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不幸は突然に

翌日。

昨日見つけた花園を物語が大好きな詩織に教えてあげようと少し早めに登校していた私は、教室に入るなり顔を引きつらせた。


窓際の一番後ろ。

位置的には最高の場所である私の席には、小さな人だかりができていた。

その隣の席では、いつもなら本を読みふけっているはずの詩織が、珍しく顔を歪めて不安げに俯いている。

人だかりを見て、一瞬サボろうかとも思ったが、数少ない大事な友達をそんな状況で置き去りにするわけにはいかない。

私は心底警戒しつつ、表面では肩を小さくして怯えながら、明らかに異常事態になっている自らの席へと近づいた。


「あの…。」


勇気を振り絞りましたと言わんばかりに小さな声をかければ、私の席にたむろっている連中が一斉にこちらを向く。

殆ど男の中に、女が一人。

女は水島さんだからクラスメイトだけど、他の男は顔に覚えが無いのでどうやら他所のクラスらしい。

て、おい誰だ私の席に勝手に座ってる馬鹿野郎は。

全員の視線が私に向いたところで、図ったように遅れて、さもつまらなそうにこちらを見たその男は、偉そうに机に肘を突いたまま、これまた偉そうにゆったりと足を組み替えた。

わー、長いあんよですこと。


「御剣さん、貴女昨日の掃除時間、いったいどちらにいらしたの?」

「え…ゴミを、捨てに…。」


私の返答にふん、と鼻で笑ったのは座ったままの男の傍らで代弁者とばかりに腕を組んだ水島さんだった。


「それにしては、長い時間戻ってらっしゃらなかったようだけど?」


そりゃあ寄り道はしたけどさ、わざわざ言ってやる必要もないし、大体あんた帰ってきたとき教室いなかっただろうに。


「はぁ、すみません…私、トロくて。」

「貴女がトロいのはみんな知ってますわ。」


ご存知ですか、そうですか。


「トロいトロいとは思ってましたけれども、文字も読めないなんて…呆れてものも言えませんわ。」

「…はぁ。」


ピンと来たぞ。


「まったく…解ってらっしゃるの、御剣さん。貴女、入ってはいけない場所に入ったのよ?」

「……。」


何でバレた、とは思わない。

おそらく、昨日ガーデンテーブルで見かけたのは、彼女の知り合いか彼女自身なのだろう。

気付かれる前にと引き返したが、運悪く気付かれてしまっていたらしい。

花に見惚れすぎたなぁ。

さて、どうするか。


「すみません。どうしても気になってしまって…。」

「謝るくらいなら、最初から入らないことね。まったく、下衆の癖にずうずうしい。」


出たよ、お得意のお嬢様節。

下衆って、下衆って!!


「貴女も貴女よ、松本さん。」

「…え?」

「え?じゃないわ。貴女も一応は社長令嬢ですもの。中小企業とはいえ、そのくらいのマナーは解ってらっしゃるでしょう?」

「……。」

「本来なら、クラスこそ別にしてほしいところを、こういう場違いな一般市民を教育するために私のクラスメイトという立場を与えているのだから、ご自分の役割はきちんと果たしてほしいわね。」


おいおいおい。

何言っちゃってんのこの女。


「………わけわかんねぇ。」

「御剣さん、今何か仰いまして?」

「いいえ、別に。」

「何か、言いたいことがあるようね。」

「別に何もありません。」


にっこりはっきり、嫌味なほどの笑顔を向ける。

背後で詩織が裾を引っ張っているが、そのときの私は結構頭に血が上っていたようで、宥めるように繰り返されるそれを完全に無視していた。


普段びくびくと身を小さくしているばかりだった御剣蓮の反抗的な態度に、周囲も驚いているのか伺うような、怪訝な視線がびしびしと刺さる。

目の前のお嬢様も例外ではなく、私の態度にはっきりと眉を顰めると、次の瞬間怒りで顔を染めた。


「貴女、誰に向かって口を利いているつもり?」

「水島恵美子さんですが、何か?」

「一般市民である貴女が、この私にそんな態度を取れるとお思い?」

「今現在取れてますね、不思議なことに。」


くすりと馬鹿にしたように笑えば、水島さんの顔に朱が走った。

どうやら本気で怒らせたようだ。

この程度で怒るとは、そんなんで“お嬢様”やってけるのかねぇ。


「あ、なた…っ」

「くっ…くくっ」


私じゃないぞ、今笑ったのは。

怒りで顔を真っ赤に染めたまま、水島さんは怪訝な顔で背後を振り返った。


「…啓輔?」

「お前、面白いな。」


啓輔と呼ばれた男が、ゆっくりと私の席から立ち上がる。

不気味なほどに暗い目をしたその男は、物でも退けるように水島さんを押しやると、そのまま威圧するように私の爪先が触れそうなくらい至近距離まで近づいてきた。

遠慮の欠片も持たない男の手が、私の顎を捕らえる。

おい、ちょっとマジで痛いんですけど。


「……。」

「…みつるぎ、れん、ね。」


かなりの力で掴まれたが、眉一つ動かさない私に興味を持ったのか、啓輔と呼ばれた男は私のフルネームを呟くと、一瞬にやりと笑った。

あ、何か嫌な予感。


そう思った瞬間。


「なっ!?」

「……。」

「…――っ!!」


視界が全て男の顔になったと思ったら、唇に柔らかな感触。

周りのざわめきと、男の肩越しに見える水島さんの驚愕した声が耳に入った途端、自分の身に何が起こったかはっきりと理解した。

背筋を走った悪寒を振り切るように、渾身の力で男を押し退ける。


「…っ…てめぇっ!!!」

「じゃあな、御剣蓮。…頑張れよ。」


反射的に唇を拭いながら男を睨みつけると、当の本人はそんな言葉を残して、興味を失ったかのようにさっさと教室を後にした。

我に返った取り巻き達(水島さんを除く)も、慌ててその後を追う。

どうやら男共は奴の取り巻きだったらしい。


「…れ、れん…。」

「…許さない。」


心配そうに声をかけてきた詩織の言葉を遮ったのは、赤を通り越して白くなった顔で肩を震わせ私を睨み付ける水島恵美子その人だった。


「御剣蓮、たかが一般人が調子に乗ったこと、しっかり後悔していただくわ。」


先程よりもずっと暗い瞳、暗い声で、水島さんが唸るように言い放つ。

見れば、いつも彼女の周りをうろついている取り巻きたちも、彼女に触発されたかのように同じ瞳をしていた。

先程までざわざわと煩かった周囲も、今はしんと静まり返っている。

ていうか、私の所為じゃねぇし。



男の残した“頑張れよ”の意味が解った気がした。


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