表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

1話

[1]


 ぼくはあれから平常心を装ってすごしてきた。

 彼女との約束、ぼくらが付き合っていることを他の人にばらしてはいけない。

 彼女の死は地方のニュースで短期間報道されたが、もうあれから一年が経とうとしている今ではそのことなんて触れられもしていない。まるで世間からは見放されたような感覚を覚えた。

 まるで、ではないな。そうなのだ。他人の死なんてものはいずれ忘れられる。それが遠縁の人であればあるほど。ぼくだっていま、このときに亡くなったであろう人のことなんか気にも留めていない。それが普通なのだ。彼女はぼくにとっては大切な人であるが、他人からはどうでもいい存在。すなわち忘れても構わない存在。

 仕方のないこと。彼女は普通の人間で、凡人とは比べ物にならないくらいの短い人生を送った普通の少女なのだから。

 でも、ぼくは、ぼくだけは彼女のことを忘れずにいようと思っている。人は死ねば何もない。何者でもなくなる。でも、死者が生きていけるのは記憶のみ。だからぼくはこれからも彼女と共に生きる。

 ぼくはあの日から一つ心に決めていたことがあった。

 梨里ちゃんを殺した犯人を見つけること。それがぼくの一番の願いだ。

 たとえ『神』という存在が居たとしても、死者を(よみがえ)らせるという(ことわり)を犯すことはしない。でも、彼女の甦生は願いたい。でもできないとわかっているからまずは梨里(りさと)ちゃんを殺した犯人を見つけ出す。

 でも、見つけてぼくはどうしたいんだ?

 それはずっと思い続けてきたこと。甦生(こうせい)ができないなら彼女を殺した犯人を見つける。これに辿り着くのに時間はかからなかったが、ここから先は悩み続けている。

 見つけて、この手で殺す? それとも、しっかりと裁きを受けてもらう?

 でも、何をやっても彼女は帰ってこない。

 犯人を見つけたい、これだけはずっと心の中にある。


 ふと、目が覚める。

 カーテンの隙間から差し込むのは春の陽気。あの日から一年が過ぎようとしていた。

 時計を見る。時間は起床予定時間より三十分も早かった。

 珍しいな。ぼくは素直に思った。いつもなら目覚ましがなってから五分十分後に起きるのに、それよりも早く起きたからだ。

「……変な夢、見たからかな……」

 頭は驚くほどすっきりしていた。生まれて初めてかもしれない。こんなに気持ちよく起きれたのは。

「なんだか、今までの回想のような夢だったな……」

 別に怖かったわけでもなく、楽しかったわけでもない。今まで心に思い続けたことが夢になっただけ。何だったのだろうか。

 春の陽気とはいえ、まだ肌寒い。布団を足元に放り、上体を起こす。左を向くとカーテンがあり、その隙間からわずかだが外の景色が見える。

 左手でカーテンを開ける。勢いづけることもないし、恐る恐る開くこともない。普通といえばいいのか、カラッ音が鳴るくらいの速度であける。

 目の前には高いビル、灰色の世界が広がっていた。しかし、今日は高いビル群の隙間から太陽が顔を出し、幻想的な光景になっていた。

 思わず、「うぁ」と声がでてしまう。何なら今日からこの時間に起きようか、なんて思う自分がいた。

 少し上体を窓のほうに寄せて道路を除くようにする。ぼくが今居るところは二階だ。

 道路にはこんな早くからランニングをしている中年男性や、新聞を配っている高校生など、少なからず活動を始めていた。

「んん……」

 座ったままで上半身だけを伸ばす。感覚的に足まで伸びているが。

「はあ」

 布団から足と出してベットから立ち上がる。寝巻きから制服へと着替える。

 ドアを開け、一段一段階段を下りていく。今日も家は静かだった。両親が居ないことは当たり前だった。逆に居ることのほうが珍しい。母は遠くの県に行って仕事、父は海外。帰ってくることはまずない。入学式でもなければ卒業式でもない。そんなときくらいは帰ってくるだろうが、今はただ進級するだけ。明日で彼女が死んでから一年が経つ。

 一階に下りてリビングに入る。ヒヤッとした空気が頬を撫でる。なんだか、寂しい、とまで思う。

 しゅんとなる気持ちを抑えて、朝飯を何にするか考えることにする。いつもどおり、ご飯とインスタントの味噌汁でいいかな。ご飯は昨日のうちにといで予約もしたから炊けているはず。それと、野菜ジュースでいいかな。

 メニューを決めたぼくは早速料理(?)にとりかかった。

 食卓の上にはほかほかのご飯、その右にインスタントの味噌汁、それらの間に位置するところには冷蔵庫に偶然入っていたベーコンを軽くいためたもの。そしてコップにはオレンジ色の野菜ジュースが注がれている。ぼくは紫が好きなのだが、なかった。今日買ってこなければ。あ、でも今日は……。だから後にしよう。

 いただきます、と手を合わせて食事にとりかかる。あまりにもこの空間が静かなのでテレビをつけた。

 この時間はほとんどがニュース番組だろう。「消費税がまた上がる?」「日本も軍事力を挙げなくては!」「昨日の通り魔事件」。チャンネルを適当に回し、気になったところにとめようかと思ったか、どうでもいい。でも、消費税が上がるのは痛いかも。ある程度まわしているととある番組で手が止まった。

「一年前に起こったあの強盗殺人事件ですが――」

 と、キャスターの人声がした。

 一年前の強盗殺人事件? もしかして……。

 箸も止まりテレビ画面を凝視してしまう。

 しかし、内容を聞くと彼女とはまったく違った事件だった。後味が悪く、テレビを消し、残っていたご飯をかき込み、食器をキッチンに持っていった。洗わないといけないな。

 鍵を閉め、家をでる。通学路は大通りに出て、道なりに進むだけ。なんだかんだしているうちに結局家を出る時間はいつもと変わらなかった。一人で道を歩む。これがいつもだった。たまに前に居るカップルに出会うと、変な気分になってしまう。妬み、悲しみ、憧れ。プラスとマイナスが一気にぶつかり変な感情に。だからといって本を見るわけでもなく、ただ、耳だけは音楽プレイヤーからイヤホンに伝わる音で塞いでいた。

 教室に付くなり、友人が声をかけてきた。

「よっ! 真弘(まひろ)。今日から二年だな!」

 友人は自分の席からぼくに声をかけてきた。友人の名前は伊吹(いぶき)(つばさ)。背も高くてモデルか、と思うくらい勝ち組の人間。でも彼は勝ち組ではない。外見は勝ち組だが、中身は負け組みだ。

