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漫才コンビ襲来

教室に入ると、昨日までの雰囲気が一変していた。


昨日までは確かに好意的ではなかったものの、どこか遊び感覚だったりにやついている輩がいたけれど、今日はどこか張り詰めたようなそんな空気だ。

詩織もそれを感じたようで、無意識に私の方へ身を寄せている。

私は彼女の手をとると、こちらを見上げてきた詩織に向かってにっと笑って見せた。

すると一瞬目を見開いた詩織が、応えるようににっこりと笑みを浮かべる。

流石の彼女も異様な空気に内心怯えているのか、握ったその手から力が抜けることはなかったけれど。

そのままさり気無く詩織とクラスメイトの間に立つように歩き、自分たちの席に着いた。

今の状況で席が彼女の隣であることはとてもありがたい。


「あら、今日はこっちも綺麗だわ。」

「…ホントだ。」


これもいつもと違うことの一つだった。

毎回毎回、ご苦労様と言いたくなるほどにゴミだらけになっていた靴箱と机の中が、今日は昨日学校を出たままの状態なのだ。

汚れていないのは勿論、昨日放置して帰ったはずの辞書類すら無傷である。


こういうことになってから、学校にはなるべく私物を置かないようにしていたのだが、昨日はさっさと帰りたかったので机の中に辞書を置きっぱなしにしていたのだ。

教科書やノートならともかく、辞書ならば替えがきくと思ったので、今まで使っていた辞書には悪いが生存を諦めて、今日は新しいものまで用意してきたのである。


「とうとう飽きちゃったのかしらね。」

「そうだね…。」


詩織のどこかほっとしたような声に曖昧に返事をして、私はこちらに向けられた視線を牽制するように睨み付けた。





それから一週間、気持ち悪いくらい何事も無く過ぎた。

週が明けても何も変わらず、何事も起こらず、ただクラスメイトたちは私たち二人をまるで存在しないかのように扱う。


二人でいる分、その程度の嫌がらせは詩織も堪えることはなかったようで、二・三日過ぎた頃に大丈夫かと聞いてみたが、蓮がいるから特に気にならないという嬉しい答えが返ってきた。

