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4.俺の正体がバレそうに

ノード神話 「英雄ダムランとダフネ皇女の悲恋の章」より

魔王ベルリルを倒した英雄ダムランは帝都に凱旋すると皇帝より退魔将軍の地位を授けられた。

英雄ダムランはその地にて将来必ずや現われるであろう次の魔王に対する防衛の準備に取り掛かったのであったが、ダムランの成功をねたむ貴族たちは機会があればダムランを亡き者にしようと画策を始めたのだった。

 そんなおり、英雄ダムランは宮廷の舞踏会で絶世の美女、皇国の宝石と称えられたダフネ皇女と会うこととなる。

   




その後、俺たちは馬を1頭提供を受け、早々にヤイス老人の家を後にした。

馬と言っても戦馬ではなく、どっしりとした農耕馬だ。

その馬に旅の荷物をどっさりと載せ、俺たちは街道を目指した。

目的地は南にある帝国軍のナムール砦というところだった。

トドムラ隊長の話によると、そこには1個旅団ばかりが駐屯し、まだ魔王軍の攻撃を受けていない筈だという。

ここから徒歩で20日ばかりかかるとのことだった。

俺たちは出来る限りの早足でこの危険地帯を抜けるべく歩を進めた。

農耕馬もそんな俺たちの気持ちを察してか、見かけによらず引かれるままおとなしくついてくる。

ただ一点閉口したのは歩きながらボトボトと大量にフンをすることだった。

馬の後ろをへたに歩くと丸い馬糞を踏んでしまうことになる。また、けっこうくさい。


「殿下、申し訳ありませんが、しばらくは野外で野宿です。ここらへんの町や村は大方魔物軍に破壊されましてね。まったく、人は生かしてこそ価値があるものなのに」


俺は馬のフンの匂いに閉口しつつも歩きながらパンを齧り、トドムラ隊長の説明を聞いていた。

このパンはヤヌス老の奥さんが用意してくれたものだ。

他にも干し肉などの保存食をいっぱいもらっているのでしばらくは安心だ。

もともと、魔王軍の侵攻を受けてからいつでも動けるように支度をしていたとのこと、ステローペがすぐに出発できたのもそういう訳だった。


「これより2ゲール先には魔物はおりません。野生の動物は6匹いますが、どれも草食で脅威になる危険な動物ではありません。道はこの先右にカーブしながらなだらかな上り坂になっています」


小型のボーガンを背中に背負い、少し前方を歩いている鷹の目ステローペがてきぱきと報告してくる。


「あの娘、本当に役に立ちそうです。この先食料が乏しくなっても狩りの獲物の位置も的確にわかりますからね」


トドムラ隊長が嬉しそうに俺に告げる。

そうか、ステローペは高性能のカーナビと対生物レーダーを兼ね備えたような娘なんだ。トドムラ隊長が喜んだのも無理はなかった。

それからしばらく俺たちは順調に道を進んでいった。

時おりステローペが前方の状況や動物がいることを報告してくるが、特に脅威となるようなことは何もなかった。

それにしてものどかな天気だった。

日本の季節にすれば春の陽気といったところだろうか。

心地よい風が吹き抜ける中で、本当に俺たちは逃避行をしているのだろうかと思ってしまうくらいののどかな景色だった。


「右後方から竜族が3体飛行してきます」


そんなのどかな陽気を突き破るように鷹の目ステローペの緊張した声が響いた。


「およそ18ゲール(18キロ)、こちらを認知している様子はありませんが、近くを交差するコースです。気が付かれるとやっかいです」


ステローペの報告の前にすでにトドムラ隊長は動き出していた。

馬を脇の林の中に引き入れる。


「殿下、ステローペ、馬の周りに集まって。隠形魔具を使う」


トドムラ隊長は腰のポシェットから丸い円盤状の道具を取り出した。

何が何だかわからないうちにトドムラ隊長は馬の周りに俺たちが固まったのを確認してから円盤を頭上にかざす。

すると円盤から緑色のネットが同心円状に広がり、俺たち一団をすっぽりと隠してしまった。

見るとネットには草のようなものが巻き付き、自衛隊が使う偽装ネットのようになっている。つまり外から見ると俺たちはこんもりと茂った草の塊にしか見えないわけだ。


「飛龍、何かバスケットのようなものを2つぶら下げていま・・・ああっ、おじい様、おばあ様!」


 報告するステローペの声が驚愕のあまり悲鳴のようになった。

 俺が目を凝らすと、小さくて定かにはわからないが、確かに2キロくらい離れた上空50メートルのところを竜と思しき3匹が飛んでいる。そしてそのうちの二匹の足は人間一人が入るくらいの籠を掴んでいるようだった。


