2話
[2]
家に帰るとリビングの食卓のいすに悪魔が座っていた。思わず固まってしまう。そんなぼくに気が付いたのか、いすから立ち上がってこちらに歩いてくる。
「はじめまして。俺は如月東。これからよろしく頼む」
と、頭を下げた。
ぼくは驚いていた。いや、普通の人なら驚くのが普通の反応だろう。ぼくは確かに一般人だ。その一般人の持つ知識ならこれは驚くべきことだと思う。
「? どうした? 何を驚いている」
やわらかい声だ。そして何でイケメンが多いんだ? 正体ばれなければこれはもてるぞ、多分。
そんなことはどうでもいい。なぜぼくが驚いていたか教えてやろう。教えるまでもないか。だって考えても見ろ。目の前にいるのは悪魔だ。平気で悪事を働き、命さえも奪うあの悪魔だよ? 何でそれがこんなに礼儀正しいんだ?
「何でそんなに礼儀正しいんだ、って顔してるね」
うわっ、悪魔にまでわかるのか。とは言っても見た目はなんら人間と変わりないな。
「沈黙は肯定と受け止めるよ。
その答えはね、俺ら悪魔は元は人間だからなんだよ」
「そうなのか。でも、ぼくが知ってる悪魔っているのは極悪非道の連中みたいなのを想像していたんだけど」
「ああ、そうだね。歴史書なんかには俺ら悪魔はそんな存在になってるようだね。
話すと長くなるからさ、座ろう? お茶淹れるから」
すたすたとキッチンに歩いていく悪魔。
「キッチンの場所わかるんだな」
「ああ、勝手にすまないと思ったが、一階のエリアは見させてもらった。といってもタンスの中は触っていない。ドアを開けて中を見たぐらいだから。信じてくれ」
と言われてもな。相手は悪魔だしな。実はあれは作った顔でぼくが寝ている間に殺すなんてことが……。まあ、それはないか。だったら誰も見ていない今殺せばいい。この線で考えるなら泥棒の線もない。つまり、信じてもいいという結論に至る。とは言っても、寝室とかは全部二階だし、一階はここと風呂場、トイレぐらいしかない。
と考えている最中に悪魔はキッチンへ入る。
「あ、いいよ。場所わからないだろうし。ぼくが淹れるよ」
入ってから言うのもなんだが、お茶の場所もわからないだろうからな。
「優しいんだね。これからお世話になるんだ。せめてもの気持ちとしてさせて欲しい」
真っ直ぐな目に動きが止まる。
本当は超いいやつなんじゃね? と心に思った瞬間であった。
「……わかった。シンクの下、そこ開くようになってるだろ? そこの隣に四段になってるとこの一番下にお茶の葉があるから。そこから二段上、上から二番目のところに急須が入ってる。お湯はシンクの上のポットに入ってるから」
指示の通りに悪魔は物を取り出していく。
「へえ、記憶力いいんだね」
「そんなことはないさ。結構使うから」
ぼくは食卓のいすに腰掛ける。悪魔は手取りよくお茶を淹れている。ぼくはその様子をじっと見ていた。毒を盛られるんじゃないか、と思ったのではなく、ただ単に見ていられるものがなかったからだ。自分の家だし、これから話をするというのにテレビはつけないし。人は新しいもの、動いているものに自然と目が引かれる。結果的に悪魔を見るしかなかった。
淹れ終わったのか、近くにあった丸いお盆に急須と湯飲みをおいて持ってきた。
まず、一つの湯飲みがぼくの前に置かれる。そしてもう一つがぼくの反対方向に置かれる。それから悪魔は急須を持ち、ぼくの前に置かれた湯飲みにお茶を注ぎ入れる。急須から入れられるお茶の色はきれいな緑をしていた。スーパーで安く手にいれたお茶だが、おいしそうに見える。
ぼくにお茶を注ぎ終わると、悪魔はぼくの正面、湯飲みを置いた席に座る。この食卓にはいすが四つある。ぼくはキッチンに近い席に座った。さすがに話し合うというのに対象角に座るやつはいないだろう。
悪魔はぼくの湯飲みにお茶を注ぎ終わると、ぼくの前の席に座りそして悪魔の前にある湯飲みに急須を傾けた。やがて悪魔の前の湯飲みには八文目辺りまでお茶が注がれると、注ぐのをそこでやめ急須をお盆に置いた。
「それでは話そうか」
悪魔は視線をぼくに向け、口を開けた。
ここからはぼくが悪魔から聞いたことをまとめたものだ。まとめたと言ってもかなり長い。
悪魔。それはぼくらが描くような存在ではなかった。ぼくらが思い描いていた悪魔とは、極悪非道、平気で悪事を働くやから。黒くコウモリのような羽を生やし、角があり、鋭い爪がある。そんなものを悪魔とぼくらの観点ではそういうだろう。
でも、本当の悪魔は違う。悪魔の定義、それは『理から外れた者』。つまり悪魔はぼくらが考えているものとは別物なのだ。
悪魔になる方法は理を外れ、死ぬこと。
なぜこれで悪魔になれるか。それは理は神が定めたもの、操作しているもの。人は一人に一つの命しか与えられない。よく言われる第二の人生のようなものが悪魔なのだ。理を外れれば人には違う魂が宿る。それは理から外れたゆえ、人が理に縛られずに生きるための物。悪魔はそれを『核』と呼んでいる。
『核』が壊されれば悪魔は死を迎える。
ではどのような行動が理を外れるというのか。
人は人を殺した人、心がない人を「悪魔だ」と言うが、人を殺したぐらいで理から外れることはできない。
では理とは何か。
それは収束点と収束点を結ぶルートのようなもの。
簡単に説明すれば、未来の収束点を事件Aとし、過去の収束点を事件Zと仮定する。
収束点Aの事件は飛行機を乗っ取りビルへ突っ込むテロ。
一方収束点Zの事件は巨大な株価の崩落。と仮定する。
まずは収束点Aから見てみればテロ行為が起こるとわかる。しかし、収束点Zと何の関係性が見えない。つまり、これを結ぶのが神の仕事。収束点Zから収束点Aまで進むルートを理と言う。
収束点Aから考えてみよう。テロをする人をαとする。なぜαはテロをするのか。それには必ず理由がある。ではその理由を示す事件をBとする。この事件Bはαの妻が殺される事件にする。こうすれば大切な人を失って怒り狂ったαはテロ行為を考える可能性は高くなる。
しかし、これでは収束点Zとまだ関係性が見えない。では事件Bも殺人の事件と仮定する。αの妻を殺し、今回の事件にあった人をβと仮定。事件Bはこのβの妻が殺されたとする。
そうすれば事件Aと事件Bは繋がるが、事件Bと収束点Zはまだ繋がらない。
では事件Cを作る。事件Cはどこかの社長が妻の不倫を恨み、妻を殺したとする。この社長は収束点Zの影響で会社経営が危うくなっている。そしてその社長に追い討ちを掛けるかのごとく、妻の不倫を目撃。結果妻を殺した。
こうすることで収束点Aと収束点Zが繋がる。何度も言うがこの繋がりが理だ。すべて神が仕組んだもの。だから人を殺したくらいで理からは外れることはできない。何せそれらすべて神が仕組んだ理なのだから。