 といっても、ぼくが来たのは一年の教室。今日行われる始業式の後、中庭にある掲示板にクラスが掲示される。それまでぼくらはどのクラスになるかわからない。

 ぼくは窓側の一番後ろの席、翼の一個後ろの席に座る。ここがぼくの席だ。よくある主人公の席。本当にここはいい席だと思う。

 翼はぼくが座るまで何もいわずにニコニコしながら視線で追っていた。

「お前は彼女を作る気はないのか?」

 座ってすぐ、翼は軽々しくそんな一言を放った。

 しかし、ここ、一年六組の今居る女子の空気が凍ったのをぼくは感じた。一気に静まり返る教室。

「……え?」

 さすがにこの空気に気が付いたのだろう、翼もこの異変に顔が変になっていた。

 これは比喩だが、クラスの女子の耳が何倍にも大きくなっているように見える。

「……あ、あの……それは……」

 ますます大きくなる女子の耳。

 でも、ぼくはもう決めていた。

 恋愛はしない、と。

 彼女だけがぼくの恋人だ。新たに恋人を作る気はないが。

 ぼくは翼たちには彼女がいることを隠している。つまり、恋人を作りたい、なんていってもまったく非にされないわけだ。

 とはいえ、本心はいらない。彼女、梨里ちゃんがいれば。

 でも、翼はぼくに彼女を作ってもらいたくて情をかけてきた。さすがに翼の前ではいらない、なんていえない。

 だったらここでは口だけだが、作りたいといっておいたほうがいい気がするな。

「……そ、そりゃ、青春真っ只中だし? 欲しくないわけ、ないだろ……?」

「何で最後疑問形なんだ?」

 何それ、見たいな目で見られた。たどたどしかったが、意味は伝わっているはずだ。

「はあ、ま、いいや。で、狙ってるやつは居るのか?」

 後半、ぼくの耳元で囁くように行った。さすがにそんなことを普通の声で言ったらぼくの拳が友人の顔に叩き込まれるところだった。

「今のところは、まだ」

 と、ぼくも翼の耳元で囁くように言うと、なぜだか翼の頬が急に赤くなった。そして何かもじもじし始めて乙女のような感じになっていて、キモかった。

「……どうした」

 キモイがさすがにこんなのをずっとやられていても気味が悪いので理由を聞くことにした。すると、翼がゆっくりと口をあけて。

「オレ、耳が性感帯なんだ……」

 と。

 またしてもクラスの空気が凍りついた。今度は前のようではなく、絶対零度のようだった。

「いや、冗談……え? え?」

 さすがにジョークだろうが、これは痛い。

「おーい、みんなー」

 翼はぼくの前で意識があるか確認するために真の前で手をふる。そして反応がなかったのでみんなに声をかけていた。

 爆弾発言から数秒後、チャイムが鳴り、担任が入ってきた。

「さ、ホームルームって寒っ! 何だ? 何が起きた?」

 と、担任は自分の体を抱えるような恰好になる。寒いときするような恰好だ。担任は教室中を見渡すとみんなの視線が一点に集まることに気が付いた。そして担任と目が合う友人。

「おい、伊吹。お前また……」

「え? オレは何も!」

 また、というのは何かかしらの原因の中に居るのが友人、翼なのだ。だから今回も、と思われたのだろう。というか、今回もこいつのせいだけど。

「後で職員室に来るように」

「そんな~」

 むなしい友人の声がまだクラス中に響き渡るくらい凍てついていた。



 帰り。あの後、翼は「夏にクーラー要らず」と書いて「ぜったいれいど」と読ませる称号を与えられた。この話題は一時間目の授業が終わる頃には全校生徒約一五〇〇人に知れ渡った。翼曰く、「これでオレも人気者だな!」キラーン、と白い歯を見ながら笑っていた。

 そのおかげ、いや、そのせいで近くに居るぼくまでが変な目で見られる羽目となった。

「あ、そうだ」

 と、急に翼がバックの中を漁りだした。学校をでてすぐで、これといって話をしていないタイミングだった。歩みを止めずバックを漁っているのをぼくは隣で見ていた。

「あった」と、翼が言ってバックから取り出したものは数十枚の紙束だった。

「なに? それ」

 ぼくは思った疑問を翼にぶつけた。すると、翼はククク、と悪役のように笑った。そして翼はその紙束を天に掲げて言った。

「これはな、うちの高校の全女子のリストだぁ!」

 ババーン! とでも効果音が付きそうな勢いだった。何かどうでもいいような気がする。

「あ? お前今どうでもいいとか思っただろ」

「うっ」

 何でばれた? もしかして顔に出ていたのか?

「顔に出まくり」

「ぶっ!」

 ぼくはあわてて顔を隠した。

「もしかして、ぼくっていつも顔に出てる?」

「ああ、これでもかってくらいな。お前からしたら、

お前ってエスパー? 何でわかった! と思うくらいな」

 何か、少し前に同じことを言われ言った気がする。

 確かあれは……



 中三の夏。彼女と花火を見に来たときだった。

 田舎でやる花火大会なんて高が知れていた。でも彼女は見たいというので一緒に行くことにした。

 男子が先に行って待っているというのは常識だろう。彼女に注意されたくは無いので早めに家を出た。大きな町なら現地集合なんてすると花火が上がっている間はあえないくらい混むはずだが、ここはそうでもない。というより、彼女が指名した場所から花火が見ることができるなんて思いもしなかった。付いたのは神社の階段の下、灯りという灯りは近くにある自動販売機と、ぽつぽつある街灯だけだ。普通の女子なら来たくないような場所だ。

 薄暗いし、場所も場所だし。でも彼女は来るだろうな。指定したからではなく、彼女はこういう場所が大好きだ。

 腕時計を見る。時間は集合時間の十分前。もっと早く来ようと思ったが初めてくるところで少々迷ってしまった。しかも、なんか不気味だし……。ゲームでは三十分前、という決まりがあり、それを遵守しようと思ったがそううまくいくものではないな。

 などと思っているうちに足音が聞こえてきた。音のほうを見てぼくは釘付けになった。

 一言で言うと美しい。

 暗がりのせいか、逆に浴衣が際立ってなんか、いい。

「あら? どうしました?

……もしかして、悩殺されました?」

 近づくとぼくが固まっていたので、何かを思いついたのかニヤニヤしだしそんなことを言った。

 否定はできない。確かにその、悩殺はされたが食い下がるわけには。

「顔、真っ赤ですよ」

 上目遣いで彼女は言った。そのとき、ぼくはあまり耐性がないものを見てしまった。

 浴衣の隙間からのぞく、柔らかそうな、低い山がちらりとのぞかせていた。彼女の胸は大きいとはいえない。言ってしまえばまな板に近い。でも、こればっかりは……

「……」

 なんだか、急に周りの温度が下がるような感覚を覚えた。何ごとかと梨里(りさと)ちゃんの顔を見ると、さっきまでは小悪魔的な笑みをしていたのに、今はどうだろう。悪魔どころか、コキュートスまでもが口を開けたような顔をしている。

「あ、あの、梨里ちゃん?」

「いま、何か失礼なことを考えていませんでした、か?」

 ニコニコ、「か?」のときに彼女の目が半分開く。「ひいぃ!」と、背筋が凍てつくような目。

「い、いえ、何も、何も考えてません!」

「そうですか? 嘘をつかなくてもいいんですよぉ? どうせ私の胸はまな板のようなんですからねぇ。おほほほほ」

 目が、笑ってませんよ。

「あ、あの、梨里ちゃん、その浴衣、似合ってるよ」

 押しつぶされそうなプレッシャーの中、少しでも気持ちが抑えられればと思い、ぼくの本心を話した。

「……え? あ、そうですか?」

 と、さっきまでの凍えるような目つきが緩み、周りの温度も夏を感じさせる温度に戻っていた。

 彼女のこと様子に安堵を隠せないでいた。ほ、と胸を撫で下ろす。

「でも、」

 と彼女が言った。ぼくは彼女のほうを見た。恥らっているようだったがよくよく見れば、怒りを溜め込んでいるようにも見える。

 あれ? これって?

