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スイーツは女の子の生きがいです

次の日から、私、御剣蓮による柏木啓輔ストーカー生活が始まった…というわけでもなく。

私は意外と今までどおりの生活を送っていた。


奴に至っては本当に不本意だったようで、以前のポーカーフェイスはどうしたと突っ込みたくなるほど、私を見かける度嫌そうなオーラを漂わせる。

が、こちらはそんなことなど気にするはずも無く、そもそも父親の依頼なので本人の意思も関係ない。

今は周りに気付かれない程度に彼の行動に気を配りながら生活していた。


とはいってもこのだだっ広い学園内でたった一人の、しかもクラスどころか学年も違う人間の行動に気を配るのはなかなか骨が折れるし面倒くささも半端無いのだが、厳重にというわけでもなく結構適当に可能な限りという扱いなのでまぁこの程度で問題ないだろう。


兄に改めて内容を聞いたが、どうやら私の他にもきちんとスーツを着込んだ輩がガードしているらしいし。


それに報酬もなかなかいい感じだったので、最近地味に出費のかさんでいる私にとってはありがたいお話だったのかもしれない。


うん、そう思うことにしよう。

嫌な言い方だが金のためだ。

たとえガード対象にガン飛ばされようとシカトされようと、この苛々も最終的には益となって手元に戻ってくるのだ。


と、いうわけで。

私は今日も詩織と共に、最近の出費の原因である小さな商店街の一角、新しく出来たケーキバイキングのお店に来ていた。


こういうところは自分も女の子なのだなぁと思うのだが、私も詩織も例に漏れず大の甘党だ。

五月あたりにもうすぐオープン的な広告が入っていたのだが、どうやら詩織もばっちりチェックしていたらしく、私たちはオープン当日約束もしていなかったのに学校帰りに示し合わせたように二人で店へと向かったのだ。


それからというもの、少なくて週に一度は通っている状態で、今週に至ってはまだ水曜日なのに三度目だ。

つまりは三日連続で通っているのだ。





「なんたって今週は日替わりスイーツ特集!!」

「今日はプリンらしいわ!」


声を弾ませ店に向かえば、既に入り口には女の子の行列ができていた。

私たちは嫌な顔一つせず、寧ろ二人して期待にキラキラと目を輝かせて列の最後尾へと並ぶ。

ここのスイーツを食べるためなら、行列なんてへでもない。

寧ろ喜んで並ぼうじゃないか!!

そんなこんなで闘志を燃やしていると、詩織がバッグから綺麗に折りたたまれた広告を取り出した。


「お、今日の広告じゃん!」

「そう!ね、蓮はどれからいくの?」

「…そうだなぁ…」


悩む!悩むぞー!!

たかがプリンと侮る無かれ!

こんな小さな商店街の一角とはいえ、この店の出すスイーツはマジで半端無い。

今週いっぱいのスイーツ特集は、日替わりでメインのメニューを決めて、その日は普段のスイーツと共にメインのアレンジ商品がずらりと並ぶ。

今日はプリンの日なので、一般的なプリンからミルクプリン、抹茶プリンにとろとろシリーズ、焼きプリンにかぼちゃやチョコレートプリンと様々なのだ。

詩織も私も、既に今週は毎日通うつもりでいる。

どれが目的というわけでもなく、勿論全部制覇する予定だ。


「今は天国だけど、来週は地獄ね。」

「…あぁ…ホントそうだね。」


不意にかけられた言葉に二人して遠くを見た。

そう、いくら育ち盛りとはいえ、こう毎日甘いものばかり食べていては体重に響く。

二人とも列記とした人間なので、しっかり肉に変換されるのだ。

きっと来週、いや今週末くらいから人生初のダイエット期間に突入するだろう。

日々鍛錬に明け暮れていた自分がダイエットをする日がこようとは。


「だがしかし!全てはスイーツのため!!」


何のために下調べをし、何のために並んでいるのか!!

辺りに漂う甘い香りにうっとりと目を細めながら、二人同時に拳を握った。




外の行列から判っていたことだが、店内は女の子で溢れかえっていた。

この時間帯は私たちと同じく学生さんが多く、ここら辺一帯の制服が勢ぞろいしている。

それ以外の私服はきっと大学生だろう。

流石にこの中に男性は入りにくいのか、今日は100パーセント女性客だった。

まぁ、たまに一人二人ツワモノがいるのだけれども。

私たちは案内された席につくなり嬉々としてデザートの並ぶカウンターへと足を向けた。


「詩織、私はあっちの持ってくるから!」

「じゃあ私はこっちからね。」


これだけ通えば手馴れたもので、私も詩織もきっちり役割分担ができている。

小食というわけではないが、大食いというわけでもない私たちなので、完全制覇のためには頭を使わなければならないのだ。

それに、中には出されているプレートが終わると違うメニューになってしまうものもあるので、少ないものは優先的に確保しておかなければならない。


私はここ数日で一番の気迫と動きを見せつつ、日ごろの鍛錬で身につけた身軽さを駆使して人にぶつかることなく目当てのものを片っ端から皿に取った。

ここら辺は詩織もなかなかのテクを持っているので、きっと彼女も上手いことやってくるだろう。

期待しながら戻れば、案の定ほくほく顔で戦利品を大事そうに運ぶ詩織がこちらへと向かっていた。

毎回思うが、それだけの量をよくそんな綺麗に盛り付けられるな。

詩織には悪いけれど、私は大雑把なので確保する量は多くても内容はやっとこさ原型を留めているといった感じだ。ただランダムに並べただけなので、盛り付けといえるほどでもない。

