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4話

「4」


 デート、というほどのものではなかったと思う。それはぼくが思っていたことであって周りから見たらそう見えなくもないだろう。

 なぜ、そうぼくが思ったのか。それはぼくがしっかりと結城(ゆうき)さんをエスコートができなかったし、それに何かをするわけでもなく、気になった店に入ったりしていただけだった。

 でも、みんなはこれをデートと呼ぶのだろう。しかし、このデートの中で彼女の糸口を見つけないといけない。

 どうやって……?

 会話をしようにもこれと言って聞き出せるような内容にはつなぐことができない。会話自体は弾むものの、この空気を壊したくなく、聞くに聞けないでいた。

 歩いている途中でクレープ屋を見つけた。そう言えば梨里ちゃんも好きだったな。


 桜の舞う公園の隅。ぼくらはこの公園の先の丘というかこの上にベンチがあり、そこから夕日を見ようと、そこに向かっている途中、隣を歩いていた梨里(りさと)ちゃんが楽しそうに声をかけてきた。

「あ、クレープ屋がありますよ」

「そうだね」

「……」

「……」

「クレープ屋がありますよ」

「そうだね」

「なんですか? 買ってはくれないんですか?」

「いや、あるね、と思わせたいだけかと思って。買ってほしいなら言ってくれればいいのに」

 ぼくがそう言ってクレープを一つ買ってくる。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。でも、こういう気遣いも少しは学んだ方がいいですよ」

 少し説教じみた言い方でクレープに齧りつきながら梨里ちゃんは言った。

「はい、ごめんなさい」

 毎度毎度褒められたことがない。いつも説教されて。でもその時間でさえぼくは楽しかった。決してМ発言とかではなく、この時間が、梨里ちゃんといる時間が好きなのだ。

「でも、こういうところは気が利きますね」

「へ?」

 と梨里ちゃんはぼくにクレープを指し出してくる。

「きっと偶然とは思いますが、クレープを一つだけしか買ってこなかったという心遣いに免じてどうぞ」

 梨里ちゃんの言っていることが分からない。でも、食べろと言われているのでクレープを一口齧ってみる。口に広がる生クリームの甘い味。次に果物のさっぱりとした甘味に酸味。あまり味のコメントが上手くはないので一言で表すと、美味い。

「ふふ、どうですか?」

「美味しいよ」

 ぼくは先ほど心の中で出した答えをそのまま口に出す。

「そうですね。それに、間接キスですよ」

「――っ!」

 そうか、そう言うことだったのか。梨里ちゃんは少し恥ずかしそうに言った。

 その一言で先ほど梨里ちゃんが言ったことの意味がわかった。

 一つということは二人で分け合えることができるということ。つまりはこうして食べさせあったり、このように間接キスだってできる。

 しかしながら、どうしてこんなにも間接キスで照れ合っているのかというと、このときぼくらは付き合って間もなく、キスもしていなかったときだったからだ。

「……真弘さん」

 その声音は甘く、そして誘っているかのようだった。梨里ちゃんは顔をこちらに向けて口を閉じる。ぼくも梨里ちゃんに顔を近づる。

 梨里ちゃんが先に目を閉じた。ぼくは梨里ちゃんの方をつかみ、唇を重ねる。

 誰もいなく、桜が散る中。

 ぼくらは初めてを共有したのだった。


「真弘君!」

 その声で我に返る。どうやら結城さんがなにやら話をしていたようだった。

「もう! ボーっとしちゃって。話聞いていなかったでしょ?」

「あ、ごめん。お詫びにあそこのクレープ奢るよ」

「え? 本当?」

 顔色が一気に変わる。しかし、結城さんにしてはおかしなテンションだな。何だろう、ぼくが少し落ち込んでいるように見えたからだろうか。しかし、追求するところはそこではない。

