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3話

[3]


 深夜の高校の屋上。そこに一人の影があった。その影はもちろん人のものだ。

 しかし、真弘たちが通っている高校の屋上は立入り禁止となっている。にもかかわらずその高校の屋上には一つの影が存在している。

「時間がない」

 どこかで聞いたことがある声だ。それは真弘が、という意味でだ。同じく東も聞いたことのある声だ。

 その声は重く、緊迫感が滲み出ている。

「……早くしないと」

 金網に掛けている手に力が入る。きちきち、と静かな夜に金網の擦れる音が響く。

「早くしないと……真弘が……!」



 東は一時限目が終わるとすぐに教室を出て行った。別に追う理由もなかったのでぼくはいつもどおり翼とどうでも言いことを話していた。東が帰ってくる時間帯が授業の始まるギリギリ、東が座って話しかけようとすると、先生が入ってくるというタイミングで帰ってくるので、何をしているか未だに聞けていない。昼も同じだった。まあ、学校探検でもしているのだろう、と思い込んで探究心を隠していた。

 そして時は放課後、現在に至る。

 クラス委員の号令で特に用件のなかったホームルームが終わった。クラス中は部活に行く者、帰宅をする者に別れ、それぞれ同じ立場の人間同士固まって教室を出て行く。

 ぼくも帰り支度をしながら東に声をかけた。

「ぼくらも帰ろう」

「そうだね」

 と短く確認する。

「あ、俺ちょっと用があるから先に帰るわ」

 と、珍しく翼はそう告げて教室を出て行った。

 内心、変なやつ、と思った。声には出さないけど。

 そうしてぼくらは玄関に向かい、上履きから靴に変え校門を出る。

「あ、そういえば」

 と、ぼくは思い込みで隠していた探究心の内容を思い出した。

「休み時間いなかったけど、何してたの?」

 聞いたのはちょうど、近道に入る十字路に着いた頃だった。ぼくは大通りから帰ろうと思っていたので少し進むが、隣に人の気配がなくなったことに気付き、後ろを振り返った。

 東は近道の十字路のところで立ち止まっていた。

 何だろう。

 そんなに距離は離れていなかったが、近づく。

「ねえ、こっちから帰らない?」

 ぼくが東の前に来ると東が口を開いた。

「え? まあ、いいけど……?」

 何か悪いことでも言ったかな?

 頭を回すが一向にそれらしい言動は見つからなかった。

 裏に入ってからは一向に話はなかった。ただただ歩み進めるだけだった。

 家の前に着く。鍵は渡しておいたが、習慣でぼくが開ける。東は黙ったままぼくの後ろに立っているだけだったからだ。

 玄関のドアを開けて「ただいま」と言う。誰もいないことがわかっていてもついしてしまう。これで寂しさを忘れることはできないのだけど。東も同じく「ただいま」と言った。この際「お帰り」とでも言い合う出来なのだろうか。そういう点はわからないし、なんだか恥ずかしいので考えなかったことにしよう。

 腰掛け、靴の紐を解いているときだった。初めに脱ぎ終わっていた東が、

「リビングに来てくれる? すぐに」

 と言って先にリビングに入っていった。

 深刻そうな顔だった。何かあったのだろうか。

 ぼくもあわてて靴紐を解き、リビングに向かう。リビングに入ると東はお茶を淹れていた。

 ぼくは昨日と同じ席に着く。またしてもぼくは東がお茶を淹れている姿を見ていた。

 淹れ終わったのか、お盆を持ってテーブルに来た。そして、昨日とまったく同じく、先にぼくにお茶を注ぎ、注ぎ終わったら東はぼくの前に座って自分の湯飲みにお茶を注ぐ。それが終わると急須をお盆の上に置いた。

