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回復地点はどこですか?

紫乃学園は私立とあって、年間を通してイベント事が多い。

内容も公立高校には無い華やかさがあり、流石は高い金を集めているだけある。


季節ごとの花をシンボルに行われる“花祭”もその一つだ。

入学して大分日も経ち、学園生活に慣れてきた今日。

相変わらずの爪弾き生活だが、季節は初夏に入っていた。





「蓮は今度の花祭はどうするの?」

「…できれば不参加で。」

「それは無理ね。今月のは入学して一回目だから全員参加だもの。」


詩織の言葉に、ガンと鉛を落としたような音を立てて机に突っ伏す。


「それに、私も蓮のお洒落した格好見たいわぁ!」

「止めてよ…面倒くさい…。」


そう、面倒くさい。

とっても面倒くさい。

紫乃学園名物“花祭”は、言ってみれば集団仮装コンテスト。

といっても、誰も笑いは目指さない。

シンボルの花をテーマに、親の金を使いまくって着飾るのである。

もちろんそれだけではなく、その日は学園内に色々な飲食店の出張所ができ、生徒は好きに回ることが可能で、時間帯によっては有名アーティストを呼んでの生ライブ等も行われていた。


因みに、一般公開はされていない。

あくまで学園関係者が楽しむイベントだ。


「そんなもん、年に一回文化祭で充分じゃないかー…。」


ていうか、出店で充分だ。屋台出せ屋台。

それに季節ごとに高い衣装を用意するなんて、無駄にも程がある。

今時どこのお貴族様だっての。


「確かに、そう何度もはいらないわね。今回は強制参加だけど後の花祭は自由参加だから、私も一度で充分だわ。」

「だよなー?」

「でも、一度くらいは着飾った蓮が見たいのも本当。」


で、何を着るの?と目を輝かせて詩織がぐいと顔を近づける。

期待しまくってるところ悪いけど。


「ふつーの格好。紫のショートパンツくらいしか無いようち。」


それだって、箪笥をひっくり返して漸く見つけた肥やしだ。

いつ買ったのかすら覚えていない。


「あら、いいじゃない。じゃあ当日は蓮の脚線美が見られるわけね。」


ふふ、と笑う詩織を横目で見つつ、私は机に突っ伏したまま大きな溜め息を漏らした。







…で。


あれよあれよという間に一週間が過ぎ、とうとう花祭当日。

私は玄関の前でキラキラとこちらを見つめる詩織の視線にもう殆ど学校に行く気力を削がれていた。

あぁ、もう何分この状態なんだろう。


「…あの、詩織さん?」

「………素敵。」


もしもーし。


「最高よ蓮!!何これどうしたの聞いてないわよ私!!」

「私だって想定外だ…。」


白いシャツと紫色のショートパンツにベストでも着ていこうかと思っていた矢先、どこからか花祭の噂を聞きつけていたらしい母に今朝とっ捕まった。


私の今の格好は、この時期にこれで出歩けば浮きまくること必然の袴姿だ。

上は乳白色の地に小さな花で薄い紫から薄い紅のグラデーションの振袖で胸部と右袖にかけて大きな花の模様が描かれている。下は鮮やかな紫色から濃い紫色へのグラデーションの袴、足元は黒いブーツだ。

因みに、私の手には着物に合った色合いの和傘と貴重品を入れた巾着がある。

普段野暮ったく下ろしている前髪は綺麗にカットされ、後ろは高い位置で結われていた。

所謂ポニーテールというやつだ。

久しぶりにしたぞこんな髪型。

おまけに顔面は気合の入った母の手でここぞとばかりに化粧を施された。


私の目の前で両手を組んで目を輝かせている詩織は、和風な私とは対照的にフランス人形と見紛うばかりの出で立ちで、紫色に深い藍色のフリルをたっぷりとあしらったビロードのワンピースを着ている。頭にはつばの広い同じ色合いの帽子を被っていた。