「そういうのはもっと早く言ってくださいよ!」

 キシャア! と獣のように襲いかかろうとする梨里ちゃん。「うわあ」と反射で顔を両腕で覆う。少ししても痛みが体を走ることはなかった。

 恐る恐る腕の隙間からのぞくと、こっちに背を向けて、もじもじしている彼女の姿があった。

「でも、その、う、嬉しかったので今回は許します」

 顔は見えなかったけど想像ができそうだった。その顔を想像したら可愛く、頬が緩まずにはいられなかった。

「さ、行きましょうって、何笑ってるんですか!」

「へ? べ、別に」

「ムキー! 真弘さんのバカ!」

 べちべちと痛くもない連続パンチを食らいながら可愛いなとぼくは思っていた。

「もう、知りません!」

 そんなぼくに恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤にしてぷいっとそっぽを向いて神社の階段を一人で上がって行った。ぼくも彼女の後ろを追いかけるようにして階段を上がる。決して広くはない階段の幅。通れて三人が限界だろう。でも、さすがに隣に並んでいくのはどうかと思った。変に殴られそうで。

 と、そうして彼女の後ろを歩いていると、自然と彼女の浴衣の後ろ姿が目に入る。いつもは肩甲骨あたりまである髪を高めに結って折り返し、首元を見えるようにしている。いつもはあまり見ない首元だが、浴衣とあってなんだか色っぽく見える、浴衣は彼女の細めのラインがくっきりと見えている。それにしても、お尻が……。

 と、軽く目を背いたときに気が付いた。体のラインがこんなにくっきり見えているのに、ぱ、パンツの跡が見えない。

 そういえば、確かあの時、多分ブラはしていないと思ったが……。

「あの、梨里ちゃん?」

「何ですか?」

 梨里ちゃんはこっちを向かなかったが起こってはいないような声音だった。

「あのさ、浴衣を着るときって下着をつけないって言うけど、上はともかく、下はつけてるの?」

 言って、なんて変態なことを聞いているのか、と思う自分がいた。

「上はともかくぅ?」

 ぼくがいい終わると梨里ちゃんは歩みを止め、こっちに鋭い目線を送るながら言った。

「うっ」

「見たんですねぇ? やっぱりあの時見たんですねぇ?」

 目が怖いです。さすがに目線は合わせることができず適当なほうに視線を投げる。

「ま、いいです。確かに上は何もつけてません」

「え?」

 思わず梨里ちゃんのほうを見る。怒っていない声音。感情がころころ変わるな。

「もう、エッチですね、真弘さんは」

「いや、べ、別に、ちょっとこの前耳に挟んで……」

「それって女子ですよね?」

「いや~、その~」

 確かに女子ではあった。でもあれは不可抗力だ。教室で本を読んでいるときに、「今度の花火大会、浴衣で行く?」「うん、そのつもり」「それよりさ、下着はつけるタイプ?」「私はしない」「ああ、私も」的な会話を耳に挟んだだけです!

「へえ、そうでしたか」

「へ? 何が?」

「まあ、確かにその女子たちのように私も下着はつけてませんから」

「えっと、ぼく、声に出してましたか?」

「そんなことないです。あなたの顔を見ればわかります」

「ええ!」

「さっき、でもあれは不可抗力だ。教室で本を読んでいるときに女子の会話を耳に挟んだだけです! と考えていましたね?」

「り、梨里ちゃんて、エスパー?」

「そんなわけないですよ。真弘さんは思ってることそのまんま顔に出てますからね」



 なんていうことがあったな。懐かしいな。

「おーい、生きてるか?」

「うわあ!」

 急に声をかけられてびっくりした。誰かと思ったら翼だった。ん? そういえば、何かを話しながら帰っていたような。

「何だよ。急に黙り込んだと思ったらニヤニヤしやがって」

 覗き込むように翼は言った。はっ、と我に返り翼から顔をはずす。

「何だ? もしかして……」

 何かを探るような顔。もしかして彼女がいるっていうのが顔に出ていたのか? まずいぞ。どうするべきか……。やはりここは意地でも誤魔化すべきだな。

「ち、違うんだ。べ、別に……」

「何がだよ? ホンとはさ、」

 いやらしい顔。今回は本当にまずいぞ。冷や汗の量が尋常じゃない。翼の口元に視線が言ってしまう。言葉が浮かんでこない。翼が何を言うのかわからないので目が行ってしまう。そうして次に開かれたのは「あ」段の口の開きだった。「あ」段という事、そして今の話の流れで推測すれば、これは「か」に間違いない。しかも「か」とくれば「彼女」という単語が来るに違いない。

「彼女」

 来てしまった。禁断の言葉が。

 どう誤魔化そうか。どうせ「彼女いるんだろ?」とか言ってくる。くそ、この一瞬で何かを考えなくては。どうする。「あはは、翼、お前面白いこと言うな。いるわけがないだろ」とかか? いや、でもこれなら返されやすい。もっと頭を回せ!

 と、考えているうちに「お」段の口から次に変わろうとしていた。

 じ、時間が、ない!

 次は予想通り「い」段の口の開き方だった。

 そんな、まだ返答が決まっていないのに、だったらもうさっきのでいいや! どうとでもなれ! それから考えよう!

「にしたいやつでもいるのか?」「あはは、翼、お前面白いこと言うな。いるわけがないだろ」

 ……あれ? なんだか考えていたのと違って聞こえたような。

 そうと仮定するようにぼくと翼はお互い見合った。

「おい、何言ってんだよ。彼女もいないやつに彼女いたのか、なんて聞くわけがないだろ」

 変な目で見られた。そうだろう。何せ聞いてもいないことを答えたんだ。そりゃそんな目で見られても仕方がない。

 でもよかった。ばれていないようで。

 ぼくはなんでもない、続けてくれ、と答えた。

「いや、聞いているのはオレの方なんだが、ってまあいいや。さっきからこのリストの説明しているのにぜんぜん聞いてなかっただろ?」

「ああ、悪い」

 あはは、とぼくは明後日の方を見て誤魔化す。

「まあ、聞いていなかったようだし、親友に免じてもう一度説明してやろう」

 ふん、と鼻を鳴らし、自慢げに数十枚の紙束を持って言った。別に聞かなくてもいい気がするんだが。聞いてやらんこともないだろう。何かと話題もないわけだし、分かれるところまで暇だし。

「いいか、これはな、オレが入学したその晩に作り上げた思考の一品なのだよ!」

 バァーン!

 何だよ、その気持ち悪い決めポーズは。

 あえてそこには突っ込まないことにしよう。なんとなく突っ込むと余計にめんどうくさそうだ。

 ま、見てみ。と言われ紙束を手渡される。手にとって思ったが、使用感がまったくなかった。一年前に作ったとは思えない。

「あ、それコピッたやつだから」と補足説明。まあ、そうだろうと思ったけど。これもまた顔に出ていたのだろうか。まずは目を通してみよう。そんな軽い気持ちで目を通したぼくがバカだった。

「……こ、これは……!」

 一枚裏表印刷。そして一ページにはなんと二〇人の女子生徒が写真つきで写っていた。この写真は証明写真のものだろうか。そして一人にピックアップしてみると、その生徒の欄には名前、学年、クラス、住所、携帯番号、血液型、誕生日、主なキャラ設定、好きなものと嫌いなもの、身長、体重、スリーサイズまでも乗っていた。

「おまえ、これ……」

 犯罪ですよ。とは言えなかった。翼はこういうやつだからな。いちいち警察に通報していたら一生留置所からは出てこれないだろう。

「それは最新版だ! お前のために作ってきたのだ!」

 そういえば、と思ってリストを見る。去年作ったといっていたが、確かにうちのクラスで見た人が二年になっていた。つうか何で入学したばかりの一年の情報が載っているんだ? 本当に捕まるぞ。てか、どっからこの情報持ってきているんだ?