しかし、理を外れる方法はある。
これは神が人を操っているもの。つまり、それなりの意志があれば理を断つことができるが、これが理、という可能性も無きにしも非ず。ぼくら人間にはどれが理で、どうすれば理から外れることができるか知らない。
でもこの仮定の中でなら説明はできる。注目すべきは事件B。これに焦点を当てる。
事件Bはとある社長に妻が殺された、という事件だ。そしてβがとある衝動のためにαの妻を殺す、ということになっている。
ではβがそこでαの妻を殺さなかったら? そうすればβはαを殺さず、αの妻はβに殺されるという神が創造したルート、理が壊されることになる。つまり、βは理から外れた存在ということになる。
しかし、収束点は必ずしなければならない。βがαの妻を殺さないのであればβという存在は必要がなくなり、新たに事件Dが加えられる。事件Dだけでは繋がらなくなるので事件E、事件Fなどが追加されていく。
理は絶対、と言うのは収束点が絶対に起こる、という意味なのだ。
こうして収束点は迎えられる。
でも収束点は必ずそれが起こるというわけではない。つまり、収束点は理の支配を受けない、ということなのだ。
いうなれば、収束点Aの事件、これがテロとして終わるか、それとも失敗になるか。
たとえば、もしここで飛行機の中の一人がαを止め、テロ行為を阻止したとする。しかしこれは理に反したわけではない。収束点は理の支配を受けていないゆえ、悪魔にはなれない。
では何で神が思ったとおりに収束点は進められてきたか。
それは悪魔が動いていなかったからだ。
神に唯一対抗できるもの、それこそ同格の悪魔。悪魔にはいつ、どこで収束点を迎えるかわからない。しかも悪魔が人間界に来ることのできる人数も決まっているようだ。これは後ほど。
ゆえ、神の思うままに収束点は迎えられる。
今回はその唯一収束点を変えることのできる悪魔が仕組んだもの。
最初の悪魔、魔女、リリス。彼女の復活が今回の収束点になっている。リリスの復活により、人類はリリスの元に集まり、そして自分の体を捧げ、滅亡。リリスは人をひきつける力があるという。それにより生きている人類が彼女を求め、戦争、命を捧げあい、最後には地球上には人がいなくなる、と神は言ったそうだ。
つまり、世界の終わり、と言うわけ。
「と、ここまでが世界についてかな」
空気が重い。確かにわかりにくい内容ではあるが、世界の危機ということは最後のほうだけ見てもわかる。つまり、理を受けない悪魔、如月東を使い、理を反して女性の中にいる悪魔を出さないと世界が終わるということだ。
すっかりお茶が冷めていた。
お互い、お茶を用意はしたものの口をつけることはなかった。何せお茶を飲みながら聞くような話ではなかった。
そして、今度は自分のことについて悪魔は語りだした。
またしてもぼくがまとめたものだが。
一世紀前。とある少年が死んだ。
そこで一人の少年が突然その生涯を終えることとなった。
少年はある一人の幼馴染を待っていた。その幼馴染は性格は酷く、周りからは悪魔と呼ばれている少女だった。
なぜ、少年がここにそんな少女を呼んだか。それは少年は少女にその性格をやめて欲しいと、少年のお気に入りの場所で言うことにしたのだ。というのは建前。本当は話にこじつけて告白する気でいた。
ここは景色もよく、ここなら少女の心も変わるのでは。
しばらくして、少女がやってきた。白い帽子に白いワンピース。少女に似合っていることこの上なかった。
「何のよう?」
少女はだるそうだった。真夏ではないが、今日は結構気温が伸びると気象予報で言っていたことを少年は忘れていた。どうりで汗の量が多いわけか。と、自己完結する。
「あのさ、お前に言っておきたいことがあるんだ」
「何? もしかして告白とか?」
「ば、ンなわけあるか! そんなまな板みたいな胸のやつなんか好きになるかよ!」
少女、と言っても十二歳だ。まだ発展途上と抗議されれば何もいえなくなるが、少女は我を忘れたかのごとく、言い返した。
「はん! こんな胸にでもね、夢と希望が詰まってんのよ! というか、あんな脂肪の塊のどこがいいんだか!」
顔を真っ赤にして抗議する少女。ある意味で少年は言い返すことができなかった。
肌も白く、病弱そうに見える少女がこんなに口数が多いなんてはたからは想像すらできないだろう。
「で? 話ってなによ」
切り替えが早い。少年が言い返せないとわかると、冷静を取り戻し、当初の目的を問う。
「あ、ああ。それなんだけど」
恐る恐る言葉を選ぶように少年は言った。
「その性格をさ、その、もう少し優しくはできないかな?」
少女の顔色を伺いながら少年は言う。少年は少女が怒り狂うのではないか、と思っていたが、少女はまったく逆の反応を見せた。拍子抜けのようにぽかんと口を開けていた。
「ふふ、面白いわね。つまり、性格を直せって言ってるのよね?」
あまりにもストレート過ぎて少年は一瞬頷くのを躊躇ったが真実だったので頷かずには逝かない。
「ふ~ん」
少年が頷くと少女は少年の方に歩み寄ってきた。とはいっても、少年を通り過ぎてがけの近くに行く。
危ないよ、とは言えなかった。なぜなら少年は見入ってしまったのだ。風が吹く。飛ばされないように帽子を押さえる少女。後姿だがかなり魅力的だった。
「そうね。じゃあ、どうして私がこんな性格か教えてあげようか?」
風がおさまった。
「私は悪魔だからよ。だからこんな性格なの」
「悪魔なんていないよ」
少年は答えた。即答ではなかったものの。確かな答えを持っているようだった。
「どうしてそうきっぱりと言えるの? 悪魔にあったことでもあるの?」
「それは、ないけど。でも、こんな可愛い悪魔はいないよ」
少年は頬を赤くして言った。少年自身何を言っているのかわからないようだった。
「ふふ。私を可愛いと言ってくれたのはあなたが初めてね」
少女は体を少年に向けた。
「ありがとう。でもね、私が巡り合う運命は一世紀後の――」
その時、がけの一部が崩れた。一瞬にして足場がなくなる。咄嗟だった。少年が動いたのは。彼女の手をとり、後方へ勢い任せに投げた。すると、自然に少年の体は空中に投げ出され、少女は少年がいた場所に転がる。
それを見て、少年は落ちた。
少年、如月東は思った。
ここで死ぬべきだったのは彼女のほうだ、と。でなければ俺がこうして悪魔にはならなかった。俺は彼女が死んで何をして生きるんだろうな。
◇
ぼくが彼女と出会ったのは、とある場所だった。
