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5.瑠璃姫の登場

ノード神話 「神々の黄昏の章」より


 この世界で栄耀栄華を誇った次に来たりし神々ではあったが、その滅びの時は神々ですら気が付かないうちに音もなく近づいてきていた。

 「母なる夜」の思想に深く心を奪われた神の一人が、栄光の絶頂にあった神々を一気に滅ぼす神使族を作り上げたのだ。

 それは既に幅広く知れ渡っていた滅器とは全く異なる滅器だった。




 「敵魔物部隊真後ろより接近中、距離1900ミゲール(およそ1900メートルル)、敵の速度からすぐに発見されそうです」


 ステローペが緊張した面持ちで報告したのは旅を初めて6日目の昼のことだった。

 俺たちは森の中を抜けて広い隠れるもののあまりない草原にいた。


 「黄金の竜騎士を先頭に、騎士5騎、蜥蜴人兵およそ100体、真っ直ぐにこちらに向かってきます。歩兵の弓に弦が張られています。槍の穂先の鞘が払われ、臨戦態勢になっている模様」


 これまで遭遇していた魔物部隊は日中の活動が魔物には不向きな時間帯だったため、どことなく行動が鈍かったが、今度の蜥蜴人の部隊は雲行きが違っていた。

 まるで俺たちが居ることを判っているかのような振る舞いだった。


 「ちいっ、なぜだか分からんがこちらの跡を完全に追跡されている。見つかるのも時間の問題か。殿下、こうなれば死地に活路を見出すしかありませんぞ、人は生きてこそ価値あり。あの左手の禿山まで全力で逃げます!」


