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思わぬ拾いもの


「御剣さん、今日の放課後ちょっといいかな?」


花祭が終わり、週が明けてからその言葉を聞くのは一体何度目だろうか。


「七人目かしら。」


ぼそりと隣で呟いた詩織に反論する気力も無く、私はギギギと音がしそうなほどぎこちない動作で振り返った。

そこにいたのは、顔を真っ赤に染めてぎらぎらと目を輝かせた見知らぬ男子生徒。

あ、頬が引きつる。


「ご、ごめん。ちょっと今日は…」

「いつだったらいい?言ってくれればいつでも空けるよ!!」


あ、眩暈、眩暈がする。




ことの始まりはあの花祭。

詩織が行った市中引き回しの刑が原因…だと思う。

祭りが終わって登校してみれば、あれだけでは殆どの生徒が半信半疑で誰か判らなかったのだろう、袴女の正体解明のために詩織は質問攻めにあった。

あれは一体誰なのか、と。

で、そこで詩織が上手い事誤魔化してくれればよかったものの、あろうことかこの親友は満面の笑みで答えたのだ。


「御剣蓮さんですわ。」


と。

そのときの反応と言ったらもう。

あ、思い出すだけで頭が痛くなる。

詩織さんってば知ってるはずだよね、私なるべく目立たず過ごすのが目標だったんだよ。


「いやだわ、蓮ったら、今更。」


駄目だ、何か幻聴まで聞こえはじめた。

それにしても楽しそうね詩織さん。

聡いあなたなら察してると思うけど、私色恋沙汰が一番苦手なんだってば!!!


「こんなことにんるんだったら、前の方がマシだった。」


しみじみと呟いた私の隣で、詩織がころころと笑う。

下校時の通学路は朝よりもずっと人通りが少ない。

あ、カラスが鳴いてるよおっかさん。


「あら、苛められる方が好きなんて…知らなかったわ、蓮はMだったのね。」


唖然。


「ふふ、なぁにその顔。」

「いやいやいやいや、詩織さんがMとか言っちゃ駄目っしょ。」

「あら、何故?」

「何でって…そりゃあ、世の男性方の夢を…。」

「壊していたのは蓮でしょう?最近は紡いでいるようだけれど。」

「…。」


言葉にならないとはこのことだろうか。

だいたい。


「何で私なんだ鬱陶しい!!」

「馬鹿ね、蓮だからでしょう?」

「だから何故!?他にもいるでしょ美人な女子!!」


寧ろお嬢様的美しさといえば詩織の方が相応しいだろう。

何より優しい上に上品だ。


「前とのギャップもそうでしょうけど、何て言うのかしら…蓮はちょっと違うのよ。」


そりゃあ違うさ、こんなガサツ者。


「ほら、お嬢様って言ってもうちの学校の女の子なんて言ってしまえば殆どが陰険か高飛車な性格でしょう?」

「詩織ってさらっとたまに毒舌だよね。」

「ありがとう。」

「…。」

「だから、蓮のように根っから真っ直ぐで裏表の無い女の子に惹かれるのよ。」


えー…裏表って、最近まで思いっきり巨大な猫かぶりまくってたんですけど。


「ふふ、そういう意味じゃないわ。そういう根っこの部分って意外とみんなわかるのよ。」


どうにも納得いかないが、何だか褒められていることは解ったぞ。


「何それ、何か照れるじゃん。」

「あら素敵!もっとよく顔を見せて!」


あぁ、もう一連の非日常のせいで詩織の性格がどんどん変わっちゃってる気がするよ。

って、本気で顔を覗き込むな!!