そこからは海が見える。しかし、そこはがけになっている。がけから少し離れたところに一本の木が立っている。その木の名前は『裁きの木』という広葉樹だ(木の種類名はわからない)。
その木の下。そこに彼女はいた。
「誰ですか?」
振り向いた女性、と言うには若すぎる。当てるとすれば少女、は可憐、美しかった。年に似合わず美しさを漂わせていた。
今日ぼくは中学の入学式があり、その帰り、春の陽気に当てられ転寝をしてしまい、降りる駅で降りることができず終点、ここの近くの駅で降りる羽目となった。せっかくだからあたりを見てみようと思い、駅を出ると斜面の上に大きな木の頭が覗いていたので来てみたわけだ。
まるでこれは仕組まれたかのような出会い方だった。
◇
悪魔の話を聞いているとこんなことを思い出した。
なんだかぼくらが出会った場所に似ているな。
「では次に」
と悪魔がまた口を開いた。その声で我に返る。後半聞いていなかった気がするがまあ、回想のようだったからいいか。
「俺が何で神のところにいたかを教えよう」
何度も悪いが、また、ぼくがまとめたものになる。
◇
少年、如月東が目を覚ましたのは知らない場所だった。
暗く、明かりというものがないのにうっすらと明るい。
体には何か当たっているのを感じた。顔を横に向けると沈んだ。というのも何かの液体の中だからだ。さっきまでは体から力が抜けていたので浮いていたが顔を横に向け、体に力が入ったので東は沈んだのだ。
とは言っても足は付く。さっきまで慌てふためいていた自分が恥ずかしくなる。立ち上がってみると水位は腹ぐらい、八十センチぐらいだった。
「おや、今回は若いのう」
とどこからか声がした。結構老いた声だった。いうなれば爺さんの声だ。
東は目を細め、あたりを見渡す。すると、声の主はすぐに見つかった。東のすぐ後ろにいた。といっても東は何かの壺のようなものの中にいる。口は直径二メートルくらいの口の大きめな壺だ。その壺の近くに声の通り爺さんが立っていた。
その爺さんの印象は仙人だった。髪は白く、長いひげも白い。腰も曲がっていて、杖をついている。
「お、お前は?」
「ふぉふぉふぉ。わしは悪魔を迎えるもの。いうなれば、この壺の番人と言ったところかの」
ひげを触りながら爺さんは言った。
「ここは、どこだ」
「ここ? ここはのう、悪魔界じゃ」
「悪魔界?」
「左様。おぬしは理を外れ、死を遂げたゆえここにおる」
そう言われ東に一つの記憶が戻る。
彼はあの場所、少女と会った場所で死んだのだ。
という事は何か? ここは地獄なのか?
東の心の中は慌しかった。一つの記憶が戻るとすべての記憶、東が生前に持っていた記憶のみだが、それらすべてが一気に頭に入ってきて混乱する。
「………そうか、俺は…………死んだのか?」
怖い。当たり前だ。東は年齢で言えば十二歳。小学六年せいなのだ。わからないことがあってもおかしくはないが、逆にこれだけで済んでいるという事は東自身が強いということなのだろう。いくらもうじき中学に上がる年頃だとしても死を遂げ、そしてわけのわからないところに来ているのだ。普通なら泣いてしまうところだろう。
「悪魔界、という事は、ここは地獄なのか?」
しかし、混乱はしたものの、東は怖がりなどしなかった。自分の死を受けとめ、そして今おかれている状況を把握しようとしている。
「そうじゃな。その考え方は古いの。悪魔とは理を外れ、死を遂げた者に与えられる第二の人生なのじゃよ」
「理って」
「それはおいおい説明しよう」
ついておいで、と爺さんに手招きされ、爺さんの後ろを追うように壺から出る。出て自分が今一糸纏わぬ姿であることに気がつく。さすがに恥ずかしいので前だけ隠して爺さんの後を追った。
歩いている途中、爺さんが今ある悪魔界のことを話してくれた。
悪魔界はいま、一つの計画を遂行しようとしている。それは百年後に行われる序列戦で計画が知らされるらしい。
序列戦とは、悪魔界には数百という悪魔が存在する。その中で序列を決めるという戦いだ。序列戦は百年ごとに行われ、ここ数千年もの間序列の十位から変動がないらしい。といっても一位から十位までがその席に陣取っている。十一位から下は変動があるもののその上はまったくないらしい。
序列戦は一日で行われ、その間であればいくらでも戦うことができる。というルールがある。
ところで何で序列を決める必要があるかというと、それは干渉できる力が順位によって存在するようなのだ。
神が人間界に姿を現すと同様に悪魔も人間界に干渉できる。力の強い悪魔であれば人間界に干渉できる。しかし、類まれに力が弱くとも人間界に干渉できるものもいる。そういう者の対策に序列を作ったのだ。
悪魔が人間界に干渉できる開門が存在する。その開門に行くことができるのが序列の上位十名。しかしながら、大体は序列十位に入らないと人間界に干渉する力を持たないといわれている。現に、序列十位は干渉できるが十一位はできない。十二位も同様に。
いうなれば、人間界で何かする計画のために序列があるということだ。
次に、『核』についてだ。『核』は悪魔の体内の心臓部にある丸い玉だ。これが壊されると悪魔は形象崩壊の後、死亡する。序列戦ではこの『核』の破壊はなしとなっている。悪魔とて無限にはいない。人間とは並外れた治癒能力、身体能力を持っているが、人間と同様なのだ。
悪魔には今、重要な計画が存在している。その計画の実行を考えれば、できるだけ人が多いほうがいればいいのだが、未だ開門に干渉できるものは十人しかいない。なので殺傷はタブーとなっている。
ほかに、悪魔にできることは、魔法みたいなものが使えるということ。
では、魔法とは何か。
人が言う魔法とは、モンスター召喚、攻撃魔法、治癒魔法などを想像するだろう。攻撃魔法、治癒魔法はあったとしてもモンスター召喚は不可能。何もないところから稼動生物を生まれさせるなど不可能だ。
本来の魔法は科学の産物である。火炎放射や水鉄砲などが上げられる。これは機械などから出されれば魔法とは言わないだろう。しかし、これを何もないところ、というのは表現がおかしいが、機械を使わずに行使できればそれは魔法といっても過言ではないと考えるだろう。つまり、科学が進んだ結果、魔法のように見える、というのが魔法なのだ。
悪魔が使う魔法は攻撃魔法ぐらいしか使わない。
火炎放射。これから考えてみるとどこから火炎が生まれるか、というところから考えなければならない。火は酸素を必要とする。しかし、酸素があるだけでは火はつかない。これが普通の状態だろう。ではどうやって火を起こすか。これこそ進んだ技術が存在する。たとえば極度に摩擦熱を高温化できる分子が開発させられていたとすればそれも可能ではないだろうか。