 すごい疑問に思うが聞かないのが先決だと思った。僕自身が通報せずにはいられない気がする。

「何でこんなものをぼくに? 道ずれでもさせようってか」

「そんなわけあるかよ」

 翼はぼくの方に手を置いた。

「お前に彼女を作ってもらいたくてな。そのためにオレは手間暇かけて作ったんだぜ」

 キラーン。と効果音がした気がする。白い歯を見せ、「ぐっ」と右の親指を立てた。

「手間暇って、一夜で作ったんだろ?」

「だっはー! そこに触れちゃ、いい雰囲気が台無しじゃねえか」

「雰囲気も何も……」

 と、ぼくが言おうとしたとき、女子中学生二人が近くを通りながら「ねえ、あれってもしかして」「ホモ? うわ~、マジでいるんだ~」「でも二人とも顔がいいから絵にならないこともないけど」「でも引くわ~」とこっちを見ながらの呟きが耳に入ってしまった。

 確かに周りから見ると、そのように見えなくはないだろう。何せ顔が近い。彼女らにはこれからキスするように見えても仕方がない。一人は親指を立ててオッケーサインを出している様にも見える。

 なんというか、厄日だな。

「はあ、いいや、帰ろう。今日はちょっと用があるんだ」

「用って何だよ」

 ようやく肩を放したが距離が近かったのでぼくから一歩距離をとる。この様子だとさっきの女子中学生の会話は耳に入っていないのだろう。

「うんと、ちょっとな」

 誤魔化せたかはわからないが、さすがにこれで付いてくる! なんていうやつは新星のアホだ。翼は「そうか」とだけ言った。

 少し進んだ信号のところでぼくらは別れた。さすがにこれから行くところは誰にも見せられないからな。後で用って何だよ、とか聞かれそうだが、それはあとで考えよう。

 それにしても、今日はなかなかハードだったな。

 今日あったことを思い出し、少し笑ってしまう。

 楽しいな。こんな毎日でも。

 梨里ちゃんがいればもっと……

 おっと、いけない。さすがに沈んでしまうな。といっても、これから行くところも沈むような場所だが。

 首をふってさっき貰ったリストで気持ちを和らげよう。ぼくは二回電柱に頭をぶつけながら目的地に辿り着いた。

 場所は墓地。墓地を囲うように桜の木が並んでいる。今の時期では満開だ。

 墓地にはいくつもの墓石が並んでいる。花が供えられているもの。食べ物が供えられているもの。何もないものも。ぼくは横目でそれらを見ながらある場所を目指す。

 ここの墓地は登りの緩やかな斜面になっていて、一列十石程度。数段それらがある。ぼくが行くべきは最上段から一つ下、両側に階段はあるが、右側から見れば一番奥、左からだと一番手前。いつも右から来ているので少し歩かなければならない。

 この段にも二人ほど手を合わせに来ている人がいた。

 ぼくはここに来る度毎度思うことがある。

 死ねば人はそれまで。霊などはこの世にはいない。神も同じく。人の来世なんてものはない。死んだらそこで終わりだから。それなのになんでここで手を合わせるのか。死者は聞く耳がない。なのになぜ手を合わせる。

 わかっているのにいつもそう思ってしまう。まるでぼくが二人いるように。

 それはもういない人とわかっていても、聞いて欲しいことがあるからだ。確かに神、霊などは人の想像でしかない、とぼくは思っている。(あったこともないから、現実的に言えばそうだろう)でも生きている間にいえなかったこと。その人に伝えたいことは生きている人が生きていれば自然と生まれてくる。死者には届かない。わかっているけど聞いて欲しい。だからいるかわからない神を想像し、その神に思いを届けて欲しく、こうして手を合わせている。

 ぼくだって彼女に言えなかった事、彼女としたかった事はたくさんある。でももう彼女は聞いてはくれない。人はその人がいなくなって初めてその人の価値を知る。生きている間、その人がどんなに価値がなくても、いなくなってその人の価値を知るものが多い。逆に人は生きている人間の本当の価値なんて見抜けない。だからこうして手を合わせに来る。ぼくもこの中の一員だ。

 彼女が大切だとわかっていても、いなくなって彼女がぼくにとってこんなに大きな存在と教えてくれた。

 彼女が眠っている墓石の前に来る。

 今日は何も供えるものは持ってきていない。逆に彼女ならそんなもの要りません! もっと高いものはないのですか! そんな安っぽいものをくれるくらいならいりません! って言う顔が想像できる。

 まあ、ぼくが買おうと思っていたのは帰る途中にあったコンビニで彼女の好物のプリンを買って行こうと思ったが、そういわれると思って買ってこなかった。

 ぼくは墓石に向かった方膝を付いて手を合わせた。

 梨里ちゃん。君が死んでから明日で一年が経つ。

 未だに犯人は見つかっていない。多分警察ももう動いてはいないと思う。

 何の理由で梨里ちゃんが殺されたかはわからない。ぼくはいま犯人を見つけてもどうともできないだろう。でも犯人は見つけたい。梨里ちゃんが理由もなく殺されるわけがない。でも、理由を聞いてぼくはどうしたいんだろうか。

 ごめん、暗くなっちゃった。そうだ、今日あったことを話すね。今日は変な夢を見たんだ。懐かしいというのか悲劇というのか。ぼくにとっては悲劇だけど。

 そうして、朝学校に行くと翼が、ああ、この前説明した中学からの友人ね。その翼が朝から爆弾発言してさ、それから一時間もせずに全校に「夏にクーラー要らず」と書いて「ぜったいれいど」と読ませる称号が広まってさ。

 そういえば今日は入学式だったんだ。梨里ちゃんも今日から高校一年生……だったのに。

 ぽたっと地面が濡れた。

「……あれ? おかしいな。こんな話をしに来たんじゃないのに。ごめん。ぼく、やっぱりだめだよ。梨里ちゃんがいないと」

 ボロボロと涙が止まらなくなって来た。おまけに感情までも制御できない。

「寂しいよ。梨里ちゃん。今日だってもしかしたら一緒に帰れたのかもしれない。入学祝って買ってきたプリンにケチをつけたかもしれない……」

 嗚咽(おえつ)は漏らさなかったものの、涙はしばらく止まることはなかった。

「ぼくって、弱いな」

 落ち着いたころ、ぼくは立ち上がっていった。

「ごめん。こんな姿見せに来たんじゃないのに。ごめん。明日また、梨里ちゃんのお母さんとまた来るよ」

 じゃあね、届きもしない別れの言葉。言うことができなかった言葉。そして言いたくもない言葉。目元を赤らめながらぼくは彼女が眠る墓石に背を向けた。

 明日で一年。彼女が死んでからもうそんなに経つのか。

 ザワッと春の陽気を帯びた風が吹く。その風に乗って桜の花びらがぼくを横切る。

 彼女が死んだときはまだ桜は咲いていなかった。今年は何か起こるんじゃないか。そう思い近くの桜の木を見上げた。

 その桜はまだ満開で、見るものを魅了するほどの美しさだった。

 まるで、彼女のように。



 これは夢だろうか。いや、絶対に夢だ。

 だってぼくは今日ご飯を食べて風呂に入り、そしてベットに寝た。だからこんな場所にいるわけがない。

 ぼくがいまここにいる場所。それはいつしかの、デートの待ち合わせ場所となった「あの場所」にいた。だからこれは夢なんだ。

 その場所は、大きな木が一本あり、一面に緑が広がっている。芝生なようなものだ。そして大きな木から十メートル進むと崖になっていて、落ちれば命を落としそうなくらい高い。でも、大きな木のところから崖のほうを見るとそれはすばらしい景色だ。緑、そして空の青。その間に見えるのがオーシャンブルー、海だ。

 ぼくは今、大きな木の下に立って海を見ている。

 ここでぼくらは出会い、告白をした。

 そんな思いでも場所。ぼくが住んでいる町にあるが、結構遠くにある。電車で一時間かけないと来れない場所だ。だからここにいる時点で夢だとわかる。

 でもどうしてなんだろう。

 普通の夢はここが今ある世界と思い込む。つまり、これが夢という感覚がない。この感覚から言うと、これは夢ではないという結論に至るが……

「真弘さん」

 考えるまでも無かった。ぼくはすぐに夢でないとはっきりした。

 それは……。

 声のしたほうを見る。

 ここには道路という道路はなく、奥のほうまで緑が広がっている。そこに一人、あの時と同じ服装の少女がこっちを向いて立っていた。

 白いつばの大きい、麦藁帽子のような形のハット、膝上までのワンピース。ハットからの覗かせる、整った美しいといえる顔。目はパッチリとはしていないが大きめではある。そこから覗かせる瞳は蒼に黒を混ぜた色をしていていっそう美しさを引き立たせる。唇は小さめ、ほんのりと艶がある。鼻はすらっとしていて顎もシャープ。

 間違えるはずもない。ぼくの彼女、阿万音梨里(あまねりり)だ。

「……梨里……ちゃん……?」

 でも聞かずにはいられなかった。うん。そうだよ。の一言が欲しかった。目の前にいる人が、会えないはずの人だから余計にその一言が欲しかった。

 にこっと瞳を閉じ、顔を少し傾けて微笑む彼女。ああ、これであの一言を……。

一年(・・)で恋人の顔を忘れるんですか?」

 ピキッと血管が浮き出る。これってもしや……怒っていらっしゃる?