 トドムラ隊長は舌打ちをすると2ゲール(およそ2キロ)ほど離れた赤茶けてゴツゴツとした不気味な小山を指さした。


 「ええっ、あそこは」


 ステローペが悲鳴にも近い声を上げた。


 「仕方があるまい、ヤツラに捕まれば間違いなく殺される。それよりは一縷の望みを禁域にかけよう、行くぞ!!」


トドムラ隊長は俺の手を力強く引くと、一目散にその禿山めがけて走り出す。

 手を引っ張られる俺も久々の全速力だ。そしてステローペも遅れじと全速でついてくる。馬などは置き去りだ。

 若い体だとはいえ、全速力は相当に厳しかった。しかし蜥蜴人兵に捕まれば確実に殺される恐怖が俺に力を与えていた。

 暫く走ったところで後方からどよめきが聞こえた。

 走りながら後ろを見ると、森を抜けた蜥蜴人兵の部隊がこちらを指さしながら何やらわめいている。

 と、その蜥蜴人の中から、馬にまたがった金や赤の鮮やかな甲冑を着た騎士が飛び出し、こちらめがけて突進してくる。そしてその後にこれまた遅れまいと残りの5騎が続いた。

 あれ、あの騎士どこかで見たことが。


 「殿下、後ろを見ずに前だけ見て走ってください。足並みが乱れる」


 トドムラ隊長の言葉に俺は前を向いて更に速力を上げた。

 あの騎士、あれだよね、最初に俺を捕まえたエリス団長とかいう美女騎士。

 人の話を聞かない、うざいが口癖のおねえさん。

 旅人のふりをしても顔バレなので、捕まったら10000%瞬殺される。


 「あと少し、あと少し」


 トドムラ隊長の喘ぎながら叫ぶ声が聞こえる。

 何があと少しなんだろう。

 俺たちの走る先には草地がいきなり砂地に変わっている境界線があった。

 まるで野球のグランドのように、芝生から砂地にきれいに分かれている。

 それを観察する間もなく、後ろから怒涛のようにドドドドドッと地響きを立てて騎馬が肉薄してくる音がする。


 「ひえぇぇぇぇ」


 真後ろから迫ってくる騎馬の音はとにかく恐ろしい。

 その馬に今にも踏みつぶされてしまいそうだ。

 もう肺と心臓ははこれでもかというくらいに酷使され悲鳴を上げている。

 足も今にももつれそうだった。

 でも、俺は馬に踏みつぶされまいと必死で足を持ち上げ、一歩でも、一秒でも早く前に進もうとした。

 俺たちは草地を抜け、砂地に到達した。しかし、禿山まではまだ距離がある。到底逃げきれない。

 もうこれまでかと思ったその時だった。


 「ウワワッわーっ」


 俺たち3人は砂地にド派手にすッ転んだのだった。

 砂地に入った途端に見かけより柔らかな砂地に足を取られてしまったのだ。

 しかし、慣性の法則まではなくならなかった。俺なんかは転んだ勢いで3回転もごろごろと転がり、盛大に目を回してしまった。


 「いってぇー」


 思わず言ってはみたものの、砂は柔らかく、それほど怪我をした感じはない。

 それよりも恐ろしかったのはすっ転んだことで、騎馬から逃れる術は100%なくなってしまったことだった。

 思えば短い人生だった。この日下歩日人くさかふひと、異郷の地で僅か22年の短い命を閉じるのだ。最後の心残りは女の子とアレできなかったこと。

 俺はゼイゼイと荒く呼吸をしながら、騎馬に踏みつぶされるか、騎士の剣で真っ二つにされるか、その瞬間を待った。

 待った。

 ・・・・・

 待った・・・って、アレ、何もしてこない。

 気が付けば俺は固く目をつぶっていた。

 その目を恐る恐る開くと、俺が見たものは草地に留まって憎々しげにこちらを睨んでいる騎士達だった。

 そして騎士の乗る馬は神経質そうにブルブルブルと鼻息を立てながらこの砂地からなるべく離れようとでもいうのか、せわしなく動き回っているようだった。

 アレ、なんで? 何で襲ってこない?

 俺は理解できないままとりあえず騎士達から少しでも離れようとした。

 トドムラ隊長もステローペも俺と同様に砂に足を取られ、ド派手にすッ転んだままだった。


「弓兵!早く来い、弓兵!」


 エリス団長が焦ったようにはるか後ろに引き離してしまった蜥蜴人を大声で呼び寄せている。

 どうも何らかの理由で彼らはこの砂地に入ってこられないようだった。

 だが彼らには蜥蜴人の弓兵がいた。

 蜥蜴人達が草地と砂地の境界から弓を射れば、10メートルと離れていない俺たちは間違いなく矢を全身から生やしたハリセンボン状態になってしまうだろう。

 それはいやだ。

 俺は近藤春奈にも箕輪 はるかにもなりたくない。

 ちがーう、そんなジョークをかましている場合か!

 蜥蜴人達は走るのがあまり得意ではないようだが、それでもガニ股で小走りにこちらに近づいてきている。


 「キャサール皇子、散々逃げ回りこのような禁域にまで逃げ込むとは笑止千万、まさにチキンの名に恥じぬ行いだな。うざい、うざいぞ。色々手こずらせてくれたがそれもこれで終わり。最後の皇族の身柄、大ニザール魔王国第11騎士団団長の黄金竜ことエリスが貰い受けるぞ」


 近づく弓兵を見て自分の勝利を100%確信したのか、エリス団長が神経質に動き回る馬上から芝居がかった勝ち名乗りを上げた。

 どんどん近づく弓兵、その彼らは背中の矢立から矢を取り出し、弓につがえながらいつでも射られるようにしている。

 どうする、どうする俺、今度こそ絶体絶命なのか。このまま体中穴だらけにされてしまうのか。


 「逃げるぞぉ、走れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 俺は大声で叫んだ。その声に目を回していたトドムラ隊長とステローペが跳ね起き、禿山めがけて遁走を始めた。