 「おじい様とおばあ様が捕まってしまった。助けなきゃ」


 ステローペの目には檻の中に入れられている老夫婦がはっきりと見えているようだった。

 偽装ネットから今にも飛び出さんとするステローペをトドムラ隊長は必死で押さえつけた。


 「まて、ステローペ、あれは罠だ、私たちをおびき出そうとしているのだ、ダメだ、飛び出しては駄目だ、全員が捕まってしまうぞ」

 「でも、でも、おじい様とおばあ様が・・・このままでは」

 「こらえろ、こらえてくれ、ステローペ、ここで全員捕まればヤイスの苦労をむだにすることになる。ヤイスのためにもこらえるんだ」

 「ああっー、おじい様、おばあ様」


 ステローペの悲痛な声は俺の心すらもかき乱した。

 こんなかわいい娘の必死の嘆願を聞き流すほど俺は女に冷酷ではない。

 よく考えたら、彼らは帝国の皇子を救わんと己の命を犠牲にしている。しかし、その救うはずの皇子の中身がまったくの偽物なのだ。本来は彼らにとって何の価値もない俺の命を救おうとしているのだ。

 いいのか、俺、このままあの気のいい老夫婦の命を犠牲にしていいのか。

 かわいい娘の嘆願を無視していいのか。

 わずかな時間しか会っていない老夫婦ではあったが、俺は何とか助けてやりたい一心で焦燥感すら覚えた。


 「トドムラ、何とかならないのか、あの老夫婦を救うことは出来ないのか」


 俺はトドムラ隊長に一縷の望みを託して尋ねた。


 「無理です、殿下。昼間とはいえ相手は飛龍、対してこちらはわずか3人、出ていけば一方的な虐殺です。人は生きてこそ価値あり、ここはこらえて下さい」


 確かに、あの巨大な飛龍に立ち向かう術などあろうはずもなかった。

 くそっ、死ぬのは嫌だが、俺のために誰かが死ぬことなどもっと嫌だ。

 そしてかわいい娘の必死の願いを無視し続けることなど、もっともっとイヤだ。

 俺は腰に下げた刺突剣を抜いた。

 あのいかつい飛龍に対し、その剣は何とも心細い限りではあったが、今の俺の武器と言えばそんなものしかなかったからだ。

 剣を抜き、迷彩ネットの隙間から外をうかがう俺の様子に一番驚いたのはステローペと、彼女を押しとどめようとしているトドムラ隊長だった。


 「で、殿下? 何をなさるおつもりで・・・」


 トドムラ隊長の信じられないとでもいうような声が俺に届いた。

 俺だって逡巡している。

 このままあの老夫婦が連れ去られるのを黙って見守り、自分の命を守るのか、それともかわいい娘の嘆願に答えてここから飛び出していって、老夫婦を救おうと命を散らすのか。

 普通に考えれば絶対に前者だよね。だって、俺が飛び出していたら全員が捕虜か討死、老夫婦も助かる保証などまったくない。

 それでも俺は可愛い娘の嘆願を無視し、このまま当り前のような顔をして老夫婦が連れ去られるのを平然と見ていることなどできなかったのだ。


 「殿下、どうかおやめください」


 その時、トドムラ隊長の手を振り払って俺の脚にしがみついてきたのはステローペだった。


 「殿下、どうかおとどまりください。祖父も祖母も殿下と会った時から、こうなることは覚悟の上のことでした。私の一時的な気の迷いのために、殿下の恩命を失う訳にはまいりません。どうか、どうか」


