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3.どうにかして脱出できない?

ノード神話 「ヴォルテルの娘シーラ」の章

 ヴォルテルの娘シーラは父の死に際してその意志を継ぐことをノード神に誓った。その後シーラは己が誓に従い、その道を示すために10年間に及ぶ巡礼と布教の道を歩み始めた。

 そして10年目のある日、ついにシーラのもとにノード神の化身が顕現したのだ。




魔物の王は神聖ガル二ラン大帝国の皇城を占拠し、そこに居るとかで、俺を乗せた檻馬車は10匹程の獣人の兵士に囲まれながらガタゴトと夕刻なのか朝方なのか分からない薄暗い道を進んでいた。

檻馬車に寄り添うようにあの黄金色の美女騎士が馬にまたがって護送している。

檻馬車はスプリングが付いていないようで、結構な振動が俺の体を痛めつけた。

檻は木製のようだが、かなり頑丈で固い木が使われているようで、ほどなく俺の全身はあざだらけになってしまった。


「痛い、痛てっ、あのー、すみません、もう少し、もう少しゆっくりとお願いします」


しかし、俺の嘆願にも美女騎士は一切耳を貸そうとしなかった。

どんだけS仕様なんだよ、まったく。

しかし、ほどなくすると、俺は檻の中で転げまわらないように、檻の隅に体をくっつける方法を見つけた。

やったね、現代文明人をなめんじゃねえぞ。

・・・空しい勝利だった。

しかし、身体がいくらか楽になった俺は、檻の外を見る余裕が少しだけ出てきた。

最初は夕方かと思ったが、回りがどんどん明るくなってきたところをみると夜明けの時刻のようだった。

遠くでカラスに似た鳴き声の鳥がカーカーと鳴いている。

明るくなってきた朝の光の中で石造りのヨーロッパのような街中を馬車と爬虫類部隊は進んでいた。

美女剣士は太陽の明るさが嫌いなのか顔をしかめ、腕で太陽の光を隠している。

市中引き回しとか言っていたくせに、朝早いせいもあるのか住人は人っ子一人いない。

でもあちらこちらの家の壁が崩れ落ちていることから、ここも戦場になったに違いなかった。

商店らしい建物も見える。

その看板の文字はぱっと見た目にはミミズがのたくったような妙な形だったが、不思議なことに「ヨード食料品店」と書かれているのが分かった。

これも言葉と同じで魔術による効能に違いない。

魔術すっげー

俺は他にも読める字がないかキョロキョロとあたりを見回した。

すると「ロキット魔法薬店」とか「ブル雑貨専門店」とか「あなたの奴隷お売りください・フット・オム」とかいう看板があちらこちらにあるのが見えた。

するってえと今進んでいるのは街の商店街に違いない。

なんだか異世界に居る癖に、自分の知っている街にいるような気になるのも魔術による知識書き込みの効果なんだろうなと俺は思った。

ふと前方を見やると、朝日に照らされて丘の上に巨大な城のような建物が見える。街はどうやらその城を取り囲むように作られているらしかった。

