絶句するのも無理はない。
何年も慣れ親しんできたその場所に蔦城はなかったからだ。
いや、あることはあるのだが、ジョリーナの目に飛び込んできたのは崩れ落ちたがれきの山だけだった。
高熱で焼かれたのか、城壁の残骸はあちらこちらが真っ黒に煤けている。
そして、焼け焦げた匂いがつんと鼻を突いてきた。
「ま、まさか、これはキャサール達が・・・」
そこで、ケイティはキャサールの一行に金龍が居たことを思い出す。
金龍なら、金龍ならばこの城を完膚なきまでに破壊することも出来るだろう。
だが、それでは瑠璃姫もまた破壊されてしまう。
キャサールは瑠璃姫の命などどうでもいいのだろうか。
そう思った時、がれきの側に誰かいるのに気が付いた。
「誰?そこにいるのは」
ジョリーナは武器らしい武器は持っていない。
それゆえ、隠れているのがキャサールの仲間だったり、山賊だったりした時には大変困ったことになるのだが、生来の気の強さと美貌が功を奏して、これまでに窮地に陥ったことがない。
「隠れていないで出てきなさい!」
再度ジョリーナは怒鳴るようにして命じた。
すると、がれきの下から出てきたのは全身にひどい怪我を負ったゴブリンだった。
「どうか、殺さないでくんろ、差し上げられるものは何でも差し上げるです。ですから、殺さないでくんろ」
ゴブリンの顔は火傷で爛れている。
どうやら、目もよく見えていないようだった。
だが、ジョリーナにはそのゴブリンの着ている緑色の制服に見覚えがあった。
125番教軍の偵察大隊の制服だった。
あちらこちらが破れ、ボロボロになっているが、確かに125番教軍に所属する兵士だった。
「安心して、わたしは敵じゃあない、ジョリーナよ」
「おお、ジョリーナ様でごわしたか。良かった、てっきりあのキャサールと、おとろしか女のかとば思いますた」
ジョリーナが味方と知ってほっとするゴブリンだった。
ジョリーナはこのゴブリンのことを知らないが、ゴブリンの方は超族・125番様直属の女官であるジョリーナのことを知っているようだった。
「お話し、一体何があったの、125番様は無事?どちらにおらるの。ニトは、ニトはどこ、わたしの体のことでニトにどうしても聞かなきゃならないことがあるのよ」
一息に聞きたいことをまくし立てるジョリーナだったが、もともとゴブリンは受け答えが得意な方ではない。
ジョリーナの剣幕に押されて、たじたじになってしまう。
「あっ、ううっ、あっ、125番様、えっっと」
その答えのもどかしさに、ジョリーナの怒りは頂点に達した。
「お答え!、早く、ええい、さっさと言わんかぁぁ!」
その瞬間、ジョリーナの顔がにょきにょきと前に突き出す。
口は耳元まで裂け、毒を含んだ鋭い牙が威嚇するかのように現れた。
そして全身の皮膚は見る見るうちに真っ白な鱗に覆われて言った。
またもや蛇化のメタモルフォーゼが始まったのだ。
「おのれ、ゴブリン、さっさと話さんと、丸呑みにしてくれるぞ」
「ヒッ、へ、蛇」
爛々と光るジョリーナの双眸がゴブリンの動きを止めた。
もともと重傷であまり動けなかったことに加えて、ジョリーナの恐ろしい邪眼ならぬ蛇目に捕えられたのだ。
恐怖のあまり身がすくんで動けるはずもなかった。
「ええい、もどかしや。こののろまのゴブリンめが」
半分は無意識なのだろう、ジョリーナの蛇体はゴブリンに近づくと、するするとその体に巻き付いてしまう。
「ええい、早く言え。これでも言わぬか」
その声とともに、ジョリーナはゴブリンの胴体を絞めあげる。
それも力加減をしているのではなく、憤怒にかられたジョリーナが全力で締め上げるのだから堪ったものではない。
たちまち体中からボキッボキッと不気味な音が鳴り響く。
最初の締め上げで肺の空気が全部吐き出されてしまったゴブリンは、喋る間もなく簡単に絶命してしまった。