 驚いたことに、俺の老夫婦を救わんとする行為を見て、正気に戻ったのはステローペだった。

 彼女はその時、おのれの使命を思い出し、俺をとどめんとしてしがみついてきたのだ。


 「しかし・・・」

 「ご覧ください、もう飛龍たちはここから離れて行ってしまいました。もうどんなことをしても追いつかないでしょう」


 ステローペが指さす方向を見ると3匹の竜はどんどんと遠ざかっていくところだった。

 ステローペはその時、俺の脚にしがみついたままだったのにハット気付くとあわてて離れ、片膝をついて頭を垂れた。


 「殿下、殿下の身を顧みず臣民を救わんとする気持ち、心を打たれる思いでした。殿下のためにこの命ある限り忠誠を誓うことを誓います。そして取り乱したこと、どうか、お許しください。」


 いや、あらためて言われるとなんか照れくさい。っていうか、かわいい娘の必死の願いを無視できなかっただけなんだけどね。それに、けっこうビビッていたから、本当に飛び出していたかはわからないし。

 俺は照れながらもトドムラ隊長の顔を見た。

 しかし、そのトドムラ隊長の目には何だが戸惑ったような、疑念のような色が浮かんでいたことは俺の気のせいだっただろうか。


 飛龍が十分に遠くに離れたことを確認して、俺たちはまたもとの道に戻り旅を続けた。

 ステローペは祖父と祖母の運命を受け入れたかのようだったが、時折見せる悲しげな様子は隠しようがないものだった。それでも彼女はその様子を俺たちに気付かれまいとけなげにふるまっていたと思う。

 あたりが暗くなり始めたころに、トドムラ隊長は道を外れ少し開けた草地で歩を止めた。


 「殿下、今日はここで野宿しましょう。天候も晴れていますし雨も降りそうもありません。」


 トドムラ隊長はそう説明した。


 「えっ、トドムラ様、ここは・・・」


 その言葉に怪訝そうな顔をしてステローペはトドムラ隊長を見た。


 「ああ、いいんだよステローペ、このゼロ地点を選んだのには考えがあってのこと。私の指示に従ってくれ」


 トドムラ隊長の言葉にステローペは素直に頷いた。

 何の話をしているのかよく分からなかったが、トドムラ隊長が言うのだから間違いないだろう。

 本当は宿場町で宿に泊まれればいいんだが、遠くから街並みが見えたと思っても、魔物の部隊がいたり、完全に破壊されていたりで、まだ野宿の方がはるかに安全なことは言うまでもない。

 トドムラ隊長は棒を4隅に突き刺し、その棒の上に厚手の布をかぶせ天蓋のように覆って紐で縛った。

要するに簡易型のタープのようなものだ。それを手慣れた手つきで3張作っていく。

横からの雨風は防げないが、風のない晴れた夜には十分に屋根代わりになる代物だった。

 それから3張のタープの周りに円形になるように白い石のようなものを10個ほど並べていく。

 なんだろう、あれは。

 俺はその白い石をなぜ並べるのか聞きたくてうずうずしていたが、また変なことを聞いてトドムラ隊長の疑惑を拡大させるのも嫌だった。


 「ステローペ、魔物や野獣の気配はあるか」


 石を並び終えたトドムラ隊長が焚火の用意をしているステローペに尋ねた。

 ステローペは作業の手を止めて回り360度をぐるっと見渡す。


 「魔物は20ゲールの範囲にはおりません。10頭ほどの野犬の群れが左手斜め800ミゲール(およそ800メートル)の位置にいますが、アムレットの気配を感じて立ち去っていくようです」


 うん、するってえとあの石のようなものは魔物や動物が近づかないようにするいわゆるお守りのようなものだったんだ。お守りっていうとなんだが弱弱しいけど、あの石は結構強力な護符(アムレット)のようだった。

 俺は白い石の正体について合点がいった。


 「殿下、飯にしましよう。焼しめたパンと干し野菜と水しかない粗末な食事で大変恐縮です。明日はステローペに協力してもらってリスウサギでも獲りますので、今日のところはこれで我慢してください」


