表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

朝比奈空穏の日々1


「げっ、あの鳥、昨日の警官と一緒にいた……」


昨日、保育園に来た警官の女に銃を突きつけられて、鷲に髪の毛を引っ張られた記憶が蘇る。


「はるき、こっち来い」

「え?」


手をひいて走りだす。

鷲は頭上を旋回すると国道の方へと飛んでいった。

居場所を知らせにいったのかもしれないな。

くそぉ。どうせ伊織が通報したんだ。あいつ通報マニアかよ。


「お兄ちゃん、つかれたよぉ」

「えぇ?今はマズイから走れ」

「……ふえぇ……うっ、ぐす、キィ、キィ……」


あまり速く走ってないつもりなんだけど、なんとか俺の足について来ているはるきには辛いようだ。

涙を浮かべ、目を擦りだしてしまった。


「おい、あんまり擦ると痛くなるぞ」


仕方なく立ち止まって、擦らない様に目元から手を離させる。


「えっえ、うぅ……」

「……はぁ。分かったよ。保育園戻るぞ」

「ほ、ほんと?」

「本当だよ。ほら、行こう」


子供相手だしな。泣かれたら、もうこれ以上無理強いはできない。

あいつの弟でも、な。


「おい」


手をひいて公園から出ようとした時だった。

鷲を腕に乗せ、自転車から降りた男の警官が俺を呼んだ。

傍には唸っている白い犬がいた。


「え?あ、今から保育園に戻りますよ」

「戻って取引でもするつもりか?」

「は?」

「その子と佳宮さんを交換しようだなんて言うつもりじゃないだろうな」

「……あぁ!」


その手があったか。さすが頭いいな。

感心している俺を見た警官はため息をつくと、呆れた様な口調で「確保」と言った。

その途端に鷲が俺に襲いかかってきて、また髪の毛を引っ張った。

こいつ、昨日と同じ部分を掴んでやがる。


「抜ける抜ける!禿げたらどうするんだ!」


痛みと抜け毛の不安からじたばたしているうちに、犬が覆いかぶさってきた。


「おわぁ!」


地面に仰向けに倒れる。あぁ、いい天気だなぁ。ってそれはどうでもいい。

警官は俺をちらりと横目で見た後、はるきの傍に屈んだ。


「大丈夫か?」

「うん!早くしなきゃクッキーなくなっちゃう!」

「え?ふ、ははっ、そうだな。一緒に保育園戻ろうか」

「わーい!ばいばいお兄ちゃん!」


さっきまで泣いていたのはなんだったのか。

二匹の動物に襲われる俺を置いて、警官ははるきを自転車の後ろに乗せてから「戻れ」と言った。

二匹はそれに反応してすぐに俺から離れた。

くっそ。やっぱあいつの弟だな。泣きマネで俺を騙しやがって。


「次は絶対梅花さんを……いってぇ……」


仰向けに倒れている俺に見向きもせずに、警官たちは保育園の方に行ってしまった。

とりあえず、髪の毛は抜けてないみたいで良かった。



***



おやつのクッキーを焼き始めてから、園児達の元へ戻る。

お昼ご飯を美味しそうに食べる園児達の中、晴希君の席だけに一切手をつけられていないお昼ご飯が乗っている。

まだ用意したばかりだけど、冷めない内に食べてほしい。

園児の頬をナプキンで拭く睦美が、私の隣に立って外を見た。


「晴希君、もうそろそろ帰ってくるかな」

「そうねぇ」


外を見ると、丁度自転車が入って来るのが見えた。


「あ!緑ちゃん、来たよ」


時計を見ると、通報してから八分が経っていた。

やっぱり優秀だわ。

ドアを開けて運動場に出ると、自転車から降りて晴希君を抱えて歩いてくる南さんが見えた。


「南さん」

「こんにちは伊織さん。無事に保護しました」


晴希君を下ろした南さんの後ろには、律と、その背中に乗っている波がいた。

自然町交番にいる動物は皆白いけど、未だにどうしてなのか分からない。

ま、それは今はいいや。

睦美が晴希君の手を握った。


「晴希君、ご飯用意してるから食べようね」

「うん!みどり先生クッキーはー?」

「今焼いてるから、楽しみにしててね」

「わーい!ごっはん!クッキー!」


無邪気に笑う晴希君。よかった、特に何もされてないみたい。


「ありがとうございました。すいません、最近は本当に酷くて」

「俺達も、ちょっとお仕置きするくらいしかしてないんです。そのせいもあるのかもしれないんですけどね」


そう言って頬を掻く南さん。

彼らの対処は、それでいいと思う。


「根はいい人だと思うんで、諦めてくれるまではお願いします」


皆分かってるんだ。成司さんのこと。


「はい、分かりました。それじゃあ俺もお昼食べてないんで、戻りますね」

「ありがとうございました。お疲れ様です」


敬礼してから自転車に跨った南さんは、二匹を連れて保育園から出て行った。

まぁ、明日も来るんだろうな、あいつは。



***



レストランほどの広さがない小さなカフェだから、せっかく来てくれているお客さんを外で待たせてしまっている。


「徳永さん、やっぱり外から買えるように窓カウンター作った方がよかったんじゃないですか?」