だが、蛇の強力な本能に支配されたジョリーナは、こんどは事もあろうにそのゴブリンを丸呑みにし始めたのだ。
先ほど、野ブタを丸呑みにしたのとは違い、味方であるはずの兵士も区別がつかず、丸呑みにするほど、今のジョリーナの意識は化け物化しているのだった。
・・・そして、一時間ほど後には、ゴブリンの体は完全にジョリーナの体内へと飲み込まれてしまった。
ゴブリンがいた印といえば、ジョリーナの蛇体の側に落ちている靴ぐらいしかなかった。
「ふーう、旨い旨い」
そう言ってから、ジョリーナははっと気が付く。
「ま、まさか、また・・・」
今度は自分が蛇体になっていることすら気が付かなかった。
気が付かず、本能の命ずるままにゴブリンを丸呑みにしてしまったのだ。
だが、次の瞬間、ジョリーナの変容がまた始まった。
蛇化した時とは全く逆のプロセスで、手足ができ、鱗が本来のジョリーナの持つ決めやかな白い肌へとみるみる変わっていく。
そして毒牙も完全に消え去り、ジョリーナはもとの人間の美女へと姿を変えていた。
「何故、何故」
自分がゴブリンを丸呑みにしたショックでジョリーナはその場にへたり込んでしまった。
さすがに気丈なジョリーナといえども、自分が化け物になるのは大変なショックだった。
やはり、ニトの、侍従長のニトの実験がこの変容と関係あるのだろうか。
ジョリーナはそう思った。
そして、もう一つ思い出したことがあった。
それは、2年前のこと、珍しくニトが上機嫌でジョリーナに色々と話しかけてきことがあったのだ。
「おお、ジョリーナ、ついに、ついに完成したぞ」
「完成したって、何をでしょう」
「同時詠唱を可能にする人体改造じゃ」
「同時詠唱?」
「そうじゃ、そうじゃ、同時詠唱じゃ、これを使えば魔法の威力は何十倍、何百倍にも高めることが出来るのじゃ」
「そんなことが、可能なのでしょうか」
「ああ、秘密は人間に特定の動物の器官を生じせしめることによる。この期間を備えた魔術師達は、同時詠唱のタイミングを正確に合わせることが出来るのじゃ、これというのも、お前たちが実験に協力してくれたおかけじゃ」
「はい?わたしが何かおてづだい致しましたかしら」
「ああ、最初のころにな、お前に施した処置はうまく働かなかったが、その失敗が成功を生んだのじゃ」
そうだった。
あの頃、ニトは同時詠唱を可能とするため、動物や魔物の器官を人に生やさせる実験をしていたのだった。
そしてごく初期のころ、ジョリーナはその実験台として処置を施されたのだ。
失敗かと思われたジョリーナに対する実験だったが、キャサールを罠にかけるために取った行動が、結果としてジョリーナに蛇化を発現させることになったのだ。
その蛇化するためのキーワードが憤怒。
前回も今回もジョリーナは怒りに我を忘れ、その結果として蛇化している。
そして、人間に戻るのは、獲物を捕らえ飲み込むこと。
これによってジョリーナはもとの人間に戻ることが出来る。
ジョリーナの結論はそう言うことだった。
そして、生まれもつかない化け物に変わるきっかけを作ったキャサールに対し、次々と怒りが湧き上がってくる。
『キャサール、お前さえここ後に攻めてこなければ、あたしは普通の人間だったのに』
それは八つ当たりとも言える怒りであり、本来キャサールはジョリーナの蛇化に何の責任もないのであるが、ジョリーナの怒りの矛先は完全にキャサールに向けられてしまっている。
『ああ、キャサールの名前を言うだけでも怒りがこみ上げる』
ジュリー名の顔がまた、変形してくる。
だが、ギリギリのところでジョリーナはまだ蛇化し始めていることを感じ取り、怒りを何とか沈めた。
ジョリーナは決意した。
『わたしをこんなにしたにっくきキャサールを惨殺してやる』と。
それは、蛇特有の執念深さとなって、その後のキャサールの命を事あるごとに脅かすことになるのである。