そしてあの城が皇城ってやつに違いなかった。

城につくと俺は魔物の王ってえやつの前に引き出される。

多分、処刑されるんだろう。いや、されるに決まっている。なんてったって皇子だもんな、戦争の当事者だもんなぁ。

嫌だな、殺されるの、きっと痛いし。

俺はここから逃れる方法を必死に考えようとした。

この美女騎士が俺に惚れて逃がしてくれる・・・俺は美女騎士の、朝日に辟易しているかのような冷たい整った横顔をこっそり伺った・・・・いや、ないない

実はこれは巨大な手の込んだドッキリカメラだった・・・俺は期待を込めて檻に隠しカメラがないか探した・・・・いや、ないない

実はこの皇子の体はとんでもない超能力があり、その能力を使って逃げる・・・いや、そんな能力あれば俺と入れ替わらないって。これもない。

兵士に金を掴ませて逃がしてもらう・・・・うおっ、俺は今素っ裸の一文無しだった。ないない。

共通一次だってこんなに考えたことなかったのに、俺がこの絶望的状況から逃れるすべはからっきし思いつかなかった。

そうこうするうちに、檻馬車は着実に皇城へと近づいていく。

そうだ、魔物の王であればきっと魔力やらなんやらで俺がキャサールの野郎に魂を入れ替えられた哀れな日本国民であることを分かってもらえないだろうか。

うん、そうだ、きっとわかってくれる。なんてったって魔物の王だもんな、きっと魔物たちを束ねる立派なリーダーシップと理性を兼ね備えた人物・・・もとい、魔物に違いない。俺の窮状をその卓越した摩眼で一目で見抜き、あわよくば釈放してくれるに違いない。いや、もしかしたら異世界の俺を珍しがって、客人としてもてなしてくれるかもしれない。そうに違いない。

そう考えると俺の心はいっぺんで楽になった。

なあんだ、そんなにくよくよ考えなくても良かったんだ。

その時、檻馬車の前から荷馬車がやってきてすれ違うのが見えた。

ぎょっとしたことに、荷馬車には男と言わず女と言わず猛獣にでもおそわれたかのようにズタズタになった死体を山積みしていた。

その異様な光景にか、美人騎士は荷馬車を止まらせて毛むくじゃらの御者に声をかけた。


「お前は近衛使団の所属だな、どうしたのだそのうざい死体の山は。近衛使団は魔王様直属であり、たしか此度の戦では人間との戦闘はなかったはずだが」

「は、黄金竜のエリス団長殿でありましたか。実はこの死体は魔王様に恭順の意を示すために集まってきた人間の貴族どもですが、魔王様の前で土下座をしなかった無礼者でございます。魔王様はことのほかご立腹なさいまして、集まった人間をむんずと捕まえ、ちぎっては投げ投げてはちぎり、あるいは頭から丸かじりしてすべて殺してしまわれました。」

「そうか、わが君は相変わらず気が短くてあらせられるな、我らもわが君の逆鱗に触れぬように十分に注意するにこしたことはあるまい」


・・・・・

・・・・・

・・・・・ダメじゃん!! 俺の計画!!