 何で結城さんがぼくに話しかけてきたのか。

 そこが今の一番の疑問となっている。

 ぼくは近くのベンチに結城さんを座らせ、クレープ屋に向かう。そのときの頭の中は考え事でいっぱいだった。

 答えが出ないまま、ぼくは結城さんの分だけ買って結城さんの元へと向かった。

「ごめん、遅くなって」

「ううん、ありがとう。それより真弘君は食べないの?」

 受け取りながらの会話。

「え? ああ。ぼくはいいよ。前にも一回食べたし」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、遠慮なくいただきます」

 そう言って結城さんは一口クレープに齧り付く。なんだか梨里ちゃんと重なって見える。

「……真弘君」

 あまりじっと見つめていたせいか、結城さんは顔を赤くしていた。

「そ、そんなに見つめられると……」

「ああっ! ごめん」

 ぼくはあわてて結城さんから視線をはずす。その後、チラッと結城さんのほうを見ると結城さんももじもじしながら、こちらをチラチラ見ていた。

 そして結城さんはぼくに向けてクレープを差し出した。

「その、よ、よかったら、一口どうぞ!」

 目を瞑り、顔を真っ赤にした結城さん。どっかの誰かと違って正直な感じに見えて可愛い。どこかの誰かさんもこの感じとは違って可愛いと思うのだけれど。

 まあ、こうなってしまった以上、もらうしかないだろう。デジャヴというやつだね。

「それじゃあ、いただきます」

 一口。やはりあの時と変わらないぼくの初キスの味。梨里ちゃんとのキスのとき、これと同じ味がしたんだよね。よく言う『キスは甘酸っぱい』とは違い、『生クリームのこってりとした甘みと果物のさっぱりとした甘さと酸っぱさの味』だった。

「ど、どうかな?」

「うん、美味しいよ」

「よかった」

 と、結城さんはつぶやき、ぼくの食べたところに口をつけた。

 その後、結城さんに、「さっき話していたことって何かな?」と聞くと、「それなら気にしなくてもいいよ」と言われた。それも、

「え? 何も話してなかったの? 話し聞いてた? って言っていたのに?」

「ごめん、ちょっと言ってみたくて。何か考えていたみたいだったから驚かそうと思って」

 そういうことらしい。考え損だった、と言うのが落ちのようだ。



 楽しかった。それが今日のデートの感想だった。いろんな話ができたし、クレープを奢ってもらったし、それに、か、間接キスまでしたし。

でも私はその感情を抑えなくてはならない。

 だって、真弘君には……

 しかし、私の心は動いていた。真弘君ともっと一緒にいたいし、こうやってお話もしたい。それにはずっと心の奥底にしまっていたとある質問をしないといけない。

 でも、聞いていいのか。失礼ではないだろうか。けれど、私の感情が抑えきれない。



 デートが終わり、再び待ち合わせ場所にしていた公園に戻って来た。

「はあ、楽しかったね」

「うん、楽しかった。ありがとう」

 ここでお礼を言われるとは思っていなかったが、お礼を言われて悪い気持にはならないな。でもどうしてあんなにテンションが高かったのだろうか。しかし、それを問う時間は残ってはいなかった。もう結城さんは帰らないといけない時間になっていた。でも、まだ時間はある。結城さんを送ればその時間だって稼げる。

「そうだ、結城さん。家まで送って行くよ」

「うん、ありがとう」

 結城さんは即答だった。これが最後の時間となる。慎重且(かつ)最短で終わらせなければ。

 しかし、一向に聞くことはできなかった。結城さんが聞くな、とでも言っているかのように思えた。それも結城さんがそんな行動をしているわけでもなく、ただ、自分から切り替えるのが怖かったのかもしれない。

 そうしているうちに結城さんの家の前まで来てしまった。なんだか自然と焦りがなくなり、どうでもいいや、と心で思うようになっていた。

 その時までは。

「あの、真弘君」

 自分から口を開くことがなかった結城さんの口が開いた。ぼくは驚き、投げやりだった気持が切り替わった。もしかしたら。そのわずかな望みにぼくは賭けた。

「何?」

「あのさ、真弘君って――」

 ぼくは耳を疑った。


――彼女いる?


