腹黒の爽やかイケメン
所変わって運命の土曜日。
生まれて初めて招待されたパーティに胸を高鳴らせ、思いっきりおめかしした私はるんるん気分で家をあとに……するわけが無い。
いつもどおりの我が家の玄関に、異質な人が約一名。
ていうか、何であんたスーツ着てんだよ。
どうでもいいけど高そうなスーツだなぁ!!
「…適当な服でいいって言ってませんでしたっけ?」
「あぁ、そうだっけ?」
こ・い・つ!!!
絶対わざとだ、ふざけんな死ね!!
見ろよこのアンバランス、私なんか普通にシャツとブラックジーンズだぞ!?
あの後どうにか断ろうと奮闘したが、話すどころか捕まりさえしないセンパイを追っかけてたらとうとう当日が来てしまった。
もういっそのこと無視してすっぽかそうかとも思ったけれど、うっかり放置していた招待状を母に見られて、約束を反故にするなんてありえないと無理矢理準備させられたのだ。
何だか前にも似たようなことがと思ったが、見つかってしまったものは仕方が無い。
うちの家風は年功序列、年上を敬い女子供には優しくがモットー、ましてや育ててくれた両親に逆らうなどもってのほかなので、母の意向に逆らえるはずもなく。
いや、一応抵抗はしたんだけどね。
私の言い訳なんか、すっぱり切り捨てられたさ!!
あ、いけない涙が…。
「じゃあ、僕の我侭で本当に申し訳ありませんが、お嬢さんをお借りいたします。」
「いえいえ、いいのよそんな!好きに使ってちょうだいね!!」
うん、知ってるよ。
母さんが爽やか系イケメンに弱いの、私ばっちりしっかり知ってるよ。
でもさ!!でもさーーーー!!!
「蓮、失礼の無いようにね!!」
「…。」
「失礼の、無いように、ね?」
「…ぁい。」
泣くしかない。
頭の中ではドナドナがエンドレスリピートだ。
「では、失礼します。」
ムカつくぐらい流れるように綺麗な会釈をした立花センパイは、対照的に暗雲を背負った私を促しながら、母ににっこりと微笑みかけた。
やっぱり悪魔だ!!
今更ですが。
「何でこうなった!?」
バカみたいにピッカピカのベンツに乗せられ、着いた先は明らかに高そうなブティックで。
あまりの意味不明さにポッカーンと突っ立っていたら、あれよあれよという間に鏡の前に立たされていた。
誰だ私を着せ替え人形にしたのは!!
いつの間に脱がせやがった!?
あぁああぁぁ…私の真っ黒ストレートまでくるくる盛り盛りになってる…。
何だこのキラキラ!目の周りどころか胸元までキラキラしてるぞ!?
「とってもお似合いですわ!」
「本当にお綺麗だこと!」
「………。」
あ、抜けた。
今私の口の右っ側から何か大事なものが抜けた。
「おー、すっごい!蓮ちゃんやっぱり綺麗だね。」
蓮ちゃんだぁ!?
「はぁ…もう…何つーか、色々とアリガトウゴザイマス。」
「どういたしまして。」
にこにこにっこり。
どうしよう嫌味も通じない。
鏡の中の着飾った私は、まるで似合わない表情と仕草でがっくりと肩を落とした。
どうでもいいけど両隣で服の端々を整えるお姉さん方のテンションが微妙に怖いんですけど。
何かの間違いだと思い込みたいものの、のろのろ顔を上げた先には先程同様別人な私。
店に入ったときに着ていたはずのシャツとジーンズはどこへやら、見るからに値が張りそうな黒基調のカクテルドレスで、胸部と裾辺りには綺麗な模様のレースが施されていた。
そのレース部分からうっすら透けて見えるのはシャンパンゴールドの光沢のある生地で、全体的には落ち着いて見えるのにどこか華やかさのあるドレスだ。
そりゃあ私も一応女の子ですから!
着飾るのは嫌いじゃないですけれども、これは流石に無いだろう!?
見る分には綺麗なドレスだが、こんな繊細なつくりのドレスなんて怖くて5分と着ていたくない!
