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まさかの王道展開

彼らの観察力は自分の予想よりも少しばかり上回っていたらしい。

油断していた自身に盛大な舌打ちをしながら、すぐ隣で呆然と自分の靴箱を眺める詩織を見つめた。


「…初めて見たわ。」

「……。」


どう考えても、ショックというより物珍しげな目で靴箱の中の腐界を見ている詩織に、それまで強張っていた肩が一気に脱力した。

どうやら私も、友人の神経の太さを見誤っていたらしい。


「ごめんなさい、松本さん。」

「あら、蓮がやったの?」

「……チガイマス。」


私の猫被りに付き合うことを止めた詩織がにっこりと笑う。

誰が通るとも判らない靴箱で、少し意地悪そうな笑みを浮かべた彼女は、くるりと振り返って私の名前を迷わず呼んだ。


「だったら、蓮が謝る必要は無いわ。」

「…でもさ。」

「あ、私ちょっとスリッパ借りてくるわね。」

「……詩織サン、私、予備持ってマス。」

「あら、ホント?貸してくれるのかしら?」

「ヨロコンデ。」


どうにも決まりが悪い私の受け答えに、詩織がくすくすと笑う。

だって仕方ないじゃないか、これから詩織まで嫌がらせを受けることを思うと本当にいたたまれないんだ。


そんなことをぶつくさ言いながら、鞄の中に仕舞っておいた携帯用のスリッパその2を取り出すと、目を逸らしたままぐいと詩織に差し出した。

あ、また笑ったな。


「私、知ってるわ。」


何さ、いきなり。


「世間ではそれを、ツンデレって言うんですって!」


にっこりと笑ってそんなことを言った詩織は、呆然と手を差し出したまま固まる私からスリッパを受け取ると、腐界の扉を閉じて軽やかに踵を返した。







「イジメって大変なのね。」


自分の席に着いた詩織の第一声はそれだった。

嫌がらせが始まった当初から続く机の中の惨状は、一日たりとも変わらず毎朝繰り広げられる通例行事だ。

今朝は私の机の中だけでなく、詩織の机まで飛び火していたのだが。

自身の机の惨状を見た詩織は、またもや悲しむどころか感嘆の息すら漏らしながらそんなことを呟いた。


「私、詩織はもっと繊細かと思ってたよ。」

「あら、私はとっても繊細なのよ?」

「繊細なお嬢様は、こういう状況でそんな事言わない…。」

「だって、本当にそう思ったのだもの。」


不思議そうに首を傾げる詩織に、私は溜め息を吐くばかりだ。

本当に、彼女には色々と驚かされる。

靴箱から教室に向かう間、詩織は私にもう態度は変えないことを宣言した。

私を名前で呼んだ時点でそんな気はしていたが、私は賛成できなかった。

できればこれまで通り距離を保ってほしいと言った私に、詩織はにっこり笑って、


「お断り。」


と答えた。

曰く、友達と普通に会話して何が悪いのか、と。


エスカレーター式で高等部へと上がってきた詩織は、それまで、ちょっと前の私のように、なるべく目立たず大人しく行動していたらしい。

それは、この学校の風潮から逃れるためであり、私と同様に面倒事を避けるためでもあった。

彼女の場合この学校での行動が、そのまま親の会社の今後に響くかもしれないのだ。

そのことを私も理解していたし、だからこそ、詩織には距離をとってほしかったのに。

それでも、詩織は言った。


「私一人のことなら我慢するわ。でも、父の会社のために友達を犠牲にするなんてやっぱり我慢できない。」


はっきりと述べた彼女は、しっかりと私を見て続ける。


「私を育ててくれている両親には本当に申し訳ないけれど、でも必ず解ってくれるもの。何かあったら、その時みんなで考えるわ。」


やべぇ、惚れるわ。


その時ふと、彼女の笑顔と先日見た一面のスミレが重なって見えた。

小さく可憐な花が持つ強さと誠実さは目の前の彼女にぴったりだと思い、私も無意識のうちに笑みを返していた。






一時間目までそう時間がなかったので、二人がかりで詩織の机を片付けた。

私の机は一回目以来片付け易いように色々工夫しているので数分で片付く。

その様子を見た詩織が、何故か目を輝かせていた。


「私も明日からそうするわ!」

「結構、面倒なんだけどね。」


溜め息を吐きながら言えば、詩織がくすくすと笑う。

変わらない彼女の笑顔にほっとした。







「蓮は髪を切る気は無いの?」

「何だよ、いきなり。」


お昼休み。

変わらず屋上の隅でお弁当を広げながら、詩織がぽつりと呟いた。


「だって、猫を被るの止めたんでしょう?」


そう、詩織が私との繋がりを隠すことを止めてから、私は口調を使い分けることを止めた。

どうせもう面倒なことになっているのだし、猫を被ったところで今更、である。

しかし、口調は幾分乱暴なものに戻ったものの、格好は以前と変わらない、まぁ所謂野暮ったいままだ。

お陰でクラスメイトにはガサツな下民と見下されている。

っていうか、下民って…いつの時代だよここは。


「格好だって、わざわざ作らなければいいのに。」

「いや、だって…何か今更さぁ…。」


そういえば、詩織には一度せがまれてメガネを外して見せたことがあった。その時に思いっきり前髪も退けられたから、詩織は校内でただ一人私の素顔を知る生徒だ。

というか、今まで野暮ったい格好だった人間が、いきなり小奇麗に身なりを整えるのも、何だか気恥ずかしい話で…。

そう素直に零せば、詩織はまたもやくすくすと笑い始めた。


「わっ笑うなよ!」

「くっ…ふふっ…だって…蓮ったら…!」

「うぅ…別にいいじゃんよぅ。」

「ふふ、おかしな人ね、それこそ別に気にすることないじゃない。」


周りなんてもう関係ないんでしょう?

そう言って笑う詩織の目には、笑いすぎたのか涙がたまっている。

おい、こら、泣くほど面白かったのか?


「もういいんだってば!どうせそんなに変わんないんだから!!」

「…本気で言ってるのかしら?」


少々投げやりに喚けば、心底呆れた声が返ってきた。


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