確かに、以前の嫌がらせに比べれば、実害も無いし余計な手間も無いので楽といえば楽なのだが。

未だ気持ちの悪さが拭えない私は、兎に角、詩織を一人で行動させないように始終一緒にいることを心がけていた。

詩織も私を一人にしたくないらしく、それについては嬉しそうに同意してくれている。





「でもね、蓮。」

「…あに?」

「こら、口に入れたまま喋らない!」


行儀悪く弁当片手にもごもごと口を動かしながら彼女に応えると、まるで母親のような言葉が返ってきた。

いやいや、だって声かけたじゃん。

しかし反論はせずに、しっかり食べ物を飲み込んで再度口を開く。


「何でしょうか、詩織さん。」


一連の私の動作に詩織が苦笑を浮かべた。

何だその幼子を見守る目は。


「あのね、もう随分落ち着いたと思うのよ。」

「はあ。」

「もう、ちゃんと聞いて!」

「聞いてるって。」

「でね、学校で一緒に行動することは私も大賛成なのよ?でもね…。」

「帰りの話?」


詩織の言いたいことは、大体見当がついている。

ていうか、最初っからこのことだけは詩織が不満を持っていることを知っていたし、この一週間とちょっと詩織は事ある度に話に出していた。


「そうよ。いくら方向が一緒だからって、家まで送ってもらうのは申し訳ないわ。」


そう、詩織が私の家に泊まってから今日まで、私は難色を示す詩織を押し切り何か理由をつけては彼女を家まで送っていた。

勿論朝も待ち伏せ状態である。

最初は適当に理由をつけていたし、心配する私の心情を気遣ってくれていたのだろう、詩織も強くは言わなかったが、日が経つにつれ心境が変わってきたようである。

といっても、迷惑というよりも申し訳ないという気持ちらしいのだが。

うざいと言われても仕方が無いと思っていた私としてはありがたい話だ。


「だから、好きでやってんだから気にしなくていいって。」

「それこそ無理なお話よ、気になるに決まってるじゃない!」


それに、と詩織が続ける。


「百歩譲って朝はともかく、夕方は私を送っていたら暗くなってしまうわ。お家の人が心配するじゃない!」

「いやいやいやいや、待って詩織それ誤認、あれ?誤解?。」

「もう!蓮ったら冗談じゃないのよ!」

「いや!こっちだって冗談じゃないって!」


そう、冗談ではないのだ。

この学校で唯一の友人である詩織に、うざいと思われることを覚悟してまでストーカーじみたことをしたのには理由がある。

彼女をしっかり守るため。

もう二度は無いと誓った己の言葉を守るためだ。

それは自身に誓った言葉だし、詩織は知らないだろうが己の師である父母と兄に誓った言葉でもあるのだ。

それを破れば己の恥どころではない。

父母というより、兄に何を言われるかわかったもんじゃないのだ。

ていうか、今度こそ無人島にでも放り込まれるかもしれない。

勿論、兄が恐いからやっているわけではなく、純粋に詩織を守りたいという気持ちからの行動なのだが。


「でも、家族がって言うんなら、それはマジで大丈夫だから!!」


寧ろ、私の家族云々の話を出すんだったら、是非ともこれまで通り送迎させてくれ!!

弁当を放り出し、とうとう土下座の体勢に入った私のあまりの勢いに呑まれたのか、詩織は目をぱちぱちと瞬かせたまま、流されるように小さく頷いた。




何だか微妙な空気のまま、途中だった弁当を抱えてちびちびと食べていると、突然隣からくすくすと笑う声が聞こえた。

ちらりと見れば、堪えきれなかったとばかりに噴出す詩織の姿。


「えーと、詩織…さん?」


躊躇い気味に声をかければ、彼女は一層大きく笑い出す。

おーい、そんな涙浮かべて笑うほど、おかしいことありました?


「だって、蓮ったら…あぁおかしい!」

「えー…何か私変なことしたぁ?」


確かに、いきなり土下座は無かったけれども。

笑うとこか?


「笑うとこよ。」

「いやいや、頭の中読むの止めようよ、詩織さん。」

「あら、蓮ったら…声に出てたわ。」


マジですか!?

またもや私の反応がツボだったのか、詩織の笑いは止まらない。

漸く収まる頃、彼女の目尻には零れるんじゃないかというほど涙が溜まっていた。

はぁー、と大きく息を吐くような声と共に、詩織が溜まった涙を拭う。


「で、何がそんなにツボったの?」

「だって、蓮ってばまるで私の恋人みたいなんだもの。」

「えー…。」


そうかなー。

どうやら先程のやり取りと勢いがかなり面白かったのか、余韻のようにくすくすと笑う詩織を納得いかないと言わんばかりの目で見つめた。


「とっても男らしかったわ!」


そう言って目を輝かせる詩織に、私はがっくりと肩を落とした。







「お、ターゲットはっけーん。」


そんな私たちの愉快な昼休みを邪魔するように、見知らぬ声がかかった。

複数の足音にぴりっと緊張が走り、反射的に厳しい目をそちらに向ける。

貯水槽の影から出てきたのは、明らかに柄の悪そうな二人組みの男だった。

私は静かに弁当を脇に置き、詩織を庇うように立ち上がる。


「あれぇ、ナニナニ、そんな恐ぁい顔して。」

「警戒せんでえぇやん、俺らちびっと二人に用があるだけやって。」


そう言いながら近づく彼らは、制服を着ているものの明らかにこの学校の生徒とは毛色が違った。

染めすぎて傷んだ金髪をかき上げ、初めに声をかけた軽そうな男がにんまりと笑う。

隣の関西弁も、黒髪から覗く耳にはじゃらじゃらと重そうなチェーンピアスが三重に連なっていた。指にはこれまた品の無い薄汚れたシルバーのアクセが鈍い光を放っている。


「誰だよ、あんたら。ここの生徒じゃないだろ。」


はっきりとそう言い放てば、金髪の方が僅かに目を見開き、黒髪はおもしろそうに目を細めた。


「あれま、断定?聡い嬢ちゃんやなぁ。」

「ばっか、お前。認めてんじゃねぇよ。」


それこそ認めているような台詞だったが、どちらも大して慌てていないようだ。

だらだらと喋りながらも確実に近づいてくる男二人に、背後の詩織が小さく息を呑む。

彼女は既に抱えていた手荷物を寄せて、いつでも動けるように立ち上がっていた。


「…蓮。」

「大丈夫。」


不安げな声が小さくかかり、私の隣に出ようとした詩織を片手で押しとどめながら少しだけ振り向いて笑顔を見せる。

それを見た金髪が茶化すように口笛を吹いてにやりと笑った。


「だいじょうぶーだって。余裕じゃん。」


その声に無表情で返せば、今度は黒髪の方が笑った。


「ホンマ、聞いてたとおり威勢のいい嬢ちゃん方やぁ!」


“聞いていたとおり”