 そうぼくには聞こえた。疑う余地もなく、結城さんは一字一句間違うことなくそう言った。

「え? どうして?」

 焦るぼく。そのせいか疑問が単調になっている。

 どうして結城さんが梨里ちゃんのことを知っているんだ? 誰にも見つからないように付き合っていたのに。それに梨里ちゃんから付き合っていることは誰にも言うなと言われていたから知っている人はいないはず。

「この前、一年くらい前にね、真弘君が女の人と歩いていたから気になっちゃって」

 このとき、ぼくは彼女の心、気持がわかるようなセリフにも関わらず、「彼女がいる」ということに縛られて感じ取ることができないでいた。

 まさか、あのときの。梨里ちゃんが学校帰りにぼくを呼びだして見てもらいたいものがある、というから下校デートの様な事をした時だ。梨里ちゃんがぼくの意見を聞いてどの服を買うか悩んでいた、という理由のあれか。

 意外なところでばれていた。どうする。気が動転して考えがまとまらない。こうなったら、

「ねえ、少し、歩かない? 少しだけでいいんだ」

 と提案した。さすがにここで安直な答えを出したり、家に入られるとまずい。それこそ終わりだ。

 これこそが彼女の最大の悩みだったのだ。自分から話が切り出せない、なんていうのはどうでもいいこと。言ってしまえばそれが彼女のスタイルで処世術だったのだ。それに悩みを覚える者はいない。だから噛み合っていなかった。簡単だった。翼の言うとおりだった。結城さんはぼくが好きで、彼女らしき人がいたからこうして思いつめていた。なるほど。つまり、ぼくが結城さんを追い詰めていたわけか。

「うん、少しだけだよ」

 ぼくらはさほど離れていない海岸の防波堤へと来た。夜風が気持よかった。おかげで考えがまとまりそうだった。

 結城さんはぼくのことが好きで、彼女らしき人がいたから切り出せず、思いとどまっていた。にもかかわらず、ぼくは彼女に近づいた。ということは彼女なんていない、と言えば解決だ。何だ、簡単じゃないか。でも無駄ではなかったはずだ。こうして近づいたおかげで結城さんは思いを抑えきれずにこうして言ってくれたんだ。さすがに好きな人に癖の悩みは言うが、恋の相談はできないわけだ。なるほど、すべて理解した。

「結城さん」

「ん?」

 月を見ながら結城さんは返事をした。長い髪が夜風に靡いていて見ていて綺麗だった。

「あの子は彼女じゃないよ」

「え? そうなの?」

 先ほど月を見ていた視線がぼくに注がれる。

「あれは偶然出会った親戚の子なんだ。昔っから仲良くて」

「へえ、そうなんだ」

 納得、できたであろうか。いや、するはず。たとえでたらめでも一回しか見ておらず、証拠がない。だったら本人の言葉を信用するしかないはず。

「……だったら、いいよね?」

 しかし、結城さんは違うところで言葉をためていた。

「……真弘君」

 うつむいていた視線が再びぼくへと注がれる。その視線は先ほどまでとは違い、熱く、何かを伝えようとする瞳だった。

「私、真弘君が――っ!」

 なぜかは知らない。でも告白させてはいけないような気がした。だからぼくは結城さんの唇に人差し指を当ててその言葉を遮った。

 言わせると今後に響くような、そんな気がした。指を当てられた結城さんの顔は頬が赤く染まり、目を大きく開けていた。ぼくは彼女がなんて言おうとしていたのか予想は付いている。彼女はぼくのことが好き。しかし、彼女と思われる人がいたから告白できずに思いを募らせていた。その溜まった思いが今の彼女の気持なのだろう。そして、その人が彼女じゃないとわかった。となれば見えてくる答えは一つだ。

――好き。

 告白だ。ということはもう終盤と考えて問題はないだろう。ぼくへの思いでほとんど心の隙間も埋まっているはず。ではどうやってぼくが告白をせずに、そして結城さんにさせずにお互いがお互いを思っている、と思わせればいいのか。簡単な話、「好き」と言ってしまえば簡単なのだ。でも、この後も引き続き他の女子を攻略しなくてはならない。

 ん? もしかしてこれか? さっきまで告白させてはいけないと思っていた正体は。まだ少し焦っているようだな。落ち着いて考えるんだ。

 この後も他の女子と関わっていく。それに支障のないような行動、セリフで心の隙間を埋めなくてはならない。

 こうも長く考え込んでいると結城さんも不思議がる。早く答えを見つけなくては。でも何がある?