 ぼくは温かいうちに東の淹れたお茶に口をつけたことがなかったので、ほぼ無意味にふー、ふー、とお茶に息を掛け湯飲みを少し傾けお茶を啜る。ずー、と音を立てる。

 そしてぼくは感動していた。

 こんなに市販のお茶がうまいのか、と。

 どう淹れればこんなにうまくなるのか今度東に聞いてみよう。

 この感動を心の端に追いやり、話に移ろうと言葉をかけた。

「それで、ここに呼んでお茶を淹れた、ということは話があるんだろ?」

 湯飲みを持ったままで口をつけようとしなかった東は、ぼくの言葉を聞き湯飲みをテーブルに置いた。

「全員見つけた」

 と、東は簡潔に言った。

「全員って攻略相手を?」

 こくっと頷く東。

「ということは九人見つけたんだよね?」

「そう」

「じゃあ、休み時間いなかったのはこういうことだったわけだ」

「そういうこと」

「だったら帰りのときとかにでも言ってくれてもよかったんじゃない?」

 そのことには首を横に振った。

「それはだめなんだ」

「どうして?」

 もう一回湯飲みに口をつけたときに聞かれたので短めに返す。

「もし、悪魔に聞かれでもしたら大変なことになると思って」

 そう言って東も湯飲みに口をつける。

 確かに、と心で考える。

 もし、悪魔が入っている女子に聞かれでもしたら悪魔だって対抗してくるはずだ。中に入った状態で悪魔がどこまでできるか知らないけど、東がここまでするということは何かしらまずいことがあるのだろう。

「そうか。で、誰だったんだ?」

「顔は覚えてるんだけど、名前が……」

「……あ、そうか」

 どうしようと頭を抱える。具体的にその女子の特徴を聞くか? たとえば髪型とか? でも気分で髪型を変える人なら特定はできない。というよりぼくはこの学校の女子生徒全員の顔と名前を覚えているわけがない。となれば明日にでも一緒に探すか? そうすればせっかく東がこっそり調べ、ここにきて誰にもばれないように話してくれた意味がなくなってしまう。

 何かなかったか? 全校の女子生徒のみを扱ったリストのようなものが……。

 ……ん? リスト?

 そういえば!

 ぼくは翼からもらったものを思い出し、バックに手をかける。バックをあさり目的のものを取り出す。

「東、これ見てくれ」

 と言ってバックから取り出したもの、翼からもらった女子生徒全員を網羅したリストを東に手渡す。

 東も一目で手渡されたものを理解したようで、一人一人確認しながらページをめくっていく。途中、「ペン貸して」と手を出してきたのでバックから筆箱を取り出しペンを貸してやると、サラッサラッと紙の上にペンを走らせた。

 丸をつけているようで、ぼくは東がペンを走らせる回数を心で数えていた。そして、九個の丸がつけ終わった。そして東はペンとともにリストをぼくのほうに渡す。

 無言で受け取り、リストの頭からしるしが付いている人を見てみる。

 しるしが付いていたのは一年が二人、二年が五人、三年が二人というアンバランスだった。とはいえ、このリストの中にはギャルギャルしている者もいたがそういう人には入らないようだ。この人たちから推測するに、

「悪魔が入る人は何かの問題を抱えている人、って感じだな」

「そう。悪魔が心の隙間にはいることができる人間はコンプレックス、嫌悪が強い人だったり。

 君が言ったとおり何かしらの問題を抱えている人が多い。

 悪魔はその心の隙間に入って心を食い尽くす。そうして乗っ取るというわけなんだ」

 ぼくの推測に後付される。しかし、なんとも恐ろしいものだな。悪魔が入り、心を食い尽くして乗っ取るなんて。

「だったら早く攻略を開始しないとな。誰から先に――」

 とぼくがリストを頭から見直しているとき、何ページ目かで東がめくるのを押さえ、「この人」と指を指した。

「どうして?」

「この人が一番進んでいる」

 進んでいる? なんだかまるで……

「……まるで悪魔が体を乗っ取る段階みたいなものがある言い方だな」

 と言うよりある、だろう。

 考えてみれば段階がないのなら入った瞬間に悪魔が入った人を乗っ取れるわけだ。そうではないとしたら心を食い尽くすまでの時間、つまり段階が存在すると言うことだろう。

 ぼくはこの質問で二つのことを聞いたのだ。

 一つ目はほぼ確実に存在する段階があるかどうか。

 二つ目は段階が何段階あってどこまで行けばだめなのか。

 東はぼくの質問の意味を悟ったのか、あっ、と言って答え始めた。

「ごめん、そういえば言ってなかったね。自分が知っていることを他人に教えるときってどうも抜けちゃって。

 えっと、君の言うとおり段階は存在する。俺らはそれを「フェーズ」と言っているけどね」

「フェーズ?」

「そう。悪魔が入った段階がフェーズ1。悪魔が心を喰い始め、心の隙間が大きくなった頃をフェーズ2。たまに悪魔の意識が表、入った人と入れ替わった頃をフェーズ3。そして悪魔が完全に入った人間をコントロール、心を食い尽くした頃をフェーズ4。と呼んでいる。

 フェーズ3までならまだ悪魔を切り離すことはできる。でもできるだけフェーズ2の時に出しておきたい。フェーズ3だと記憶障害が起こってもおかしくない。だからフェーズ3に入る前に出さないと」