その言葉に背後の詩織がピクリと肩を揺らす。

きっと同じことを考えているのだろう、男の言葉は彼らの裏で支持する何者かの存在を匂わせていた。


まぁ、大体見当はついているのだけれども。

にしても、ホント芸が無いねお嬢様。


とうとう至近距離まで近づいた男二人に、詩織が焦りを伝えるように私の服をぎゅっと掴んだ。

男二人は身長が高く、180を優に超えているだろう彼らが目前に立てば、私たちは彼らを見上げる形になった。

このスペースは人を避けるにはもってこいの場所だが、その分入り口の方からこられると貯水槽が壁になって逃げる分には袋のネズミとなり、最悪の環境だ。


それでも、私が焦ることはなかった。

この二人は確かに長身で、見る限りそこそこ筋力もあるようだが、動きを見ればその辺のチンピラレベルである。

それでも、万が一を考えて、警戒を怠ることはしない。


「何の用?」


感情の篭らない声でそう告げる。

背後で焦りと怯えの表情を見せる詩織とは対照的に、眉一つ動かさない私を見た二人が、一瞬訝しげに眉を顰めた。

それでもすぐに先程の嫌な笑いを浮かべて黒髪ピアスが口を開く。


「やー、実は俺ら、嬢ちゃん等ぁと遊んでやってくれて、ある人に頼まれてん。」

「ある人、ね。」

「やや、そこんとこは突っ込まんといてなー?」

「いいよ、大体見当ついてる。」


盛大に溜め息を吐けば、黒髪ピアスがくっくと声を上げて笑った。


「くくっ、ホンマに肝の据わった嬢ちゃんや。気に入ったで!」

「じゃあ、私らに構わずさっさと出てけ。」

「あー…お願い聞いてやりたいのはやまやまなんやけどなぁ。」

「引くわけねぇじゃん。お前も悩むなっつの!」


すかさず声と共に黒髪ピアスの背を叩いたのは、若干イラついた顔の金髪だった。


「大体、こんな地味メガネのどこがいいんだよ?」


溜め息をつきながら吐き捨てた金髪に、背後の詩織がムッと眉を顰める。

いやいや、そう言われても仕方の無い格好してますから。

そこは否定しないよ。


「阿呆、こういうに限ってメガネ取ったら美少女なんやで!!」

「夢の見すぎだ、ばーか!」


ばしっと音を立てて金髪が黒髪ピアスの頭をはたく。

何だか漫才を見てる気分になってきたぞ。


「やるわね、黒ピアス。」


ぼそりと背後から声が聞こえたが、気付かないふりをした。

彼らの軽いノリに少しだけ肩の力が抜けたのか、詩織は冷静さを取り戻したようで、彼らが言い合いをしている間に最小限の動きでできるだけ静かに背後に寄せていただけの荷物を片付け始める。

こういうところが、育ちの違いを感じるところだ。

私だったらぐっちゃぐちゃになってても、問題が片付くまで放置、もしくはさっさと捨ててしまうだろう。

まぁ、物は大事にするに越したことはないので、なるべくなら最終的にきちんと回収するのがベストなのだが。


とうとう日常のあれこれといった不満の言い合いを始めてしまった馬鹿二人に、呆れながらも警戒していると、背後の詩織がくいくいと私の服を引いた。

ちらりと背後を見れば、どうやら私の手荷物まで纏めてくれたらしい。

詩織の両手には彼女の手荷物と、私の弁当その他諸々が入った手提げ袋が抱えられていた。

目で謝意を伝えればにっこりと笑顔が返される。

そのまま彼女の瞳は、促すように男二人の脇、屋上の入り口へと抜けられる貯水槽の隙間を見つめていた。


いやいやいや、詩織さん、それこそ漫画じゃないんだから、流石にそれは…。

そう思いながらも、白熱している馬鹿二人を見て考え直す。

失敗したら失敗したで詩織を守りながら立ち回る自信はあったし、何より無駄に暴れてこれ以上面倒ごとを増やすのも憚られた。


私は再び詩織に視線を戻し、にっこりと笑って頷いた。


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