 俺たちは焚火を中心に車座になって座った。

 トドムラ隊長がナイフでパンをスライスして俺たちに渡してくれる。

 日持ちするように焼き固めているので、固いことこの上ない。フランスパンだってこれに比べればマシュマロみたいなものだった。

 俺は水筒の水を口に含みながらそのパンを少しづつ齧っていった。

 しばしの無言が俺たちを包む。

 ちょっと気まずい。

 何だかこの場を和ませようとして、俺はステローペに尋ねた。


 「ステローペは兄弟とか姉妹はいるのかい」


 俺に声をかけられたことがうれしくもあり、また意外であったのだろう。ステローペは顔を赤らめ少し詰まりながら答えた。


 「は、はい、殿下、私には2人の兄がおります。二人とも騎士団に所属しておりますが、このたびの戦では帝都の防衛についておりました。」


 ありゃりゃ、帝都防衛ってことは戦死している可能性高いじゃん。

 俺は何とか話題を変えようとした。


 「そ、そう。ところで・・・・そうだ、ご両親はどちらに」

 「はい、両親も義勇軍として1か月前に帝都防衛に赴きました」


 そう話すステローペの顔色がどんどん曇ってくる。

 あっちゃー、フラグたてまくりだよ、俺。


 「そ、そうか・・・」


 しばらく重苦しい無言の時が流れた。

 はぜる焚火のパチパチという音がやけに乾いて聞こえる。


 「で、でも、私は一生忠誠を尽くせる殿下が居るので、大丈夫です」


 ステローペは気まずい様子の俺を気遣ってか、無理に笑顔を作ってみせた。

 うん、ステローペっていい娘だなあ、笑顔かわいいなぁ。

 こんな娘が彼女に欲しいなぁ。

 ひょっとしたら、俺のこと好きなんじゃないだろうか、敬愛するって言っていたし。

 敬愛が愛に代わっていって・・・ふとしたはずみで手と手が触れあって、お互いに電撃のようなものが走って・・・それがきっかけで、いつしか唇と唇が・・・

 何だかにやけているよね、俺。


 「殿下、殿下、そろそろお休みになりませんか」


 突如野太い男の声に俺の脳内妄想は胡散霧消してしまった。

 なんだよ、いいところだったのに。


 「ステローペ、済まんが念のために最初に見張りを頼む。ここから少し離れればゼロ地点から出られるので、そこで見張りをしてくれ。8刻毎に交代しよう」


 トドムラ隊長はステローペに指示を出すとタープの下に毛布を敷いた。


 「あれ、オレ・・・いや、私も見張りしようか」


 なんだか二人に見張りをさせることに引け目を感じて思わず口に出してしまった。

 トドムラ隊長は俺の言葉に戸惑ったようにこちらを見ている。


 「何を言われます殿下、殿下をお守りするのが私たちの役目、ささ、ゆっくりとお休みください」


 そうまで言われたらうなずくしかなかった。


 「うん、分かった。ステローペ、トドムラ、じゃああとは頼んだよ」


 そう言って俺はタープの下の毛布に潜り込んだ。毛布の下は草地だがやはり固くて寝にくい。

 あーあ、自分の部屋の布団の上で寝たいなぁ。

 そう思いつつも今日一日の疲れのためか俺はあっという間に眠りに落ちてしまった。


 チュンチュンと鳴く小鳥の声と寒さで俺は目覚めた。

 周りは明るくなろうとしていた。

 うう、体が痛い。こわばっている。それもそうだよね、地面の上に野宿だもの。

 半分寝ぼけた眼であたりを見回すと、ステローペが毛布にくるまって寝ているのが目に入った。

 うん、ステローペの寝顔ってかわいいな。なんだが目が離せない。そのきれいな顔立ちをいつまでも眺めていたい気がする。

 ステローペから無理矢理目を離してトドムラ隊長はと見ると、彼のタープの下は空っぽだった。

 多分見張りに立っているのだろう。

 もう少し寝ていようかとも思ったのだが、寒いので焚火にあたることにした。

 幸い焚火の火はまだオキが残っている状態だったので、俺は脇に用意されていた小枝をオキの上にのせる。ほどなくしてパチパチという音とともに小枝が炎を上げ始めた。

 その音に目が覚めたのか、ステローペが起きだしてきた。


 「あっ、殿下、そのようなことは私がやります」


 ステローペは飛び起きてあわてたように駆け寄ってきた。