しかし、それだけではただ火が燃えるだけ、という結果で終わってしまう。そこで空気中で唯一発火できるものがある。それこそ水素。水素を集めそこに高温を当てれば大量の水素に火がつき爆発する。でもこれでは目の前で爆発し、自分が被害に合いかねない。そこで次に操らなければならないのが空気の流れ。
酸素、水素を自分の前から攻撃を当てたい人のところまで持っていかなければ攻撃にならない。そうすることによって手前で爆発させたのが相手まで届く。こうすればいかにも魔法を使ったように見える。
が、ここで疑問が生ずる。空気の流れをどうやって操るのか。そもそもどうやって酸素、水素を目標の場所に集めるのか。
これこそ不可能であろう。しかし、ここの悪魔はそれを可能とした。
何を使うのか。それはコインだ。
特殊な成分で作ったコインは対象の分子を投げた軌道上に集めやすい。
まず、コインを投げる。コインは投げたほうに摩擦を帯び、速度を持って飛んでいく。その時、コインがある特定の分子だけを集めやすくする、酸素や水素を。そうして摩擦による熱をコイン自身が高熱化すれば火柱となり火炎放射のように見える。
これが悪魔の使う魔法のようなものだ。
これだけ見れば魔法のようには見えない。でもこれは人間から見れば魔法のように見える。
以上が大体の説明だった。その日から東は必死に自分を磨いた。
模擬戦は毎日できる。これにはルールがあり、下位の者からの挑戦の場合は拒否権がない。いつでも序列十位以内には挑めるが、勝ったとしても序列の変動はない。今の東の序列は悪魔界に来たばかりということもあって一番下。
しかし、東は強かった。今では序列一位に勝てるほどまで成長した。成長といえば、普通であれば死後、悪魔界に来て成長は起こらないが、さすがに小さすぎたのだろう、高校生辺りまで成長はしていた。
悪魔界に来てもう時期一世紀になる。序列戦まであと二年というときだ。
東は『暫定四位』という称号が与えられた。東は序列の四位まで全員を倒したのだ。
そうして次に戦うのはもちろん三位だ。
「第三位、卯月倫太郎に我、三八七位如月東が模擬戦を申し込む」
模擬戦を申し込みには果たし状を出し、ここ模擬戦エリアへ呼び出さなければならない。だれだれに模擬戦を申し込む、といってようやく戦うことができる。
「如月……『暦名』か」
『暦名』、苗字に暦の字が使われている悪魔のことをさす。『暦名』は悪魔界ではかなりの強さを持つといわれている。現に今序列の十位を占めているのが『暦名』だ。このことから『暦名』は強い、という概念が執着したようだ。
ちなみに、序列一位は弥生翼。二位は睦月路希。三位が卯月倫太郎。四位が長月悠木。5位は水無月竜哉。六位は文月和人。七位は皐月ハルト。八位は師走大地。九位は神無月御門。十位は葉月裕也。となっている。
模擬戦の決着は簡単。一方が降参するか、動かなくなったら終わり。『核』さえ傷つけなければ人間では一ヶ月かかる重症も三日で完治できる。その間は眠り続けているが。なので、滅多打ちも可能というわけだ。
「『暦名』だか知らないが、最近調子に乗っているってやつはお前か」
卯月の目が細くなる。それと同時に威圧感というのだろうか、オーラが一気に変わる。聞けば、不動の序列十位の中にも格差というものがあるようだ。十位から五位までは大体同じレベル。そして五位と四位の差は少なからずある。しかし、四位から三位までの格差というものは桁違いだ。聞くところによると、三位以降は序列十位から四位がまとめて一人にかかっても勝ち目がないほどらしい。本当にやったわけではないが、それぐらいの実力差があるようだ。
しかし、一位だけは別格らしい。というのも、二位と三位は千年に一度くらいは順位が変わっているようだが、一位だけは一位から動いたことがないようだ。ただの「最強」なら誰もが、腕に自信のあるのもは挑むだろうが、それとも別格。誰もが挑むのが馬鹿馬鹿しいと思うほどの「最強」。前に現れただけで挑もうという気すら起きなくなる。それが今の序列第一位、弥生翼、またの名を『顔無』。なぜそう呼ばれているのかと言うと、彼は未だに素顔を見せたことがない。黒い仮面を被って悪魔の前に現れる。そのことから顔がない、と言うところから来ている。東はその人にはあったことがないので詳しいことはわからない。
卯月が構える。
すると、観客が歓声を上げる。模擬戦は序列戦同様、模擬戦エリアで行われる。その時、皆にもそのことが伝えられる。暇なやつらがこうして見に来ることもある。しかし、今回は例外だ。観客席が満席になっている。その理由はもちろん、三位との戦いが見られるということもあって観客が多い。しかも、期待の新人、『暫定四位』をひとめ見ようとすれば一石二鳥だ。その関係で模擬戦では異例な大人数の観客が入ったのだ。
卯月が構えるのを見て、東も腰にかけていた剣を鞘から抜く。
「おっ?」
卯月からさっきまで漂わせていた気迫が一気になくなる。というのも卯月は東が手にしている剣が気になったからだ。
「その剣、もしかして」
「ん? ああ、そのようだ」
同じく気が抜けた東が聞かれたことに答える。
東が持っている剣、それは秘剣とも呼ばれ、魔剣とも呼ばれる幻の剣だ。剣の名前は『エクソダス』。斬るものすべてを断つという意味だ。
なぜ、東がこんなものを持っているかというと、少し時が遡る。
少し前、魔窟に東は修行をしに行っていた。そこには強い霊力があり、それに耐えることを修行している。こういうときは強いモンスターを倒すとかが修行というのだろうが、ここにはそんな存在はいない。なので自分より強い魔力にあてられることで自身の魔力の強化にもなる。その時、東は見つけたのだ。赤く、半透明な石を。帰りに武器屋(ここでは序列戦に関わりたくない者などが武器の修理や防具の調整などをしている。悪魔は食べなくても生きていけるので金などは存在しない。といっても食べればしっかりと排便される)に行ったところ、幻の剣ということで作ってもらったのだ。
「でもさ、まだそれを使いこなせてはいないようだね」
そう、今の東にはこの剣はただの刀より重い剣でしかない。いかに強い武器であろうと、魔力が追いつかなければただの剣よりもたちが悪い。
「ああ、そうだな。こいつは俺にとってはただの重い剣ってところだな」
「これを宝の持ち腐れ、って言うんだな」
微笑する卯月。しかし、東は構えた。東は卯月から何かを感じ取ったのだ。
「いいね。これで気がつくとは。少しはやれるようだね」
すらっとした顔立ちに線が入る。轟々と東は押しつぶされていくのを感じる。
――本当に格が違う!