「つまり、この中で一番フェーズ3に近いのがこの子だと?」

「うん。もっても後一週間ちょっと。でも期限のギリギリまで延ばすともしかしたら、ということもあるからできるだけ早く頼む」

「わかった。じゃあ、ぼくは部屋で少し考えるから。また夕食頼んでもいい?」

「任せて。これくらいしか俺にはできないからな。

 世界を救うために、よろしく頼む」

 わざわざ頭を下げる東。ぼくはあわてて東の頭を上げさせる。頭を下げられるだけの働きができるかどうかわからないからだ。

 それにしても、世界を救うためか。

「ずいぶん安くなってしまったものだな」

 自分のベットの上で寝そべりながら呟く。

 本当は世界の運命がかかっていると言う実感すらない。考えても見ろ。急に神からあんなことを言われ、そして世界の運命だ。飛躍しすぎて現実感がまったくない。

「……梨里ちゃん」

 天井を見たまま呟く。

 梨里ちゃんからも誰か新しい人を見つけろと言われていたし、いい機会かもな。

 もしかして……いや、そんなわけないか。梨里ちゃんが預言者なんて。

 がばっと上体を起こし、机へと向かった。



「二年三組の結城凛、か」

 朝、東が用意してくれたパンをかじりながら言った。外見は何と言うかぼくのストライクゾーンを射抜いている。梨里ちゃんとは別に見た目だけでいうなら好きになってしまう感じだ。

 あれからどう攻略を進めるか考えたがいまいち良い案が浮かばなかった。性格が書かれてあっても普通、と言う評価しかできない。特徴がなく、どうすればいいか迷っていた。好きな人でもいれば変わるような気がするんだけどな。今日学校に行って翼に聞いてみよう。

 朝食を済ませぼくらは学校に向かった。

 教室に着くなり翼に声を掛けた。

「おい、翼」

 ぼくが入り口で言うものだから着ていた人は僕のほうを見たが今は無視。相変わらず席に座って「何だよ」と手を上げ挨拶しながら言った。ぼくは席に着いてからリストを出し、翼に聞いた。

「この子、好きな人とかいないか?」

 もちろん回りには聞こえないトーンで。すると翼はニヤニヤしながら言った。

「何だ? その子がいいのか?」

「そうだな。気になったからだ」

「えっと、結城さんね。結構男子の中では人気があるが未だに彼氏はいないようだ。好きな人でもいるんじゃないか?」

「誰だ? 知ってるなら教えてくれ」

 ぼくがそう言うと目を開けてこっちを見た。

「……お前。わからないのか?」

「何のことだよ」

「はあ、これだから。ちょっと来い、教えてやる」

 と言って翼はぼくの手をとって教室を出た。そうして連れてこられたのは三組の教室。

「あの、佐川いる?」

 と誰かわからない人の名前を出して翼は三組に顔を出す。もちろん誰もが一旦は翼を見る。その中に結城さんがいることに気がつく。そして結城さんはこっちを向くなり顔を真っ赤にして離していただろう友達のほうに顔を戻した。

 何だ?

 なんて思っているうちに教室から声がした。

「何だ、翼じゃん。ここだ」

 と手を振ってアピールする男子が居た。多分この人が佐川という人なのだろう。翼はその人を確認するなり中に入っていく。もちろんぼくの手を引いてだ。そうしてぼくらは佐川の前に来る。

「ほら、会いたいって言っていた真弘だ」

「ああ、どうも」

 急に話題をふられ後頭部に手を当てながら軽く礼をする。それにしても会ってみたいって。

「俺は佐川。よろしくな」

 と、軽く挨拶を終わらせると翼と二人で会話をし出した。ぼくはその隙に結城さんのほうを見た。こっちを見ていたのがばれた様であわてて友達のほうに視線を向ける。そしてなにやらこっちを見ながら友達間で話し合っているようだ。

 何だろう。もしかして……

 そう考えたときだった。予鈴が鳴り、ぼくらは教室に戻ることにした。

「結城さんが好きな人って、」

 ぼくはホームルーム中に翼と話していた。

「ああ、その通り、」

「お前か」

「お前だ」

 …………あれ?

