38. 牛頭尊来襲
ノード神話 「神々の黄昏の章」より
大規模な魔法が使われた地ではその地の持てる魔力が全て使われてしまうのだった。
一度枯渇した魔力はもう元には戻らない。
それはかつて第二の神々が地球の鉱物資源をほとんど全部使い尽くしてしまったことにも似ていた。
それ以降、大規模な魔法が使われた結果、魔力が枯渇した地はゼロ地点と呼ばれるようになった。
「敵襲、敵襲でござる。皆の者、出会いませい」
古風な表現で敵襲を知らせる馬頭尊の声に俺たちは跳ね起きた。
時刻は夜中の1時を回っているだろうと思われた。
寝ぼけ眼で慌てて部屋を飛び出すと、ステローぺ達と鉢合わせになる。
おお、全員お洒落なパジャマ姿だぜ。
ローラもステローベも花柄のパジャマでとても可愛い。
エリスとケイティは金龍を象徴してどちらも金ぴかのパジャマだ。
ただ、ネリーン、お前までピンクのパジャマとはどーゆーことだよ。
「今の声は?」
「どうやら馬頭尊のようだな、外で不寝番しているはずだ」
その時、外から喧噪の物音が聞こえた。
まるで誰かが殴り合い、取っ組み合いの喧嘩をしているような音だ。
馬頭尊が誰かと戦っている。
どちらかがコテージの壁に叩きつけられたらしく、コテージ全体が激しく揺れる。
俺たちはコテージの外へ飛び出した。
「ドガーンー、ドドーン」
すさまじい音は聞こえるが真っ暗闇なので何も見えない。
ただ、コテージの周りで時折何かがピカッと一瞬だけ光っては消え、その度にすさまじい音がする。
「ステローペ、どうなっている」
俺が指示するまでもなく、ステローベのアルゴスの美しいエメラルドの目が開いていた。
「馬頭尊さんが見えます。あっ、倒れた。その上に馬乗りになってるのは・・・牛?いえ、頭が牛で体が人間の半牛半人です。馬頭尊さんと同じ体のつくり。あれは神器です」
牛が馬に馬乗り?
何だかややっこしい。
でも馬頭尊を襲っているんだから確かに敵だよな。
「各自戦闘用意」
と、命じたものの、全員がすでに手にそれぞれの獲物を持ってきている。
「コングーナー、じっちゃの38式を我が手に」
『心得たっしょ』
たちまち俺の手に38式歩兵銃のずっしりした重みが出現する。
「ステローペ、馬頭尊に加勢する。方向と高さを教えてくれ」
「はい、右よりの方角、高さは・・・」
こんな暗闇で、例え方向と距離を教えてもらっても命中しっこないのは分かっていた。
ただ、俺に出来ることは銃を発射して牛人間の注意をそらすこと。
その隙ができれば馬頭尊の戦いも少しは有利になるに違いない。
『ステローペ、キャサールの肩に手を添えて』
んっ?この声はアルゴスだな。
久しぶりにアルゴスの声を聞いた。
だけど、何で肩に手を。
ステローベの柔らかな手がそっと俺の肩に添えられる。
「わわっ」
突如俺の視界が切り替わったのだ。
漆黒の暗闇なのに真昼間のように辺りがよく見える。
『ステローベを通じて私の視力を中継しているの。これで相手を狙えるでしょ』
「おーっ、ばっちしだぜ。サンキュー、アルちゃん」
アルゴスにはこのような使い方もできるのかと感心しながら俺は銃を馬頭尊の戦っている方角に向ける。
いたいた、倒れている馬頭尊に牛野郎が馬乗りになって上から殴りつけているぜ。
馬頭尊は両手で顔をガードしているが、いかんせん馬面なので完全にはガードしきれていない。
鼻づらや頭などに直接こぶしがどかすかと命中している。
どっかの総合格闘技の試合みたいだ。
なんて悠長なこと言ってられないんだった。
アルゴスの視力は双眼鏡のように2人の戦いを拡大している。
銃を構えると、まるで至近距離から狙っているような感じだ。
これはすごい命中率になりそうだ。
俺は牛野郎の顔面を狙った。
こんな怪物の弱点は大体目だと相場は決まっている。
少なくとも俺の読んでいたノベルズはそうだった。
なら目だ。
俺は慎重に38式の引き金を絞る。
「パーン」
聞きなれたいつもの音がして牛野郎の顔がのけぞった。
小さな破片のようなものがいくつか周りに飛び散っている。
すかさずアルゴスが牛野郎のダメージ部分を透視してくれる。
おーっ、便利。
アルゴスが見せたのは牛頭人間の目に飛び込んだ6.5ミリ小銃弾が目の組織を破 壊しながら頭の途中でひしゃげて止まっているシーンだった。
これが人間なら即死なんだろうけど、さすが神器、体の中の流動体の組織が集まり、破壊された部分をどんどん修復していく。
その隙に馬頭尊は牛人間の下から脱出することができた。
だが、馬頭尊も牛野郎の攻撃で相当なダメージを負っており、こちらも体の中から急速に修復されていく。
牛人間は自分を攻撃した存在に気が付いたのかこちらを見た。
攻撃してくるか?
