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一年前に彼女が理不尽に殺された。
舞台はそれから一年後。
主人公真弘は彼女の死に囚われていた。
でも、突然主人公の日常が変わりだす。
彼女の死によって主人公の世界が変わっていく!
学園ラブコメ、そしてちょっと悲しいストーリー。
今、ここに始まる。
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普通の人間が死んでもニュースに取り上げられることはほとんどない。ましてやその事実を知っているのは世界で見れば極、極わずかしか知らない。
でも、その人だって今まで一生懸命に生きて、そして少しでも社会に貢献して死んでいく。
これは連鎖だ。
生まれて、死ぬ。
誰だって知っていることだ。
死にたい人間なんてまずいない。社会的、精神的に弱いものは除くが。
その死んだ人にだってそれぞれの物語があり、世界がある。
そんな人の死を知るものはほんの一握りだ。
でも、世界は誰も知らないところで動いている。
誰も知らないところで何かが動き出そうとしている。
◇
一年前、一人の少女が理不尽に殺された。
強盗の仕業と警察は言うのだった。
少女には父はおらず、母しかいなかったが、出張のため家を開けていた。ぼくは彼女の母親からスペアの鍵を貰っていた。ぼくが彼女の家に入ったとき、ぼくは彼女が死んでいるのを見つけた。
しかし、不思議な点があった。
それは死に方。
少女には傷一つもなかったのだ。出血もない。それに満足したような顔で彼女は眠っていた。明らかにおかしいと思うのだが、そんな言葉は聞き入れてはもらえなかった。
検察は現場が荒らされていて金品がなくなっていたということで強盗の仕業ということにしていた。
ではなぜぼくが、彼女が死んでいる事に気付いたかというと、それは彼女の体が冷たかったからだ。声をかけても起きず、揺すろうとして体に触れた後、悪戯をしようと頬を触ったとき、人が持つ体温がなくなっていた。
あまりにもきれいな死体。寿命ではない。何せ少女はまだ一五歳だ。目立った病気もなく健康に過ごしていた少女だった。
◇
スマホが震えた。今日もいつもどおり夕食をとっている最中だった。どうでもいいニュースを眺めながら食べ物を口に運作業の繰り返し。そのときだった。
「……誰だろう」
着信音からしてメールだった。スマホのロック画面からメールのアプリをスライドしてアプリを開く。
受信欄に「1」と表示されているので受信欄をタップする。するとメールの差出人が見えた。
「……あっ――」
少し手が止まる。なぜならその差出人の名前が『阿万音梨里』とあったからだ。
阿万音梨里。中学三年でぼくの彼女。付き合いだしたのはぼくが中学三年のときから。もう二年目になる。
件名には何もなかったので内容が把握できなかった。そのメールの欄をタップするとメールが画面いっぱいに広がり、内容を確認することができた。
『こんばんわ。ちゃんとご飯は食べていますか? その確認のためにメールをしてみました。生きてますか~?』
生きてますよ。
顔文字すらない文章。まあ、彼女が顔文字なんて使うような人じゃないことはわかっているが、本当に女子のメールの文なのだろうか。
『きっと真弘さんのことなのでカップめんでも食べていることかと思います。しかもきつねの方を。』
す、鋭い。確かにぼくはきつね派だ。ぼくだって一応は料理はできる。でも今日は面倒くさいな、と思いカップめんでいいや、と今そのきつねのカップめんをいただいているところだった。
ふと、部屋の中を見渡す。彼女の姿は見当たらないし、監視カメラ的なものもない。それもそのはず、彼女をぼくの家に連れてきたことがないからだ。何度か、真弘さんの家ってどこですか? と聞かれたが、あのへん、と言うだけだった。彼女はぼくの家に来るようなそぶりを見せなかったから詳しくは教えていないが、知ってそうで怖い。さっきもどこかで見ているんじゃないかって位のピンポイントだったのでつい確認してしまった。