人徳のある崇高な魔物じゃなかった。けだものじゃん、猛獣じゃん、魔物じゃん。

魔王の前に引きずり出されたとたんに俺は問答無用で頭からバリバリと食われるに決まっている。


「ひえーーー」


俺の口から情けない悲鳴が漏れ出た。


幸いと言っていいのか、俺は結果的に皇城に着いてもすぐに魔王の前に引き出されることはなかった。

なんでも帝国を占領したばかりのためやることが山のようにあるらしく、俺が魔王にまみえるのは今夜のスケジュールになっているらしい。

そんなわけで、俺は処刑の恐怖に震えながらも皇城の地下牢に荷物さながらに放り込まれてしまった。

地下牢はすえたような異臭のする6畳位の広さの部屋だった。

壁沿いに等間隔で松明のようなものが差してあり、薄暗いながらも牢の中の様子が見える。

牢の中はそこかしこに虜囚となった人間が放り込まれているが、どれもこれも大けがをしているようでほとんど虫の息のまま冷たい石の床に転がされている。

その中に俺は放り出されるように投げ込まれた。

放り込まれた拍子に一人の男の体にだいぶ激しくぶつかったが、ピクリとも動かない。というより、もう完全に冷たくなっていた。


「ひっ、し、死んでる」


俺は縛られて動きも不自由なまま、大慌てでその死体から少しでも離れようともがいた。


「あわてるな、落ち着け、今縄をほどいてやる」


俺の背後から男の声が聞こえ、そして体を抱き起されたのが分かった。

そして後ろ手で縛られた部分からロープをほどき始めた。


「くそっ、ものすごく固く縛ってやがる、・・・ああ、よし、ほどけた」


その声とともに俺の両手はようやく自由になることができた。

しかし、長時間縛られていたせいで、腕全体が痛くなかなか動かすことができない。


「腕の痺れが治ったら、足は自分で・・・・おおっなんと、キャサール皇子殿、なんと殿下も捕まってしまわれたか」


息をのむ男の声に顔を上げるとそこには頭から血を流してはいるものの、屈強そうな中年の男性が驚愕した表情でこちらを見ていた。

向こうはこちらを知っているようだが、あいにくと皇子と入れ替えられた俺には目の前の人物が誰だか分かるわけはない。


「どうされました、殿下、誇り高き皇族ゆえ虜囚のショックで私が分かりませぬか、私です。皇城守備隊長の活人剣ことトドムラです。あの乱戦の中、皇室魔術で魔王軍に攻撃をすると皇城を脱出なさいましたが、やはり捕まってしまわれましたか」


トドムラ隊長は俺が入れ替わっていることも気付かずに心配そうに俺に話しかけ、足のロープをほどき始めた。


「それにしても敗れたとはいえ皇族の衣服も剥ぎ取り辱めを与えるとは、魔王め、ますますもって許せん」


いや、本当は服を脱がされたのは、俺失禁していたみたいだったから・・・

トドムラ隊長は俺の脚のロープをほどくと、耳元に口を寄せて誰にも聞こえないようにささやいた。


「よし、ほどけましたぞ、殿下、よくお聞きください。もう少し待って昼時にこの城を脱出いたします。バカな魔物たちめ、この牢に我らを入れたのが最大の間違い、この牢にはいざというときに脱出する秘密の抜け穴がしつらえております」


本来ならば俺はキャサールではないことを伝えるべきだったのだろうが、翌日に行われるだろう処刑というか、魔王に貪り食われることを避けられそうだという思いが俺の口から真実をつげることをためらわせた。

そうだよね、これでキャサール皇子本人のフリをしていればきっと助かるよね。幸いトドムラ隊長って忠臣っぽいし。


「ささっ、殿下、大変ご不浄でご不興と思われますが、まずこの服をお召ください」


トドムラ隊長は先ほどの死体から素早く衣服を剥ぎ取っていく。


「このような死体が着ていた服を着ていただくのは本当に申し訳ないのですが、背に腹は代えられません。人は生かしてこそ価値ありと申しますが、死しても役立つときがあるものですな」


トドムラ隊長は何度も謝りながら俺に死体から剥ぎ取った衣服と靴を差し出した。

あちらこちらに血が飛び散っているが、今はここを無事に脱出することが最優先課題だった。

俺は気持ち悪さに辟易しながらも言われたとおりに服を身にまとった。


「ありがとう、助かります」


こんな場合、皇子だったらもっと偉そうにしゃべると思うのだが、俺は心底感謝の言葉を述べた。


「おお、その言葉、もったいのうございます」


俺の言葉にトドムラ隊長は感激したようだった。

俺は腕や足の血行と感覚を取り戻すために少しづつストレッチ運動を始めた。少しすると痺れと痛みがだいぶ軽くなってくるのが分かった。


「殿下、皇帝陛下も皇后様も魔物の軍に倒されてしまいました。皇帝陛下も皇后様も剣を持って勇敢に戦われましたが、私が最後に見たのは数百匹のゴブリンの群れに押しつぶされ玉体に剣を突き立てられてしまわれました。真に見事な最後でした。私はその直後に頭に棍棒の直撃を食らい、気が付けばこの牢に放り込まれていたのです」


皇帝に皇后って、このくそ皇子の両親なんだろうけど、俺にとっては赤の他人だし、何の感慨も起きないね。それともここは悲嘆に暮れる演技した方がいいんだろうか。

俺の逡巡をトドムラ隊長はけなげにも悲報に耐える悲劇の皇子と見えたみたいだった。


「おいたわしや、殿下、殿下のその悲痛な心の叫び、私の胸に響いてくるようです」


いや、別に悲しいわけじゃないんだけど、むしろ命が助かりそうなんで喜んでいるだけなんだけど。


「古き血の神聖な皇室で、もはや生き残っているのは殿下だけ。人は生きてこそ価値あり。ここを無事に脱出した暁には帝国軍の残余部隊を再編して魔物を打ち滅ぼし、そして皇室と神聖ガル二ラン大帝国を再興させましょう。その為にはこの活人剣ことトドムラ、全てを捧げる所存です」


