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伊織冬夜の日々1


今日も玄関のドアが開く音と共に、間延びした眠たげな声が出発を知らせた。


「とぉやー。仕事行ってくるぅー」

「おー、いってらっしゃーい」


一ヶ月前である三月から働き始めた仕事場へと出かけて行った息子の希夜に、食器を洗いながら返事をした。

希夜の地毛の金髪は、いつものごとくぴょんぴょんと跳ねたままだった。


「ったく、ちゃんと髪ぐらい整えて行けよ。なぁ?」

「まったくだよー」

「また兄ちゃんのマネかよ」


大好きな兄の真似をよくする晴希の舌足らずな返事に思わず笑いが出る。

希夜とは違い、晴希の黒髪は俺が整えているから何とか毎朝まとまっている。


「あ、もう出る時間か。晴希行くぞ」


皿を乾燥させるためのバスケットに置き、手を軽く洗ってから捲り上げていた長袖を戻した。

リビングにいる晴希に目を向けると、園児服を着た晴希が何か持っていた。


「晴希?何だ、その携帯」

「パパ、これキィのケータイだよ」

「え、マジかよ。あいつ忘れて行ったのか」


晴希から希夜の携帯を受け取り、確認する。ぶら下がっている小さな鈴のストラップは俺が誕生日にプレゼントしたものだ。


「しゃーねぇ。お前送ったあとに届けに行くか」

「ハルも行く!」

「お前は保育園だろ」

「やーだ行くぅー!」

「わがまま言うんじゃない。保育園行けば緑先生いんだろうが」

「あ!そうだった!」


玄関から外へと飛び出していった晴希に、毎度のことながら単純な頭だと思いながら、あいつが置いて行った鞄と希夜の携帯を持ち、車の鍵のなるべく端を咥えて家を出た。

アパートの下にある駐車場で待っている晴希は、すでに俺の車の前で飛び回っていた。


「早く早く!」

「ふぁいふぁい」


晴希に鞄を渡し、鍵を口から離して車のドアを開ける。

希夜の携帯をダッシュボードに閉まってからエンジンをかけた。




車を走らせて10分。

目的地の青の空保育園にたどり着き、車を邪魔にならない場所に止めて晴希を降ろした。

数人の園児が遊んでいる運動場を横切り、年中組であるひよこ組の教室の引き戸を開けた。

中には他の保護者と話している緑ちゃんがいた。


「緑ちゃん」

「あ、冬夜さん。おはようございます」

「それじゃあ緑先生、よろしくお願いしますね」

「はい、お気をつけて」


すれ違いながら出て行く保護者に軽く会釈を返し、緑ちゃんに向き直る。彼女はひよこ組の晴希の先生でもあり、俺の姪でもある。

ようするに、俺の兄貴の娘は保母だということだ。


「今日も元気ね、晴希君」

「うん!今日は先生の手づくりクッキー食べれるからがんばって来たんだよ!」

「偉いねー。あれ、晴希君、何持ってるの?」


緑ちゃんは晴希を抱き上げると、晴希の手に握られている黒い物を見た。


「あっ、それ希夜の携帯じゃねぇか!」


素早く晴希から携帯を奪う。いつ取ったんだこいつ。


「ハルがキィに返しに行くー」

「クッキーとキィどっちがいいんだ」

「キィがいい!」

「クッキーがいい?そうだよなぁ。じゃあお父さんが返しておくからな」

「ちーがーうー!」


都合のいいように晴希の言葉を受け止めて緑ちゃんを見る。


「じゃあ後頼むね」

「分かりました、お気をつけて」


ギャアギャアと言い始めた晴希を苦笑する緑ちゃんに押し付け、足早に車へ戻った。


「ふぅ、よし、次はホテルか」


車を走らせて国道を進む。ふと目に入ったのは桜公園だった。保育園から少し進んだ場所にある、沢山の木々に囲まれた公園だ。

ここで三ヶ月前、希夜と晴希に出会ったんだ。




今日も何事も無く平和に一日が終わって行くんだと、そう思っていた。


「あ、伊織さん、おつかれです」

「青野君も早めに帰ったほうがいいよ、今日、雨が酷くなるらしいから」

「はい。伊織さんも気をつけて」


いつもは昼過ぎで終わっていた仕事が今日は忙しくて、勤めている古本屋から出たのは日が沈んでからだった。

いい加減バス通勤も大変になってきて、新車を購入したのはこの前。運転席に乗れるのは三日後だ。

雨はまだ小雨。この様子ならアパートに着くまで酷くなることはないだろう。

タイミングよく来たバスに乗り、いつものバス停を通り過ぎながら目的地である自宅へと向かう。

何となく外を眺めながら、窓ガラスに当たっては落ちる雫を見つめていた。

ふと通り過ぎる桜公園を見ると、野良犬が二匹、吠えているようだった。

いつもならそんな様子を見ても特に気にしないのに、何故だか気になってしまった。

こんな時間に人が公園にいるなんてないだろうし、何に向かって吠えているのだろう。


「すいません、降ります」


通り過ぎてしまう前にバスから降りた。

雨はまだ軽い。大丈夫だ。

明かりが灯った噴水を通り過ぎ、吠える声がする方へ行ってみた。

と、野良犬の前には幼い子供を背に庇い、少年が木の棒を持って犬へ向けていた。

襲われてるのか?

何でこんな時間に?とか思う前に、体が先に動いた。


「あっち行け!ほら!」


手を叩きながら犬へと走り寄ると、野良犬は驚いたのか、びくりと体を跳ねさせ、そのまま林の奥へと逃げて行った。


「はぁ、大丈夫か?」

「……」


少年は高校生くらいだろうか。髪と同じ色の金の瞳には光がない。まるで死んでいるようだ。


(って、何考えてんだ俺)

「だいじょーぶ」


少年の代わりに答えたのは黒髪の子供。こちらは幼稚園児ぐらいだろう。舌足らずな喋り方だ。


「何でこんな所に……、っ!?お前怪我してるじゃないか!」


少年の腕には、先程の犬に噛まれたのか、傷が出来ていた。血も流れている。


「手当てしないと。お母さんかお父さんは?」

「いねぇよそんなの」

「は?」

「行くぞ、はるき」

「へ?きぃ?」


少年は子供の手をひいて、棒を放り捨てると歩き出した。


「ちょ、ちょっと待てよ。そんな状態で、」


俺の忠告中に、少年は案の定ぐらりと揺れ、そのまま倒れた。


「きぃ!」

「あぁもう!君、名前は?」


少年を抱き上げ、おろおろとする子供に尋ねる。


「え?えっと、はるき」

「はるき。こいつ俺の家に連れて行くから、手伝ってくれ」

「わ、わかった!」


はるきに荷物を持たせ、少年を抱えて足早に家路についた。



To be continue…



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