1.うまい話には気を付けよう-1
ノード神話 「神々の繁栄の章」より
およそ地を覆い尽くした二番目の神々の力はやがてその絶頂の時を迎えた。
空を飛ぶものも海を泳ぐものもすべての生き物たちは神々の威光の前にひれ伏し、子々孫々までの忠誠を誓った。こうして二番目の神々の繁栄の時代は未来永劫に続くかのように思われたほどだった。
「おい、聞こえるか・・・おい、そこのお前」
いい気持で寝ている最中にそんな男の声が聞こえたら、たいていの人は夢だと思うに決まっている。
最初はそう思った。
よく寝ている最中に金縛りにあって、何か得体のしれないモノがのっかかってくるとか、そんな話を聞いたことがあるが、こんなはっきりとした、まるで目の前で直接会話しているような声を体験したのは初めてだった。
その声は思春期の青少年のように若々しい声だったが、どことなくその若さに似合わない威圧感のある声のトーンだった。
俺は半分夢心地で、うっるせえなぁと思い寝返りをうった。
せっかくの至福の眠りを邪魔されたくなかった。
それが林○めぐみとか、堀江○衣の声だったなら100年の眠りを邪魔されようと悔いはないのだが、聞きたくもない男の声ではせっかくの眠りを邪魔されるわけにはいかなかった。
俺は寝ているとも起きているともつかぬ半覚醒の状態でただただその声が聞こえなくなることを願っていた。
だって、朝自分が起きたい時間より早く起こされるのって業腹じゃん。
たとえそれがトイレに行きたいっていう自然の要求だって起きたくないものだ。
しかしそれでもなお、その声は執拗に耳元で繰り返される。
むむ、何だよ、ダチがふざけているのかよ。
そう思ったとたんに、心地よい半覚せいの状態から急速に目覚めていくのが分かった。
なんだよ、日曜くらいゆっくり寝かせてくれよ。
でもアレ、俺ってダチと呼ばれる存在などほとんどいなかったハズだけど、いったい誰だよ。
俺は半分腹を立てながら声のする方に顔を向けた。
「ようやく気付いてくれたか、やれやれどうやら成功とみえる」
その声に俺の半分寝ぼけた頭が声の主を探そうとする。
しかし、俺が見たのは誰もいない4畳半の少し黒ずんだ壁と鴨居から吊るされた○木で買った安物の黒色のまだ真新しいスーツだけだった。(ちなみにリクルートスーツってえヤツだよ)
「えっ!」
俺は驚きながらまだ薄暗い部屋の中をきょろきょろ見回す。
しかし、そこにあるのはテレビとパソコンと、後は乱雑に散らかった読みかけの雑誌(注・エロ雑誌)やらカップヌードルの空き容器やらといった典型的な独身男のさみしい部屋だけだった。
TVがつけっぱなしか・・最初はそう思ったもののどう見てもTVもパソコンも電源が落ちている。
「驚くな、まずは話を聞いてくれ」
またもや耳元で先ほどの声がする。
俺は瞬間、体中が総毛だった。背骨にゾゾゾーっと冷気が走る。
ひっ、ゆ。幽霊。
そう思うのも無理からぬことだろう。
生まれてこの方22年、霊感などかけらもなく神秘体験なるものはまったくといって無縁の俺だったが、幽霊なるものの存在は半分以上信じ切っている。
その俺が反射的に声はすれども姿が見えぬ存在を幽霊と思うのも無理ないことだった。
声はすれども姿は見えぬ、ほんにお前は屁のような
よっぽどパニクったのか、俺の脳裏にそんな下らぬことが浮かんでは消える。
ななななんとかここを逃げ出さねば、もう4年も住んでいるけどこのアパート幽霊が出るなんて聞いてねえぞ。
そう頭では思っても俺の下半身は腑抜けにも腰が抜けてしまったのかまったく言うことをきかなかった。
「待て、あわてるな、恐れるな、私は幽霊などではない」
俺の頭の中を読んだようにまたも耳元から声が聞こえる。
わわっ! これは怖い。だって誰もいないんだぜ、誰もいなくて声だけがすぐ近くから聞こえる。