「そういえば、蓮はもう聞いたかしら?」


一通り私で遊んだ詩織が、ふと真面目な顔をして切り出した。

気疲れして俯いていた私もつられたように詩織を見る。

そのまま先を促せば、詩織は少しだけ気の毒そうに言葉を続けた。


「水島さん、転校なさるそうよ。」

「あぁ、そのことか…うん、私も聞いた。」


花祭の後、水島恵美子が外部の人間と学校内で問題を起こし、謹慎処分を受けた事実は瞬く間に広がった。

その実家の権力と柏木啓輔の公認の恋人として、一年生を掌握していた彼女はその地位から一気に転落し、一週間の謹慎が解けた今も学校に出てきていない。


上品をモットーにしている割に、ゴシップ好きの生徒たちからしてみれば格好のネタである。

学校一の権力者である柏木啓輔が水島恵美子を見捨てたこともあって、同学年どころか彼女を妬んでいた他の学年の生徒からもあること無いこと好き放題に噂が巨大化しながら一人歩きしていた。

人一倍プライドが高い彼女にしてみれば、こんな状態の学校に留まることなど我慢できなかったのだろう。


水島恵美子が今月をもって転校するという情報は、確かなものとして私の耳にも入っていた。

自業自得ではあるが、状況が状況なので私も詩織も何だか微妙な気持ちの悪さを抱えていた。




というのも、花祭のあの日、屋上から不良グループを見つけた私たちは、その後こっそり彼らの後をつけて花園での一部始終を見ていたのだ。

彼女たちの自業自得とはいえ、不良どものあまりの暴挙に手を出そうと踏み出しかけたところにちょうどあの二人が現れた。

そこからは、もし彼らの手に負えず警備員も間に合わないようであれば、私が加勢に出ようと思っていたのだが、まぁその必要は無かったというわけだ。

流石は良家の跡取り、二人とも一通りの護身術は見につけていたようである。

それにしても。


「会長様には情ってもんが無いのかねぇ。」


溜め息交じりの呟きには呆れが混じっている。

水島恵美子のやり方は嫌いだし、詩織を傷つけた本人である。

彼女がどうなろうと関係ないと思っていたのだけれども。


「実際目の当たりにすると、少しお気の毒かしら。」

「まぁ…彼氏にあれだけすっぱり切られればなぁ。」


二人して、柏木啓輔の冷めた眼を思い出す。

一緒に様子を伺っていた英志と裕次郎も、同情の声を漏らしていた。


「何事も無いといいんだけど。」

「そうね。」


詩織はあの時気付いただろうか。

駆けつけた警備員に全てを任せ、その場を足早に立ち去る柏木啓輔の背中を、悲しみと絶望を恨みに変えた暗い瞳がじっと見つめていたことを。


十代の少女にはまるで似つかわしくないその眼を思い出し、僅かに走った悪寒を振り払うように私は大きく髪を払った。




そして、私のその不安は杞憂に終わらず、現実のものとなる。









その日は朝から小雨がちらつき、夏本番となるこの季節にしては暗く視界の利かない夕暮れ時だった。

週末の学校終わり、いつものように詩織を送ってバイト先であるBAR JJダブルジョーカーへ出勤していた私は、オープン前の準備をしていた。

もう既に金曜日の常連となっている柏木啓輔には、未だ私の正体はばれていない。