 「まて、止まれ、止まらんと矢を射かけるぞ」


 エリス団長が叫んでいるが、アホかぁー誰が止まるか。

 はなはだ恰好悪い逃走方法ではあったが、蜥蜴人の弓兵が到着するころには俺たちは矢の届かない100メートルくらい先までなんとか逃走することに成功した。

 ううっ、息が苦しい。気持ち悪い。

 必死だったとはいえ、さすがに足場の悪い中この距離まで全速力で走るのが限界だった。もはや足もあまり上がらなくなってきている。

 隣を見ると、トドムラ隊長もステローペも酸欠で吐きそうになっている。

 境界線上ではようやく到着した弓兵部隊が弓を構え、一斉に矢を放ったのが見えた。

 しかし、彼らの装備しているのが短弓だったこともあり、矢は俺たちの少し手前にポトリと力なく落ちるだけだった。


 「も、もう大丈夫のようですな」


 その矢が落ちるさまを見てトドムラ隊長が荒い呼吸をこらえ絞り出すように言った。


 「うん、矢も届かないようだし・・・あっ、魔法だ、魔法を使われたらヤバイんじゃあ」

 「だ、大丈夫です。この禁域は魔法の利かぬ場、ゼロ地点でもあり魔力を吸収してしまう場ですから」

 「ふうーん、そうなんだ。じゃあ、おれ・・・私・・・ええいめんどうくさい。俺たちはあいつらから安全なんだ」


 俺は境界線で地団駄を踏んで悔しがっているエリス団長の方を指さした。


 「はい、あの連中からは安全と言えましょう。しかし蛇と瘴気が・・・」


 俺はトドムラ隊長の話を最後まで聞かずにエリカ団長に向かって叫んだ。


 「やーい、バカエリス、蜥蜴女! ここまで来れないだろう。蜥蜴なら蜥蜴らしくさっさと家に帰ってハエでも捕まえて食っていろ。バーカ、ここまでおいで、おしりペンペン」


 とりあえず危機を逃れたという安心感が俺をして小学生の口喧嘩みたいな真似をさせてしまったようだ。仕方ないよね。でも遠目でエリス団長の黄金色の顔が赤銅色にみるみると染まるのが分かった。


 「きっさまーっ」


 しまった、エリス団長の直情径行な性格を忘れていた。

 頭に血が上り前後の見境がなくなったエリス団長は、一声吠えるとそのまま境界の先、つまり虚脱を起こす禁域に突っ込んできたのだ。

 エリス団長の麾下の騎士や兵があわてて馬ごと止めようとして何匹もがふっとばされているのが見えた。

 次の瞬間、砂地に乗り込んだエリス団長が馬ごともんどりうって倒れ、砂が噴水のように盛大にまき散らされる。

 エリス団長のその行為に、俺たち3人はただ口をあんぐりと開けたままだった。

 だがさすがと言っていいのか、馬が倒れた瞬間にエリス団長はその馬の下敷きにならないようにひらりと飛び降りる。


 「あれっ、砂地に入ってきちゃった。入れるんだ」

 「ええ、もちろん入れますとも。呪いを受けるのを覚悟すれば」


 トドムラ隊長の言葉は意味深だった。

 だが、俺にはその言葉を斟酌する時間などなかった。

 エリス団長は転がったまま起き上がらない馬を捨て、こちら目ざして猛スピードで突進してきたからだった。

 いや、それだけではない。エリス団長に続けとばかりに騎士や兵士たちも次々と禁域に入り込んでくる。だが彼らの馬はこの土地に本能的な危険を感じているのだろう、ほとんどが騎士の指示に従わず、手を焼いた騎士達は馬から飛び降り、エリス団長の後を追い始める。