「ま、真弘君?」

 結城さんは自らぼくの指から離れて言った。

 もう時間がない。だったら某漫画のように!

「あのさ、結城さん」

「何、かな?」

 まだ頬が赤い。迷っているのだろうか。言うべきかどうかを。それなら今が好機だな。

「結城さんは夜の海ってどう思う?」

「夜の海? そうね、私は怖いと思う」

「どうして?」

「だって、暗いし底が知れなくて。昼間の海はあんなにも輝いているのに」

 結城さんは目を伏せながら言う。

「そうかな?」

 ぼくがそう言うと結城さんは「え?」と顔をあげた。

「ぼくは綺麗だと思うよ。ほら、見てごらん」

 ぼくは立ちあがって指をさす。それに釣られたのか結城さんも立ち上がり、ぼくが指さした先を見た。

「海面に月の光が当たって綺麗に見えない?」

「……本当だ」

「結城さん、勇気を持ちなよ」

 ぼくが結城さんに向き直ると、結城さんもぼくに体を向ける。

「君は知っていることしか見ていない。だから君はいつも人に流される。それも悪いことではない。でも、君もいずれ君自身の手で道を切り開いていかないといけなくなる。だから恐れてはいけない。確かに知らないことは怖い。けど、ほら、夜の海のように綺麗な物だってあるんだ」

「……」

「もし、結城さんが勇気を持てなかったらぼくに言ってくれ。ぼくが君に勇気をあげる」

「……勇気を?」

「ああ、そうだ。だからこれから君が自分の手で道を切り開けるように――」

 そうしてぼくは結城さんに唇を重ねる。

 抵抗はなかった。逆に結城さんがぼくを抱きしめてくる。

――と、その時、結城さんの体が重くなる。気を失ったのだ。

「真弘!」

 と物陰に居たのか、(あずま)が声を張り上げる。覗きかよ。そう思うのもつかの間だった。何やら妙な気を感じた。

「東」

 ぼくはその妙な気のするところから結城さんを抱えて東の近くへと向かう。

「なんだか妙な気がするんだが」

「それが悪魔だ。そろそろ形が戻り、本来の姿になる。その前にその子を安全なところに」

「わかった」

 そう言って結城さんを抱えて道路を渡ったところにある結城さんの家の前に座らせる。そうして急いで東の元へ戻ると、結城さんとキスをしたところに黒い塊ができていた。

 少しすると、その固まりが動き出しその形を変える。

「くそっ、なんてこった」

 その固まりは人型に変化をした。見た目は普通の男子高校生と言っていいほど。特徴なものは耳の頭が尖っている、そして見たことのないような形の武器がぶら下げられていた。

「序列八位、師走(しわす)大地(だいち)