「い、や、その、こういう時ってこういうのが普通かと思って」

「へえ、そうなんですか? でもそれってこっちとしては少々ムカつく台詞ですね」

 ピキッピキッと一つまた一つ血管が浮き上がる。これは本当にやばい予感が。

「ごめん! 別に忘れたとかではなく、梨里ちゃんがここにいる、ということが信じられなくて、つい……その……ごめんなさい!」

 すぐに頭を下げる。何なら一撃を覚悟するつもりだ。目を思いっきり閉じ、痛みを待つ。が、それが一向に来ない。

「……もう、バカですね」

「へ?」

 思わず顔を上げてしまう。そこには少し顔を赤くした彼女がいた。よそよそしく、肩甲骨あたりまでしかないもみ上げと思われる髪を人差し指に巻きつけては解いて、巻きつけては解いてを繰り返しその様子を自分で見ながらこう続けた。

「私は私です。ここにいる私は確かに阿万音梨里です。ドッペルゲンガーもいないと思われる唯一無二の存在。そして……」

 キラキラと輝く瞳がこちらを向いた。その顔はあの告白の時を思い出させるほど、赤く可愛いものだった。

「佐々木真弘(ささきまさひろ)さんの、彼女です」

 その笑顔は確かに、いや、ほかの女性では見ることができない、好きな、好きになった人の笑顔だった。

 思わず頬が緩む。胸がドキドキと鼓動を打つ。嬉しい。涙が出そうだった。でもここで泣いたらきっと怒られる。だから泣かない。彼女の前では笑顔でいる。

「ところで」

 その一言で表情が変わった。怖くなったわけではない。少しシリアスになったというのが当てはまる表情だ。

「私がここにでてきたのには少々理由がありましてね」

 彼女はぼくの方に歩みながら言った。でも、ぼくに触れようとはしなかった。ぼくの前で彼女は止まった。そうしてぼくを見上げて言った。

「真弘さん。あなたにはご迷惑をおかけします。これから起こる事、そして今までに起こったことはすべて直結します」

 何を言っているのかわからなかった。普通ならそう思うだろう。突拍子もないこと、そんなことを一番信頼している人からでも言われれば混乱する。でも彼女は会話を終わらせる気はないようだ。できるだけ、早く、誰かに気付かれないように。そう言っている様に思えた。

「理とは理不尽なものです。収束点と呼ばれる大きな事件が起こるには理が働いています。その事件が起こるにはその前に何かが起きていなければならない。その事件の前にも。こうして事件は連鎖し、収束点となるよう、神が理を操作、というのは変ですね、調整しているのです」

「あ、あの、梨里ちゃん?」

「ですから、私の死に囚われないでください」

「……」

 何も言えなかった。言えるはずがない。わけのわからないことを言われ、挙句には私の死は無視してください? 何を言っている。

「何を言っている、って顔ですね」

「今回は誤魔化さない。そうだよ。梨里ちゃん、君はいったい何を言っている」

「ごめんなさい。でも、時間がないんです。でも、これだけは言いたいです」

 そう言うと彼女はぼくに抱きついて来た。久しぶりの感覚。

 そして何より温かい。

「私は本当に真弘さんのことが好きです。愛しています。でも……」

 ぼくの胸に埋めていた顔を上げて目を合わせるように彼女はした。

「私の死には囚われないでください。お願いです」

 その目は潤んでいた。あまり見せない彼女の表情。

「わがままだってわかってます。でも、お願いします」

「……梨里ちゃん」

 ぼくは彼女を抱きしめた。「あっ」と短い声の後、彼女から力が抜けるのを感じた。

「嫌だ、って言うと?」

「地獄の底から呪います」

「ですよね~」

「私は幸せです。最後に、こうして真弘さんに抱きしめてもらって。よかったです。してもらいたいことの一つが叶いました」

「他には何があるの?」

「そうですね。一度はしてみたかったんですけど、セック○とか」

「ぶぶっ!」

「すみませんね。あなたを童貞のままにしてしまって」

「り、梨里ちゃん!」

「ふふふ、冗談ですよ」

 悪魔だ。

「では時間もないので最後に二つだけ、お願いしてもいいですか? あ、真弘さんが早○だったら三つにしますが」

「いや、もうそのことはいいです」

「そうですか。残念です。本当の愛というものを知りたかったんですけど、いいです。

 では一つ目、キスをしてください」

「へ?」

「キスですよ」

 なんだか子供のような言い方だった。

「いや、そのそう言われるとしにくいと言いますか」

「チキンですね」

「……すみません」

「いいです。では目を閉じてください」

 ぼくは言われるがまま目を閉じた。

 すごくドキドキする。未だに密着してるから梨里ちゃんにこの鼓動が伝わっているんじゃないかと思うぐらいすごい。

 だんだんと懐かしい、甘い香りが強くなる。そして、

 唇にやわらかいものが触れる。

 しばらくの間、時が止まればいいのに。その思いが強くなる。抱きしめる力も少し強くなる。

 唇が離れ、目を開けると、耳まで真っ赤にした梨里ちゃんがいた。

「本当に、恥ずかしいものですね」

「う、うん、そうだね」

 顔が厚くなるのを覚える。ぼくも耳まで真っ赤にしているんだろうな。

「二つ目は?」

 名残惜しい時間だったが、時間がないといっていたので進行させようと次の行動を促す。

「真弘さんはそんなに私と別れたいのですか?」

 といわれる始末。

 そんなわけがないだろ。何ならこのまま一生ここにいて梨里ちゃんと過ごしたいさ。

「ふふ」

「どうしたの?」

「真弘さん、顔に出やすいことを忘れましたか?」

 くすくす笑いながら彼女は言った。はっと思い出し、顔を隠す。

 すると、一歩ぼくから彼女は離れた。ぼくも顔から手を離す。彼女の顔は悲しそうだった。あまり見ない顔だった。

「私も、できれば一生ここに居たいです。でも、私はこれから行くべきところがあります。そうですね。では最後のお願い、聞いてもらいましょう」

 めったに泣かない彼女の瞳に涙が浮かんでいた。目じりにはもう涙が溜まっている。

「梨里ちゃん」

「さよなら、と言って下さい」

「え?」

「私たち、まだお別れの言葉を言ってませんでしたよね。

 いや、正確には私がまだです。でも私だけが言うのもあれですから言ってください。

 これが最後のお願いです」

 泣きたかった。本当のお別れ。

 それが急に来るなんて。心のどこかでは本当はまだ生きてるんじゃないかって思っていた。でもこれで現実を突きつけられる。

 あれ? さっき、私だけが言うのも、って。

「もしかして、今日お墓で言ったこと」

「ええ。聞いてましたよ。楽しそうで何よりです。

 真弘さんなら今頃一人で自殺なんか考えていると思いましたからね」

「考えたけど、さすがに梨里ちゃんに怒られるかと思ってさ」

「怒る、では許しません。人間界に真弘さんを送り返します。悪魔界なんかに来させません」

「え? 地獄じゃなくて?」

「おっと、失礼。気にしないでください。

 でも突っ込むところそこですか? どうせなら天国とか言うのではありませんか?」

「はは、そこまでいいことしていない気がするからね」

「そうですね」

 ははは、と笑い合う。最後の会話。泣きたいけど泣かない。彼女の前では笑顔でいようと決めたから。あのときのような顔はさせたくないから。

「だったらさ、笑ってよ。梨里ちゃん」

「え?」

「笑ってくれるなら言うよ。ぼくの願いも聞いてくれるよね」

「わかりました。

 では……」

 そうして笑った彼女の顔は、悪魔でもなく、なにかを企んでいる様な顔でもなく、純粋にきれいで、美しくて、眩しかった。

「さようなら。真弘さん。よい人生を」

 泣くな。ここで泣いたら今まで堪えてきた努力が無駄になる。ダムってずっとこんな感じなのだろうな。

 ぼくは最後に彼女の手をとった。

「じゃあね。梨里ちゃん」

 そう言うと、だんだん視界が白くなっていく。彼女の手のぬくもりも薄くなっていく。

 嫌だ! 放したくない!