 「やっべえ、藪蛇だったか」


 100匹からのあの人数を相手にしては、たった3人の俺たちはかなう訳がない。


 「いや、殿下の挑発見事でしたぞ。ご覧ください」


 トドムラ隊長が指さす方向を見ると、なんと砂が盛り上がりながらすごい勢いで蜥蜴人たちの方に近づいている。それもその数1つではなく、10個ほどのもあった。

 砂の下に何かとんでもない化け物がいるのだ。


 「砂蛇です」


 トドムラ隊長が憐れむように言った。

 砂蛇と呼ばれた砂の盛り上がりは駆け続ける蜥蜴人達の近くまで来ると一気にその正体を現すことになった。

 その砂のもり上がりから突如砂が大量に吹き上げられ、そこから10メートルを超すかと思われるような巨大なピンク色のゴカイのようなモノが現れたのだ。

 その砂蛇は胴体をくねくねとよじりながら蜥蜴人達に襲い掛かっていく。


 「うぎゃーーー、来るなーーー」


 たちまち蜥蜴人たちの集団から断末魔の悲鳴が上がる。

 砂蛇の口は胴体の太さと同じだった。そしてその口腔内には無数の鋭利な歯が生えているのがここからも見えた。


 「ジューアー、ジュアー」


 砂蛇の不気味な擦過音のような鳴き声があたりに響き渡る。

 そして砂の盛り上がりから残りの9匹の砂蛇が姿を現し、次の瞬間にまるで養鰻場の鰻にエサを与えた時のような状態になった。

 100人からの部隊がぐるぐるとのたうつ巨大なゴカイに一斉に巻き付かれ、食われているのだ。

 ここからでも蜥蜴人や騎士たちの甲冑がかみ砕かれるバキバキという音が聞こえる。

 俺たちは完全に顔色を失った。

 蜥蜴人達を食い終わった後、砂蛇がこちらに来るのは時間の問題だった。

 そんな俺の考えを読み取ったのだろう、トドムラ隊長が俺に向かって言った。


 「殿下、ともあれ、殿下のおかげで帝国内にその名をとどろかせた黄金竜ことエリスとその麾下の部隊を道連れにでき、一矢報いることができたのがせめてもの慰めでございましたな」


 へえーっ、エリスってそんなにすごい人・・・じゃあない、竜人だったんだ。

 そのエリス団長に小学生レベルの口喧嘩をしかけて勝った俺ってなにげにすごくない?

 つうか、道連れって、トドムラ隊長、完全にもう終わりだと思ってんじゃん。帝城の地下牢から脱出したり、飛龍の探索をかいくぐったり、いつも何とかしてきたトドムラ隊長があきらめるなんて、どんだけ状況は絶望的なんだよ。

 トドムラ隊長の顔を見ると、穏やかな顔つきになっている。まずっ、これって、死を受け入れた時の顔だよな。

 俺の一生、こんなゴカイの化け物に食われて終わりかよ。何だか毎日のように人生の終わりを覚悟しているような気がする。

 俺は何とかならないかとゴカイのような砂蛇を見た。

 あれほどいた蜥蜴人はあらかた食われちまったのか四肢の残骸っぽいのが残っているだけだった。そしてその残骸の上に絡み合うように砂蛇たちが体をくねくねと動かしている。そのおぞましい動きは食い残しの獲物がいないか探しているとしか思えなかった。

 そして砂蛇と俺たちの間にあのエリス団長が必死にこちらに向かって駆けてきているのが見えた。

 どうやらエリス団長だけ先行して離れたところに居たため、砂蛇の襲撃をまぬかれたようだった。

 とはいえ、エリス団長が砂蛇の餌食になるのも時間の問題のように思われた。

 あんな美人なのにもったいない。


 「殿下、トドムラ様、後ろ、後ろを!」


 突如ステローペの緊迫した声に振り向いた俺とトドムラ隊長は自分たちの目の前に信じられないものを見ることになった。

 天から降ったか地から湧いたか、俺たちのすぐ後ろにピンクのドレスを着た10歳くらいの女の子と2人の巨大な甲冑姿の騎士が立っていたのだ。

 その女の子、というより童女は幼稚園の年長組程度の年端に見えた。ただ異様に目を引いたのは大人になれば絶世の美女になること請け合いの整った顔立ちと、長い髪の毛が真冬の新雪のごとく真っ白ということだった。

 そしてその美童女を護衛するかのようにのっそりと立つ2人の騎士は美童女の髪の毛とは対照的に黒一色だった。2人の甲冑の造形はそれぞれ違うものの、すべての色を吸収するかのような引き込まれるような漆黒だった。