「しわすだいち?」

 ぼくは東が呟いた言葉を繰り返した。序列って、確か悪魔の順位だったよな。

「おお、お前は東か? 久しいな。もしかして俺をあの女から出したのはお前か? それともそいつか?」

 狐目がこちらを睨む。それだけで背筋が凍りそうだった。見た目は普通の人間なのにまとっているオーラがまるで違っていた。

「ああ、俺の仲間だ。お前らの企んでいる計画を壊すためにな」

「ほう、そうか。今の俺と戦おうってか?」

 張り詰める空気。師走とか言うやつは口が笑っていたが、東は苦しい顔をしていた。確かにわかる。東からは師走の様なオーラは感じられない。

「真弘、やはり君の力が必要だ」

「え? ああ。でもどうするんだ?」

 東はぼくの質問に答える前に、東はぼくに向き直り、目を瞑った。すると、東の体が光り、東の体が足元からひも状になってぼくへと巻きついてくる。

「へ? へ? 何これぇ!」

 ぼくはわけがわからず、叫ぶことしかできなかった。そうしていると東は全てひも状となり、それらすべてがぼくへと巻きついた。

 巻きついてきた東のひもはぼくを徐々に締め付けていく。しかし、それを痛い、苦しいとは思わなかった。でも、何が起こっているかわからない。そして目の前が光った。

 慌てて目を瞑り、そして目を開けると、ぼくの姿が変わっていた。

 というのも、怪獣になったとかではなく、見た目がヴァンパイアのようになっていた。少し長くなった髪、襟の高い服の裾が不規則にボロボロになっている。爪も少し鋭くなっていた。

「え? これって?」

――俺達は合体(ユニオン)したんだよ。

「東? 東の声がする。東、どこ?」

――ここだ。

 どうやら声は耳ではなく、脳に響いているようだ。

――俺と君は合体して人間と悪魔のハーフ、ヴァンパイアになったんだ。

「やっぱり、ヴァンパイアなのか」

 と、腰に何かがぶら下がっていることに気がつく。

「これって、もしかして」

――そうだ。前に話した『エクソダス』だ。それを使ってあいつを倒すんだ。

 東でも使いこなすことができなかった剣。他に武器の様なものは、足にコインケースがあるな。でもそれぐらいか。前に、神に『核』を抜かれる前に装備していた武器が使えるようだ。

「でも、倒すって、相手は悪魔でしょ? こんなぼくで勝てるのか?」

――心配はない。俺の力もこの形になるとかなり戻るようだ。

「じゃあ、東が戦うんだね?」

――それはできない。

「え? どうして」

――俺は今、君の装備でしかない。こうすることで君の戦闘能力を上げることしかできない。だから君が戦うんだ。

「ええ! でも、相手は悪魔だし」

――今の真弘なら平気だ。勝てるさ。

「わかった、やってみる」

 ぼくが腰から剣、『エクソダス』を抜くと、先ほどから待っていてくれていたようだった師走が構えながら言った。

「へえ、人間が俺に向かってくるとはな」

「こうでもしないと世界が終わってしまうんだね。それと――」

 ぼくは一気に師走との距離を詰めた。想像以上に体が動く。

「――待っててくれてたすかったよ!」

 一閃が師走のわき腹を凪ぐ。ぼくはその勢いをその場で殺すことができずに師走を通り過ぎたところで地面に足が着き、失速させる。

「ぐわああ!」

 師走のわき腹から鮮血が吹き出す。初めて人を斬った。しかし、ぼくは世界を、悪魔が入った女子たちを守るためならこの手を汚してもいいと思っていた。

 梨里ちゃんが愛したこの世界を守るためなら!

「き、貴様!」

 痛みで我を忘れたのか、師走は腰から両手に剣を取り、抜刀する。その速度なら反応ができた。しゃがむようにして斬撃を避け、カウンターを仕掛ける。低い姿勢のまま、一歩前に踏み込み、左から右への一閃を師走の腹に喰らわす。

 ぼくって、こんなに動けるんだ。

 体が軽い、なんだか懐かしい感じがしていた。

 これが、本当のぼくの姿なんじゃないかと思うくらいに。

「ぐはあ!」

 腹をえぐられ、膝まづく師走。普通の人間ならもう倒れたり、動けなくなっているはずだ。なのに師走はまだ動けそうだった。

「はあ、悪魔を、なめるなよッ!」

 師走が手を触れていなかったから反応が遅れてしまった。腰の両脇にあった見たこともないような武器、それは銃だった。なんで手も触れずに発砲できたのかは分からない。でもその銃弾は直撃だった。

「ぐはっ!」

 ぼくは後方に数メートル飛ばされた。痛い、普通に痛い。

 久しぶりに感じた痛みで体が自由に動かない。

――あれは魔力操作で発砲できる銃か。しかもかなりの威力だ。

 何を呑気に解説しているんだ? もうぼく、死ぬのかな?