お互いをさしている。

「翼、お前じゃないのか?」

「ば、バカか! お前だよ!」

「おい! 伊吹! うるさいぞ」

 とヒートアップした翼は担任に怒られた。その後ホームルームが終わるまでは話はしなかった。そしてホームルームが終わり再び会話が始まる。

「何で気付かないんだよ」

「何でって、こっちを見てたから」

「それで何で俺になるんだよ」

「ぼくではないだろ、と思ったから」

 はあ、とため息をつく翼。思ったが東が出てこないと思ったら隣が女子の塊と化していた。これは当分出てこれないな。

「ま、結果から言うと、結城さんが好きなのはお前だ。真弘」

 その真実は信じられないが、これでなんとなく攻略の糸口が掴めそうだ。

「? 思った以上に嬉しくなさそうだな」

「いや、嬉しいさ。好きで居てくれる人が居るってのは」

 そっか、と言って黙ってしまう翼。ちょっとつなげにくい話になったかと言って後悔する。ぼくらが沈黙していると隣に居た女子から声がかかってそのまま休憩時間は東と質問攻めを食らっていた。

 ぼくは午前中の時間をすべて使って攻略を考えた。昼に東と屋上で昼食を摂った。

「で、どう? 進んでる?」

「うん、大まかな段取りはできた。今からでも攻略できそうだ」

 会話の間に東が作ってくれた弁当をかき込む。

「それじゃ」

「ああ、これから行ってくる。ご馳走様」

 と言ってぼくは空の弁当箱を東に渡して二年三組の教室へと向かう前に自分の教室へと向かい翼を連れて三組に向かった。

 作戦はこうだ。まず、ぼくら三人が話しをしている。するとさっきのように何かしら結城さんはアクションを起こす。そうさせるために翼を呼ばせてもらった。ぼくと今日初めて会った佐川と話していたら不自然だし、何を話していいかわからない。だから翼を通して話をしたいと言って連れてきた。

 作戦通り、翼は佐川との話に没頭。そこにちょくちょくぼくも加わる。

 そしてここからが勝負。翼の言ったことが本当なら必ずや結城さんはこちらを向く。そこが狙い目。横目で確認しながら会話を合わせる。そして結城さんがこちらを見始めた。ぼくはそのまま会話を続けて時を待つ。そしてちょうど話が切れ、二人が違う話題に入った。

 ぼくはこの時を逃さなかった。横目で結城さんがこっちを向いていることは分かっていた。だから今なのだ。

 ぼくは結城さんの方を見て微笑み、手を軽く振る。ボッっと音がしそうなくらい一瞬で顔が紅潮する。やはり、そうなのか。

 これなら簡単に進みそうだ、と慢心している自分がいた。今日はここまでだ。ただ意識させるだけでいい。ちょうど良くチャイムが鳴りぼくらは教室を出た。

 放課後。

「あれだけでよかったの?」

 帰り道、東は心配そうに言った。

「いいんだよ。本格的なのは明日からだから」

「まあ、真弘に任せているから何も言わないけど。

 でも、頼んだよ」

 東のその声は、トーンは同じでも意味の重さはまるで違った。

 ぼくはその返事に一瞬戸惑ったが、「ああ、」と返事をするしかない。

 そうだ。これは世界と、そして入った女の子の命がかかっている。そんなに軽く考えていいものではないんだ。この攻略を成功させないといけない。

 改めてぼくがしていることの重大さを感じた。



 翌日。もう翼の同行がなくても三組に入る理由ができたので、もう翼はいらなくなった。

 ぼくは朝から三組に顔を出していた。

 翼からの情報で、朝は結城さんの友達は遅めに来る。だから朝の時間帯は本を読んだり、たまに話しかけてくる人たちと話をするくらい。だからこそここが狙い目立った。

「やあ、おはよう」

 ぼくは三組に入るなり、ずかずかと中に入り結城さんの座っている席へと足を運ぶ。もちろん入るときに声なんて出してないから結城さんがぼくに気がつくことはない。そうして結城さんの前に来てぼくは言った。

 すると結城さんは本から目をそらし、ぼくへと視線を向けると、ボッと顔を赤くした。

「あ、あ、あの」

 口ごもる結城さん。この反応からすれば本当に……

「あのさ、少し話をしない?」

 ぼくは壁に寄りかかりながら言う。

「えっと、なんで?」

「わかんないけど、この前来た時から話をしたくて」

 少し戸惑ったような顔をする結城さん。この調子なら何とかいけそうだ。

そうしてぼくは一見どうでもいいような話題を結城さんに振る。だが、結城さんはその話題についてこようとする。好きでもない人はこのようなどうでもいいような話題には聞き流すのが普通。でも結城さんはぼくが振った話題を真剣に聞いてそれについて答えようと努力していた。

