2.なんかすごいことになっちゃってんですけど-1
ノード神話 「反旗を翻す者の誕生の章」より
こうして神々は全ての世界とすべての生命を総べる権利を手に入れたのだったが、やがて神々の被造物の中から反旗を翻す者達が現れ始めた。
その神々に逆らいし者の名前はヴォルテル。
ヴォルテルはノード神こそ真の神であり、二番目の神々は僭主であると断じてはばからなかった。
あの後、俺は皇子から教えられた呪文を紙に書き写し、双方で読経するように同時に唱えた。
なんでも術式に必要な魔術用具だのアイテムなどはいらないのかと聞いたのだが、そんなものは必要ないとの答え。
精神の交換にはお互いの精神と呪文が同時にリンクして唱えられれば簡単にできるとのことだった。
そして呪文を唱えているうちに俺の意識はすうっと暗くなり、気が付けばどこかの真っ暗な空間をすごい勢いで疾走というか、飛翔していた。
でも完全に真っ暗という訳ではない。ところどころに白い穴見たいのが開いていて、それらの穴に時々何かが飛び出たり飛び込んだりしているのが見える。
ふと気になって自分の体を見てみるとなんだが白いぽわっとした光を出している。
へっ、これってもしかして霊体ってやつ?
手で自分の体を触ろうとすると、手がすっと体の中にめりこんでしまう。
いつもの俺ならばここでパニックになるのが必定なのだが、不思議と怖いとかいう感情は湧いてこなかった。
むしろさも当然のようにその現象を受け止めている自分がいた。
そして俺の感覚で3分くらいも飛び続けただろうか、前方に見えてきたいくつ目かの白い穴に俺は吸い寄せられるように高速で突っ込んで行った。
それはまるで深い熟睡している状態から、いきなり覚醒したかのような感じだった。
よどみ、沈殿している精神がいきなり外部からの刺激で最大状態に励起した感覚に俺は飛び起きた。
そう正に飛び起きたのだ。
「はっ、どうした何がいったい」
言葉がもつれにもつれて順番もめちゃくちゃになっている。
とたんに信じられないような周囲の様子が目の中に飛び込んでくる。
俺は異世界ではソファーの上に横になり、隣に大勢の宮廷魔術使が控えていて魂交換の術式を補助してくれているとばかり思っていた。
しかし、俺の目に飛び込んできたのはまるで映画のような剣による戦闘だった。
3人の甲冑を身にまとった騎士が一人の、いや一匹の巨人を相手に戦っている。その巨人たるや身長が3メートルを超えるかと思われるようなでかさだった。
そのグリズリーほどもある巨人が手に持った巨大な丸太をブンと一振りするだけで一人の騎士が持っている長剣がバキッという音とともに跳ね飛ばされる。
いや、跳ね飛ばしたのは長剣だけではなく、騎士の甲冑に包まれた腕ごとだった。
その跳ね飛ばされた長剣付の腕がくるくると回りながらすごい勢いで壁に激突する。
「くはぁ!」
腕ごと持っていかれた痛みなのか、騎士が断末魔のような悲鳴を上げて崩れ落ちる。
床にはその巨人の怪物と戦って殺されたのか十体以上の甲冑姿の騎士が倒れ、辺り一面が血の海になっていた。
そして俺は見てしまった。
この部屋になだれ込まんとしている怪物の後ろに続く何十体もの巨人たちを。
「なななな、なんで、なんだ、これは、何が起きている」
俺の声は半分以上上ずっていた。
「殿下、おお、おぬしは殿下ではない、では魂交換の術は成功したか! 殿下を無事逃すことができたか!」
俺の横で絞り出すような声が聞こえた。
その声のした方を見ると、初老のいかにも宮廷魔術使然とした老人がこちらを食い入るように見ていた。
長い灰色のローブに頭にはとんがり帽子。
「誰、あんた、それよりここはいったい・・・」
突如バシンバシンという音とウォーという鬨の声に俺の質問はかき消されてしまった。そしてその鬨の声は最後の騎士を屠った巨人が上げたものだと俺は気付いた。
床には最後まで戦っていた騎士が無残にもひしゃげて横たわっている。
いや、ひしゃげてなんて生易しいレベルではない。バラバラにと言った方がいい状態になっていた。
そして間髪を入れずに巨人達が部屋になだれ込んでくる。
あっという間に俺と、宮廷魔術使然とした爺さんの二人はその巨人たちに囲まれてしまう。
ライオンかトラの檻に放り込まれたとしてもこれほど恐ろしくはなかっただろう。
巨人たちの発する禍々しいまでの破壊力の前に、俺は歯の根が勝手にガチガチと鳴っている。
もうダメだ、俺はここで引き裂かれ食われてしまうのか。童貞なのに、童貞なのに。
この期に及んで、俺の唯一の心残りは童貞のまま死ぬということだった。
「ふひっっ!」
その時、俺の隣にいた爺さんが、巨人に頭を鷲掴みにされて、丸で畑の人参でも引っこ抜くかのようにポイッと天井まで放り投げられた。
同時にグキッと嫌な音が響いたから、多分首の骨が折れたのだろう。
爺さんは天井に激突すると、そのまま首ごと天井に突き刺さったままに体がだらーんと吊り下げられた状態になってしまった。
「あわわわわわ」
俺の口からはだらしない声が漏れ、そして俺の意識はすうっーと暗くなっていくのが分かった。
ああ、これが気絶ってやつか、フェードアウトする意識の中で、俺は気絶することがこんなにありがたいことかと感謝した。
だって、自分が死ぬ瞬間を見るのいやじゃん。
何だか手が痛かった、いや手だけじゃなく腕全体が痛かった。そして足首も痛かった。
最初に思ったのはそんな痛みだった。
天国へは一面のお花畑を歩いて行くと聞いていたが、腕が痛い天国なんて聞いたことがなかった。
いや、天国じゃなくて、ひょっとしたら地獄か、ここは地獄なのか、腕が痛いのも地獄の攻め具で折檻されているせいなのか。
俺は何も悪いことしていない。立小便くらいならやったことあるが、俺は極めて小心で善良な一市民だったはずだ。地獄へ行くほど悪いことはしていない。
学校でもいじめっ子の仲間には加わらなかった・・・ていうかどちらかというと俺がいじめられていたほうだった。
だから地獄には行かない・・・と思う。
そう思った時、俺は目を固くつむったままであることに気付いた。
恐る恐る目を開けてみる。
もう二度とこの世の景色を見ることはないと思っていたが、俺が見たのは白い壁の広い豪華ともいえる寝室と思われる場所だった。
部屋の壁にはいくつもの電球のような光球が柔らかな光を投げかけている。
そして部屋の真ん中にドンと置かれた天蓋付ベットに俺は横たわっていた。
いや、横たわるというより、ロープで後ろ手に縛られ、足首もグルグル巻きにされていた。
ちなみに全裸でグルグル巻きだったことは恥ずかしながら付け加えておく。