 別れを言ったのに。でも嫌なんだ。

 手を握る手に力が入るが、

「梨里ちゃん!」

 その手は空を掴むだけとなった。



 目が覚めた。

 昨日と同じようだった。カーテンからは日が差し込み、カーテンを開ければまったく同じとは言えないが同じような光景が見える。

 この光景も梨里ちゃんのあの笑顔には勝てないな。

 ふと、頬に生暖かいものを感じた。触れるとそれは湿っていた。指先を見れば透明な液体が付いていた。

「あれ? ぼく、泣いている?」

 天井を見る。確かにここは自分の部屋だ。

 あれは、夢だったのか? でも確かに……。

 唇に涙に手を当てていない左手を添える。わずかだが温もりが残っているような気がした。

「……梨里ちゃん……」

 その名を口にしただけで涙が溢れかえる。

 あの時とどめておいたツケが回ってきたのだろう。

「うあ、ぁぁ……」

 声には出さなかったが涙が止まることはなかった。


 落ち着き、制服に着替え、朝食を摂り、家を出て家に鍵を掛けて振り返ったときだった。ポストに何か入っているのに気が付いた。

 家は新聞を取っていないのでポストはあまり見る機会がなかったが、さすがにレターセットが入っていればわかる。

 何だろうと思って手紙をとるが、宛先がない。あるのはぼくの名前のみ。裏には……。

「梨里ちゃん!?」

『阿万音梨里』と手書きで書かれていた。しかも彼女の字で。

 あわてて封を切り、二つ折りになっている二枚の手紙を取り出す。手紙はややピンクがかっていて女の子らしい紙だった。まるで彼女が使いそうもない紙だ。これは想像だが、彼女ならルーズリーフなんかに書いてよこすだろう。とはいえ、手紙でやり取りなんてしたことがないからわからないが、彼女もこういう一面があるのかもしれない。

 取り出すと、そこに何か書かれていた。

『誰にも見つからない場所で読んで下さい』

 誰にも? 辺りを見渡すが誰もいなかった。

 だったらいいかな、と思い恐る恐る二つ折りの手紙を開く。

 確かに彼女の字だった。

『真弘さんへ

 昨日はどうも。あのときに伝えられなかったことをこのような形として伝えておきます。

 一つ。私は確かに死にました。ですので、つまらなくまだ生きているなんて思わないでください。

 二つ。昨日お伝えしたように、私の死には囚われずに生きてください。言ってしまえば、早く彼女を作って幸せに暮らしてください。

 でも、ほんの少しだけ、少しだけでいいですから、私のことを心の片隅にでも思っていただけたら嬉しいです。

 三つ。危険な真似はしないでください。お願いです。私の今の願いは真弘さんが幸せに生きて、幸せに死んでくることです。

 どうか、無茶な真似はしないでください。

 最後に、ありがとうございました。

 こんな性格の悪い私と付き合っていただいて。私はこの十五という短い人生でしたが、真弘さんと出会い、そして付き合えてとても幸せでした。

 私には悔いはないといえば嘘になります。私だって真弘さんと一緒に年をとってそしてお互いを見送って人生の最後としたかったですが、でももういいです。しっかりとお別れもいえましたし。

 本当にありがとうございました。


 追伸。彼女を作らなかったら地獄の底から呪いますからね。

 では、さようなら』

 ぼくは無言で手紙を折り、封筒へ入れる。その封筒をバックに突っ込む。

 泣かない。絶対に泣かない。

 わかったよ。それが梨里ちゃんの望みなら。さすがに彼女なら地獄の底からでもここまでのろいが届きそうな気がする。

 だから彼女の願いが叶うように頑張ろう。



 ぼくは小さいときの記憶がない。せいぜい小学三年より前の記憶がない。

 両親が言うには交通事故にあったから。そういうことらしい。そのわりに記憶がないということ以外はこれといって後遺症がない。外傷もない。

 不思議ではあったが自身の記憶が無い以上両親の言葉を信じるしかない。

 よく、周りから似ていない親子だね、と言われる。確かにぼくは両親のどちらとも似ていない。子供なら少しは似るものだが、性格だけは父と似ていた。感情が顔に出やすいと言うこと。戸籍もしっかりある。

 でもなんだろう。変な感じがする。

 この違和感はいったい何なのだろうか。



 目が開いた。あれ? もしかして寝ていた?

 黒板には白いチョークで自習と書かれていた。

 ああ、そうだ。やること終わったから寝ようとしていたな。時計を見ればそろそろ授業が終わる時間帯だった。

 両手を挙げて背伸びをする。

「お、起きたか」

 前の席のやつが振り返って声をかけてきた。言うまでもない。翼だ。

「お前さ、誰か決めたか?」

「何をだよ」

 他人の迷惑にならないように小声で会話をする。

「朝は遅刻ぎりぎりで来るし、一時間目の前の休みはどっかに行くで聞いていなかったからさ」

「だから何を」

 と言うと、翼は口の横に手を当てて顔を近づけてきた。ぼくはそれに耳を傾ける。

「彼女にしたいやつだよ」

 それを聞くとぼくはいすの背もたれに体重を預けるように座りなおした。

「ああ、悪い。なんだかんだ、リスト見ていないわ」

 昨日はすぐに寝たからな。まったく手を付けていなかった。

「はは~ん、そんなこと言って」

 気持ち悪い顔になる。翼がこういう顔をするときはろくなことを言わない。そしてまた顔を近づけ口に手を当てて言った。

「実は誰かをおかずにしてたんだろ」

「ば、バカか!」

 バン! と机を叩いて立ってしまった。自然とクラスの視線がぼくに集まる。

 ろくなこと言わないとわかっていたのに。

「あ、えっと、すみません」

 あはは、と誤魔化し後頭部を掻きながらみんなに謝るとちょうどいいタイミングでチャイムが鳴った。

 それと同時にクラス中が騒ぎ立つ。それを見てぼくはいすに座る。

「冗談に決まってんじゃん。もしや、その反応からして、本当に……?」

 座るなり声を掛ける翼。変な人を見る目で引きながら言った。

「うっさい。するわけねえだろ」

 そう言ってぼくは窓際の特権、校庭を見た。

 次が体育のところがあるのか、一時間目の授業が終わったばかりだと言うのに校庭に出ている生徒がちらほらいた。

「お、一年か」

 と翼。あれだけでわかるのか。うちの高校のジャージは青を基調としたシンプルなデザインだった。ラインは白で左胸のところに校章、そのすぐ下に名前が刺繍されている。ジャージで学年を区別する唯一の見分け方は名前の色だ。ぼくら二年は緑。三年は紫、一年は黄となっている。制服も同じである。男女共にブレザーで、男子は紺を基調としたブレザー。折り返しのところには赤と紺、白のチェック柄。中のワイシャツは白。ネクタイがその見分け方となっている。ジャージと同じ色でぼくらは緑だ。ズボンはクリーム色。女子も男子と同じようなブレザー、ワイシャツ、リボンが男子と同じ色となっている。スカートはブレザーの折り返しと同じ色をしている。

 男女共に左胸ポケットのところには校章が刺繍されている。

「何でわかるんだ? お前ってそんなに目がよかったか?」

 ぼくの記憶では翼の視力は1.0ぐらいだと思った。さすがにここからグラウンドまで直線でも十メートルはある。いくら対象色の名前があるからってぼくにはまったく見えない。顔ならせいぜい見えるかな。