 これで確信ができた。結城さんはぼくに対し意識している。

 それが好きという感情なのかはわからないが、意識はしている。

 これこそが攻略をするのに大きくかかわってくる。この特徴を生かさないと。


 放課後。ぼくは翼の情報で結城さんが部活をしていないことを知っていたので、玄関で結城さんの姿が見えるまで待っていた。

 ホームルームが終わってから三十分が経った頃、玄関に結城さんの姿が見えた。

「あれ? 佐々木君?」

 ぼくはスマホをいじっているふりをしていたので当然、先に言うのは結城さんになる。

 実際ここは賭けだった。

 もしここで結城さんがスルーするようなら攻略自体の方針を変えないといけなくなっていた。ぼくは心の中でよかった、と思いつつ会話を切らないようにした。

「あ、結城さん」

「どうしたの? こんな時間に」

 結城さんは靴を履き替えながら言う。ぼくもそれに対し、ポケットにスマホを入れて結城さんのほうに体を向ける。

「なんだか結城さんと帰りたいな、と思って。話し足りなかったのかな?」

「え? そう?」

 すこし恥らったかのような仕草を見せる。

「ねえ、一緒に帰らない?」

 ここで断られたら、まずいわけではないが攻略に時間がかかる。

 今回はいいことにぼくのことを意識している。つまり転がりやすい。好きになったり、嫌いになったり。

 今はできるだけ自分を見せていかないと。そして好きになるように転がす。こうすればもう終わったも同然だ。

「うん、いいよ」

 想像よりも簡単に了承してくれた。

 そしてぼくらは帰る。

 話の内容なんてものはどうでもいい。今するべきことは互いの仲を深めること。ゆえに会話は絶対条件。まずお互いの共通の話題を見つけ、そしてお互いが興味を持つこと。そのために会話が必要となる。

 ぼくがどうでもいい内容を言うのは決まった話題だけではなく、浅く広く話題を出し、その中で共通のものがあれば、ということ。

 そしてようやく同じ興味の持つ話題が見つかった。

 それはとあるアニメだった。

 主人公が大好きだった彼女を亡くし、その兄とともに日本を駆け巡るという、とてつもなく省くとこんな感じ。

 結城さんもこのアニメは原作所持、アニメもかなりの周回をしているようだ。

それからぼくたちはそのアニメの話題だけで家路までの時間を稼げた。

 結城さんの家はぼくより学校から近いところにあった。なので毎回家まで送ることができそうだった。

「今日は楽しかった。ありがとう、佐々木君」

「いや、こっちこそ。よかったら明日、ぼくと一緒に行かない?」

「一緒って学校に?」

「そう。ぼくもここから近いから、その、迷惑じゃなかったら」

「そんな! 迷惑だなんて。逆にこっちが迷惑なんじゃないかなって」

 ふと、何かがよぎる。

 もしかしたら何かあるのか?

 いや、何もない人には入らないからこの何かを解消してあげないといけないのか。

「迷惑じゃないよ。ぼくだって結城さんと話しをしていて楽しかったし。逆に迷惑だった」

 ぼくがそういうと結城さんは大きく首を横に振った。

「そんなことないよ。私だって楽しかった。

 じゃあ、明日、ここでいいかな?」

「わかった。それじゃ、またね」

 ぼくは手を振りながら家に入っていく結城さんの姿が見えなくなるまで手を振って見送った。



 朝。私はいつもどおり本を読んでいた。別に一人がいいってわけではなく、かといって大勢に囲まれたほうがいいというわけでもない。普通がいい。こうして本を読んで、話しかけてくれる人と話をして。ほとんど自分の席から動かないのが私の習慣だった。

 そんな私にもすこしもやもやを感じていた。

 それは昨日から突然現れた存在、佐々木君だった。

 私は確かに佐々木君のことは気になっていた。でもどうして急に?

 でも話をしてみて本当に楽しかった。

 放課後、私はすこし友達と話をしていた。

「ねえ、もしかして佐々木君、凛に気があるんじゃないの?」

 友達は言った。

「あ? 何で?」

「だって好きでもない女と話さないでしょ、普通」

「そうかな?」

「そうだって、絶対好きだよ。凛だって好きなんでしょ? 佐々木君のこと」

「……うん」

「きっとお似合いと思うな。いいな、佐々木君と話ができて。私にも話しかけてくれないかな?」

 友達はどんどん話を進めていく。

 好きだよ。私は本気で佐々木君が好きだ。話したことがなかったけど、でも好きになっていた。一目惚れだった。よく言う面食いというわけではなく、ただ単に佐々木君から何かを感じていた。人とは違う何かを。私はそれに惹かれていった。だんだんとこの思いが強くなって次第にこれが好きってことなんだとわかった。