 騎士の身長は2メートルはあるかと思われ、その騎士の一人は長大すぎるくらいの長槍を抱え、もう一人は巨大な盾を体の前面に構えている。

その巨人の足元にいる美童女はそれだけでものすごく小さく、幼く見えた。

 何故、なぜこのような場所に場違いとしか思えない童女が居るのだろうか。

 一瞬の沈黙の後に、その童女は砂蛇と俺たちを交互に見て信じられない言葉を吐いた。


 「人間達よ、わらわの願いを聞け。さすれば、砂蛇の襲撃からその身を守ろうぞ」


 それは童女にはふさわしくない平坦な感情のこもっていない声だった。

 すると両脇に控えた漆黒の騎士達も重低音の声をそろえて発する。


 「いかにぃー」

 「いかにぃー」


 童女の無機質な喋り方と騎士たちの大時代的な物言いに虚を突かれた俺たちは何と言ったらいいのかわからずに顔を見合わせ黙り込んでしまう。


 「わらわは瑠璃姫、失われし神々の眷属にして神使族たる存在。そしてこの二人がわらわを護衛する阿形卿あぎょうきょう吽形卿うんぎょうきょうなり。再び尋ねる。あの砂蛇から逃れるため、わらわの助力を受け入れるか。」


 再び純白の髪の童女が喋った。とたんに両脇の2体の騎士達も唱和する。


 「荒虫どもを退けんー」

 「荒虫どもを退けんー」


 俺たち三人は困惑したまま額を寄せあった。


 「何だかよくわからないが、童女っぽいのが助けてくれるみたいだけど、どーする?」


 俺が尋ねるとトドムラ隊長も童女の方をチラチラと見ながら答えた。


 「今は絶体絶命の窮地、何者かはわかりませんし何が目的かわかりませんが、人は生きてこそ価値あり。神使族・瑠璃姫と名乗るからにはおそらくこの禁域に居を定める神使族の一柱と思われます。このままではおめおめと砂蛇の餌食になるばかりでもあり、お言葉にすがり助けてもらいましょう」