いや、俺、お家再興だとか興味ないから。あんな凄い魔王や巨人と戦うなんて、ムリムリ。っていうか俺はまったく関係ないから。

その言葉があやうく口まで出かかったが、おれはあやうく喋るのをやめた。

口は災いの元、俺は心の中で口にチャックをかけた。


そしてそれから少しして、昼頃と思われる時刻に俺とトドムラ隊長は牢獄から脱出した。

この牢屋に居るほかの人間も連れていくのがいいんだろうけど、みな虫の息状態か死んでいる人ばかりで、満足に動けるのは俺とトドムラ隊長の2人しかいなかったからだ。

トドムラ隊長が壁から飛び出ている石の輪っかをひねるとカタンという音とともに目の前の壁が口を開けた。

その思いかけない音の大きさに俺たち二人は一瞬固まり、魔物の牢番がやってこないかと息を殺して様子をうかがったが、幸いなことに牢屋の様子を見に来る魔物はいなかった。

トドムラはフウーッと息を吐くとささやき声で俺に言った。


「では、殿下、こちらです。暗いので気を付けてください」


抜け穴に入ると。トドムラ隊長は入口をもとのように閉じた。とたんに中は真っ暗になるが、やがてカチカチという音がして明かりが点った。

トドムラ隊長が備え付けてあった照明具・・・ちなみに最初に俺が縛られていた天蓋付ベットの部屋にあったのと同じ魔術による照明魔具だそうだが、それを持ってこっちですというように俺を誘導した。


「この抜け穴は街の郊外まで掘りぬけています。4刻(およそ1時間)ばかり歩きます」


抜け穴というからけっこう土がむき出しで歩きにくいのかと思っていたが、石造りの通路になっていて、俺達でも楽に立って歩ける高さだった。

その中を小さな明かりを頼りに俺たちは一刻も早くここから脱出したくてどんどんと早足で進んでいった。


「なあ、トドムラ」


俺は歩きながらなるたけ皇子らしく問いかけた。


「ところで、何で昼に脱出する時間を選んだんだ、昼間だとかえって見つかりやすいんじゃないのか」


俺の質問にトドムラ隊長はえッと驚いたように振り向く。


「殿下、よもやお忘れではないかと思いますが、魔物は太陽が苦手で昼の時間帯は大体寝ております。逆に夜はヤツラは月のエネルギーを受け、その戦闘能力も極端に高まります。それゆえ魔物から逃れたり戦うのは日中が最適かと」


しまった。どうやらこの世界ではそれが常識のようだった。


「殿下、どうやらまだ心がご不調の様子、ここを脱出したら少しごゆるりと静養すればご不調も全快するかと」


どうやらトドムラ隊長は俺のバカな質問を、この間の色々な出来事で心が乱れているせいと解釈してくれたようだった。

そうか、それであの美人騎士の・・・たしか御者がエリス隊長と言っていた竜人も朝日にあれほど顔をしかめていたのか。

日中は人間が有利、夜間は魔物が有利、このことを俺は忘れないようにしようと思った。


トドムラ隊長が言っていた通り、1時間ほどで俺たちは小さな部屋にたどり着いた。

その部屋には階段があり、部屋の天井に続いていた。


「殿下、これから外の様子を見てきますゆえ、ここで少しの間お待ちください」


トドムラ隊長は小声で俺にささやくと、階段をそっと音をたてないように登っていく。天井は地上の建物の床になっているようで、トドムラ隊長はそっとその床を持ち上げ、目だけを少し出してあたりの様子をうかがっているようだった。やがて回りに誰もいないことを確信したのか、音をたてないように外へ出ていった。

