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愚者は愚者を呼ぶ

どうやら田中、改めエージの悪い予感は的中したらしい。

第一印象ただのチンピラだった彼の株は最近上昇気味である。


品行方正紫乃学園に相応しくない派手なバイクのエンジン音が聞こえたのは昼時を過ぎた頃だった。

既に昼食を済ませ広げていた荷物を片付けていた私たちは、揃って立ち上がり屋上の端に身を寄せて裏門辺りの路地に目を向ける。

殆どの生徒が送迎車を正門に乗り付けるので、ここから見える裏門を利用する生徒は限られているし、この時間そこを通る人間も滅多にいない。

更に言えば、この学園をぐるりと囲む塀は園内の防犯のため高く頑丈なつくりをしているので外部から学園内を伺うことは勿論、学園内から外の様子を知るにはこの屋上から覗き込みでもしない限り伺うことはできない。

音くらいは聞こえるだろうけど、バイクの音なんて聞こえても特に不審に思うものはいないだろう。

まぁ、幾分通常の純正品よりも派手な音だったけれども。


「あーあ、やっぱ来ちゃったか。」

「先程お話いただいてた方たちですか?」

「そ。俺、あいつら嫌いなんだよね。」

「俺も知ってるで。何や女子供も容赦せんうえ卑怯モンの集団やろ?」


そりゃまた随分な奴らだな。


「所謂、族ってやつか?」

「んー、ちっと違うかもなぁ…あいつらは性質悪い不良グループ?」

「曖昧だなぁ。」

「Nightmareだろ。ってかユージは女しか興味ねぇから、男の集団なんか覚えてねぇよ。」


…。


「あ、何で?何でそんな白い目で見るん?」


蓮ちゃーん、と情けない声を上げる阿呆は放っておいて。

私たちがのんびりと会話している間にも、裏門には数人の男がおそらく水島恵美子が用意しただろう制服を着て学園に入り込もうとしていた。

どうやら彼らを乗せていたバイクは足だけの役割だったらしい、彼らを下ろすとさっさと校門を離れてどこかへ去っていった。

どうでもいいが、あれだけの爆音をさせて忍び込もうなんて、馬鹿じゃないのかホントに。


「また脳足りんか。」


まぁ、こんだけ防犯設備を整えているはずなのに警備員一人駆けつけないのもどうかと思うけどさ。

まさか、そんなとこまで手を回したんじゃないだろうな。


「おい、またってどういうことだよ、またって。」

「そうやで!エージは勉強できんだけで頭回る方なんやで!」


ぼそりと呟いた私の言葉に反論する男二人。

どうでもいいが、エージはともかく黒ピアスはさらりと酷いな。


「どっちかというと菅原の方を言っている。」

「いやや、蓮ちゃん。俺もユージて呼んでや!」

「断る。知り合いだと思われたらどうするんだ。」


流れでエージは愛称で呼ぶことになったが、こいつを呼ぶのは何か嫌だ。


「知り合いて…そんな他人行儀な。俺ショックやわぁ。」


しょんぼりとワザとらしく肩を落としても可愛くもなんともないからな。


「そんなことより、あいつらいいのか?」


気持ちの悪い黒ピアスは放置してエージの示した先を見れば、先程校門前にたむろしていたはずの男どもが校舎へ消えていくところだった。


「…やっぱり私たちがお目当てかしら?」


横で詩織がぽつりと呟く。

十中八九そうだろうその事実に、私たちは眉を顰めた。


「ホント、この学校の防犯ってどうなってんだろな。」


高い金払ってんだからもうちょっとちゃんとしろよ。











どん、と柱に背を打ち付けた痛みに、恵美子は盛大に顔をしかめた。


「…っ…なっ何のつもり!?」


立ち入り禁止の花園で、恵美子は怒りも顕に目の前にずらりと並ぶ不良たちを睨みつける。

隣では同じように追い詰められた取り巻き二人が、顔を青くしてがくがくと震えていた。