「いや、そんなわけないだろ。顔だよ。今振り返ったのが二年八組の早苗加奈(さなえかな)。その後ろの二人並んでいるうちのこっちから見て左が同じ二年八組の麻生唯(あそうゆい)。右が二年七組の双海(ふたみ)麗華(れいか)。ページで言うと早苗加奈と麻生唯は三ページ目。双海麗華は二ページ目だ。隣は次体育か。いいな」

 とこっちを見ずにつらつらと語りだした翼。ある意味引くぞ、これは。

 そういえば言っていなかったが、ぼくらはまた同じで二年六組となった。しかも、席は担任がランダムで決めたらしく、ぼくはまた窓側の一番後ろ。そしてその前が翼という運命のような席となった。

「おまえ、まさか」

「ああ、全部覚えてるさ。何なら一ページ目から言ってやろうか? 一人目は阿澄唯歌(あすみゆいか)。一年一組出席番号一番。生年月日は」

「いや、いい。やめてくれ」

 ぼくは片手で頭を抑えながら空いている手でやめ、をあらわすように翼に突き出した。

「そうか? だったら、次の時間見とけよ。次も自習だ」

 今日はほとんどの先生が新入生の方に回っているため今日はほとんどが自習だ。プラス午前授業でもある。

 今日の自習でやる課題は一時間目に終わらせた。自慢ではないが頭は良い方だ。

「そうだな。そうしよう」

 ぼくがバックを漁りだすと二時間目開始のチャイムが鳴った。



 放課後。翼が一緒に帰ろうと言ってきたが今日は大切な用があると言って断った。手紙にも付き合っていることをばらしていいとは書いていなかったので続行という事だろう。今日は梨里ちゃんの母親が帰ってきている。待ち合わせまで少し余裕を持ちたいのでさっさと帰ることにした。

 通学路は大通りを通っている、でも本当は近道が存在する。

 この大通りは実は緩やかなカーブが続いており、距離にして二キロはカーブしっぱなしだ。ぼくの家をでて少しすればこの大通りにぶつかる。でも、ぼくが入ったところの大通りは直線になっていて、そこから一キロしないころに緩やかなカーブに入っている。

 ではなぜ近道があると言うのにこの大通りを通っているかというと、この道には梨里ちゃんが眠っている墓場に入る道もあるし、梨里ちゃんの家にはいる道もある。しかも店の数も多い。何かと便利なのだ。

 しかし、今日は少し余裕を持って行きたい。だから近道をしようと思った。ルートは学校からすぐに分かれ道がある。十字路だ。学校を後ろにして見ると、大通りのカーブは右方向に続く。だからここの十字路を右折。大通りとは裏腹の細い道に出る。車は二台通りことができるが広くはなく、歩道も狭い。暗いとは言えないが大通りに比べれば暗い。家があるからだろう。暗いとは言っても見晴らしと言う意味でだが。

 まあ、この道を真っ直ぐ進めばいずれ大通りにぶつかる。しかも家の近くの。ここを通れば大体十分は短縮できる。

 焦ることなく、一歩一歩確かに進んでいた。

 細道の大体真ん中辺りに差し掛かった。右手には空き地があり、左手には高い塀の家がある。

 何気なく、いつもどおり進んでいたときだった。

「……見つけました」

 と声がした。その声は若くもなく、老いているわけでもない。言葉では表し難いトーンだった。言葉ははっきりとしていて聞きやすい。口調は標準語のようだ。ゆっくりでもなく早くもなく、落ち着いた喋り方だった。おかげで言葉が耳に残ってしまう。もちろん声は男性のものだった。

 反射神経に任せて声のした後ろを振り向く。しかし、道路の上には人影がなかった。確かにぼくらの言語だった。まさか宇宙語が何らかの聞き違いでそう聞こえたのか? はは、あるわけないか。

 前を向いても人影はない。

 いや、人の気配すらない。確かに人通りの少ない場所ではあるが、この時間帯でも一人や二人は歩いている。ましてや、家の中からすら気配を感じない。

 一体何が起こっているんだ?

 冷や汗がこめかみから頬を通って顎に伝う。味わったことのない感覚に足が震え、身動きがとれない。

 一筋の汗が地面に着いたとき、

「ねえ、どうしたのですか? こちらです」

 と声がした。今回はわかった。その声は真後ろではなかった。少し上、左上からのものとわかった。

 そうしてそのほうを見ると確かに一人の男性がいた。

 その男性は高い塀に腰掛けていた。しかしありえない。ここの家は三階建て、かつ塀の高さは二メートルを少し越す高さだ。座っていて細かくはわからないが、男性はぼくと同じ位、一七〇センチ程度のはず。ウイングスパンの長くは見えない。つまりその塀に座っていること自体おかしいのだ。普通の塀ならデザインとして途中に穴を開け、模様のようなところがあるが、ここはそれが一切ない。つまりジャンプして登らねばならない。ぼくは試したことはないが多分登れない。後一〇センチあれば塀の上にジャンプして手が届くだろう。

 それだけで何かしら恐怖を覚えた。何も技術は待っていないが不意に構えてしまう。

「そんなに構えなくてもいいのですよ」

 よっと、と塀から飛び降りた。着地の際、一切音がしなかった。

「はじめまして、私はキーウィ=リザテリオと申します」

 真摯のように右手を下腹部にもっていき、腰を折るようにしてお辞儀をした。

「……」

「なぜ構えるのです。私は君に何も危害を与える気はありませんよ。私は答えを聞きに来たのです。佐々木真弘君」

「なぜ、ぼくの名前を知っている。それにその名前、外国人か?」

 知らないやつに名前を知られていて構えないほうがおかしい。と言っても逃げる体勢に入っているだけだが。

 ぼくの言葉を聞いた男性は一瞬拍子抜けな顔をした後、ふっと鼻で笑われた。表情はわからない。なぜなら仮面をしているからだ。それも目も口も三日月のような表情をした白い仮面。不気味さすら感じる。

「君は面白い人ですね。そうですね、私はこの国の者ではないのは確かです。

 君等の言葉で表すとすれば、神、と言ったところですかね」

「神? 面白くない冗談だな。何ならもっと面白い冗談を聞きたかったな」

「冗談? まさか。私は理を調整するもの。神ですよ。証明が必要というのであれば一つお見せしよう」

 そういって男性、リザテリオは指を鳴らした。

 パチン! と辺りに音が響き渡る。

「一分後、地震が発生します。しかし、警報は出ません。まあ、震度は三、マグニチュードは五。被害はゼロ。津波の心配もありません。

 なぜ警報が出ないかというと、今、その探知機は動いていないからです。それを作業員は知りません。ゆえに作業員は見直し、確認が徹底されるようになるでしょう。

 そして今日の七時のニュースで報道されます。これでまた一歩僅かだが技術の向上が見られます」

 淡々とリザテリオは言った。

「は? お前、何を言って――」

「時間です」

 言葉を遮るようにリザテリオは言った。その後すぐに地震が起こった。立っていられない程ではない。数秒後、地震は収まった。

「ね? 言ったとおりでしょう? 今日のニュースを楽しみにするといい」

 薄く笑いながらリザテリオは言った。

 確かに偶然なわけがない。彼が言った直後地震は起きた。これが偶然だとしたらあたる確率は何パーセントだ? 多分ゼロに近い。

「信じてくれましたか?」

「確かに、これだけやられれば信じざるおえないな」

「それはどうも」

 なんだか読みづらい。神だからだろうか。

「で、答えを聞くって言うのは?」

「ああ、そうでしたね。答えと言っても私はまだ何も問うてません。ちょっとお話をさせていただきますね」

 そうしてリザテリオは後ろで手を組んでちょこちょこ歩きながら語り始めた。

「私は神です。

 私は昔、人間ができるその前。人が猿の時の話です。

 いきなりの質問ですが、人は昔、なんだったと学校で習いましたか?」

「猿。ホモサピエンスだったかな」

「ええ。まあそうでしょうね。でもそれらは過程に過ぎません。

 そのサピエンスに進化する前、猿の話です。同種だった猿がある日突然、二つに分かれたのです。これは聞いたことがあると思います。

 では何で猿は二派に分かれたのでしょうか。

 効率のため? 生存競争? 違います。私が一匹の猿に知識を与えたのです。

 初め、猿は木の上で生活していました。そうでしょう。地上には天敵がいるのですから。木の上でも十分生活ができます。でもそれでは見ているほうとしてはつまらないです。何の変化もないことを見続けるのは。