一人になると急に不安が俺を襲ってきた。

もし、あの抜け穴が見つかれば魔物たちが大挙して追いかけてくるに違いない。

俺は今来た道をこわごわと覗き込んだ。しかし、明かりのない通路は真っ暗で当然のことながら何も見えない。

でも気のせいかヒタヒタという誰かが歩くような、音が聞こえるような気がするような気がしないでもない。

ああ、たいちょー、早く戻ってきて。

俺は迷子になった童女のような心細さを感じた。

その時、ガタンと天井の板が持ち上げられた。

わっ、びっくりした。


「殿下、殿下、幸い外には魔物も、おりません。監視魔法の形跡もないので、どうぞ上にお越しください」


俺はびくついたことを気取られなかったことに少しほっとして早足で階段を駆け上がった。

地下から出てみるとそこは農家の納戸のような小屋だった。

そして驚いたことに老夫婦と思しき人間が床に片膝をつき、俺に礼をよこした。


「殿下、このようなむさくるしいところで申し訳ございません。こちらの夫婦は皇城の抜け穴を管理しているヤイス準男爵でございます。貴族とはいえ本来ならば殿下に謁見もままならぬ身分ですが、火急のことゆえお許しください」


このトドムラさん、言うことがいちいち大時代的なんだよね。

トドムラ隊長が俺に老夫婦を紹介した。


「うむ、此度はよろしく頼む」


俺は皇子の真似をしてえっらそうに答えた。


「ははっ」


老人は貴族の末席とは言え、皇族と会話するのも初めてのためか、緊張のあまりかしこまってしまい、ははっとしか言えないようだった。


「あのう、申し訳ございません。キャサール殿下、母屋に逃走用の衣装や武器が備えてあります。昼とはいえ、魔物たちも早々と殿下の脱出に気付くやもしれません。被とは生きてこそ価値あり。急いで支度をしてここを出立することが肝心かと」


かしこまってばかりいる老人に代わり、老婦人の方が俺たちをそれとなく促した。


「それもそうだ、案内してくれ」


納屋の中からまぶしい光に包まれた戸外に出てみると太陽はちょうど中天に差し掛かろうとしていた。

納戸の外には鶏のような鳥や犬やらが放し飼いになっている。

母屋は木造のわらぶき屋根になっていて、壁には農具が立てかけられており、一目で貴族の館というより農家と分かる光景だった。たぶん抜け穴の管理をするために、農家に身をやつしていのかもしれない。


「どうぞこちらへ」


老夫婦に案内されて俺たちは母屋の2階に上がった。


「おお、よかった。木剣がある」


トドムラ隊長は壁に駆け寄るとそこに掛けられている剣を嬉しそうに握った。

えっ。木剣? 木剣って木刀のこと? まさか、木刀で魔物と対峙するの?

俺の頭の中は??????だらけになった。

そんな俺の疑問もお構いなく、トドムラ隊長は木剣をブンブン振り回す。


「おお、これは良いものだ、切れ味も素晴らしかろう」


えっ、木剣で切れ味がいい?

俺の頭の中は再び疑問符の???????でいっぱいになった。


「おお、さすが活人剣と言われたトドムラ隊長殿、やはり目利きですな」


ヤイス老人は目を細め剣をほめられたことを喜んでいる。


「木剣って、鉄の剣とか、せめて青銅の剣とかはないの?」


たまらずに俺は疑問を口に出してしまった。

一瞬、白けたような空気が部屋の中を支配した。

し、しまった。口は禍の元とさっき心に誓ったのに・・・


「ははは、殿下はこの状況で冗談を言える余裕がおありですな。鉄や青銅など今では超古代の失われた神々の都市跡でしかごくわずかにしか手に入らぬ超貴重な遺物、そのようなもので作られた剣があれば私なら売り払って1万もの大軍を編成する資金にあてるでしょうな。いや、真に残念至極、ははは」


あれれ、ひょっとしてこの世界って金属ってほとんどないの?