既に学校では顔をさらしているし態度も取り繕っていないのだが、おそらく彼自身に私への、というよりも他人に対する興味が希薄だからだと私は思っている。

なので、今では一バーテンとお客様という立場で会話することにすっかり慣れ、初日のように冷や汗をかくことも無くなった。


まぁ、何度も言うが二人とも未成年なので、この状況がいいのか悪いのかは微妙なのだが。

あのマスターと長兄が気付いていないとも思えず、そこだけは未だにそわそわと気になる点ではある。


「蓮、あとで話あるから一緒に帰ろう。」


サラダ用の食材と乾き物の確認を終えた私の背後から長兄の声がかかる。


「…私何にもしてない。」


これは決して普段の行いからというわけではなく、兄への恐怖からの言葉だ。

そのことを理解している兄が少し笑ってひらりと手を振る。


「あぁ、違うよ。ちょっと頼みたいことがあるだけだから。」


充分不吉な言葉じゃないか。

そんな不満を血の繋がりすら疑わしい目の前の魔王様に言えるはずも無く、私は渋々了承した。

あぁ、気が重い。

とりあえず、気分転換のために一息つこうと、キッチンの奥にある勝手口から外に出た。


すっかり夜になってネオンの灯り始めた繁華街の明かりが路地の先からちらちらと見える。

午前中からずっと降り続いていた雨は上がったものの足元は水溜りが多く、いつも腰を下ろすコンクリートの階段も濡れていた。

生ぬるい湿った空気で多少肌にベタつきを覚えるものの、エアコンで乾燥した喉には気持ちがいい。

どちらかというと暑さに強く、エアコンが好きではない私には外気の方が好ましいのだ。

ぐっと伸びをするように両手を掲げれば、ぽきぽきと骨のなる音がした。


「さて、と。今日も頑張りますかね。」


学生モードからバーテンモードへ、チェーン…


「てめぇっ!!待ちやがれ!!」


ジって…誰だ、私の切り替え作業を邪魔した奴は。

結構大事なんだぞ、この作業。

イライラを隠さぬまま、恨みがましい目で声の聞こえた方を見れば、先程見ていた路地の先、大通りの方から勢いよくこちらの路地へと駆け込んでくる人影が見えた。

もちろん逆光で今のところ影しか見えない。

どうやら先程の声は先頭の影を追う誰かからのものだったようで、ばたばたと駆けてくる数人の足音と共に先程と同じ怒鳴り声が聞こえた。


あーあ、こんなトコで大人が何やってんだか。

一対複数って好きじゃないんだけど、制服のまんま騒ぎ起こすのも嫌だしなぁ。

そんな感じで悩んでいるうちに、どうやら逃げ切れなかったらしい長身の人影が嫌な感じのスーツを着た連中に囲まれていた。

路地を少し入り込んだ辺り、店の勝手口よりも大通り側にいるので私の姿には気付いていないようだが、こちらからは何となくうっすら判るくらいの位置だ。

とりあえず見つからないように壁に背を預けてあちらを伺う。


「ったく、逃げ足の早ぇ兄ちゃんだ。」

「もう逃げ場はねぇぜ。」


ありきたりな台詞だな、詩織がいたらまたトリップしそうだぞ。


「さて、ちょっと一緒に来てもらおうか。」

「断る。」


ん?


「状況が解ってねぇみてぇだな、ちょっと痛い目見てみるか?」


多数の方は男が三人。

そのうちの一人が追い詰められた男の服をがしっと掴んだ。


「離せ。」


んー?

