神神の聲~紡ぐ物語~かみがみのこえ~つむぐものがたり~
神神の聲~紡ぐ物語~かみがみのこえ~つむぐものがたり~
[ 第一章 はじまり ]
声がする。
「ここにあるものは、皆、おまえの好きに読むがいい」
しわがれた大きな男の声だ。
「いろいろなジャンルに分かれてはいるが参考になるものもあるだろう」
「ン。わかった」
子供の声だ。男の子か?
「物語は、どこから来るの?」
「魂と呼ばれるものからじゃ」
「魂?」
「ちょうどよい。おまえも六歳になった。あれを見に行こう」
[ 第二章 魂の到着 ]
「ちょうどよい。おまえも六歳になった。あれを見に行こう」
そういうと、細い、骨ばってはいるが背の高い、美しい白髭を口から顎、胸にかけて長く垂らし蓄えた、背筋のシャンとした白い美しい御老人は、持っていた枯れ木で出来たうねったようなフォルムをした杖で、地面をトン、と、軽く叩いた。
すると次の瞬間、少年と白い御老人は高い高い崖の上にいて、少年の目は、パチクリとした。
崖の上から目をこらすと、はるかかなた遠くのその先の靄の中から、なにやら白っぽい、くるくると回りながら、ふわふわと風にあおられながら、なんとかこちらへ向かってやってくる、白っぽい丸いシャボンの泡の玉のようなものが、ひとつ。
「魂の到着だ。図書館へ導いてやろう」
そう白い御老人はつぶやいて、持っていた杖の先でその白い玉を指し示すと、導かれるようにぐんぐんとその玉は近付いて来て、今度は迷うことなくそのままくるうりと杖に素直に従っているかのように、肩に杖を担いだ御老人の、上を向いたその杖の先に、空に浮かんだままゆっくりと、御老人の歩くテンポにあわせてついてきた。
少年は不思議そうにその白い玉を下から見上げながら、白い御老人の後を、崖のゴロゴロとした石にけつまずいたりしながら、どこまでもついてその道を下った。足がもつれて少年の両手が宙をあおいだ時、老人の杖は少年の胸のあたりでしっかりとささえてくれ、上を見上げた少年の瞳には、優しい白ひげと奥深い目がほほえんでくれていた。 もっとも、杖の先の白い玉にしてみると、少年のおかげで動く杖の方向に振り回される結果となり、目が回るほどであったようだが。
[ 第三章 図書館
~少年はこの香りがとてつもなく好きであった~ ]
やがて、真っ白いどっしりとしたひんやり冷たそうな真白い壁で覆われた建物が、白い霧の中うっすらと姿をあらわした。歩みを進め、真白い冷たい真四角な建造物が霧の中から全ての姿をあらわした時、そのあまりの大きさに少年は言葉を失った。
立ちすくんでいると、白い御老人はかついだ杖の先に白い玉をくっつけたまま、ずんずん図書館の中へ入って行ってしまう。真白い壁に付いた大きな自動ドアが音をたてて開き、また次の自動ドアが開き、視界には、とんでもなく広い、清潔で整理整頓された空間が、まぶしいばかりにガランと広がった。
プーンと新しい、古い、本の紙の、匂い。
少年は、この香りが、とてつもなく好きであった。
司書のいる受付へ。すると司書は、その魂の色を一目見るやいなや、すばやくジャンル分けをし登録を済ませると、手で浮かばせた虹色の玉を、あざやかな手つきで天井まで続く巨大な本棚の上のほうのどこかへ、上手にすっと差し込んだ。
あまりにみごとな司書の手さばきに、少年は、しばらく声も出なかった。が、やがて、ゆっくりと、考えてから、声を絞り出した。
「魂は、どうやって、本になるの?」
[ 第四章 製本 ]
「 魂は、どうやって、本になるの?」
少年は、尋ねた。
司書は、ニコリとし、先程の魂の入った本の箱を、マジックのように手のひらを使ってまた手元に戻した。すると、一冊の本の外箱の中にしまい込まれていた魂は、ゆっくりと箱の中から顔を出した。
しっかりとした厚みの紙で出来た本を入れる外箱には、先程の手続きによって既に司書の美しい字で魂の名前らしきが著者名に。そして、作品名もが既に書き入れられており、みごとに出来上がっていた。この様子からすると、あの手続きの短い間に、既に司書と魂の間で、何やら会話がなされていたらしい。
薄虹色の魂がふわりと宙に浮き、何も書いていない輝くばかりに真っ白な本が空中にポンと現れた。そのいっさい何も書かれていない白本まで、薄紅色に輝く魂から細い黒い線がたなびくように延びはじめ、その黒いインクらしきを、真白い本が優しく受け止めた。