 だから私は一匹だけの猿に知識を与えました。いうなれば好奇心というやつです。昔の猿は本能で動いていましたが、好奇心を与えることで今まで降りたことのない地上へ降り立ちました。

 そうして降りた猿は一匹のメス猿と交尾し、子を産み、その子達には好奇心がありました。

 そうして地に降り立った猿は自らの手で生きていく術を身に付けます。

 まあ、そうして君たちのような人間がいるのです」

 途中、リザテリオはぼくにいすを出してくれた。指を鳴らしただけでいす、丸いテーブルが現れた。

「で、何が言いたいんだ?」

「ふふ、気付きませんか?」

「まったく」

「そうですか、では続きを」

「あ、ちょっと待って。それ長くなる?」

「ええ、そうですね」

「一時から予定があるんだ。それまでには待ち合わせ場所に行きたいんだけど」

「……。わかりました。では巻きでいきましょう。

 ここからは近代の話です。真弘君は何で文明が開花していったかご存知ですか?」

「偉人たちが働きかけたから」

「間違いではないのですが、違いますね。

 私が文明を作ったのですよ。君が知っている偉人たちが偶然その場にいただけなのです」

「まて、リザテリオ、お前は何を言っている」

「リザ、でいいですよ。

 私は本当のことを言ったまでです」

「いや、おかしいだろ。

 その偉人たちが世界に訴えかけたから文明は進んだ、違うのか?」

「ええ、違いますね。君は収束点(しゅうそくてん)という言葉を知っていますか?」

「ああ、物事が大きく動くポイント的なものだろ?」

「ざっと言えばそうです。

 では理とは何でしょうか?」

「世界のルール的な?」

「違いますね。

 理とは、その収束点をゴールとしたルートみたいなものですね。

 たとえばとある収束点を迎える。その後、理、ルートはたくさんに分岐します。そして数年、数十年、数百年後の収束点に向けで再び、分岐し続け収束点に来ると一つになり収束します。

 神は収束点を第一に考えています。それに向かうように理を調整します。一つの収束点から放たれるルートは数十個に分岐し、それらを調整して収束点に持っていきます。

 これらのことを理というのです。

 しかし、理から反する存在を君は知っていますか?」

「なんだろうな」

「君は神の対の存在を知っていますか?」

「えっと、神に対なんてあるのか?

 ぼくは神が一位で天使と悪魔が二位だと思っていたが」

「それは人間が考えたこと。神と対になるもの、それは悪魔です。

 悪魔は理から外れたもの。理の支配を受けないもの。それが悪魔です」

「へえ、で、結局リザは何が言いたいんだ?」

 そろそろ時間がやばいんだが。早く終わらせるために結論を急がせる。

「そうですね。一言で言えば世界が変わります(・・・・・・・・)。

 悪魔によって(・・・・・・)」

「はあ? 何だよ。意味がわからない。突拍子もない事を言わないでくれ。

 そんなことがあるわけがないだろ?

 ふざけないでくれ、ぼくはもう行く」

 ぼくが立ち上がろうとした時、リザが口を開いた。

「梨里ちゃん、でしたか?」

 その言葉に体が固まる。

「な、何で」

「彼女を殺した犯人が知りたくありませんか?」

 神だからか? 知っているというのか?

「私に協力してくれるというなら、その犯人を捜すのをお手伝いしましょう」

「ほ、本当に?」

「ええ。私は神ですよ? でも、今は忙しいので収束点が終わってからですが」

「その収束点はいつだ?」

「詳しいことは言えませんが、近いうちに、と言っておきましょう」

 これは乗るべきなのか? いや、条件を聞いてからでも遅くないはず。

「協力というのは、何をすればいいんだ」

「簡単です。女の子を恋に落とすんです」

「……はい?」

「女の子を恋に落とすんです」

「ま、まて、何を言っている。というか、それは一人でいいのか? それとも数万とかか?」

「いえ、一〇人です。一〇人の女子を恋に落とせばいいんです」

「理由を聞きたい。何でそんなことをする必要がある」

「はあ、うまくいきませんね、さすがは……おっと、これは関係ありませんね。

 その収束点というのは世界が変わる。いうなれば今ある世界が終わり、新しい世界に変わる。このとき、人類はすべて消え、また新たな生命が生まれます」

「で、それをしようと企んでいるのが悪魔、ということか?」

「ええ、飲み込みが早くて助かります」

「ああ。早く帰りたいんだ。ところで何で女性なんだ? 悪魔なら男だっているだろ?」

「いいところに気が付いてくれますね。

 そこです。今、悪魔には男の悪魔しかいないそうで、そこで女の悪魔、リリスを復活させる目的で女性の中に入っているそうなんです」

「なんだかどこかのアニメで聞いた話みたいだな」

「そうです。私はこいつからから話を聞いたんです」

 パチンと指を鳴らすとリザ後ろの空間が歪んだ。そしてゆっくりと人型をしたものがでてくる。

 でてきたのは人となんら変わりないものだった。

「これは?」

「これが悪魔です」

「これが?」

 ぼくは目を疑った。悪魔といえば黒いコウモリの様な翼が生えていて禍々しい存在だと思っていたからだ。

「そうです。私はこいつからいろいろと話を聞きましてね。その計画を知ったのです。

 そこで私は思ったのです。この世界の危機を止めるには君の力が必要なんです!」

「ところで何でぼくなんだ? 強いやつならたくさんいるのに」

「……」

 珍しく黙り込んだ。何かを考えているようだった。

「そうですね、あなたには普通の人間とは違う力を持っているんです。

 まあ、詳しくはこいつから聞いてください。

 約束を破ったら、待つのは死のみですからね」

 とん、とリザがぼくを見ながら自分の首に指を指した。これは何か? と思い、ぼくも自分の首を触ると硬いものが当たった。プラスチックのようなものか……、

「って、何じゃこりゃ!」

「それはいわば首輪です」

「だろうね! 首についてるもんね! は、外れない」

 首に密着していて指が入らない。しかも一周触ったが外れそうな場所がない。

「それは契約が果たされたときに取れますよ。

 契約を破棄したらそれが動き、君の首を跳ねます」

「物騒だわ! ってかこれ、どっかのアニメ的な展開じゃないか!」

「ふふ、面白いですね。それでは契約の証に」

 パチン! とリザが指を鳴らすと座っていた一空間が歪み始めた。

「頑張ってくださいね」

 その一言が聞こえると、ぼくの意識は闇の中に落ちていった。


 目を覚ますとそこは待ち合わせの場所だった。

 梨里ちゃんの家の近くのカフェ。その外の席に座っていた。しかもぼくがリザと話していたときと同じいすにテーブル。

 まさか、空間ごと移動したのかな。

 スマホで時間を確認すれば待ち合わせの十分前。

 まるで夢のようだった。いや、夢であって欲しい。

 そういえば、周りを見るがあの空間から出てきた悪魔はいなかった。

 やっぱり夢か。

 ため息をもらし下を向いたときだった。首元に何かある。

 触ってみると、あの時と同じ感覚。

…………夢じゃなかった……。

 ぼくのこれからどうなるんだろうか。

 神と出会い、悪魔にもあった。

 そして死んだはずの人間とも出会った。もしや、これってフラグだったのか?

 彼女の死がぼくの世界を変えた。

 日常から非日常へと変わっていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