「何のつもり、ってなぁ?」

「俺らはあんたのお願いどおり、学校に来てやっただけだぜ。」


にやにやと下卑た笑いを浮かべた男が、ゆっくりと恵美子に近づく。

そのまま背後を振り返り、仲間であろう男たちに同意を求めれば、彼らは一様に嫌な笑みを浮かべて恵美子たちを眺めていた。

先頭のリーダーらしき男が再び恵美子を見やり、そのまま隣に蹲る女生徒二人を顎で示す。

すると、待ってましたとばかりに背後の男たち数名が彼女たちに群がった。


「ひっ…!!」

「いやあっ!!」

「ちょっと!!何するの!?」


少女二人を強引に立たせ綺麗に着飾った彼女たちの衣装に手をかけた途端、恵美子が驚きと怒りの声を上げる。


「折角こんなトコに潜りこめたんだ、楽しまねぇと損だろう?」

「止めて!!止めなさい!!」

「おっと。」


悲鳴を上げる二人に駆け寄ろうとした恵美子の腕を、男が素早く掴んだ。

反動で振り返った恵美子が、きつく男を睨みつける。


「約束が違うじゃない!!私はちゃんとターゲットを伝えたはずよ!?」

「あぁ、ちゃんと覚えてるさ。御剣蓮と松本詩織だろう?」

「だったら!!」

「あんたらと遊んだ後で、ちゃーんとお仕置きしといてやるって。」


弾むような言葉に、恵美子の顔にさっと朱が走る。

その目には明らかな怒りが浮かんでいた。


「いやぁっ!!いやーーっ!!水島さんっ!!」

「助けてっ!!」


悲鳴に引かれるように振り向けば、二人の少女は既に衣服を剥ぎ取られ華やかなレースの下着が包む身体を必死に抱きしめ、男たちの魔の手から逃れようとしていた。

ひゅっと息を飲んだ恵美子が焦ったように男を振り返る。


「幾ら欲しいの!?」

「ははは、流石はお嬢様。全ては金で解決ってか。」

「お礼は倍出すわ。」

「そんなもん、約束してもらわなくても撮って脅せばいいだけだろ。」

「なっ…」


男の言葉に恵美子が絶句し、背後から少女二人の絶望の声が上がる。


「ほら、あんた一人不参加じゃあの二人が可哀想だろう?」


さっさと脱げ。

そんな無慈悲な言葉と共に、男は恵美子の肩を力いっぱい押した。


「きゃっ…」


そのままよろりと背後へ傾げば、がしりと別の手に肩を掴まれ白い石でできた地面に引き倒される。

呆然と見た先に見えたのは、悠然とガーデンテーブルに腰掛けながらカメラを取り出す男の姿だった。





「何をしてるんだ!!」


恵美子を含む三人の少女の目が絶望に染まった瞬間、場を切り裂くような厳しい声が辺りに響いた。

その声を聴いた瞬間彼女たちの目に光が戻り、男たちは警戒の色を浮かべて声のした方を振り向く。


「たっ…助けて!!助けてくださいっ!!」


一人が引きつりながらも声を上げれば、残る二人も力の限り叫び始める。

それに舌打ちしたリーダー格の男が立ち上がれば、花園の入り口から長身の男子生徒が二人、こちらへ向かってくるのが見えた。


「んだよ、ガキか。」


警備員でも教師でもない、身長はあるもののただの高校生と見た男は苛立ちを治めてにやりと笑う。

暴れ始めた少女三人を逃がさぬよう、仲間に目配せした男は無謀にもたった二人でこちらに向かってくる男子生徒に視線を向けた。


「立花先輩!!」


その声を聞き、助けを呼ぶ先を確認もせずに声を張り上げていた恵美子が弾かれたようにそちらを見る。


「けぇ、すけ…?」


立花栄太を追うようにこちらに向かってくる男子生徒。

それは彼女が予想もしなかった人物、柏木啓輔その人だった。

彼を認識した瞬間、彼女の胸にカッと熱が生まれる。


「けいすけ!啓輔っ!!」


助けに来てくれた。

彼が、私を。


強気に振舞ってはいたが、いつも不安だったのだ。

恋人という確たる地位を得たものの、実際彼が恵美子に甘い言葉を囁くことは無く、いつも冷めた目で相槌を打つばかりで。