 だが、ドジッ娘属性の為か、それとも寝起きのためなのか足元がふらつき、ものの見事に俺の腕の中に飛び込んでしまう。


 「キャー、やだ、わたしったら。申し訳ございません」


 ステローペはあわてて俺の体から離れようとする。

 ステローペの柔らかな体と、俺の顔にふさぁっとかかる髪が気持ちよかった。俺はずっとこのままでもいいんだがな。


 「おはよう、昨日は見張りご苦労さん。何か不審な出来事はなかったかな」


 俺はドキマギする胸の動悸を押えてステローペに尋ねた。

 ステローペは真っ赤な顔をして答える。


 「あっ・・・は、はい。そうですねぇ、トロールの一団と魔犬の群れ100匹程度が帝都の方角から南下していきましたが、多分私たちの捜索にあたっている部隊でしょうが、それだけでした」


 それだけかい!! そんだけいれば大部隊じゃんか。


 「でも、この護符(アムレット)って効果絶大ですね。全然こちらに気付く様子もありませんでしたから」


 事もなげに話すステローペだった。魔物に関しては俺よりよっぽど胆力座っている。


 「い、今、お茶と朝食用意しますね。少しお待ちください」


 ステローペはさすがにいたたまれなくなったのか手に鍋を持って立ち上がった。


 「近くに澄んだ小川がありましたので、そこで水を汲んでまいります」


 ステローペが姿を消すのと入れ替わりにトドムラ隊長がやってきた。

 しかし、トドムラ隊長は俺の近くに立ったままこちらをジロジロと見ている。

 その不審な様子に俺はひどく不安になった。


 「あの・・・何か」


 たまらず俺は尋ねた。


 「殿下、いや、殿下は本当に殿下なのですか。昨日から気になっていたのですが、あなたは殿下ならば当然知っているはずのことも知らなかった。それに何よりも私の知っている殿下の性格とあまりにもかけ離れすぎている」


 あっちゃー、やっぱバレてんじゃん。

 俺が皇子じゃないことを知ったらトドムラは俺を見離すだろう。いや、ひょっとしたら殿下の名前を騙った不届きものと一刀両断に切り捨てるに違いない。きっとそうだ。

ヤバイぞ俺。


 「最初は殿下の影武者が変化魔術で殿下そっくりに化けているのかとも疑いましたが、このゼロ地点で一晩過ごしてもその姿のままということは、変化魔術を使っていない様子、しかし、どう考えても殿下の姿をした他人としか思えません」


 ヤバイ、ヤバイぞ俺、ここは何とか切り抜けねば、ゼロ地点なんちゃらというのはよく分からんが、うまくトドムラ隊長を言いくるめて俺が皇子本人と思わせなければ。


 「まさかとは思うが、他人のそら似ということもあり得ます。もし、本当の殿下ならば大変失礼ですが、ここで皇族の証をお見せいただけまいか」

 「こ、皇族の証?」

 「皇族の証もご存じないのか、帝国民ならば誰でも知っていますぞ。皇族の身に現れる青痣の身体的特徴を」


 ああ、ひょっとしてアレのこと? 俺の尻にある蒙古斑のこと?

それならある。確実にある。しっかりとある。


 「トドムラよ、その皇族の証を見せれば、私が偽物ではないと納得するのか」

 俺は内心の動揺を悟られまいと、平静なふりをして言った。


 「はい、とりあえずは」

 「ならばとくと見るがよい。ええい、この尻の青痣を何と心得るか」


 俺はトドムラ隊長に背を向けるとズボンをずりおろし、尻を突き出した。

と、その瞬間だった。


 「キャーッ、で、殿下、何を」


 目の前で起きた悲鳴に顔を上げると、そこには水汲みを終えたステローペが口を押え真っ赤な顔でこちらを見ていたところだった。



 そのあと、シドロモドロになったトドムラ隊長と俺は何とかステローペを鎮めることに成功した。

 あやうくステローペに俺とトドムラ隊長の関係に変な誤解を生むところだった。

 でも、あーあ、ステローペにしっかりと見られてしまった。恥ずかしいよぉー

 そして俺がトドムラ隊長の誤解を(誤解じゃなくて本当は真実なんだけどね)解くために必死で考えた言い訳はこうだった。

 『実は魔物軍に対抗するため、異世界の存在の攻撃魔術の知識を得ようと宮廷魔術を使ったのだが、異世界の日本という国に住む魔術使の知識を多少得る代わりにこちらの知識と記憶もごっそりと持っていかれてしまった』というものだった。