「今はそんなんええから、パンプキンパイ四番テーブルに持って行け!」


オーナーの徳永さんは素早い手つきで厨房で食器を洗っては拭いてを繰り返している。

がやがやと賑わう店内には、女性客ばかりいる。

このカフェ、「シロツメクサ」の事を聞いてこんなに沢山の人が来てくれたのは嬉しいけど、それにしたって忙しい。


「お待たせしました。パンプキンパイです」

「わぁ!美味しそう」


にこにことする女性の前にパイを置いてから軽くお辞儀をして、出来上がっている料理が並んでいるカウンターに戻る。

次々に入れ替わるお客さんに料理を運び、手が空いたらレジをしている若岸さんの手伝いをする。

その繰り返しを朝からやっているせいか、今日オープンしたばかりで働き始めたわりにはスムーズに作業ができていた。


「朝比奈、これ二番に持って行って」

「あ、はい」


上手に時間配分しながら様々な料理を作るシェフの網良さんに手渡されて、マロンパフェを持っていく。

それにしても女性客ばかりだな。

すれ違う度に話し声が聞こえる。


「やっぱ網良さんがかっこよくない?」

「アタシは若岸さんがいいなぁ」


自分ではかっこいいなんて思ったことないけど、他の人から見ると「イケメン」らしい。

徳永さんは爽やか系で、若岸さんは童顔。

網良さんにいたっては、女性客曰く、「あの鋭い目つきで罵られたい」らしい。

一番年下の俺からすれば、三人とも凄く仕事が速いし頼りがいがある。という印象しかない。


「いらっしゃいませー」


今日何度も聞いた若岸さんの声を聞いて出入り口のドアを見る。


「え……」


ドアから入ってきたお客さんに、俺は人生で初めて目を奪われた。

初めての男性のお客さんだ。いや、それは別に変なことじゃないから構わない。

俺が目を奪われたのは、入ってきた二人の男性のうちの一人。

黒髪に優しい目をしている、三十代くらいだろう。

とにかく、一目で好みだと思った。


「朝比奈君、ご案内して」


レジをする若岸さんに言われて、慌てて二人に近寄った。


「こちらへどうぞ」


注文カウンターに案内すると、茶髪の青年はメニュー表を見ながら目を輝かせた。


「店内でお召し上がりでしょうか?」

「いえ、テイクアウトで」


俺の言葉に答えたのは、黒髪の男性。

その声も耳に心地よく聞こえる。

茶髪の青年の注文を聞きながらメモしていく。それにしても結構注文するなぁ、この人。


「伊織さん、どれにします?」

「えっと……」


青年の隣でメニュー表を覗き込む男性。伊織さんって言うのか。

名前を頭に叩き込みつつ、会計を済ませてから伊織さん達は外に出て行った。

店内だと邪魔になるからと外で待つらしい。いい人だ。


「朝比奈!ぼさっとしとらんで運べ運べ運べ!」

「はい!」


「運べ」を強調する徳永さんに急かされて、また同じ作業を繰り返し始めた。



***



「あの店員さん、伊織さんのことずっと見てましたね」


沖君に言われて、そう言われればそうかもしれないと思う。


「たまたまそう見えただけじゃないかな」

「そうですかねぇ。俺には見惚れてるように見えましたよ?」

「え?そんなわけないって」


大体男なのに、俺に見惚れるなんてどうかしてるだろ。


「お待たせしました」


雑談しながら待つ事三分。

紙袋を持って店内から出て来たのは、さっきの店員さんだった。

注文した物を確認してから、間違いがないと分かって料理が入っている紙袋を受け取った。

お腹空いたーと言いながら店に戻って行く沖君に続いて歩き出す。


「あ、あの」


ふと、店員さんに声をかけられて立ち止まった。


「はい?」


振り返ると、店員さんの淡い茶色の髪が風に揺れていて、耳についている金色のピアスが見えた。


「また、来てください」


そう言った彼の顔は、何故か緊張しているかのように強張っていた。


「……?はい」


どうしてそんな顔をしているのか分からない。俺の思い違いかな。

とりあえず頷くと、店員さんはパァッと顔を明るくした。

幼いその表情が、なんだか可愛らしいと思った。


「何やっとんねん朝比奈!はよ料理運べ!」


ドアを半開きにして顔を出した別の店員さんが叫ぶ。


「あっ!すいません!」


それに急いで返事をした店員さんが、俺に頭を下げてから店内に戻って行った。


「何だったんだ……」

「伊織さん、絶対好かれましたね」

「え?それはないってば」


あの人、朝比奈さんって言うんだ。

明るい表情が、何故だか妙に印象に残った。


「早く戻らないと、青野がお腹空かせて待ってますよ」

「あ、うん」

「ごっはんーごっはんー!」


嬉しそうに駆け出す沖君に紙袋を取り上げられて、急いで後を追った。

今度は希夜と晴希を連れて、また買いに行ってみようかな。




To be continue…




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