 と思っていたが、段々と痛みが引いていくような気がした。なんだか手足もいつの間にか自由に動かせるようになっている。

「ははっ! どうだ! 一発必殺の弾丸は! それも二つも! これなら……」

 偉そうに笑っている悪魔がむかついたので、ぼくは立ちあがった。その光景に驚いたのか、師走は途中で言葉を失った。

 不思議と、血も出ていないようだ。

――俺の防具だ。あんな弾丸が通るようなもんじゃない。でも、痛みは抑えきれないから気をつけろよ・

「ありがとな、東」

――それと、『核』は壊す必要はないぞ。

「どうしてだ?」

――人間界に来た悪魔は悪魔自身の力がある一定以上無くなると強制的に悪魔界に戻されるんだ。まあ、一定以上といっても悪魔の個体によって変わるけどね。

「ということは、別に殺さなくてもいいってことだな」

――君はそう言うのは嫌いだろうと思ってな。

 こんなに話していても反撃すらしてこない師走。ぼくが平然と立っているのが驚きのようで思考が止まっていた。

「それじゃあ、さっさと世界を救いますか!」

 ぼくが師走に剣を振りかざそうとした時だった。

――ギンッ!

 と金属のぶつかる音が響き、少し手に痺れを感じた。

「ふはっ! ふははは! 悪魔をなめて貰っては困る! まだまだこれからだァ!」

 師走の二刀流の剣舞がぼくに叩き込まれる。しかし、剣筋が見える。ぼくは叩き込まれる剣舞を剣一本で捌く。

 しかしながら、師走の剣の運びが上手い。二刀流の特徴を生かした剣舞だ。左で大きく空いた隙を右の斬撃で補う。反撃の糸口が見つからない。

「どうだ! どうだァ! 反撃できまい!」

 さらに剣舞が綺麗に、早くなる。だが、ぼくにはまだ剣筋が見える。

 何度かぼくが師走の剣を捌いている時だった。師走の剣が折れた。

「「え?」」

 ぼくも折れるとは思っていなかったので思わず声が出てしまった。だが、初めに我に返ったのは師走のほうだった。残っていた剣をふるうも、またしてもぼくが防ぐと折れてしまった。武器を失くした師走はぼくから距離を取り、腰から一丁の銃を取り出しこちらに銃口を向けた。

 なんで折れたのだろうか。今はそれを考えている時間はない。師走の銃が発砲する前に距離を詰める。銃は懐に入れさえすればこちらにも軍配はある。

 そうして発砲する前に懐に入ることができた。いや、でも簡単すぎじゃないか?

 そう考えたときには遅かった。

「ふはは! はまったな!」

 またしても魔力で腰の両脇にある銃が起動した。そしてコンマ数秒で発砲。

「ぐふっ!」

 後方へ数メートル飛ばされるも、今回は着地に成功する。師走はやりきった感満々だったが、耐えられたので焦っている。ぼくはそんな師走に一歩で間合いを失くし、一閃凪ぐ。

 今回の斬撃は深く入ったので致命傷になっていた。師走は悲鳴を上げることなく、消えるように消えて行った。

 剣を鞘におさめ、息を吐く。

「……終ったのか」

 あたりは静かになっていた。師走から出ていた血が見当たらない。本当に消えてしまったようだった。

「お疲れ様、と言いたいが、まだまだこれからだよ。他にもこうして落とさないといけない女子たちがまだいる」

 そうだ。これで終わったわけではない。これはまだ出発地点を一歩通り抜けた程度だ。すべての悪魔を倒さなくてはいけない。今回は八位とか言っていたが、東の勝てなかった三位以上と戦うとなればもっと苦戦を強いられるだろう。