剣を握り締めていつでも動ける体勢にする。
「僕さ、」
気迫を消さないまま、卯月の口が開いた。
「強いものを持っているやつにあえて弱いもので立ち向かって勝つのが好きなんだよね。これを生前、人に言ったら性格悪い、って言われたよ」
「はは、俺もだ。でも、今回はあえて弱い武器で格上に勝つっていうことになるが、それもそれで甘美だな」
「へえ、勝つ前提なんだね。いい御身分だ!」
一気に二人の距離が縮まる。卯月は拳を東に叩き込もうとしている。しかし、ためが長かった。東はそれを剣の腹で受ける。
ガン! と音が響く。同時に東の手も痺れる。
確かに、あの速度で殴っていたのなら東はガードできず殴られていただろう。でも、卯月は一瞬ためた。そのおかげでガードができた。つまり、卯月は様子を見ているというか、手加減をしている。そう思った東は少しイラッときた。剣を大きく振り二人の距離を開ける。
「おい、手加減なんていらないぞ」
「おや、失敬。そう感じたのなら謝るよ。でもさ、こうすれば一発で仕留められると思ってね」
にやっと笑みを浮かべる。
「へえ、面白いな」
そう言い、東は地面を思いっきり蹴った。一気に卯月との距離を縮め、剣を上段から振り下ろす。しかし空振り。卯月は大きくはかわさずに最小限でかわす。そしてカウンターをしようとするが東の体は卯月が呼んでいたところにはいなかった。
卯月は振り下ろされた時、剣が地面にぶつかり一瞬動きが止まると読んでいた。そして腹に一発入れようと最小限で避けた。そしていざ構えたがそこにはいなかった。というのも完全にいないというわけではない。目標地点に対象がいないというだけだった。
東は剣を振り下ろした力に任せ前転をしようとしていた。だから卯月が狙っていた場所には腹はなく、今にも後ろに行こうとする足しかなかった。
卯月は卯月道場という名門の跡取り息子だった。その才能は素晴らしかったとしか言えない。卯月道場はすべての武術を扱っていた。卯月倫太郎はその中でも剣道が秀でていた。といってもほかの武術も相当だ、上限を百と考えれば剣道以外の武術が八〇。剣道が百といったところだ。でも剣道だけはその上限を超える。つまり、剣を扱えば卯月倫太郎の右に出るものはいない、というところだ。
その武術のせいで決まったところに打つように体がなれている。すなわち、そこに対象がなければ失敗ということになる。卯月の動きはカウンター。しかし、武術のせいで目標としたところに攻撃できるように体を動かし相手の攻撃を避け、そしてカウンターを打つ。これが卯月の考えだった、が、今回はそれが読まれていた。そこにしか打てないような構えなら攻撃の後焦点をずらせば攻撃はできない。さすがに空打ちはしないだろう。それこそ無駄に隙をス来るだけだ。
――読みどおり。
しかし、東の考えは甘かった。
「甘いぞ」
ぼそっと聞こえた。
「卯月流、第一、旋風拳!」
卯月は虚空と化した場所に拳を突き出した。このとき、東の体は卯月の腕の近くにある。
「え?」
卯月が虚空を突く動作と共に卯月の腕から突風並の風が螺旋状に卯月の腕を迸る。
東はそれに巻き込まれる。しかもたやすく。なぜなら東は近くにいた、そして宙に浮いている状態だ。飛ぶ力がないのだから耐えることができない。
卯月が虚空に拳を突き出すと同時に東も後方に飛ばされる。すると必然と卯月の顔が見える。卯月は拳を突き出すと同時に一歩前に出ていた。そう、追撃だ。
しかし、東はまだ宙に浮いた状態。どうこうできない。思うように腕すら動かせない。
「卯月流、第三、満月蹴り!」
卯月は間合いに入り、円を描くように東に回し蹴りを食らわせる。
東は軽く後方へ吹き飛ばされる。
悲鳴すら出ない一瞬の出来事。観客席の壁が崩れる。それほどの威力だ。
皆は考えたことがあるだろうか。
普通、素手で壁を殴れば痛い。血が出る。当たり前だ。それが厚さ二メートルもあるコンクリートならなおさらだ。しかし、アニメなどでは分厚いコンクリートや家を壊して人が飛ばされるというのはバトル系ではよくあることだ。しかし、これは不可能だとは思わないだろうか。
壁を殴れば痛い。なのにどうして飛ばされたときだけ壁が壊れるのか。ま、それこそアニメ補正というのだろうが。
物理的に考えれば壁は壊れず、ベクトルの働きで体が押しつぶされる、というのがそうだろう。しかも、飛ばされる時点で内臓が無事なわけがない。
でも、こういった物理法則が成り立たないのが理を外れた者、悪魔なのである。体は普通の人間以上に硬化。しかも周り、内側にも魔力が流れている。人間の刃物なんかでは悪魔は傷つきはしない。その上、こうして壁にぶち当たっても壁の方が壊れる。
しかし、決して無傷というわけではない。東を飛ばすほどの威力。そしてそれを五メートルは飛ばし、壁にぶち当て壁を壊すほどの威力。いくら悪魔とはいえ、かなりのダメージ量だ。
壁の辺りには土煙が漂っていて東の無事は確認できない。
「あれ? 終わっちゃった? 長月でももう少しはできるよ。といっても、あと十秒ってところだけど」
完全に構えを崩した卯月。
しかし、空気の流れは感じた。が、避けることはできなかった。構えていなかったからだ。とはいえ、もろに食らったわけではない。避け切れなかった、というのがあっている。
土煙の中から火柱が卯月に向かって伸びたのだ。だが、卯月にはたいしたダメージにはなっていない。
「へえ、コインを使えるとは」
卯月は体勢を整えて土煙の中、さっきの火柱で土煙はなくなっている。その場所にいる東を睨んだ。
「ちょっと見直したよ。あれを耐えれるとは。長月でもあれを食らえば動けなくなったのに。すごいね」
口調は柔らかかったが表情に弛緩などなかった。なぜなら、東の手の中にはもう一枚コインが握られていると察知したからだ。
コインには火、水、電気、風が存在する。見た目ではその属性を判断するのは難しい。それもこのときのように持っているコインの属性を感知されないようにするためだ。とはいえ、さすがに見た目に誤差がないわけではない。人それぞれだが、何かしらのマークを彫ったり、属性名をつけたりとそれぞれ。つまり、間近で見ないとわからないようにしているのだ。
ちなみに、コインは自分で作るのが普通だ。もらい物もあるが、素材はすぐに手に入る。なのでレシピさえわかれば作ることができる。失敗の確率もあるが。
今回、東が持っているコインを入れていると思われるホルダーは四つ。右足に三つ、左に一つ。つまり四属性持っていると考えられる。その上、どこから取ったか見極める必要もある。そうすれば次第にどこのホルダーに何の属性が入っているかわかる。普通は属性ごとに分けて入れるのでこの方法が妥当、と卯月は考える。