彼女は私と違ってしっかり楽しんでいるようである。


「キツネの面でも被っていこうかな…。」


確か光の部屋に去年夏祭りに行ったときに女から押し付けられたというやけにリアルなキツネのお面があったはずだ。

プレゼントか何かと勘違いしたらしくて、大事そうに部屋に飾ってあった気がする。


「「駄目に決まってるじゃない。」」


が、そんな私の小さな希望は、いつの間にか背後にいた母と目前の親友の声に見事に潰された。






ざわざわざわ。


周囲の視線が物凄く痛い。

これまでの爪弾き生活の中ですらなかった程の居心地の悪さだ。

詩織を守ると宣言した手前あってはならない行動だが、私は助けを求めるように自分の隣を歩く親友を見た。

が、唯一の味方であるはずの松本詩織は、心の底から楽しげにスキップでもせんばかりにずんずんと歩いている。

更に言えば、私の左手は彼女にがっちりと拘束されており、そのまま通路のど真ん中を歩いてくれちゃっているので、人目を避けて端へ寄ることもできない。


あぁ、普段癒し系の親友が今はドSに見えるよ。


ぐったりと彼女に引きずられるように歩く私の口からは今にも魂が抜け出そうだ。

周囲から聞こえるのは、あのこ誰?とか、まさか!?みたいな声。

詩織といることから大体想像がついたのだろうが、誰も彼もが疑いの眼差しである。

ハイライトの抜けた遠い目でかくかくと首を揺らしながら引きずられる私に漸く気付いた詩織が、人目を避けるために屋上のいつもの場所へと足を向けたのは、お昼に差し掛かり生徒たちが食事どころへと意識を向ける頃だった。