「でも、その前に」

 と東は付け足すように言った。そしてぼくが座らせた結城さんの方へ視線を投げる。ぼくは東が何を言いたいのか理解した。

「俺は先に帰るから」

「ああ、またな」

 東はぼくの家の方へと歩いていく。戦っている時から月に雲が掛っているようで少し暗くなっている。東の姿が闇にのまれたとき、ぼくは結城さんの元へと歩いて行く。

「結城さん」

 どこを揺らして起こそうか、しばらく悩んだが、無難な肩に手を乗せて揺らす。「んッ……」と薄目で息が漏れる。

「結城さん、大丈夫?」

「…………。――っ! 真弘君!?」

最初は寝ぼけていた様子だったが、目が覚めて行くうちに今までのことを思い出したのか、途中から顔が真っ赤になっていた。そして自分の唇に手を当ててぼくの名前を叫んでいた。

「おおっ? どうしたの? 結城さん」

「あっ、その、なんでもないよ」

 手をパタパタとふりながら結城さんは言った。しかし、ここで思う。どこまでの記憶が無くなっているのだろうか。東は、記憶はなくならないと言っていたが、この様子からすると、少しの欠落が見られる気がする。そう、まるでキスをする前の結城さんに戻ったかのように。これは確定というわけではないので確かめなくてはならない。

 何、簡単なことだ。えい。

 結城さんの不意を突くように唇に指をあてる。

 こうして反応を見る。

 一つ、慌てて飛び上がるリアクション。これは唇に意識をしているから起こすアクション。つまりキスをしたということになる。

 二つ、ぼくが前に指を当てたようなリアクション。消去法でしていないということになる。

 そしてぼくの行動の結果、結城さんが取った行動は二つ目の方だった。少し前にしたリアクションとほぼ同じ。慌てるっこともなく、逆に慌てていた気持ちが落ち着いたかのようだった。

「……真弘君?」

「あっ、ごめん。ちょっと砂がついていたから」

 苦しい言い訳だが、海辺に居たということからあり得そうなことを言う。

「あ、そう? ありがとう」

 結城さんは疑問に思うことなくぼくの言い訳を聞いてくれたようだ。

 いきなりの無礼をしてしまったので、結城さんに手を差し伸べて結城さんを立たせる。立ちあがった結城さんはおしりの部分の汚れを払うように叩く。

 それが終わるとぼくに向き直る。

「あの、今日はありがとね、真弘君」

「あ、ああ。そんなことはないよ」

 急に言われて驚いたので単純な返事しかできなかった。

「あのさ、これからも」

 その時、月に掛っていた雲がさて、魅力のある月明かりが指し込む。その月明かりは結城さんを映し出す。

「よろしくね」

 と、月明かりのように結城さんのその笑顔は輝いていて、そして魅力的であった。



「お疲れ様」

 家に帰ると東がお茶を淹れていてくれた。ぼくは椅子に深く腰掛け、溶けるように力を抜き背もたれに体を預ける。

「はああ~」

 当然息だって漏れる。

「まずは一人。でもまだ後九人もいる」

「後これが九回もか。それに、序列上位と当たればこれ以上に」

「そうだね」

 お茶をぼくの前に置きながら東は言った。そうして東もぼくの前の席に座る。

「そう言えば、詳しくは聞いていなかったんだけど、攻略した女子の記憶ってどうなるんだ?」

「ああ、そのことか」

 ぼくは東の淹れてくれたお茶を啜って言う。

「攻略した女子の記憶はなくならないよ。でも、悪魔が出た瞬間の記憶はなくなると言っていい」

 そうか。だから記憶が無くなっていたわけか。別にあんなことしなくても聞けばよかったのだが、確信が持てると言うことにしては良かったと思うべきか。

「悪魔が出るとき、心の中を通り抜けて現実へと姿を現す。その時に少なからずその時の記憶が無くなってしまうんだ」

「そうか。まあ、それだけわかればいい」

 もう一口お茶に口をつける。お茶の独特のの渋みが先ほどまでの結城さんとの甘いひとときを打ち消してくれる。

 切り替えなくては。もう結城さんと会うこともないだろう。しっかりと「さよなら」も言えたし十分だ。

「東、次に攻略した方がいい人を教えてくれ」

「うん、次はこの人――」

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