――今回は煙の中で二枚とっていたと考えられる。つまり、これから見極めないと。
コインの属性は状況によって弱くなったり強くもなったりする。このようなコインの選択が運命を握っているといっても過言ではない。魔術師なら言葉によって術が見極めるが、コインは見極めずらい。ただ、使う、とわかるのでそこだけはコインの方が劣勢かもしれないが、属性がわからないのは致命傷になる。
それをわかっているから卯月は警戒をしている。
このような戦いにコインを使う悪魔はいない。なぜかというと、コインは一定の方向、投げた方にしか効果がない。そこから曲げたりできない。つまり、投げる方向さえわかれば避けるのは簡単。しかもコインは一属性を除けばある一定の速度を出さないと効果がでない。だったら近くで殴る、蹴る、斬ったほうが早い。
ではコインの使い道がないように思えるが、コインの使い道はある。コインは自分の魔力、力によって威力が変わってくる。いってしまえば、コインを投げ続けることによって魔力の自給率が上がったり、魔力が上昇したりする。そういう特訓法がある。でも、こうして東のようにコインを使うものもいないわけではない。ただ、ほとんどが使わないだけだ。
だが東はあえてコインを持ってきた。東はコインを使うことで数多く勝利をあげてきた。ゆえに、東はコインの使い方がうまいと卯月は悟る。
「さて、お互いに一発与えたところで、こっちも少し本気出すよ!」
またしても一気に距離が詰まる、が、今回は一定の距離が保たれた。
卯月は一歩で距離を詰める、ということは宙に浮いているということ。悪魔に飛ぶ力はないので空中移動はできない。一方東は卯月が飛ぶと同時に横に跳躍した。ゆえに一定とは言い難いが距離は保たれている。
つまり東の射程圏内。
「んな!」
不意を突かれた卯月は咄嗟に動くことができない。悪魔といえど所詮人間。人間は不意を突かれると動けなくなる。
東はコインを投げる。コインからは火柱が立ち、卯月を襲う。これは直撃だった。短い悲鳴の後、飛ばされた卯月は受身を取り体勢を整える。
しかし、このような行動は容易に予測できたはずだ。なのに東は追撃しなかった。ここでもう一発着地のところに撃っていたら仕留めることはできずとも、少なからずこの後にも影響のあるダメージになっただろう。なのに東は違う手を考えていた。それは、
「案外簡単に受けるんだね」
挑発だった。
人は挑発に乗れば攻撃が単調になる。いくら武道家とはいえ、頭に血が上れば冷静さは無くなり、攻撃も動きも体調になる。東はそこに賭けたのだ。どう足掻いてもスペックが違う。だったらキレている頭から冷静さを失わせればこっちの攻撃も当たるのでは。それが東の考えだった。
「武道家なんだからあれくらいは読めてかわせでもしないと」
ニヤッと笑みを浮かべ挑発する。
しかし、
「はは、残念だな。お前はこっちを選んだわけだ」
肩膝に手を置いて立ち上がる。
「挑発のつもりだろうが、生憎挑発には慣れているんでね。あそこで撃っていればよかったのに」
再び構えなおす卯月。
そう、彼は現二位の路希に因縁を抱いている。路希は緻密な駆け引き、挑発などにより相手を詰ませることを戦闘方法にしている。つまり、卯月には路希以上の駆け引きではないと動きにくいというわけだ。今回は単純なことだ。それゆえ、普通の人ならたやすくかかったが、卯月には意味はなかった。
「さて、ではこっちも行かせてもらう!」
地面を蹴り。距離が縮む。今回は東は動くことができた。
東だって馬鹿ではない。それなりの保険はつける。
東は目の前に一枚のコインを出す。
――いつ取った?
一瞬怯んだ卯月だが、攻撃をやめようとはしなかった。
コインを途中で斬る、壊せば効果はなくなる。コインは一定以上の速度を保つかつ、コインが残っていなければならない。コインとて物質。つまり、効果を出せば出した分だけ減る。速度、効果の威力にもよるが、大体はもって十メートルから十五メートル。これがコインの効果距離の範囲。つまり、コインを途中で壊せば効果はなくなり、無効化できる。
それを知っているから卯月は攻撃をやめようとはしなかった。
――僕の拳なら壊せないことはない!
距離が縮まり、その距離が五メートルとなったときだった。東がコインを投げた。
そこからでたのは水の柱。
水属性のコインだった。
「んな!」
水は炎とは違い、質量が残る。
炎は威力はあるが質量がない。一方、水は威力こそ少量ではないが、質量は存在する。何が言いたいかというと、ここでコインを壊しても生成した質量は残る。しかも、コインにより、流れる方向は決まっている。
つまり、卯月が壊しても水が襲い掛かるということだ。
「うぐっ!」
完全に体勢を崩された。
――しまった。
卯月は冷や汗を掻く。なぜなら水は電気を通す。不純物がない水は時に不伝導体になるが、生成のせいでいろいろと混じっている。ゆえに電気が通る。
あわてて東を見る。東は右足の上から二番目のホルダーに手をかけた。悪魔界で使われているコイン専用ホルダーは一般のものとはちょっと違う。普通のホルダーなら上に口があったそこに手を入れて中のものを取る。しかし、コイン専用のホルダーは通常と同様、上に口はあるが、コインの取り出し口が別にある。ホルダーは四角くなっており、上に口があり、下の角の部分に少し隙間がありそこからコインを取り出す。
なぜこうなっているかというと、時にコインの属性がばれると攻撃が読まれる。ゆえに相手の下になる。そこでどこから取ったかわかりにくくするためにいちいち口を開けずにそっと取るためにこう仕組みになっている。しかも、コインは大抵一枚ずつしか取らない。だから一枚ずつ取れるこの形のほうが使いやすい。
しかし、今の卯月はそんな些細なごまかしはきかない。どこから取ったぐらいはわかる。だが、今の卯月の体勢ではろくに動けない。変に動いて急所に当たれば負けかねない。だったら姿勢が悪くとも防御に専念したほうがよい。
――とはいえ、ここで電気をやられれば防御もクソもない。
卯月は少し迷っていた。水浸しの卯月には電気はかなり効く。もしかしたらこれで模擬戦が終わるかもしれない。
――逆に電気を持っていなければ? しかし、ここまで状況を作って電気がないわけがない。
一瞬のうちに思考をめぐらせていると東は親指でコインを弾いた。
そしてそこから生まれたものは、
水柱だった。
――何?