基本的にガサツな私の爪でも引っ掛けてみろ…。
あぁ、考えただけでも恐ろしい。
先程お姉さん方がさっさと取り外してしまった値札にはきっととんでもない額が記されていることだろう。
ていうか、値札とっちゃったの!?
買えないよ私!?
「よし、じゃあ行くか。」
よし!じゃねぇ!!
「あはは、何パクパクしてんの?面白い。」
「…っ!!…~~~っ!!」
もう、何を怒ったらよいのやら!!
叫びたいのに、叫びたいことがありすぎて何から言えばいいか迷っているうちに、またあれよあれよという間に店を出てしまった。
あ、おい、押すな馬鹿!!
「はい、乗って乗ってー。もう時間ぎりぎりだから。」
誰のせいだーっ!!
っていうか!
「服!!お金っ!!」
「あぁ、いいのいいの、今回は俺がうっかり伝え忘れてたし。でもびっくりしたなぁ、蓮ちゃんったらジーパンなんだもん。」
何それ、もしかして私責めてんの?
「アホか!金持ちと一緒にすんな!!」
お誕生日会なんてジーパンで充分だ!!
「うん、でもほら、ドレスコードが…」
「…センパイ、適当でいいって言いましたよね。」
「だから“うっかり”?」
疑・問・系!!
嘘だろてめぇ!!!
何が爽やか好青年だ、しっかりばっちり腹ん中まで真っ黒の悪代官じゃねぇか!!
人間見た目で判断したらホント痛い目しか見ねぇな!!
「…おぼえてろ。」
若干眩暈がするほどの怒りを感じていたものの、これ以上まともに話しても疲れるだけだと判断した私は、小さな、本当に小さな声でぼそりと呟くと、そのまま現実逃避のために目を閉じた。
隣で聞こえたくすっと笑う声は、きっと空耳に違いない。
そこからは無言で窓を睨み続けた。
立花センパイは特に気にしている様子もなく、先程からずっと携帯をいじっている。
その仕草はそこら辺の高校生と何ら変わらず、現在の大人びた装いとはどこかアンバランスで、少しおかしかった。
私は目線を窓から外さずに、無意識の動作を装ってするりと自らの手首を撫でる。
いつも手首から少し上に収まっているミサンガは、今日は太めのブレスレットの下に隠れていた。
幅の広いシルバーのブレスレットは、腕を晒すとき用にいつも私が持参しているものだ。
少し心がざわざわする。
自分以外の全てのものから遮断するように、私は手首に収まるそれを掌でしっかりと包み込んだ。
新都心のビル群にそびえる一際目立つ高層ビル。
明らかに高級ホテルを思わせるエントランス前の広いロータリーには、ロボットかと疑いたくなるほど同じ角度で礼を取るドアマンが並んでいた。
おーおー、ベンツにキャデラック、ロールスロイスにフェラーリが並んでるよ。
みんなバカみたいにテカってんな。
手間取ることなく、流れるように案内を続けるホテルマンに内心拍手を送りながら、今すぐ隕石でも落ちてこないかなーなどと思っていると、不快な振動を感じることなく止まった車のドアが静かに開いた。
「お待ちしておりました、どうぞご案内いたします。」
その声はどこから出しているんだとばかりに耳障りの良い声をかけながら、真っ白な手袋をつけた手がすっと差し出される。
すごい、すごすぎるぞこのオジサマ。
反射的に手ぇ乗せちゃったよ。
促されるまま動けば、するりと多分ありえないほど綺麗な動作で車を降りていた。
これがプロの技か。
「ほら、蓮ちゃん行くよ。」
「…ちっ。」
やばい、一気に現実に引き戻されたせいか、盛大に舌打ちしちゃった。
そろりと背後のホテルマンを見れば、何食わぬ顔してにっこりと笑い私のハンドバッグ――といっても、先程ブティックで押し付けられたもの――を渡してくれる。
そのまま綺麗にお辞儀をすると、促すように手を伸べた。
うん、このオジサマにならついてってもいいよ私。
きっと私の心境を察したのだろう、歩き始めた私の隣でセンパイが微妙に肩を震わせていた。