そっと音をたてないように息をころして近付いてみると、魂から延びた細いインクらしきは、その本の直前で羽ペンの形となり、スラスラと、まるで書きたいことが止まらぬとでもいうように、ものすごい速さで執筆中であった。それこそ1つの物音でもたてたら、羽ペンが止まって怒られるのではないだろうか?と、少年は緊張した。
やがて魂は、そのながい執筆を終えると、羽ペンさえもENDの文字へと変り果て、スッと消え去った。そうして整った細かい黒い美しい文字で満たされた本として見慣れた形に仕上がった。
すると、魂の名前である著作者名と本の題名が司書によって美しく書き記された分厚い紙の外箱と、開かれていた本がパタンと閉じて、ゆっくり、ゆっくり、まるで間違ってはさまぬよう細心の注意をはらっているかのように、大事に大事に宙で本と箱が合わさって、ポスンと見事に合体した。
司書は満足げにうなづきながら満面の笑みを浮かべた。紙で出来た外箱に大切にしまわれた立派な本は、司書の前の何一つ置いていないそれはそれは広いどっしりとした凹凸の一切無い真っ直ぐな長方形の木の机の上に、ゆうっくりと、コトンと着地した。それを司書の手のひらでそっと箱の表をなぞると、司書によって書かれてあるその字は、なぞるそばから司書の文字そっくりの美しい活字体へと、文字が焼けて消え入るように次々と変換されていった。
司書は、それは愛おしそうにその箱を手に取り、汚さぬよう細心の注意をはらって箱の外側を一周見て確認すると、中の本を開き、落丁がないか確認し、最後の最後のあとがきまで隅から隅まで確認を済ませると、読みたくてしかたがないが、今は少年と御老人にみつめらているので後でゆっくりと読むのを楽しみにしましょうと心に決めたかのように、急に我に返って、もういいでしょう?というように、出来上がった本を手のひらで上手に宙に浮かばせると、また天井まで続く巨大な本棚の上の上の方の先程の場所へ、大事にそっとしまう音がした・・・コトン。
本がしまわれてしまったその音で、はっと我に返った少年は、本の中身を見せて頂きたいとお願いするタイミングを見失ってしまったと、すこしだけ焦った。しかし少しして自分の冷静さを取り戻すと、今、読まなくて正解である気がして、自分で小さくうなづいて、それから、白い御老人の顔をゆっくりと見上げた。
そしたまた、一呼吸置いて、ゆっくりと聞いた。
「魂は、どうやって生まれるの?」
[ 第五章 魂の生まれる場所 ]
「魂は、どうやって生まれるの?」
少年は問いかけた。
「頭の良い子じゃの。興味が次々に湧いてくるのは、知りたい、学びたい証。自分に吸収出来ることがまた一つふえるのじゃ。知識の旅のはじまりじゃ。よいこと。よいこと」
「百聞は一見にしかずじゃ。どれどれ、さっそく行ってみようかの」
「こちらへ寄りなさい」
爺のそばへ寄り、大好きと両手でその骨ばった腰に両手をまわして抱きつくと、すぐに二人は大きなシャボンの泡に包まれた。そしてそのまま、ふわりと宙に浮くと、とたんに、ふっと消えた。
「ここが[生まれる聖地]」老人の声が包まれている泡の中で響いた。
大きな大きな虹色の湖の真上に、二人はシャボンの泡の中で立って浮かんでいた。
くらくらするほど高いうえに足の真下が全て見透かせるため、慌てた少年は、シャボンの玉の中で尻もちをついて、しゃがみこんだまま立てなくなってしまった。
「ははははは。だいじょうぶじゃよ。この泡は破れたりしない」
「それより、ほら、あそこ、みてごらん。今、生まれようとしておる」
ゆっくりと、ゆっくりと、虹色の真ん中あたりから、そおっと、そおっと、虹色の泡が、まあるく、まあるく、あらゆる色を帯びながら、ゆっくり、ゆっくり、まわりながら、ぷっくりと、やがて、少しずつ大きく、ゆらゆら、ゆらゆら、輝きながら、やがてそれは、まんまるうく、そっと、宙に浮かんだ。
しばらくそれは、そっと浮かんでいたが、ふっと、何かを思ったように、突然、それは消えた。
「どこへ行ったの?」
「われちゃったの?」
「そんなわけないさ」
「生まれに行ったのさ」
「生まれに行った?」