 頼み事をすると言っていたけれど、助けを求めることがどのような結果をもたらすかわからなかった。しかし俺達にはまったく選択肢はなかった。


 「あのう、分かりました。何だかよく分かりませんが助けてください」


 俺が代表してその純白の髪の美童女に頼み込む。


 「請願を受理した。」


 純白の髪の童女、瑠璃姫は両脇に控える阿形卿と吽形卿になにやら合図を送る。


 「荒虫どもよ、主の命令であるぞ、この者達を襲うことあいならん」

 「荒虫どもよ、主の命令であるぞ、この者達を襲うことあいならん」


 二人の騎士が言葉を唱和した。


 「砂虫は命令を受理。人間の安全は担保された」


 純白の髪の美童女はそう宣言した。

 あのキモイゴカイだかミミズだか蛇だかわからない化け物はあんたんとこの番犬だったんかい。

 そう思ったその時だった。


 「ハアッーッ!」


 すぐそばで女性の気合いのこもった声が響いた。

 その声の発信源は言わずと知れたエリス団長だった。

 振り向く俺達から10メートルも離れていないところまでエリス団長は近づいてきていたのだ。

 しかし、砂を己の狩場とする砂蛇はそのエリス団長を見逃してはいなかった。

 一匹の砂蛇が砂の中から鎌首(と言えるのかどうか分からないが)を持ち上げて、まさに今、エリス団長に襲い掛からんとしているところだった。

 エリス団長はその砂蛇に対し剣を向けている。

 しかし、ここまで走りにくい砂地を全速力で走ってきた影響か剣先が定めなくフラフラと動いている。

 そして彼女の後ろからは9つの砂の塊が高速で接近してきているのが見えた。


 「ああ、こりゃあ黄金竜のエリスも助かるまい」


 トドムラ隊長がポツリとつぶやいた。

 次の瞬間、砂蛇は巨大な口を開けエリス団長を噛み砕かんとばかりに襲い掛かかった。


 「ジュアー、ジュアー」


 だが、その砂蛇の初撃をエリス団長は剣を砂蛇に突き刺して見事に防ぐことに成功した。

 なんとエリス団長の剣は砂蛇の口から入り、その後ろ、多分頭の脳の部分を完全に貫いたのだった。

 砂蛇は頭に剣を突き刺したまま大きく跳ねた。そして痛みのためか、砂の上に全身をあらわし、物凄い勢いで転げまわり始めた。

 砂蛇の胴体が複雑に絡まりあって団子状態になってしまってもまだ転がりまわっている。

 しかし、この一撃で目前の死は免れたものの、エリス団長の唯一の武器である長剣は砂蛇に刺さったまま持っていかれてしまっている。

 その時だった。俺の口から信じられない言葉が飛び出したのだ。


 「エリスも、エリスも助けてくれ! 頼む!」


 それは突如現れた純白の髪の美童女、神使族と名乗った瑠璃姫に対して自分でも信じられない言葉だった。


 「で、殿下・・・いったい」


 俺の思いかけない言葉にトドムラ隊長もステローペも言葉を失ってしまう。

 それもそうだ。ついさっきまで俺たちの命を執拗に付け狙っていた敵の将の助命を頼むのだから、信じられないのも無理はない。

 だが、俺には立派な理由があった。

 目の前で女性が落命しようとしているのだ。それもゴカイの化け物ような薄気味悪い生物に貪り食われようとしているのだ。それを黙って看過できるほど俺の心は石ではない。しかもエリスは美人だし、美女だし、おまけに美しいし。


 「人間の請願は意味不明。何故に自分に害なす存在を助けるのじゃ」


 さすがの神使族・瑠璃姫もにわかに俺の言が理解できない様子だった。


 「あっ、殿下、何を・・」


 ステローペの叫びが響く。

 その叫び声を背に俺はエリス団長に向かって走り出していたのだ。

 神使族・瑠璃の言うことが確かなら、あのミミズ、もとい砂蛇は俺を襲わない筈だ。それならば俺がエリス団長を抱え上げてここまで連れてくればいい。


 「殿下、お戻りください、危険です。砂蛇どもが・・・」


 とっさの俺の行動に虚を突かれたにも関わらず、トドムラ隊長もステローペも全力で俺の後を追ってくる。

 さすが忠臣、たいしたものだ。見上げたもんだよ屋根屋のふんどし。

 距離にして僅か10メートル、俺がエリス団長のもとに駆け付けるのと、砂の中から次の一匹がぬうっと首を持ち上げるのと同時だった。


 「ジュアー、ジュアー」


 うへっ、さすがに間近で見ると怖いしキモイ。特に頭の直径と同じ大きさに開いた口から発せられた擦過音のような鳴き声とその口の中の鋭利なサメのような歯が濃密ともいえる禍々しい凶暴さを誇示している。