 でも私は見てしまった。佐々木君が――

「――ん? 凛?」

「へ? あ、ごめん。何?」

「もうどうしちゃったの? 私たちが佐々木君と凛を結ばせてあげるって話をしていたんだけど、迷惑かな? 凛にはお世話になってるから、こういうときくらいしか力になれないから」

「ううん、そんな。うれしいよ。ありがとう」

 そんな会話をして友達と別れた。

 ありがたいな。私はまだ付き合った経験がなかったからこういうときに頼ってもいいんだよね。

 もしかしたら――

 なんて自分と佐々木君が付き合ったら、なんて考えて自分で撃沈する。

 ああ、どうしよう。本当に付き合うことになったら。

 でも佐々木君は本当に私のことが好きで声をかけてきたのかな? でも何かしら理由があって?

 と考えながら玄関に向かっていた。そこでチラッと玄関に佇む影が目に入り思考が止まる。

――佐々木君?

 そこには佐々木君がいた。携帯をいじってこっちには気がついていないようだった。誰か待っているのだろうか。

 声をかけようか、かけまいか悩んだがすぐに答えは出た。

「あれ? 佐々木君?」

 声をかけることにした。少しでも発展しておいたほうがいいかな、と心で思ったからだ。

 そして一緒に帰ることになり、平常心でいることが難しかった。

 私の家の前に来ると佐々木君は「明日一緒に登校しよう」と言ってきた。正直うれしかった。だから恥ずかしくてすぐに家に入ってしまった。

 なんだかいいことが始まりそうだった。

 でも佐々木君には……



「やあ、おはよう」

「おはよう、真弘君」

 ぼくはいつもどおり、結城さんの家に迎えに来ていた。あれから時は過ぎ、もう三日になる。いつのまにか名前で呼ばれるようになっていたが、沈黙は肯定と結城さんは受け取ったらしく名前で呼ばれている。別に不愉快ではないんだが、なんだかむずがゆい。梨里ちゃんには何だが名前で呼ばれているって感覚がしなかったし、女性には大抵苗字で呼ばれる。なれないのかな。

 しかし、こんなに呑気に構えている余裕はない。あれから進展という進展がない。言ってしまえばこの名前で呼ばれるようになったぐらいだ。ぼくは内心では焦っていた。このままでは結城さんどころか、世界がやばい。期限が迫ってくると実感する。

 手遅れになる前に片付けないと。

 とは言うものの、本当につついても何も出てこない。出てくるのか高感度が上昇する効果音ぐらいだ。

「あのさ、今度買い物に行かない?」

 放課後、ぼくらは一緒に帰っていた。そこでぼくはイベントを起こそうとした。明日は休日。結城さんのほうに予定がなければ来るはずだが、

「うん、いいよ」

 考えるだけ無駄だった。最近多いな。

 まあ、順調に進ませるためにはここで無理といわれるよりましだ。

「それじゃあ、」

 場所と時間を決めて結城さんの家の前で別れた。

 結城さんの姿が見えなくなったのを確認した後、ぼくは頭を抱えた。

 確かにこのままイベントをこなせば高感度はあがっていくだろう。でも何かが足りない。決定的な何かが。悪魔が入った人には何かしらの問題を抱えている。つまり、このままぼくと結城さんが付き合うことになっても何の変化もない。心の隙間に入った悪魔は出ることもしないし、結城さんの心の隙間、抱えている問題は解決しない。

 いったい何が足りないんだ?

「困ってるようだね」

 背後から声がした。でも聞きなれた声だったのでチラッと見て、再び頭を抱える。

「ああ、まったくだ。あの時あんなことを言った自分を殴りたいよ」

「はは、さ、こんなところにいないで帰ろうよ」

「そうだな」

 ぼくと東は帰る途中、一切話しかけてこなかった。それは呆れていたわけではなく、ぼくに気を使ってのことだろう。気配りのいいやつ、なんて思いながらもぼくは思考をめぐらせた。

 結城凛。二年三組。おとなしい性格で自分から何かしようという性格ではない。でも、他人から誘われるなどすれば快くうなずく。たとえそれが心の中ではどうなっているかはわからないが。

 というのも、性格上流されやすい。つまり、親しい人からの誘いに「ノー」と言えない。日本を代表する種族の一種だ。そのため、今回誘ったときに何の躊躇いもなくうなずいた。逆に怪しい。もしかしたらこれこそが結城さんの持つ問題なのかも知れない。