そういえば、俺はこの世界に来て金属らしい光沢を放つものを見たことも触ったこともない。

帝国の騎士が着ていた甲冑や長剣だって、今にして思えば木肌のような色をしていたような気がする。

俺は棚に置かれていた兜を手に取った。

その手触りは確かに木製だった。

兜を軽く叩いてみるとコンコンという音がする。

うん、木製だよね。これって。

でも軽いくせに物凄く固いことは叩いた感触で分かった。


「ここにあるものは全て宮廷所属の木工魔術使と石工魔術使により固化と柔化の魔術を念入りに10回に渡ってかけさせ、剣に至っては鋭利化の魔術を13回に渡り施しました。それゆえ、まずは折れることも切れ味が鈍ることもないでしょう」


老婦人の説明に俺は少しづつ合点がいってきた。

つまり、何かい、この世界は金属がほとんどなくって、その代用に木や石を魔術で強化して使っているってぇ訳かい。

見回すと石でできたと思われるレイピアのような細身の剣も壁に掛けられている。

俺はその石の細身の剣を手に取ってみた。

確かにこれは石の感触だ。重さも石の重さだ。

そして驚いたことにその石の剣先を床に付けてちょっと力を入れると、鉄で出来た本物のレイピアのように刀身が柔軟にぐにゃりと曲がった。

なるほど、これが柔化魔術の効果か。


「殿下はその刺突剣を選ばれましたか、では私の獲物はこの木剣としましょう。」


別に選んだつもりはなかったのだが、この刺突剣が俺の武器としていつの間にか決まってしまっていた。

どうしよう、レイピアなんてゲームの中でしか使ったことないし、そもそも剣なんて中学の体育の授業で剣道っぽいことやっただけだし・・・・


「逃亡期間中の扮装は・・・商人・・・いや、旅の剣士にしましょうか。よろしいですね殿下」


トドムラ隊長はその間にも老夫婦と協力して次々と装備を整えていく。

そしてわずかな時間にコートやらポシェットやら旅用の魔道具やらが隠し扉の向こうから次々と持ち出されてきた。

俺は旅の剣士という設定にふさわしい衣装を手渡された。


「ささ、殿下はこちらの部屋でお着替えください。」


案内された部屋は鏡のある部屋だった。

そしておれは初めてこの肉体の持ち主だった皇子の顔を見ることになった。

血だらけの服装で髪もボサボサに乱れているが、いかにも皇子然とした整った顔立ちだった。

そして俺が何よりも驚いたのはこの身体は思ったより若いということだった。

まるで高校生、それが俺の第一印象だった。


「殿下、着替えの手伝いをさせていただきます」


老人は鏡を見て唖然としている俺をしり目にてきぱきと服を着替えさせていく。

ほんのわずかの間に、皮のコートをまとい、つば広の帽子を目深に被り剣を腰から吊るした貴公子然とした俺・・・というか皇子がそこにいた。


「さすが貴人の方は何を着ても似合いますなぁ」


老人はそんな俺を見て感心することしきりだった。

そして先ほどの武器庫に戻ってくるとトドムラ隊長も既に旅装を整えて待っていた。


「ああ、そうだ、ヤイス、何か食べ物を持ってきてくれないか。昨夜から何も食べていないのでさすがに空腹だ」


その言葉に老婦人がお任せくださいと部屋を後にする。


「トドムラ隊長殿、路銀として用意させていただきました」


老人が中身のいっぱい詰まった小袋を渡した。

トドムラ隊長はその小袋に手を突っ込んで中身を確かめる。

その手からは赤や青や透明の石がバラバラと零れ落ちる。

そうか、ここの世界は金属がないので、宝石が通貨代わりなのか。

俺はそう思った。宝石にも硬化術をかければ、十分に通貨として流通できることは想像にかたくない。


「おお、これだけあれば路銀としては十分だ。ご苦労だった、殿下に代わってお礼を言う。よくここをきちんと管理してくれた。」