俺の心臓はバクバクとものすごい速さで鼓動をしている。
もう、今にも破れてしまうかのようにパニクってる。
「だから、落ち着けって、よしよし、どうどうどう」
その不思議な声は今度は馬でも落ち着かせるかのようにのたまった。
その人権を無視したなだめっぷりに、俺はムカッと来た。
「俺は馬か!」
そう怒鳴ってみて、初めてパニックが少し消えてくるのが分かった。
「そうそう、落ち着いてきたみたいだな、まったく婆さんじゃあるまいし、このままショック死でもするかと思ったぜ」
何だっちゅうの、理不尽にも謎の声のトーンは完全に呆れ声だった。
少し落ち着いてきた俺はまた回りをキョロキョロと見回してみる。
しかし、いくら見てもこの安普請のアパートの空間には俺しかいなかった。
これはひょっとしてアレか?アレなのか?空中に電波が飛んでいるとお騒ぎになるあの特殊な状態の人の仲間に俺はなってしまったのか。
ヤバイ、それはヤバイ。
きっとアレだ、就職がなかなか決まらなくって、そのストレスが俺のガラスの精神を砕いてしまったのに違いない。
俺はそう思った。だってそれしか考えられないじゃないか。
「そうじゃないね、お前は極めてまともだ。」
ひえっーーーっ、また俺の心の声に謎の声が的確に答えた。
「まあ、聞けって、今、私はある実験をしている。時空を超え、いや次元を超えて魂と魂を繋ぐ実験だ。その相手にたまたまお前がなってしまっただけだ。」
「ええっ、あのう、何をおっしゃっているのかまったく分かりかねるのですが」
俺は思わずへりくだった言い方をした。何だかよく分からないが、あんまり逆らってはいけないような気がしたからだ。
もしかしたら宇宙人か何かかもしれない、俺の頭の中に変なチップを体内に埋め込まれ、気が付けばその間の記憶がなくなり、それからいろいろあってTVの矢○デレクターの特番に出演しているシーンが浮かんだ。そして大○教授に徹底的にバカにされ・・・・・
「それも違うって、宇宙人なんかじゃない」
即座に声が断固たる口調で否定した。
「で、では、あ、あのーう、どちら様で、ひょっとしてマッドサイエンテストの方でしょうか」
何かさっき次元を超えてとか、魂を繋ぐとか言っていたような気がする。
マッドサイエンテストならばひょっとして俺を改造するのか。改造されちまうのか俺、どうせ改造されるのなら仮面○イダーみたいなのがいい。
ザコキャラの戦闘員にされて「イー」とか叫びながら簡単に倒されてしまうのだけはいやだ。
「よくそんだけ下らんことを思いつくな、お前は、早とちりにもほどがある」
相変わらず尊大な口調の声が俺をこき下ろす。
「本当にお前で大丈夫なのかこっちが心配になるよ」
確かに俺はダチから「早とちりの歩日人」とか「うっかり歩日人」とかいうありがたくないあだ名を頂戴しているが、何気にひどいことを言う謎の声だった。
「まだちょっと位相がずれているからちょっと待て、修正する。」
その声はそう言いながらどんどん俺に近づいてくる。
そして、その最後の修正するという言葉が今度は俺の頭の中に直接響いた。
「わっ、なんだこれ、頭の中にスピーカー埋め込まれたみたいだ」
またも俺は驚いてしまった。
だが、もう驚き疲れたのかパニックにはならない。なんか驚きを通り越してかえって落ち着いてきてしまったみたいだ。
「よし、これでいい、さっきより楽に話せるようになった」
声はどことなく得意げだった。
「さて、では説明させてくれ。私は古代より続く神聖ガル二ラン大帝国の皇子キャサールだ。見知りおくが良い」
はあ、何言ってんのこの人。
そう思ったとたんだった。
「無礼者!身分を明かしたからには礼節をもって尽くさんか!」
突如怒鳴り声が俺の頭の中に響き渡る。