 皇子が異世界の魔術を手に入れるために帝城を脱出したという噂はトドムラ隊長も知っていたこともあり、俺の尻の青痣の件と合わせて十分に説得力のある説明だったようだ。


 「殿下、疑ってしまい申し訳ありません。それにしてもこちらの世界の記憶がところどころしか残っていないとは。性格も大きく変わられたのも不思議ではございません」


 平謝りに謝り平身低頭するトドムラ隊長に俺は別にかまわんと懐の広さを示した。

 うん、これでトドムラは俺にさらに忠誠を尽くすに違いない。

 それにしても危なかったぁ。


 「とはいえ、異世界の魔術使、フヒトとか申す者はとんでもない食わせ物ですな。わずかの知識と引き換えに殿下の知識と記憶を大量に持って行ってしまうとは、まさに悪魔、鬼畜生にも劣るような下種ゲス、やらずぶったくりとはまさにこのこと」

 「い、いや、そ、そこまでひどくはないと思うぞ、フヒトは。なかなかいいヤツだったけど・・・」


 なんか改めてトドムラから自分のことを罵倒されると腹たつなぁ。


 「左様でございましょうか、わずかの魔術の知識しかよこさなかったのでしょう?」

 「ああ、確かにそうだが、おかげで結構な威力になるやもしれぬ魔術の知識を手に入れることができた」


 俺は自分の本体をかばうあまり、勢いで手に入れてもいない魔術を手に入れたかのように言ってしまった。まったくおれは小学生か。どーしよう。


 「ところでゼロ地点とは何か教えてくれまいか、記憶に何となくあるのだが、どうも思い出せない」


 俺はボロが出ないうちに異世界の話をそらそうと話題を切り替えた。


 「殿下、ゼロ地点とは魔力源マナが使い尽くされ、枯渇してしまった場所のことでございます。魔力源マナはこの世界に濃淡の違いこそあれあまねく存在していますが、大魔術などが以前に行われ、そこの魔力源マナが使い尽くされた場所は魔力源マナが枯渇し0になってしまいもう二度と自然には回復しません。その状態のことを言います。このゼロ地点では魔術者は魔力を補充することが叶わず、自分の持っている魔力を使い尽くせば、魔術を使えなくなるのです」


 そうか、魔力とはエネルギーのようなものなのか、そのエネルギーの補充がない場所では、自分の手持ちのエネルギーを使い尽くせはガス欠になるってぇ訳か。

 それでステローペの夜間の見張りはここから離れた場所で行っていたし、トドムラ隊長が俺を疑った変化魔術とやらも、一晩たてばガス欠になって、その魔法がかけられていれば正体を現すとトドムラ隊長は踏んだわけか。

 あれ、では護符アムレットはどうなんだ。ゼロ地点でもずっと機能していたんじゃぁ

 俺がそのことを質問すると、護符アムレットは魔力の消費量が非常に少ないためゼロ地点でも1か月は機能するとのことだった。


 「殿下、殿下が奪われた知識はどの範囲かはわかりませんが、食事後ここを出立してから旅の道すがら奪われた知識の穴埋めに色々なことを順々にご説明しましょう」


 トドムラ隊長やステローペもこのゼロ地点はあまり居心地がいい場所ではないようで、朝食を急いで済ますと、野営の荷物を手際よく片づけ馬の背中に括り付けた。


 「さあ、では出発するとしましょう。昨日のトロールや魔犬部隊の通った道は避けて、多少遠回りになりますが、西側の抜け道行くとしましょうか」


 トドムラ隊長はそう宣言すると昨日とは違う道を進み始めた。

 もちん、ステローペに前方や後方を魔力で偵察させることは忘れていない。

 考えてみれば、ここは敵に占領されている地域だ。こうやって白昼に魔物に遭遇せずに動けるのもステローペの有用な斥候魔術のおかげだった。

 旅を進める間に俺たちは5回魔物の部隊を発見し、そのたびに偽装ネットを使い難を逃れることができた。

 こうして俺たちは確実に南の帝国の残存部隊が展開している地域に近づいて行った。


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