「とんでもない、ここの管理こそ私に与えられた最後の仕事でございます。当然のことでございます」


老人は職責を全うできたことに心底嬉しそうであった。


「で、これからどちらに向かわれますか」


その言葉にトドムラ隊長の顔が曇った。

そしてやや間をおいてから老人に告げた。


「うむ、行先は教えない方がよさそうだ。ヤイス老は信頼できるが、相手は魔物だ。脱出経路を追跡されてヤイス老が捕えられた場合、どのような手段ででも行先を白状させようとするだろう。申し訳ないが教える訳にはまいらぬ」

「それもそうでございますな、私としたことが軽はずみでした。でも、魔物の手の及ばないところと言えば相当な旅になるのは必定でございます」


そして老人は階下に向かって大声で誰かを呼びつけた。


「ステローペ、ステローペや、こっちへ上がっておいで」

「はい、おじい様」


ヤイス老の言葉に答えてやってきたのは年の頃は15-16歳の可愛くて活発そうな娘だった。


「これは私の孫娘のステローペでございます。今回の旅に連れていけばきっとお役に立つに違いありません」


老人の思いもかけない言葉に俺たちは一瞬返答に困ってしまった。

ステローペと呼ばれた娘もえっという顔で老人を見ている。


「ヤイス老、とは言ってもまだ子供のようなものではないか。我らの旅は艱難辛苦を極めるものになるやもしれぬのだぞ」


トドムラ隊長の言葉に今度はムッとしたようにステローペが言い返す。


「あら、あたしはもう子供じゃありません、鷹の目ことステローペ、正式な斥候魔術者よ、しかも村の自衛隊副団長も務めているんだから」

「これ、ステローペ、殿下の前だ。口を慎まんか」


思わずステローペが反論したためにあわてたヤイス老が止めに入る。


「えっ、殿下って、もしかしたらキャサール皇子様? キャーやだ、おじい様ったら、何でそう言ってくれなかったのよ。」


ステローペはあわててトドムラ隊長に向かってひざまずいた。


「おいおい、俺は違う。殿下はこちらにおわすお方だ」


ステローペは大慌てでこちらに向きを変える途中で見事にずっこける。

もしかして、ちょっとドジッ子入っている ?

しかしそのあたふたした様子の可愛さに思わず笑みがこぼれたのは俺だけだったろうか。


「しかし、その若さで斥候魔術を使えるとはたいしたものだ。術の範囲はどのくらいなのだ。娘よ」


ドドムラ隊長が興味を示したようだった。

斥候魔術とはどのようなものかはわからないが、隊長の様子からかなり貴重な術らしい。


「はい、およそ20ゲール(およそ20キロ)先までは見通せます。隠れている魔物だって大丈夫です。任せてください」


ステローペは元気に答えた。


「ふうむ、20ゲールか、かなりの能力だな、確かに鷹の目の二つ名に恥じぬ能力だ。しかしヤイス老、本当によろしいのか、此度の旅は危険で命を落とすことになるやもしれぬのだぞ」

「それはもう、帝国が魔物の軍に蹂躙されてからはいつ戦火に巻き込まれるかわからぬ身、死は覚悟の上のことです。それに皇族を守って死んだとあれば一族代々の誉というもの、どうぞお連れください」


老人と孫娘は俺たちに向かって深く頭を垂れた。


「殿下、この娘の斥候魔術があれば不意打ちや奇襲を確実に避けることができます。また、道の先がどうなっているのかも分かるため、道程は確実にはかどりましょう。」


俺はというと、こんな可愛い子が旅に一緒に来るというだけで舞い上がってしまっていた。

なんとか皇族らしい上品な言葉を言わねば。

そこで俺の口から洩れた言葉は「うむ、よきにはからえ」だった。

・・・・これじゃ、バカ殿じゃん。


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