33. 金龍ケイティの襲撃
ノード神話 「神々の黄昏の章」より
また、神々のうちの一部の者は魔物の王国に下り、そこに居を構えた。
建国当初は平和な国であったが、やがて時が経つにつれ、人間族との諍いも目立つようになってきた。
幾多もの和平の取り決めが話し合われたが、第二の神々の諍いはここにも暗い影を落とした。
そんな折に、地上にある魔力を魔法として利用する方法が発見された。
地上の鉱物資源は神々の長い戦いのうちに使い尽くされてしまったが、地上に存在する魔力は無限の物のように思われた。
それまで陽光に照らされていた地上を巨大な影が覆った。
俺はその瞬間、分厚い雲に太陽が遮られたのだと思った。
125番教軍がそらを指してなにやら喚いている。
だが、上空を見上げてその正体が分かった。
「ケイティ姉さま!」
エリスが息をのむようにその名を呼んだ。
そう、現れたのは黄金に輝く鱗を持つエリスの姉、金龍のケイティだった。
ケイティはこちらを睥睨しながらゆったりと羽ばたき俺たちの上空を2度3度と旋回する。
相変わらずの息をのむような美しさと畏怖を感じさせるその姿に、俺たちは絶句したままだった。
「攻撃用意!」
125番教軍から怒号のような命令が響く。
まさか、金龍を攻撃しようというのか。無謀な。
「125番様の庇護は我にあり、ありったけの魔力で叩けぇ!」
これだから、狂信者は。
125番教軍の布陣している辺りに詠唱の唱和の声とともに大量の光の粒子が集まり始める。
これまでに見たこともないくらいの光の粒子の量だ。
「ちっ、奴ら、ここをゼロ地点の不毛の地にするつもりか」
トドムラがいまいましそうに舌打ちをした。
俺達のいる場所からも光の粒子が次々に空中に浮かび上がり、そして吸い寄せられるように125番教軍の魔術師たちがいると思われる辺りに集まっていく。
これが、これがゼロ地点が出来た理由なのか。
辺り一帯の魔力を吸い尽くすことによって、その場所は魔力が枯渇する。
前にトドムラがそう言っていた気がする。
やがて光の粒子は回転しあいながら集まり、巨大な光の竜巻を作り上げた。
「うわっ、これはまたどでかい」
「うん、あんなの見たことないよ。すっごい強力な魔法になりそう。みんな衝撃が来るかもしれないから身構えて」
ローラの指示で俺たちは足元の地面に足を踏ん張った。
「放て!地獄の業火!!」
指揮官が叫ぶ声が聞こえた。
そして次の瞬間、光の竜巻は小型の太陽に姿を変え、恐ろしい速度で金龍ケイティめがけて発射された。
衝撃音は聞こえなかった。
いや、実際にあったのだろうが、その音があまりにも大きすぎて耳が捉えきれなかったのだろう。
それよりも凄かったのは光だ。
一瞬で網膜が焼き切れたかと思ったほどだ。
目がズキズキして真っ暗にしか見えない。
「うわっ、目、目が・・・」
トドムラが喚いている。
ステローベも、ローラも呻いている。
目がつぶれたかと思った。
しかし、少し経つとようやく視力が戻ってきた。
辺りがやけに暗くしか見えないが、目が潰れるようなことにはならなかったようだ。
「みんな、大丈夫か?」
俺は振り絞るように声をかけた。
喉がからからで、しわがれ声しか出ない。
「な、なによ。あんなバカでかい魔法飛ばして」
この声はネリンだな。
ちっ、生きていたか。
でもとっさに懐にテトを抱いたのは見事だ。テトがネリンの装飾過多服の間からもがくように出てくる。
「あたしは、大丈夫です」
「ひどーい、目が潰れたかと思っちゃった」
うん、ステローベもローラも無事なようだな。
見渡すと、125番教軍の盾が全部倒れている。
いや、倒れているんじゃなくて、光球がケイティに当たる瞬間に全員が盾を上にして伏せたのだろう。
統率が取れてやがる。
「はっ、姉上は、姉上は無事か」
エリスが弾けたようにケイティのいた方向を見やった。
まだ目の中に黒い影のようなものがあって、よく見えない。
太陽を直射した時に起きる現象だ。
地面に伏せていた125番教軍の兵士たちも鎧をカチャカチャいわせて起き上り、油断なく周りを見回した。
「いない、姉上の姿が見えない」
そんなわけないだろうと見渡したが、確かにあの巨大な金龍の姿は見えなかった。
まさか、あの特大魔法で跡形もなく蒸発してしまったのか。
125番教軍の将兵たちは自分たちの勝利を確信したのか、オーッと時の声を上げている。
「そんな馬鹿な。金龍の鱗は不可侵の強度を持っている。たとえ直撃したとしても跡形もなく消えるはずがない」
エリスはなおもケイティが消滅したことに納得がいっていないようだった。
「いえ、ケイティさんは居ます。このはるか上空に」
ステローベのアルゴスの目が開いている。
驚いて上空を見上げると、確かにはるか上空1万メートルはあるかと思われる高空に小さく龍の形が見えた。
陽光を受けてキラキラ輝いていることからも、確かにあれはケイティだ。
まさか、あの爆発に巻き込まれる寸前に高空に逃げたのか?