 俺は腰の石剣を抜き放った。

 さっきド派手に転んでも奇跡的にこの石剣は落とさなかったのがラッキー、俺はエリス団長に狙いをつけた砂蛇の口めがけ、渾身の力を込めて刺突剣を投げつけた。

 そしてうまい具合に空中を飛んだ刺突剣は狙い過たず砂蛇の口の中に飛び込んのだ。

 反射的に砂蛇はその口蓋を閉じようとする。

 それが幸運だった。何と石剣の柄が砂蛇の下あごに、そして剣の先が上あごに引っかかったまま砂蛇は口蓋を閉じてしまうことになったのだ。

 当然、石剣の切っ先は砂蛇の脳天を貫くことになった。


 「ウキュシュアーーーーー」


 2匹目の砂蛇もかすれるような苦悶の咆哮を上げ、自分で自分の体にを激しく巻き付きながら転がりまくった。

 その激しい動きに、間近に近づいてきていた9個の砂の塊がどまどったように停止する。


 「今だ!」


 砂蛇がひるんだすきに俺は目の前にのエリス団長を抱え上げた。

 エリス団長は俺が救いに来たことに驚き、目を見開き、えっという顔で俺を見たが、もう体力的に限界なのか荒い息を繰り返すだけだった。

 俺はエリス団長をお姫様抱っこしたまま神使族・瑠璃姫のいる場所へと駈け出した。

 ううっ、甲冑のせいでかなり重い。

 トドムラ隊長とステローペはそんな俺の両脇について、残りの砂蛇が襲ってきたときのために、剣を抜きあるいは弓を構えて後ずさりながら援護に入っている。

 ほどなく、俺たちは神使族・瑠璃姫のもとにたどり着き、俺は抱えていたエリス団長を下した。


 「この若者の行動はこれまでの行動パターンから理解の範疇外。例外事項として認識しようぞ」


 神使族・瑠璃姫はエリス団長を救った俺を見て感心しているのだか呆れているのだか分からない言葉をつぶやいた。

 フン、俺の行動原理は女性には優しくだぜ。

 俺はそんな瑠璃姫の言葉に構わずに、エリス団長を足元におろした。

 すかさずトドムラ隊長がエリス団長の喉元に剣を突きつける。


 「殿下、助けてしまいましたか、困ったお方だ。人は生きてこそ価値ありとはいうものの、この後黄金竜エリスをどのようにするおつもりですか」


 エリス団長から油断なく目を離さないままトドムラ隊長がため息交じりに俺に言った。

 俺にだっていい考えがある訳じゃあない。このまま解放する訳にもいかないことは重々承知の上だ。でもなぜ助けたのかと聞かれて、女性でしかも美人だからという理由をバカ正直に話したとたんに俺の二つ名はエロ親父になるに決まっている。


 「キャサール皇子、なぜ私を助けた」


 喉元の剣を気にすることなくエリス団長が俺に鋭い口調で詰問してくる。


 「いや、実はこれは・・・・」


 俺は何かカッコイイ言い訳を探して言いよどんだ。


 「いいえ、きっと殿下は武人の誉れ高きエリス団長さんがこのままむざむざと砂蛇の餌食になるのが忍びなかったのですわ。誇り高き武人は戦場でこそ死地であるべき、その無念を思いやり、砂蛇の(あぎと)から救い出されたに違いありません。」


 ステローペがジャニーズのアイドルを見るようなキラキラした目で俺を見ながらエリスに言った。

 俺はステローペのその目の輝きにドキマギした。

 うん、俺も今そう言おうと思ったような気がする。

 するとトドムラ隊長がエリス団長に向かって言った。


 「うむ、ステローペの言った通りだ。黄金竜のエリスよ、この地の瘴気に我らはどこまで耐えきれるか分からぬが、お互い武人らしく戦場で剣を交えてこその命、人は生きてこそ価値あり。次に会いまみえるときは戦場と心得、このまま追跡をあきらめてはくれまいか」

 「いや、それは断る。もとより皇子身柄確保は我が君からの勅命、このままおめおめと戻る訳にはいかぬ」


 やっぱりそう来たか。喉元に剣を突きつけられた状態で、そう言い放つエリスってすげーよな。でも瘴気って何さ? さっき言っていた呪いと関係あんの?

 俺のそんな脳内疑問に構わずトドムラ隊長が返答した。


 「ならば、我らとて勇猛果敢で知られた黄金竜をこのまま解放する訳にはいかぬ、しばし御身を虜囚とするがよいか、瘴気にやられなければこの禁域を脱出し、安全な場所にたどり着いた後に御身の身柄を開放しよう。その代り、解放までの間の拘束はせぬことを約束しようではないか」


 トドムラ隊長はそう提案しながら同意を取るように俺の顔を見た。

 俺と言えば、異論はない。トドムラ隊長に同意のしるしとしてかすかに頷く。

 考えてみれば、エリス団長を縛ったまま逃避行なんて足手まといもいいところだものね。

 エリス団長はと言えば、しばし考えるようではあったが、最後に決意を現すように力強く頷いた。


 「ウム、うざいがやむをえまい、この黄金竜エリス、武人の名誉にかけて、解放までの間は貴殿たちに従がうことを魔界開祖神に誓おう。」


 エリス団長の言う魔界開祖神とやらの誓いがどれだけ実効的か分からなかったが、少なくとも名誉を重んじる姿勢だけは真摯なものと受け取れた。

 トドムラ隊長もエリス団長のその誓いの言葉で十分と見たのか、剣を喉元から引いた。


 「人と魔は交戦状態を一時解除と理解。ではわらわの願いを伝授する」


 俺達の会話を聞いていた神使族・瑠璃姫が平坦な声で俺たちに告げた。




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