 詳しく言うと、慣れている、といえばいいのか。相手の誘いには反射的に頷いてしまう。これこそが問題だとしたら、今回の買い物というデートは逆効果になってしまったかも知れない。なぜなら、直そうとしていることをまたしても引っ張ってしまった。デート自体に非があるのではなく、誘った、というほうに非がある。

 しまったな、といっても手遅れだ。

 しかし、そうとわかればデートのときに解消はできる。力になる、それだけで結城さん側からしたら少しは楽になるはず。そこからは状況に応じて何とかなるはずだ。

 一通り考えがまとまったときだった。ぼくの前にハンバーグが出された。

 食欲をそそるデミグラスソース、育ち盛りにはうれしい通常よりやや大きめのサイズのハンバーグの上には溶けたとろチーズがのっており、ハンバーグの熱で溶け始めデミグラスソースと絡んでいてそれだけで涎があふれる。鉄板にはハンバーグだけではなく、にんじんやブロッコリー、コーンなど言ってしまえばファストフードで出てくるような感じだった。

「これ、作ったのか?」

「そうだよ。真弘が悩んでいる間に」

 つまり、これを二人前作れるほどの時間、ぼくは悩んでいたのか? それとも東の手際がいいのか。どちらにしろ、こんなものを前に出されたら食欲に勝てない。

「さ、食べようか」

「うん。いただきます」

 東のハンバーグはファストフードなんか比べ物にならないくらいの完成度だった。店を出せるんじゃないかってくらいだ。使った食材はなんと帰りに買ったタイムセールで買ったものだったらしい。

 まあ、うまければいいや。



 翌日。ぼくは予定時間の一時間前に来ていた。それも癖で、昔梨里ちゃんとのデートのときに三十分前にきたら梨里ちゃんはもう来ていて、女を待たせるものではありません、と怒られてしまったからである。

 というのも、梨里ちゃんが待ち遠しくて先に来てしまったということに気が付いたときはニヤニヤがとまらなかった。可愛かったからだ。その後こっぴどく怒られたがまたその姿も愛おしい……

 はあ、だめだな。また考えちゃう。今はそんなことを考えるんじゃなくて、これからのことを考えないと。

 …………

 はあ、無理だな。さすがに梨里ちゃんのことは忘れられないよ。

 ぼくが少しナイーブになっていたときに声が掛った。

「真弘君?」

「あ、結城さん」

 ぼくは近くにあった時計を見る。時間は予定時間の二十分前だった。予定では遅刻ギリギリを考えていたんだが、これではまだほとんどの店が開いていないな。

「ごめん、真弘君より早く来て驚かせようとしたんだけど、待たせちゃった?」

「そんなことないよ。時間前に来たんだし。それにしても結城さんも……」

「も?」

「あ、いや、ごめん。何でもない」

 危うく言ってしまうところだった。ぼくが梨里ちゃんと付き合っていることは秘密にしておけとのことだからな。もし言ったら地獄の底から呪われるどころでは済まない気がする。

 でもなんで、梨里ちゃんは付き合っていることを隠せ、なんて言ったのだろうか。もしかしてぼくのことが嫌いだったのかな。いや、でもだとしたら。

「真弘君?」

「へ?」

 顔をあげると結城さんがぼくの顔を覗きこんでいた。それだけぼくが深く考え込んでいたのだろう。危ない。気をつけないと。

「ああ、ごめん。何でもないよ。まだ時間あるし、そこのベンチにでも座ろう?」

 ぼくは近くにあったベンチを指さしながら言う。結城さんの視線もぼくから外れ、指さしたベンチへと行く。

「うん、いいよ」

――やはりな。

 ぼくは思っていた。結城さんはうなずくと、ということはやはり悩みは流されやすい、ということになるのか。まあ、すぐに核心に触れるのではなく、話の流れでじょじょに聞いていこう。

 ベンチに着くと、ぼくらは座った。そのとき気の利いたことはできなかった。というのも、女性が座るときに座るところにハンカチでも敷けばジェントルマンにでもなれたのだろうが、生憎そのようなものは携帯していなかった。さすがに待っているときにトイレで手を拭いたハンカチに据わらせるわけにはいかないだろう。