俺たちが真上を見上げているのに気が付いた125番教軍の兵士たちもようやくケイティが生きていることに気が付いたようだった。
彼らのざわめきが大きくなる。
と、その時、上空に居た金龍の姿がぐんぐん大きくなる。
こちらに向かって急降下しているんだ。
怒りのオーラひしひしと伝わってくる。明らかに殺意を持った戦闘態勢だ。
「うわっ、やばっ、こっちまで巻き込まれそうだ」
「大丈夫だ、キャサール。あれは姉上得意の戦法だ。衝撃と音が凄いからたまげるなよ」
ケイティが無事だったことに安堵したエリスが抜いていた石剣を鞘に戻しながら言った。
金龍の降下速度は恐らくマッハを超えているだろう。
金龍の前後に白い蒸気の塊のようなものが見える。
「ま、まさか、ソニックブーム!あれはマッハコーン!」
125番教軍は浮足立っていた。
先ほどまでは規律の取れた行動を見せていたのだが、急降下してくる金龍におそれをなしたのか、5人、10人と隊伍を乱していく。
だが、今から全速力で逃げても、俺の予想が正しければ逃げきれないだろう。
「グオーーーーーーン」
金龍が咆哮したのかと思うような轟音が響き渡り大地すらも揺らした。
すっげえ。ションベンちびりそうだ。
急降下してきた金龍は水平飛行に移ると125番教軍の上空僅かを掠めるように超高速で飛行したのだ。
音速を超える飛行物体はそれだけで超危険な存在だ。
衝撃波なんて言葉からは想像もつかないような衝撃が125番教軍全員を襲った。
兵士達が木の葉のように空高く舞い上がり地面にたたきつけられる。
いや、それだけではない。
空中に弾き飛ばされた将兵が、空中でバラバラに分解して落ちてくるのだ。
アイギスのバリヤーにもその将兵の欠片が雨のように落下しボトンボトンと嫌な音を立てる。
「すっげえ」
ソニックブームの破壊力の凄まじさに俺たちは声もなかった。
数瞬、ほんの瞬きする間に、地上の125番教軍は壊滅した。
いや、壊滅ではなく皆殺しだ。ジェノサイドだ。
暫くして人体シャワーの雨が止むと地上には動いているものなど何もなくなってしまった。
遠くに金龍の飛行音がまだゴーッと聞こえている。
地上は惨憺たる有様で、五体満足な死体などほとんど見当たらない。
「すっげえ、金龍が地上最強と言われている訳だぜ」
なんとか言えた感想はそれだけだった。
何だか凄まじすぎる破壊力を見せられて、全員が魂が抜けたようになってしまっている。
そして、俺はとても嫌なことに気が付いた。
「エ、エリス、教えてくれ。ケイティは、金龍は何でここに現れたんだ」
「ああ、それを私も考えていたところだ。姉上は龍族の中でも最強と恐れられる金龍の一族中でもプライドの高いことで知られている。これまで一度も負けたことがないのが姉上の誇りだ。その姉がお前に負けたのだ」
あーっ、その言葉、聞きたくなかった。
つまり、何かい。
マヨヒ城のコロシアムでの戦い、泥酔して寝てしまったおかげて負けてしまったんで、その借りを返せって訳かい。
これはヤバい。
特に金龍のあのソニックブームの破壊力を見た後では戦うなんてとんでもない。
大体、生身の体で超音速出して何ともないってなによ。
生物学の常識遥かに超えてんじゃん。
「キャサール!探したぞお!」
気が付くと金龍が俺たちの目の前の空中にいた。
ゆっくりと羽ばたきながらも空中に停止し、いまにも食いつかんばかりの勢いで俺を凝視している。
金龍の体からは超音速飛行のせいなのか、赤熱して蒸気すら上がっている。
まるでたった今溶岩の中から現れた地獄の使者だ。
「エリス!アイギス解除するなよ!絶対絶対解除するなよ!」
俺は恐怖のあまり叫び声を上げた。