俺のアイギス越しの目に、牛野郎がにやっと笑ったように見えた。
ヒューン。
その時、音を立ててケイティに巻き付いたのは俺たちのそばに落ちていた縄だった。
ごく自然に落ちていたのでまったく気にも留めなかったのだが、金糸銀糸が織り込まれた縄というよりザイルのようなものだった。
それが牛野郎がにやりとした瞬間にケイティにいきなり巻き付いたのだ。
その素早さたるやエリスすらも反応できなかったほどだ。
「なんだ、この縄は。自縛自縄か。まったくうざい」
ケイティは極めて涼しげな顔で巻き付く縄をうるさそうな顔でねめつけた。
「だが、このようなもの、私には無意味よ」
ケイティはそう言いながら恐らく金龍に変身して縄を引きちぎろうとしたのだろう。
「あ、あれっ?龍に戻れない」
困惑したケイティの声が聞こえた。
「姉上、戻れないとはどういうことですか」
エリスが心配そうにケイティに駆け寄る。
すると縄は一瞬光ったかと思うと空間に溶け込むように消えてしまった。
「むむっ、やはり金龍に変身出来ない。これはまさか・・・」
ケイティの顔にしまったという後悔の念と困惑の表情が浮かぶ。
「まてい、逃げるな牛頭尊」
今度は馬頭尊の叫びに後ろを振り向く。
そこには体のあちらこちらから煙を上げ修復中の馬頭尊しかいなかった。
馬頭尊は山の中を見ている。
アルゴスは山の中を全速で遠ざかっていく牛頭尊とやらをはっきりと捕えていた。
「何だったんだ、あいつは」
牛頭尊の逃亡により、とりあえずの戦闘終了に俺はほっと胸をなでおろした。
ステローベも肩に置いた手を引っ込めたので、また周りが黒い闇の中に沈んでしまう。
「あれは牛頭尊、かつての拙者の朋輩でござりました」
「朋輩って、同僚ってことか?」
「左様でござる」
まだ体から白煙を上げているものの、馬頭尊が俺たちのところに足を引きずりながらやってきた。
あちらこちらの傷がみるみる修復されるのが間近でよく見える。
「で、その元仲間が何だって襲ってきたんだよ。おまけにケイティに変なもの巻き付けるし」
「そのことでござる。牛頭尊は500年前に神出鬼没王陛下と共に姿を隠し申した。超族の仕業とは予想が付いたものの、陛下不在によるエネルギー減衰は思いのほか激しく、救出に向かえぬままにマヨヒ城は特異空間構造を維持できなくなり申した。この拙者すらもエネルギー不足により性をなくし、人の形を失い、瑠璃姫陛下が当主となり申すまで浅ましき畜生として馬車を引く身にまで落ちてしまったのでござる。されど、牛頭尊がここに居るということは、すなわち・・・」
馬頭尊はここで悔しげに言葉を切った。
「つーことは、あの牛頭尊は超族の配下になっていると見ていいんだな」
「左様でござる」
「じゃあさ、もひとつ聞くけど、なんで牛頭尊はケイティを狙ったの。まるでケイティが俺達の仲間になっているだけじゃなくて、人間形態になっているところを狙いうち・・・・・あっ、ステローペ、透視だ、何かが紛れていないか?モニター虫のようなものはいないか」
話しているうちに俺はこちらの情報が超族に筒抜けになっていることに気づいた。
「えっ、はい、今探しています。あ、ネリンさん、貴方のその胸のブローチ、データを送っている!!データ送信の赤い揺らめきが見える!」
ステローベはネリンが胸に付けていた赤い何の変哲もなさそうなブローチを指さした。
「え、これは公爵様から頂いたブローチよ、それがスパイを?」
ネリンは慌てて胸からブローチを外す。
その途端、ブローチがジュッという音とともにどろどろに溶けてしまう。
「ひえぇぇぇぇぇぇ」
ネリンは慌てて手に持ったブローチを汚いものでも持った時のように投げ捨てた。
「馬頭尊、これは」
「見事にやられ申した。恐らくモジュラー公爵は超族に操られた内の一人。この作戦、はなから超族に筒抜けだったと思われます」
そうか、だからコロシアムで絶妙のタイミングで瑠璃姫を攫うことが出来たし、村人たちを救出に行った先で、タイミングよく125番教軍が出現したのか。
ちっ、油断のならん相手だ。
「成程、超族は今度は私たちの中で一番戦力になりそうなケイティ姉上を狙った訳か」
「そう言うことになり申す。ケイティ殿を縛った縄は恐らくは神器・魔封じ、牛頭尊はこの神器・魔封じをケイティ殿に仕掛けようと闇夜に紛れて近づいたところを拙者に発見されたのでござろう、じゃが、牛頭尊の落とした神器・魔封じにケイティ殿が近づいたが故、魔封じは発動してしもうたと思われまする」
「そうだったの、やはりこれは魔封じの縄ね。これを解除しない限りあたしは金龍に戻れないという訳ね」
ケイティはこの縄の効果を予測していたのだろう、力の大半を発揮できない状況でも落ち着いて見える。
しかし、こいつは困ったな。
ケイティの持つ軍団を一撃で屠る能力、その他にも色々と持っていそうだが、その力が発揮できないとなると、ケイティはただの大飯食らいに大酒のみの穀潰しになってしまう。
「なあ、この魔封じを解除する方法はないのか?」
「それが、あることはあり申すが・・・・」
どういう訳か馬頭尊は言葉を濁してしまった。