 結城さんは、はなからそのような行為を期待していたわけではないのだろう、すぐさま座った。それに続いてぼくも結城さんの隣に腰掛ける。

 ふと思った。今日は天気がいい。雲ひとつない空だった。座って数秒経つが、話しかけてくる気配がまるでない。

「今日、天気いいね」

「そうだね」

 こっちから話を振れば返してくる。つまり自分から話のネタを振るのが得意ではないようだ。これはこの線の攻略法が濃くなってきた。

「絶好のお出かけ日和だね」

 振った話での答えをすこし膨らませることによって隠しているようにも思えた。確かに、単発で「そうだね」だけなら単に話して緊張している、もしくは口下手と捕らえることができるだろう。前者ならまだしも後者なら友達を作るうえで不利な条件となってしまう。でも、さっきのように「絶好の」と話を続けることにより、口下手を隠せている。

 でも根本的な話を切り出せない、というところが解決していない。だからこそ流されやすいのだろう。だって相手の話題でしか話を膨らませることができない。つまり、話を自分から切り替えることができないのだ。だからこそノーと言えない日本人のような感じになってしまっているのだろう。

 しかしわからんな。いったい何が結城さんに影響を及ぼしているのだろうか。話してきた中から情報を統合して推測するとすれば、これといって何もない。人間関係に不具合があったわけでもなく、家族に過度なストレスを与えられているわけではない。言ってしまえば原因不明だ。ただ単に情報不足なのかも知れない。

 しかし、こんなに話をしていないのに話しかけてくる気配がない。それどころか、周りを気にしている。本当は好き、というのは冗談でただ単に口下手だからそのように見えただけ、といっても納得できそうだ。本当に後ろが見えない。それが見えないと何も解決ができない。

 はあ、一体何が結城さんを締め付けているんだ?

「ねえ、結城さん」

 ぼくは黙りこくっていた結城さんに声をかけた。あたりをちらちら見ていた結城さんはぼくの声でこっちに顔を向けた。

「何か悩みとかってある?」

 我ながら踏み込みすぎだとは思ったが、多分こうでもしないと結城さんは話さないと思った。

「え? いや、どうかな」

 苦笑する結城さん。これはやはり何かあるな。詳しくは分からないが、やはり予想通りの展開となった。しかし、どうする。「いや、そんなことないでしょ」とは言えない。そこまで馬鹿ではない。だったら回りくどく聞いていくか? しかし、どれだけかかるか見当が付かない。時間がないんだ。こうなったら間接的に。

「そうか。悪かったね、へんなこと聞いて。仲良くなるために少しでも結城さんの力になれたらって思ったから」

「え、ああ、うん。ありがとう」

 と結城さんはすこし落ち込んだように言った。

 何だろう。すこしおかしくはないか。こういう言葉にはすこし照れながら言ってもおかしくはない。少なくともぼくのことを好きっているならテンションが少なからずあがるはず。なのに逆に落ちている。

 根本的から間違っているのだろうか。やはりぼくのことなんて好きじゃなかったのだろうか。だとしたら終わりだ。何もかもが。すべて「ぼくのことが好き」という条件に成り立っている。それがなかったのなら何もかもが無駄となった。くそっ、どうすれば。

「……真弘君?」

 結城さんがぼくの顔を除きこむように前かがみになりながら心配そうな声音だった。

 この顔が見れなくなる。そう考えただけで死にたくなるほどつらい。この感覚、梨里ちゃんと同じ感じだ。もうこんな思いはしたくないと思っていたのに。

 でもこっちはまだ間に合う。間に合わせなければならない。結城さんのためにも、世界のためにも。

「ごめん。大丈夫だから」

「そう? そろそろ行かない? いい時間だし」

 そう言われて時計を見ると確かにそろそろ店が開いてくる頃だった。

「ああ、ごめん。行こうか」

 ぼくが立ち上がったとき、ふと口から言葉がこぼれてしまった。

「絶対に助ける」

「え?」

 結城さんの反応からしてぼくが心で思っていたことが言葉として出てしまったことに気が付く。

「……と」

ぼくが訂正しようと思ったとき、結城さんがつぶやいた。本当に聞こえなかったが追求することをやめた。聞かれてしまったとは思っていないし、さすがにここで追求するのもしゃくだ。

 そんなことより、この後のデートについて考えようと思う。何よりそっちのほうが大切だ。もう一度結城さんの気持ちを考え直し、ぼくのことを好きであってもそうでなくてもいいパターンを考えないと。


 しかし、このときのぼくは分かっていなかった。

 このとき結城さんがなんて言ったのかを。

 この言葉を聞いてさえいれば無駄にデートのパターンなんて考えなくてもよかったのに。

 しかし、これは運命。

 何もかもが仕組まれていること。

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