「さあてね。動物かもしれない。人間という。昆虫かも。爬虫類。なんでもありさ」
「ふーん」
「生まれるものが選ぶのさ。どこに生まれるのかも」
「ふーん」
[ 第六章 やがて迎える死 ]
「だが、生まれ出てからの人生は誰にも、わからない。自ら選び進む人生の先に、サスペンスのような死があるのか、牧歌的な家庭の中で家族に看取られて死ぬのか。一人悠悠自適の果てに死を迎えるのか」
「ふーん。・・・。でも、最後には、死が待っている」
「ははははははは。すごいなあ。悟ってるねえ」
「うん」
「そうしたら、図書館へ行くのさ。我我はそれを読み解くことが出来る。その魂の人生をね。物語を通して感じることが出来る。その人生を。想いを」
「恐いかい?死が」
「うん」
「しかし、また、生まれる」
「うん」
「だけど、死ぬんでしょ」
「うん。その繰り返しじゃな。それを輪廻という。少しむずかしいか?」
「うううん。 わかるよ」
「でも」
「でも、なんじゃ」
「でも、死は悲しいでしょ?」
「終わること、別れることは、悲しいと感じるからな」
「でも、そればかりではないぞ」
「ん?」
「さみしいばかりではない。生まれて来た命をまっとうした、たくさんの体験、経験の記憶が残るんじゃ。幸せな記憶。望まれた記憶。生まれなければ味わうことのできなかったものだ。その物語が残る。
のこされた人々の心の中にも、そう」
「そう?」
「そう」
「そうなのかな?」
「ん」
「いづれ、おまえも知るじゃろうて」
「そうなの?」
「そう」
「僕の人生も、あの本棚の中へ入る?」
[ 第七章 紡ぐ物語
~つむぐものがたり~ ]
「僕の人生も、あの本棚の中へ入る?」
「そうじゃな。ずっと先のことじゃがな」
「わかるの?」
「いや、そうじゃなきゃ困る」
「そう?」
「そうじゃ」
「誰かが読むの?」
「そうじゃな。誰かが。この先の誰かが、きっと」
「どう、思うかな?」
「そうじゃな。どう、思うじゃろうか」
「ちょっぴり、恥ずかしいな」
「なんでじゃ」
「だって、そこには、僕の、失敗も、わるだくみも、いたずらも、みんな書かれているのでしょう?」
「そうじゃな」
「しかし、みな、そうじゃ。失敗の無い人生なんてものは無い。どんなに、完璧に見える人生でも、その中には、いろんな葛藤があって、良いことも、悪いことも、よぎるものじゃて」
「そうなの?」
「そうじゃ。完璧な人間なんて、いない。完璧な人生なんて、無い。だから、おもしろいのじゃ。だから読みたいのであろう?」
「そうだね。 みんな同じじゃあつまらないもんね」
「そうじゃ。そのとおりっ」
老人は、持っていた杖を、ドンッと、地面に打ち付けて、笑いながら大いに賛同した。
「少し、こわいの、なくなった、かも」
「そうか?」
「うん」
「それは、良かった」
「ん。 ありがとう」
「うん?」
「お爺さんと話せて良かった」
「そうか」
「うん」
少年は、一呼吸置いて、そして言った。
「じゃ、僕、行くよ」
[ 第八章 旅立ち
~生まれるということ~ ]
少年は、一呼吸置いて、そして言った。
「じゃ、僕、行くよ」
「行くのか?」
「うん」
「そうか」
少し、寂しそうに、老人は言った。
「楽しい旅を」
「うん。ありがとね」
「僕、生まれてみるよ」
「うん」
「僕のお母さんになる人が、僕を呼んでいるのが、わかるよ」
「そうか」
「楽しい旅を」
「楽しい旅にするよ。僕は、望まれて生まれていくんだ。望まれているんだよ」
「そうか」
「楽しい人生を」
「ありがと。 恐いけど、やってみるよ」
「じゃ」
「じゃあな」
「うん」
「それじゃあね」
「うん」
[ 第九章 果てしなく続く
~美しい世界での話~]
最後の言葉を聞くか聞かないかのうちに、少年の魂の入ったシャボンの泡の玉は旅立った。生まれるために。生まれ出るために。
「楽しい物語を期待しておるぞ」
ふふっと笑って、老人は、その真白な髭を愛おしそうにさわりながら、真っ白な、まばゆい光の中に、ふっと消えた。まるで何もなかったかのように。広大な草原がひろがっていた。穏やかな風が草原をそっと吹き抜けていった。
美しい世界は、たしかに存在していた。 虹色のオーロラ、虹色に輝く湖、果てしなく続く広大な草原。
美しい、美しい世界での話。