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伊織緑の日々2


「また貴方ですか、成司さん」


言いながら怜士先生が冷ややかな目で黒いスーツ姿の成司さんを見る。

いつも同じ服を着ている成司さんは、ぽかんとしている睦美にウインクをして室内に入ろうとしてきた。


「今日も可愛いで、」

「出て行ってください変態さん」

「はーい、って誰が変態ですかっ!」


笑顔で出て行くように言う睦美に、成司さんはノリツッコミのようなことをやるが、それに園児もしらけた視線を向けている。

本当に疲れるわ、このやり取り。

睦美の前に出て外を指差す。


「とりあえず外に出てください。園児の体に悪い菌がつく前に」

「……」


成司さんは毎日の恒例行事が行われる前にそそくさと外へ出た。

ちなみに毎日の恒例行事とは、ボクシング経験者である睦美の強烈な飛び蹴りだ。彼女は苛立つと無意識に飛び蹴りをしてしまう。高校の頃から変わらない彼女のクセだ。

以前まではそれで強制的に外に出されていた成司さんだったけど、学習したらしく、外に出る動作は日に日にスムーズになっていった。

それなら最初から入らなければいいのに。馬鹿だなこの人は。


「それで、今日はどんなご用事で?」

「麗しい梅花さんにお会いしたいので、」

「いません」

「いるでしょう!」


「うめちゃん」というあだ名で呼ばれている二十六歳の梅花は、年長組であるにわとり組の担当だ。

成司さんは私たちの先輩である彼女を目当てにいつも昼前にやってくる。

睦美の事も気に入ってるようだけど、飛び蹴りを味わう様になってからは自分のアピールをするだけでやめているようだ。


「早く帰って下さい。じゃないとまた警察を呼びますよ」


言いながら携帯電話を取り出す。この町の交番にいるお巡りさんは凄く優秀で助かる。

こういうストーカーまがいの、違うわね、ストーカーの変態をすぐに捕まえてくれる。

昨日は北条さんが来てくれた。彼女はこの町一番、容姿端麗で強い女性だ。

長い金髪もシャンプーのコマーシャルに出ていてもおかしくないくらい綺麗で羨ましい。


「今日は誰が来てくれるかな~?」


交番の番号を押すフリをしながら成司さんをちらりと見る。


「わ、分かりました。今日は帰ります」


成司さんは昨日の北条さんが怖かったのか、今日は足早に出て行った。

すぐ帰るなら来なきゃいいのに。いや、帰ってくれていいんだけど。


「ごめんね緑ちゃん。私があの人に前優しくしちゃったから」


梅花が外に出てくる。

数ヶ月前、迷子になっている成司さんが道を尋ねにここへ来た。

その時に、あまりにブサメンの彼に思わず暴言を吐いてしまった私の代わりに、彼女が優しく道を教えてあげたのだ。

そのせいで、こんな毎日が続いている。


「いいのよ。優しくするのが普通だし。ただ相手がちょっと変な人だったってだけよ」

「緑ちゃん!」


室内から出てきた睦美を振り返り見る。


「今度は何なの?」

「晴希君がいない!」

「……え?」


まさか……成司さんが?



***



まったく。あの女がいなければ俺と一緒に梅花さんは来てくれるのに。


「くそぅ。風邪ひかないかなあいつ」

「だれが?」

「伊織だよ」

「ハル、かぜひいたことないよ!」

「へぇ。……うえ!?」


ふと気づき、横っ飛びして素早く後ずさる。

隣にはいつの間にか、知らない園児がいた。


「お前、ついてきたのか?」

「うん。お兄ちゃんいつも来てるよね。みどり先生が好きなの?」

「いや、そうじゃなくて。俺が好きなのは梅花さんだよ」

「でもね、うめちゃんはお兄ちゃんのこときらいって言ってたよ」

「……お前、名前は?」

「いおりはるき!」


伊織。あの女の弟か?

でも似てないな。


「緑先生はお姉ちゃんか?」

「うーんと、エプロンつけてなかったら、おねえさんって呼んでって言ってた」


兄妹みたいだな。よし、こいつを使うか。


「えーっと、はるき君、だっけ?もうしばらく俺と一緒にいてくれないかな」

「いいよー」


無邪気に笑う子供。いい子そうだが、あいつの弟なら、あんな風に育つかもしれないな。

口が悪く、人を蔑んだ攻撃的な目で見る、あいつのように。

俺が何をしたって言うんだ。ちょっとストーカーみたいなことやってるだけじゃないか。


「おっと、それはいいとして」


俺は携帯電話を取り出し、伊織を脅すために保育園の番号を入力した。



***



「……通報するか」

「え?警察に?」


携帯を開き、番号を入力する。交番には北条さんを含む頼もしい三人のお巡りさんがいる。


「あの人たちなら、十分もかからずに晴希君を取り戻してくれるだろうし」


通話ボタンを押すと、2コール目で男性の声がした。


「こちら自然町交番です」

「青の空保育園の者です」

「あ、またあの人ですか?」


顔なじみとなってしまっているから、男性は苦笑気味にそう言った。

この声はあの交番のリーダーの南さんだ。


「はい。うちの園児が誘拐されてしまって」

「分かりました。顔はもう分かっていますので、今から向かいます」

「お願いします」


通話を終え、携帯をポケットにしまう。


「さて、部屋に戻ってお昼ご飯の準備しようか」

「そうだね」


あとは彼らに任せておけば大丈夫だ。もうちょっとの辛抱だからね、晴希君。



***



受話器を置いて、隣の訓練場にいる二人の元に向かう。

ぴったりと俺にくっついて歩くホワイトシェパードの律は、二人を見るとワンと吠えた。

それに反応して二人が俺を見る。


「響介さん、北条さん。また成司さんがやらかしました」

「また?もう、本当に懲りない人ね」

「昨日は北条が行ったから、今日は俺が行こうか?」


呆れた様に腕を組んだ北条さんを見た響介は、傍にいる彼の相棒の白馬、鳴の首を撫でた。

鳴は嬉しそうに響介に擦り寄っている。


「響介はお昼ご飯の買い出し担当でしょ?私はここで留守番してるから、音弥君が行ってくれる?波も連れていかせるわ」


北条さんの相棒、白い鷲の波は、静かに俺が差し出した腕に乗った。


「分かりました。行くぞ律」


律は一吠えし、俺と一緒に低いフェンスを乗り越えて道路に出た。

それと同時に波が空高く飛び上がった。成司さんの位置を確認しているようだ。


「律、とりあえず国道沿いに進むぞ」


自転車に跨り、国道沿いに走らせ始めた。

十分もかからずに見つけられるだろう。早く済ませて帰ろう。




To be continue…




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