メールの文章はまだあった。続けて目を通す。
『きちんと野菜も摂らなくてはだめですよ。』
はい。摂ります。確か野菜ジュースがあった気が。摂らないと何だが見透かされているようで後が怖い。
『ところで、話は変わりますが、明後日の予定は空いていますか?』
明後日? と思いカレンダーに目を通す。
確か……。とスマホで日にちを確認してカレンダーで曜日をあわせる。設定すれば上のバーをドラックするだけで日にち、曜日がわかるのだが、面倒くさいと言う理由でやってない。目の前にカレンダーもあることだし。
「……今日は木曜か」
と言うことはもう週末だ。
「予定がないかと言われてもな……」
友人とどこかに行く事もないだろうし、だったら……。
『ま、真弘さんのことですし、ないとは思いますが一応礼儀として聞いただけです。と言いますか、もう何度もデートをすっぽかされているんです。今回は必ず来てください。
出ないと……千代あとまで呪ってやります……(*^^*)』
……初めて彼女が使う顔文字を見たが、これって「ハッピー」の意味のやつだよね。間違った使い方……とも言えない。彼女ならこのようなことは本当に「ハッピー」なのかも知れない。怖いな。
言っておくけど、すっぽかしたのではなくちゃんとした理由があってできなかっただけだからな。
『きちんと着てくださいね。土曜には母も帰ってくるので家を空けることができるので遠くに行きましょう。
では、また、あの場所でお会いしましょう。』
メールはこれで終わりだ。
すべて彼女のペースだったな。メールだというのに、調子を狂わされてしまった。
これに返信するべきかぼくは少し考えた。
いつもならこのような形で終わらせない。いつもあえない分メールを続かせようとする形で送ってくるのだが。
でも今回はどうだ。自己完結している。不用意にメールを返さない方がいいのはわかっている。
どうすべきか、そう悩んでいるともう一度スマホが震えた。まあ、これもメールなわけで。ネットショッピングをするのでその店からのメールだろうか。でももう七時を過ぎているというのにそんなメールが来たことは以前としてなかった。
考えるより開いた方が早い。またロック画面からメールのアプリをドラックさせてアプリを開くと思いもしない人からだった。
その差出人は自己完結した彼女、『阿万音梨里』からだった。
今回は件名に『P.S.』とあった。
追記だろう。何の躊躇いもなくメールを開く。
『今回のデートが最後になるかもしれません。絶対に来てくださいね』
なんとも意味ありげな内容だった。
気になるのは最後という単語。どういう意味だ? 梨里ちゃんは病弱というわけでもなければ予知能力をかね揃えている訳もない。つまり、最悪考えられるのは、死ぬから最後のデート、というわけではない。
って、何考えているんだ! ぼくは! 梨里ちゃんに死んで欲しいわけがないだろ! ずっと一緒に居たいさ。
という事は、梨里ちゃんは受験勉強に励む、ということかな。
今は四月。いくらなんでも早い気が。でも、梨里ちゃんも梨里ちゃんなりに計画を立ててやっているんだ。応援しないとな。
しかし、ぼくはまたこのメールに返信しようとは思わなかった。直感でそう思ってしまった。
そろそろ八時を迎えようとしたとき、ぼくはテレビを消した。
「……はぁ、今日はもう寝るか」
なんだかんだで両親は帰ってこないようだ。
別に珍しいことではない。逆に家にいるほうが珍しい。久しぶりに帰ってくる、と連絡があって待っていたが取り越し苦労だった。
「明日が終われば梨里ちゃんとデートか……」
何回目か忘れたが、何度でも心が高鳴る。
明日、頑張ろう。そんな気にもなるのであった。