恵美子が啓輔を誘うことはあっても、彼からは声すらかけてもらったことはない。

だからこそ、今この場面で。

柏木啓輔が助けに来てくれたことに、恵美子は状況も忘れて感動していた。


「啓輔!啓輔!けいす…」

「これはいったいどういうことだ。」


長い足であっという間に男たちの目の前に辿り着いた柏木啓輔は、恵美子たちをちらりとみるとすぐに男たちに目を向けて吐き捨てるように問い詰めた。

彼を先導するように斜め前に佇む立花は、いつも柔和な表情を浮かべているその顔を険しく緊張させている。

たった二人とはいえ、彼らが醸し出す雰囲気はもはや一介の高校生とは思えないほどのものだった。

案の定、多勢のはずの不良グループが二人の気迫に呑まれ、僅かに身を引いている。

恵美子含む三人の少女の顔には、先程とは一転、安堵と感激の色が浮かんでいた。

そんな彼女たちの視線を断ち切るように、リーダー格の男が石を踏みしめるように立ちふさがる。


「どういうことも何も、俺たちもお祭りに参加させてもらおうと思っただけだよ、なぁ?」


へらりと誤魔化すように笑った男が、背後を振り返り同意を求めれば、男たちは一斉に頷いた。


「今期の花祭は一般開放されていない。」


感情の篭らない声がぴしゃりと言い放つ。


「あー?おっかしいなぁ、俺らはそこのお嬢さんに招待されてきたんだぜぇ?」


男の言葉に、恵美子の顔がさっと青ざめた。


「嘘よ!!啓輔っ!そんな奴の言葉信じないで!!」

「はぁ?お前、何言っちゃってんの?」

「だ、騙されたの!!私騙されたのよ!!」


必死の恵美子の言葉に啓輔の表情は変わらない。

彼は冷めた目で彼女と不良とを見比べていた。


「あのなぁ、この制服だって用意したのお前じゃねぇか。」

「違うっ!!違うわっ!!」


だんだんと雲行きの怪しくなってきた恵美子に、背後の少女二人も表情を固くする。


「違うの、啓輔っ!!」


恵美子は必死の思いで啓輔を見つめた。

ここまで駆けつけてくれた啓輔なら、きっと信じてくれる。

自分を助けてくれる。

大丈夫、だいじょ…


「くだらない。」


冷たい声は、恵美子が縋るように見つめる彼から放たれた。


「そんな水掛け論で判断するわけがないだろう。とにかく、今解っていることは、お前たちが面倒を起こしているという事実だ。」


“お前たち”

恵美子は一瞬何を言われているのか理解できなかった。


「啓輔。」


静かに咎めるような栄太の声を無視して、啓輔は携帯していた簡易無線機を取り出す。


「俺だ、花園に入り込んだ馬鹿がいる。…あぁ、男五人と女三人だ。至急警備員を回せ。」

「けいすけっ!?」


悲鳴のような声を上げたのは恵美子だ。

彼女の恋人であるはずの男は、今確実に彼女を不良グループと一纏めに見ていた。


「何を言ってるの?助けにきてくれたんでしょう!?」

「馬鹿が。俺は一応生徒会長だからな、面倒ごとがあれば解決するのが仕事だ。だいたい、お前たちの声に立花が気付かなければこんなところ来なかった。」


にべもなく切り捨てるような言葉に、恵美子も背後の少女も息を呑む。

彼女たちは一様に、ただ呆然と目の前で冷淡にこちらを見つめる男を見上げていた。




結局、その後すぐに駆けつけた警備員に不良グループは取り押さえられた。

どうやらそれまで逃げ出そうとしていたようで、多少暴力を受けた痕はあったがそれを訴えたところで彼らの言葉をまともに聞くものはいないだろう。


水島恵美子含む三人の女生徒はといえば、問題を起こしたペナルティとして一週間の謹慎処分を言い渡され、この事実はすぐに全校を駆け巡った。


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