ホント単純に皿に乗せたって感じだな。


「飲み物持ってくる。」

「ありがとう。」


昨日は詩織が持ってきてくれたので、今回は私。

二人とも紅茶派なので、これまた飲み放題のドリンクバーに向かえば、ふとガラス越しの大通りに見知った顔を見つけた。


商店街の大通り、どこかつまらなそうに歩いていくのは柏木啓輔その人だ。

帰宅中というよりも、おそらく暇つぶしかどこぞの店に用でもあるのだろう。

奴は基本的にドアtoドアの送迎は車だし。

彼の隣には学校で常につるんで行動している立花栄太の姿も見えた。


私は瞬時に彼らの周りに意識を巡らせ、二人の後方少し離れた辺りから彼らを伺っているスーツの男に目を留める。

スーツと言っても、普通のサラリーマンが着るような目立たないスーツで、男は二人に目を向けながらも綺麗に周囲と溶け込んでいた。

不意にちらりと目が合えば、ほんの一瞬だけ会釈が帰ってくる。


私は彼を知っている。

あれは柏木啓輔の“外”のガードだ。

目だけで軽く挨拶を返した私は、そのまま何事もなかったかのように紅茶を持つと、踵を返して詩織の待つ席へと足を向けた。





「ありがとう。」


色とりどりのスイーツが乗った皿の脇に紅茶を置くと、詩織が小さく笑って御礼を返してくれた。

私はそれににっこり笑顔で返すと、そのまま自分の席に着く。

詩織が持ってきてくれたのだろう、紙ナプキンの上に揃えられたお洒落なスプーンを手にとると、自分でも頬が緩むのを感じた。


「…さいこー。」

「ホント、幸せってこういうことを言うのね。」

「私ここでバイトしたい。」

「あら、駄目よ蓮。アルバイトじゃ殆ど拷問よ。」


そうか、バイトじゃ食えないのか。

確かに甘いものに囲まれて働くのは天国だが、絶対に食べてはいけないとなると…キツイな。

一口ずつしっかり味わうように食していたが、ゆっくり食べていたはずなのに物の数分で半分平らげてしまった。


「そういえば、蓮って卒業したらお家を継ぐの?」


箸休めか、詩織が紅茶を一口飲んで、唐突にそんなことを聞いてきた。

私が柏木啓輔のガードをすることになった翌日、私は詩織に御剣家のことを全てを話した。

柏木センパイのことは一応依頼なので言わなかったが、何となく何かを察したのだろう彼女は何も聞かなかった。


そこらへん、本当に頭がいいというか気が回るというか。


家のことについても――まぁ、もともと特殊な家だと感じていたからかもしれないが――特に驚くことなくすんなりと受け入れてくれたのだ。

別に隠していることではなかったけれど、実際今まで誰にも家のことなんて話したことなかったから、実は内心ドキドキだったんだけどね。


ちょっとほっとした。

ホント、一生の親友って意外なところで見つかるんだなぁ。


「うーん、継ぐっつってもなぁ…あ、道場を継ぐのは諒兄さんだよ。」

「あぁ、あのとっても優しそうなお兄さんね。」


コレを言うのは何度目だろう。

誤解だ!と声を大にして叫びたい。


「もいっこの仕事はなぁ…契約とか短期でやる気は無いんだよね。」

「あら、そうなの?」

「うん。そこら辺は結構我侭だし、一応身体張るんだもん、守る人は自分で決めたい。それに父さんや母さんもそれでいいって言ってくれてるから。」

「ふふ、たった一人の人かぁ…見つかるといいわね。」


何だかむず痒くなるような台詞だが、詩織が言うと素直に聞いてしまうのだから不思議である。

そう、私はずっと探している。


私が守るべきたった一人の人。


紙の契約なんて興味ないし、短期間で手に入る札束にも興味ない。

ただ、私が心から守りたいと思う誰かのために、強くなることを決めたのだ。

その気持ちは今もずっと変わらない。


「お姫様かしら、王子様かしら?」


ぴく、と私の肩が跳ねたが、カスタードプリンに視線を落としていた詩織には気付かれなかったようだ。


「おじい様かもよ?」


にやりと笑えば僅かに目を瞬かせた詩織が、次の瞬間くすくすと笑い出す。

人間だといいな、と呟けば、彼女は更に声を上げて笑った。











本当は、たった一人は決まっている。


いくつだったかも覚えていないぐらい小さなとき、ほんの数分の出会いだったけれど。

ちっちゃかったから性別さえも曖昧で、名前も全く思い出せない。

もしかしたら、聞いていないのかもしれない。


ただ、澄んだビー玉みたいな目を真っ赤に染めて、歯を食いしばって声を押し殺して。

冷凍庫みたいな冷たいお屋敷の隅っこで、小さくなって泣いていたあの子。

まるでお人形のような顔つきをしていたから、女の子だったのだろう。


でも、直感的にこの人だと思ったのだけははっきりと覚えている。

あの時、私は確かに言ったのだ。

必ず、助けに(・・・)行くと。


記憶の底で未だに泣き続ける子供に、胸の奥がちくりと痛んだ。


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