卯月は驚いていた。さっきまでの考えが無駄になったからだ。
水柱はそれほどの威力はないが当たった相手の体勢を崩せる。
卯月は数メートル飛ばされ尻餅と両手を着いた。いわば、俊敏に動ける体勢ではない。そこに容赦なく東が大振りで剣を振り下ろす。
雄叫びをあげ、大きく振り下ろす。
この程度なら最小限でかわすことのできない卯月ではない。卯月は体をくねらせ剣の軌道から体を避ける。いなくなった場所に東の剣が振り下ろされる。
大穴を空ける一撃だった。
「ちっ」
舌打ちまがいなことをする東。確かにここで仕留めなければほかにチャンスはなかっただろう。
「何で大振りで振るった」
卯月は問う。
ここで横薙ぎや、コンパクトに振っていれば避け切れなかったかもしれない。なのにあんな大振りだ。隙がありすぎた。
「うるさい。剣が重いんだよ」
そう、剣が重かったゆえ、大振りするしかなかった。本当に真実とはつまらないものだ。
「……そうか」
そう言った卯月から東は距離をとる。なにやら感じたようだ。東は邪魔な剣を鞘にしまい、ホルダーの一番上からコインを取り、それを親指に乗せ卯月に向けて構える。
「すまなかった。遊んでたよ。これからは本気で行かせてもらう。剣は抜かずに倒そうと思ったが、無理のようだ」
そういってゆっくりと剣を鞘から抜いていく卯月。あまりの迫力に東は動くことができない。重圧が東を覆う。
「さて、行くよ」
剣を抜き切り、卯月がそう言うと卯月の姿が消えた。比喩ではなく、消えたのだ。東は何が起こったかわからなかった。数瞬後、緩やかな風が頬を撫でる。方向は前から後ろ。
――え?
視線を後ろに持って行こうとしたときだった。体から血がなくなるのを感じた。わき腹を斬られていた。
――見えなかった。
体勢を崩し、膝を着きながら後方を見ると静かな顔で東を見ている卯月がいた。
「君には格差、というものを教えてあげないとね」
ピュ、と剣で空斬りして剣についている血を掃う。
東は動けないわけではないが動けなかった。驚いていた。目で追えない速度。これに恐怖しない人などいない。言ってしまえば常に拳銃を向けられている状態なのだ。
――拳銃?
東は何かを思い出しわき腹を左手で押さえながら立ち上がる。そうして東は右手を後ろにまわして何かを取ろうとした。でも、すぐには取り出さなかった。後ろに回した恰好で止まる。
「さて、次で終わらせるよ」
ニヤッと卯月が表情を変えたときだった。
バン!
音が会場に響く。
「……うぅ」
倒れはしなかったが驚きを隠せない卯月。卯月の腹から鮮血が流れる。
「お、お前」
卯月の視線の先、東が手にしているもの、それは拳銃だった。
いくら早くても、銃弾より早く動ける人はいない。それは悪魔に置き換えても言えることだろう。人の瞬きはコンマ三秒。手で触れたものを読み取り、そこに反射を出させるまでコンマ一秒。いくら短い距離とはいえ、手を振るにはコンマ四秒はかかる。一方銃弾は物によるが、今回のは一般の拳銃。秒速二八〇ぐらいだろう。つまり、人の手で銃弾を斬る、壊すことはできない。避けることは可能だが、剣を持ってそれを薙ぎ払うことはできない。
「それを、どこで」
「作った、って言えば信じる?」
とは言ったものの、本当に作ったのだ。東は修行場所だった悪魔界のもっとも高い濃度を排出する魔窟を攻略したのだ。そこで偶然見つけた技術だった。人間界で存在するのに悪魔界に存在しないわけがない。しかし、あまり出回っていないのも事実だ。
「へえ、これはまた面白いものを。本当に君は面白い」
腹を撃ち貫かれなかったかのように立ち上がる。それを面白い、と思う東。人間なら動けない重症だ。なのに平然としている。
「そう来なくちゃな!」
拳銃を構えた時だった。卯月がゆらりと体勢を揺るがした。それに気付きトリガーに指を引っ掛けただけで止まってしまう。
「なあ」
東は気がつかなかった。さっきの動作が体の力を抜く動作だとは。東はただダメージによるよろめきと勘違いをしていた。そして体の力を抜いた後、卯月は言葉を続けた。
「君の弾丸と僕の剣、どっちが早いと思う?」
対戦を整えながら卯月は問いを投げる。東は銃口を卯月に向けながら考える。
――銃は剣より強し、って言葉があるくらいだしな。
「銃じゃないか?」
「そう」
消え入りそうな声で卯月が言うと、ただならぬ重圧がこの場を支配する。
構え方が今までとまったく違う。今までは浅く構えていたが、今回は重心を低くし足を大きく開いて前かがみで構えている。横薙ぎの構えだ。
重圧のせいで指が震える。
この勝負、どちらかが動けばそこで勝負が決まる。そんな気がしていた。
お互い、タイミングを待っていた。ハンパなタイミングでは隙を生むだけ。それがわかっていたから視線をぶつけ、細かなフェイクだけの時間が銃数秒続いた。
その時間を先に終わらせたのは東だった。
引き金を引いて卯月に届く時間はコンマ一秒。
その速さに賭け、引き金を引いた。
バン!
という銃声の後に間を空けることなく、
キン!