しかし、それは唐突だった。
約束の土曜日。
早く準備ができたので先にあの場所に行って待とうか、そう思ったが、なんだったら迎えに言ってやろうと思った。彼女の家には何度かお邪魔しているので場所はわかる。
少し駆け足で彼女の家を目指した。
彼女の家は普通の一軒家だ。母と梨里ちゃんが住むだけの場所があればいいとのことで小さめだが一階の一戸建てだ。
彼女の家の前に来てインターホンを鳴らす。ここからでもインターホンの音が聞こえてきた。それだけ家の中は静かだと言うことだ。いつもなら真っ先に梨里ちゃんの母親が駆けつけるが来ない。
「あ、そういえば海外に出張だっけ。忘れてた」
でもおかしい。八時を過ぎたばかりと言えど普通なら梨里ちゃんは起きている時間だ。でも休日はゆっくりなタイプだったか? それとも小学生のようにデートが楽しみで寝れず、明け方になってやっと寝付けた、見たいな。
少し頬が緩んだ。だったら起こしに行かないとな。
ぼくは念のためと思って持ってきた鍵を家のドアに差込み、左に回らなかったので右に回した。ガコン、と言う音がしてドアのロックが解除されたかと思った。
「……あれ?」
ドアが開かなかった。つまり、逆に鍵を閉めていたようだ。
なんだか嫌な予感がした。胸騒ぎがする。
あわてて開錠し、中に入る。くつは乱雑に脱ぎ捨て中に駆け込む。玄関から少し真っ直ぐ進むとリビングになっており、その隣に母親の部屋、その反対側に梨里ちゃんの部屋がある。リビングに入るとまず目に入るのがソファー、その奥にテレビがある。テレビはぼくがいる位置には正面を向けておらず、テーブルがあるところに正面を向けている。そしてぼくはそのテーブルに目をやる。
テーブルには三つの椅子があり、テレビに背を見せない位置にテーブルを囲むようにして置かれている。
ぼくはそこのなかの真ん中の椅子に彼女の姿を見つけた。
寝息を立てずに背もたれの上に両腕を乗せ、そこに顔を預けるようにして寝ていた。
ぼくはほっとした。周りを見れば鍵が開いているようには思えなかった。
きれいな、美しいともいえる寝顔で寝ている彼女を起こすため、彼女に歩みながら声をかけた、が、彼女が起きる気配はなかった。本当にさっき寝たかのように、深く眠っているかのようだった。
ふ、と頬を緩ませ彼女に歩み寄る。そして彼女の体を揺すろうとして体に触った。
「ほら、梨里ちゃん、起きなよ」
軽く揺さぶってもまったく起きない。こうなれば少しいたずらをしたくなるのは性と言えるだろう。そういえば彼女の頭を撫でたことは多いけど、頬をぷにぷにと触るのは初めてだ。よし、やってみよう。
そう思って彼女の頬に触ったときだった。
ズキン!
手が痛んだ。
――え?
頬に触れた瞬間、痛みを覚えてすぐに手を離してしまった。
恐る恐るもう一度接触を試みた。
ズキン!
やはり手が痛む。
「……う……嘘だろ……?」
冷たい。
人の体温じゃない。
彼女の手はいつも冷たかった。
でもその冷たさとは比べ物にはならない。
まるで、死んだかのように、冷たかった。
「……う……ぁぁ……」
喉から勝手に音が漏れる。感情が溢れ出す。
とめどない、感情が――
「うああああああぁぁぁぁぁあああああぁぁ!」
ここからは警察の仕事だ。事情徴収をされたが何を答えたかさっぱり覚えていない。
ぼくは彼女が死んだとは思えなかった。あんなきれいな死体があるはずがない。
彼女は死んでない。また、どこかでひょっこり出てくる。彼女ならしそうだ、いや、絶対そうだ。
ぼくはそう思い続けてきた。
他の人にばれないように。そう思うにはこう思い込むしかなかった。
でも、さすがに葬式は…………辛かった……。あれだけは答えた。
でも、彼女とのことはばれてはいけない。
彼女との約束。これだけは守ろうと思った。
しかし、これはほんのプロローグに過ぎない。本当に辛いことはここから、いや、彼女の死から始まった。