ちょっとすっごい聞き覚えのある声なんですけど。


「今なら見逃してやる。」


低すぎず、かといって高いわけでもない。

よく通る声が私の耳に届く。


「ガキが生意気言ってんじゃねぇ!!」


確かに生意気だ。

追い詰められているくせにガッツリ上から目線な言葉だ。


彼の態度に激高した男が、服を掴んだまま拳を振り上げた。

が、次の瞬間追い詰められていたはずの彼がその拳を紙一重でかわし、服を掴んでいる方の手首を捻りあげる。

途端に痛みを訴えた男に、他の二人が色めき立った。


「馬鹿が!ガキ相手に何やってやがる!!」

「てめぇも調子こいてんじゃねぇぞ!!」


今度は二人が掴みかかるように迫ると、彼は掴んでいた男の手を投げ捨てるように離して身を屈めた。

あー、最近見たな…すんごい見覚えあるぞこの動き。


「やるなぁ。」


三人相手とはいえ危なげなく捌いている彼をしばらく見ていると、人並みはずれた私の耳にカチャリという音が聞こえた。

おい、それは反則だろう。

いや、ああいう生業の輩に反則もクソもないんだろうけれども。

現在無駄に体力のある二人を相手にしている彼は気付いていない。

仕方ないとばかりに一人大きく溜め息を吐いた私は、軽く爪先をとんとんと鳴らして気配を殺し彼らへ近づいた。


「このガキふざけやがって!!」


闇の中でも判るほど怒りで顔を真っ赤にした男が、渋いとは言いがたい耳障りな濁声を上げて懐から素早くそれを引っ張り出す。

二人相手に立ち回っていた彼も漸くそれに気づいたようで、今の今まで変えなかった表情に焦りの色を浮かべた。

その隙を逃さず、左に肩膝をついていた男が素早く立ち上がり、彼の腹部に一発叩き込む。


「ぐぅっ…!!」


ダメージを受け前のめりになる彼を、二発三発と両側からの容赦ない殴打が襲った。


「お前らそのまま押さえてろ!!世間知らずの坊ちゃんに社会の厳しさってもんを教えてやるよ!!」


その声に促されるまま、男二人がかりで標的を押さえつける。

にやりと下卑た笑いを浮かべた男が拳銃の照準を彼の足に合わせた。


彼の顔が悔しげに歪む。

とうとう男が劇鉄を引こうとした瞬間、私はぐっと踏み出し横合いから間合いをつめて拳銃を弾き飛ばした。


容赦なく放った蹴りと共に、バキッと嫌な音が伝わる。


「ぐぁっ!?」


やべ、折っちった。


「なっ!?」

「何だてめぇ!!」


目の前で手を抱え込むように蹲る男と、私の背後でいきり立つ二人の男。

とりあえず、人数を減らすために蹲る男に思いっきり蹴りを入れてひっくり返した後に、殴りかかってきた一人の腹へと振り向きざまに回し蹴りをお見舞いする。

綺麗に鳩尾へ入ったせいか、男はそのままもんどりうって地面へと転がった。

ばしゃん、と水溜りが跳ねる。


「お前…」

「うちの大事なお客様に何してくれてんですかね。」


呆然と呟く彼――柏木啓輔を綺麗に無視して彼を拘束する残る一人ににっこりと笑ってみせた。

どうやら何が起こったのか理解していなかったらしい、ぽかんと口を開けていた男ははっと肩を揺らして見る見るうちに顔を歪めた。


「てめぇ、よくもっ!!」


これまたお約束のような台詞を吐いた男が、柏木啓輔を離して私に掴みかかろうとする。

おいおい、それは不用意だろうと一応身構えれば、案の定自由の身となった柏木啓輔が男の即頭部に強烈な一発を繰り出していた。

彼の手には都合よく放置してあった隣の居酒屋のボトルコンテナから抜き取ったビール瓶。

どうでもいいけど、それ打ち所悪かったら殺しちゃうからね。

どうやら気絶で済んだらしい男は、ずるりと膝から崩れ落ちた。

それと同時に、ゴンと硬質な音を立てて柏木の手からビンが滑り落ちる。

少々呆れ顔で彼を見れば、どうやら結構なダメージだったらしい、片手で腹を押さえた柏木は身体を支えるように壁にもたれていた。


「…とりあえず、店に入ります?」


暴漢三人は放置するとして、彼は流石に放っておけない。

荒い息を繰り返す柏木に近づき、俯けたままの顔を覗き込むと、荒い呼吸を繰り返しながら額に汗を浮かべる苦しげな顔が見て取れた。

腹はねー、意外とくるよねー。

まぁ、リバースしなかっただけ偉い偉い。

呼吸が少し落ち着くまで待っていると、無言で身を起こした柏木がこちらを向いた。


「勝手口、あそこなんでついてきてください。」


しばらく私を探るように見つめていた柏木は、声を出すのも辛いのかまたもや無言で頷く。

私は進行方向に転がっていた暴漢の一人を行儀悪く足で押し退けると、そのまま彼を伴い店の勝手口へと入った。


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