という金属音が響く。
銃を構えていた東は間抜けな声を上げる。
信じられない光景が目の前にあるからだ。
剣が銃を斬ることは可能だ。だが、それは剣を固定し、そこに向かって銃を撃った実験のデータだ。銃弾が放たれ、それを斬るなど不可能だ。音速に近い速度で動く銃弾を人が斬るなどできない。しかも、卯月は銃弾の芯を捕らえた。
銃弾は回転しながら移動する。剣で銃弾が斬れることは実証済みだ。しかし、銃弾の芯を斬らなくては流れ弾を食らう可能性もある。もし、数ミリずれて斬れば体積の小さいほうは大きいほうに弾かれ銃の軌道から外れるが、残ったほうは少しずれるだけで当たる可能性もある。なので芯を斬らなくてはならない。同じ質量同士なら反発し合い斬った所から大きく外れる。
それに音速に近い速度で動く小さなものを斬る自体すごいことなのだ。
「残念、正解は」
一瞬で東の懐に入る。
「僕の剣、でした」
そうして東は負けた。でも、あそこまで三位に食らいついた事は評価された。
でも東は納得ができなかった。
悪魔界でもっとも強い魔窟を攻略したにも関わらず、三位に勝てなかった。
ではこれからどうする? ここにいたって強くはなれない。
だから東は禁忌を犯して人間界にでた。
悪魔が干渉できるのは悪魔界と人間界のみ。逆に神が干渉できるのは神界と人間界のみ。人間はその両界には干渉できない。まあ、まれにどちらかに干渉することもあるが。
そして悪魔、神には決まりがあった。悪魔と神は戦ってはいけない。不干渉でいなければならない。
でも、東はそれを犯した。強いやつを探すときに見つけたのが神、リザテリオだった。
結果で言うと惨敗。それで禁忌を破ったということで東は神に『核』を抜き取られた。
◇
「そして今に至る」
といって悪魔は冷め切っているであろうお茶を一口飲んだ。
ぼくは悪魔に続きすべて飲みきった。
なんていう話だ。重すぎはしないか。
でも、ぼくの中には少なからず疑問があった。
「質問、いいか?」
「どうぞ」
許可が下りたので心で少し整理してから言葉を選んで質問する。
「『核』って悪魔の命なんだよな」
「そうだよ」
「何でその『核』を抜かれたお前は生きているんだ?」
「ああ、それはね」
持っていた湯飲みをテーブルに置いて悪魔は言った。
「俺は今、抜け殻のようなものになっているんだ」
「抜け殻?」
「そう。つまり、俺は今は不死、というわけだ」
「それって最強じゃないか?」
「そうでもない。今使える魔力が少ない。言ってしまえば不死の人間、って所かな」
「そう。その『核』は神が持ってるのか?」
「そうみたい」
「わかった。では次だ。恋に落とす女子は九人で間違いないんだよな」
「ああ、ここに来れる悪魔は十人。だから残りの九人ってわけ」
「で、それを見極める術はあるのか? というか、ところどころ回らないといけないんじゃないか?」
「その心配はないよ」
といって悪魔はお茶を飲んだ。
「心配ないって?」
「誰に入ってるかは俺が見極めることができる。それに悪魔が入っている女子はすべて真弘の通っている学校の中だけだ」
「どうしてだ?」
「それは知らないけど、ここの土地って悪魔界の開門と近いんだ。だから近くの大きな学校にいると思うよ」
「そうか。ところで恋に落とした女子の記憶は消えるのか? そのアニメ的に攻略中の記憶が消えるって感じで」
「そんな都合のいいことあるわけないじゃん」
何も言えなくなった。都合のいいって。え? ということはどうなるの?
想像しないことにしよう。
「んじゃ、今日はもう寝るよ。あ、ご飯おいしかったぞ」
というのも、悪魔が話をしている間、悪魔が晩飯を作ってくれた。久しぶりのご飯だったので嬉しかった。味もなかなかうまかった。
「そう、ありがとう。ところでさ」
「あ、寝るところなら父さんの部屋を使って。付いてきて」
「あ、ああ」
ぼくらは階段を登って二階へと上がる。階段の手前がぼくの部屋。隣が母の部屋。母の向かいが父の部屋になっている。母の部屋の隣、一番奥がぼくの物置になっていて、その向かいが書斎。
「あのさ」
悪魔はぼくが部屋に案内をして分かれたときに言った。
「何?」
「その、俺のことさ、東って呼んでよ。いつまでも悪魔、って言われると、なんかさ」
「ああ、わかった。じゃあな、お休み、東」
「お休み、真弘」
そう言われてあわてて部屋に入る。
なんか、恥ずかしい。
そう思うぼくは変なのだろうか。
あくる日。東を家において家をでた。何かあったらと思い鍵は渡しておいた。
いつもどおりに学校に来て、そしていつもどおりに翼と話をしていた。
そしてホームルームの時間が来た。そこで異変に気がつく。別に悪いほうではなく、違和感のほうだ。
クラスの全員が座ったのに一席空席があった。皆もそれに気付いたのは騒いでいる。
担任を見ると欠席というわけではないようだ。ということはつまり。
「はい、ではここで転校生を紹介する。入って」
とありきたりな台詞を担任が吐いた。
でもおかしい。こういうとき一番に食いつきそうなのが目の前に座っている翼だ。なのに翼はそのことを一切言わなかった。会いたくない人なのか、それとも……。
と、ぼくが考えているうちに転校生は入ってきた。
そして黄色いことが響く。それにつられ、ぼくは考えることをやめ、入り口を見て、叫んだ。
「ああ~! お前、どうして!」
「よ、真弘」
手を上げ挨拶する悪魔の東。
な、何でいるんだよ。
「今日からこのクラスに入ることになった、如月東君だ。皆仲良くするんだぞ。何かわからないことがあったら、佐々木と知り合いみたいだから佐々木に聞くといい」
と言って担任はぼくに指をさした。
「ではえっと、そこ、空いてるからそこに――え?」
空席は廊下側の端、そして前から三番目の席だった。でも、東は担任が話している最中にも関わらずにこっちに歩み寄ってきた。
そしてぼくの隣に座ってる女子に声をかけた。
「なあ、君、名前は?」
「え、えっと、滝川です」
「滝川さん、向こうに移動してもらえないかな?」
と誘惑するように東は言う。緊張しているのか、滝川さん、初めて知ったけど、は、はい! と言って荷物を持って空いていた席に移動しようとしていた。
「ありがとう、滝川さん」
「い、いえ」
すてて、とあわてて滝川さんは空席のところに移動した。
担任は目を丸くしていたが、騒動がおきなかったので良しとしたのか深くは突っ込んでこなかった。
「ではこれで――」
ホームルームは終わった。
担任が出て行くや否や、クラスの女子が東のまわりに集まってきた。それもそうだろう。こんなイケメンの転校生が来たんだ。そりゃこうなるわ。
はあ、とため息をついて蚊帳の外状態だな、と思っていたが、女子はぼくら二人を中心に放し始めた。蚊帳の外だったのは翼だった。
ぼくは思った。翼が転校生の話をしなかったのはこうなると思ったからだろう。
男子なら話の話題にもならないもんな。女子なら耳が一瞬でたこになるくらいに話すだろう。
でも、翼は歩み寄っていた。
「如月東君、だっけ?」
周りにいた女子も、ぼくも東もびっくりしていた。女子と東は話しかけられたからだが、ぼくはこういうときは積極的じゃないことを知っていたから驚いていた。
「ああ、そうだけど。えっと」
「あ、俺は伊吹翼。よろしく」
握手まで求めてきている。おかしい。
「よろしく」
と東は翼の手を握って変な顔をした。と言っても変顔というわけではなく、何か変な感じを感じ取った、と言う顔だ。一方の翼はなんという顔もしていない。逆に変だと思った。
でも、お互いが敵対しているわけではないのでスルーすることにした。変に突っ込んで関係が悪くなれば大変だからな。
何はともかく、こうしてぼくの非日常の高校生活が始まった。