「詩織さん、私知ってるよ、あれって市中引き回しって言うんでしょ。」


ぐったりと項垂れたまま、貯水槽に寄りかかるように蹲っていると、詩織が大きめのスカーフを敷いて上に座るよう促してきた。

綺麗なスカーフだったため上に座るのは躊躇われたが、抵抗する気力も無かったし着ているものも思い出したので遠慮なく腰を下ろす。


「あら、違うわ。市中引き回しは最終的にはりつけでしょう?」


私はそんな酷いことしないわ。

いい感じの笑顔で詩織は答えるものの、私のHPは風前の灯だ。

あと一吹きで命の火が消えてしまうぞ。

それにしても素敵、と再び私の姿を眺め始めた詩織の背後から、見覚えのある金髪と黒髪がひょっこりと顔を覗かせた瞬間、私の命の火が消えた気がした。




「やー!何やえぇ時に来たわぁ!」

「……黙れ黒ピアス。」


私の機嫌は急降下である。

これ以上は下がらないだろうというところまで落ちていたはずが、知らず知らず余裕を残していたらしい。

先程までとは比べ物にならないくらいのオーラを発している自信があった。

因みに、金髪――田中英志の方は何食わぬ顔をしていたものの、空気を呼んで一番安全な詩織の隣というポジションを陣取っていた。


「二人とも可愛えぇなぁ!はいからさんとおにんぎょさんやぁ!」


こいつの言い方はいちいち癪に障る。

殺気すら放ち始めた私の空気を読むことなく、黒髪ピアスこと菅原裕次郎は私と詩織を見比べながら頬を染めてへらへらと笑い続けていた。

気持ち悪いことこの上ない。

早速携帯を出して写真を撮ろうとした馬鹿男の手を、有無を言わさず叩き落した。


「金取るぞ。」

「いくらや?」


こいつ、食い気味に返しやがった。

呆然と目の前のアホを見つめる私に、本気の顔で答えを待つ菅原。

あ、何かだんだん頭痛がしてきた。


「これも援助交際になるのかしら?」

「…さー?」


ばっちり耳に届いた親友の呟きに、私の気力が一気に四散した。






「それにしても。」


何だこの馴染み具合はと突っ込みたくなるほどの雰囲気で、田中英志が息を吐いた。

その顔は心底呆れている。


「この学校、色々高ぇよ。」


昼飯も碌に食えやしねぇ。

そうぼやく傍ら、菅原裕次郎も同意するように頷いていた。


「そうですねぇ、確かにどのお店も不親切なお値段でしたわ。」


それについては私も同じ意見だし、こうなることは私も詩織も予想済みだった。

というわけで、私たちはいつもの如くお弁当持参だ。

これだけは巾着に入らなかったので、目立たない紙袋に入れてきていた、が。


「食べる気がまったくしない。」


そう、私といえば詩織に合わせてお弁当を広げたものの、極度の精神的疲労と着物の締め付けでお昼を若干過ぎた時間になってもお腹が空くことはなかった。

しかし、今日は荷物をなるべく減らすためお弁当箱も捨てられるように紙製品にしたというのに、残してしまっては意味が無い。

どうしたもんかねと視線を上げれば、きらきらした目で男二人がこちらを見ていた。

そうか、そういえばいたな、残飯処理係。


「食うか?」


そう告げた途端、まるで肉に群がるハイエナのように金と黒の獣どもは目を光らせて腕を伸ばした。

うぇ、見てるだけでも気持ち悪ぃ。


「蓮ったら、大丈夫なの?」

「うん、食欲無いだけ。特に吐き気とかは無いから平気。」


ただ気力が無いだけだ。

これまでの行いを少し反省したのか、申し訳無さそうにこちらを見てくる詩織に小さく苦笑を返す。

あぁ、私も洋服にすればよかった…っていうか予定通りの服装で行きたかった。

全ては母のせいである。


「にしても、よくまぁ二十歳超えた男が二人してこんな頻繁に忍び込むな。」


ある意味すげぇよ、あんたら。

そう言うと、私の言葉ではっと何かを思い出したように、田中英志が顔を上げた。


「そーだ、そーだ、忘れるとこだった。」


その反応に、訝しげな顔を向ける。


「え。何か用があったのかよ?」


私はただの物好き二人と思ってたよ。

その声と気配で言いたいことを察したのだろう、田中が僅かに眉を寄せる。


「失礼な奴だなぁ、せっかくまた忠告に来てやったのに。」

「はは、うちの大将面倒見いいやろ?」


…確かに、あれっぽっちの縁で高校にまで忍び込んでくるこいつは、かなりのおせっかいなのかもしれない。

でもお前は完璧に私欲だろう、菅原裕次郎。


「で、何かあったの?」

「おうよ。実は恵美子のことなんだけどよ。」

「あら、縁を切られたのではなかったのですか?」

「おう。だから実際面と向かって聞いたってわけじゃあないんだが…。」


そこで話を切った彼は、考えるようにくるりと視線をさまよわせた。


「どーも、俺らと手を切ってから、恵美子が性質の悪い奴らとつるんでるって噂聞いたんだ。」

「んで、一昨日だかその前だか、そいつらに金つかませて、何や頼みごとしてたらしいで。」


へぇ、これはこれは。

まーた何か悪巧みでもしてるみたいだな。

いい情報聞いた、こりゃあありがたい。

にしても…。


「よくまぁそんな情報集まるよな。」

「何のこたねぇ。恵美子が店を知らねぇだけだ。」


田中曰く、水島恵美子が件の奴らと会っていた場所は、以前田中自身が恵美子に乞われて連れて行った店の一つらしい。

やはり根っからのお嬢様はそういったお店には詳しくないらしく、愚かにも打ち合わせの場所に田中が懇意にしている仲間が働いている店を選んだらしかった。

そこら辺が世間知らずのお嬢様である。


「ま、どこに誰の耳があるか判らんっちゅーことやな。」


うんうんと何かに納得するように頷いた菅原が、ひょいとミートボールを口に放った。


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