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神に見放されし天秤  作者: 春海
第 1 章 辺境揺籃編:運命の始まり

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8/17

間話 「パーシヴァル」

 あの年、彼は十三歳だった。


 小さな地方貴族の一人息子にとって、十三歳といえば庭で蝶を追いかけ、授業中に上の空になり、母に甘えられる年頃だ。


 だがパーシヴァルに、そんな十三歳はなかった。


 「お前はフィッツジェラルド家の唯一の跡取りだ」


 父がそう言ったから。


 「強くなりなさい」


 母がそう言ったから。


 だから彼は両親に連れられて帝都の中心へとやって来た。


 毎日、夜明け前に起き、父について剣術の基礎を叩き込まれる。

 

 手のひらに血豆ができるまで、足が震えて立っていられなくなるまで。


 それから街の訓練場に送られ、自分より頭半分も大きい子供たちと組み合い、投げ飛ばされ、剣の腹で打たれ、「貴族の坊ちゃんは肌が綺麗だな」と笑われる。


 彼は決して泣かなかった。


 痛くないわけじゃない。 泣く資格がないと思っていただけだ。


 毎晩、体がバラバラになりそうな思いで家に辿り着く頃には、屋敷中の使用人たちはもう寝静まっていた。


 彼はいつも真っ暗な廊下を抜け、足音を忍ばせて母の部屋の前まで行き、三回ノックをする――


 「母上様、私です」


 そして返事を待たずに、扉を開ける。


 部屋にはいつも小さな灯りがともっている。


 母はいつも窓辺の椅子に座っていて、膝には毛布をかけ、窓台には彼女が自ら植えた青い朝顔の鉢がいくつか置いてある。


 彼が入ってくるのを見ると、母は決まってあの笑顔を見せる――月のように優しく、岩のように強い笑顔を。


 「帰ったの? 今日は疲れた?」


 「疲れてないよ」


 彼はいつもそう答えてから、母のそばに歩み寄り、その足元に座り込んで、顔を毛布にうずめる。


 「でも今日の教官はすごく怖くてさ、僕はちゃんと勝ったのに、フォームが間違ってるって言うんだ……」


 母の手が彼の頭の上に落ち、そっと撫でる。


 「それで?」


 「それで三回もやり直したんだ! 全部勝ったよ!」


 「まあ、私たちのパーシヴァルは偉いわね」


 彼は顔を上げて母を見る。 その目はきらきらと輝いていて、子供らしい眼差しだった。


 「それでね、今日帰り道にね、西通りに新しいパン屋ができててね、ショーウィンドウにジャムの入った丸いパンが並んでて、すごくいい匂いがしたんだ。 母上様の体調が良くなったら、買ってきてあげるね」


 「ええ」


 「それからね、訓練場の隣の木に、小鳥の巣があるんだ。 今日ヒナが飛ぶ練習を始めてて、一羽だけすごく不器用なのがいてね、なかなか飛べなくて、三回も落ちちゃったんだ……」


 「それで?」


 「そしたら最後に飛べたんだ! 母上様、お外に出られるようになったら、連れて行ってあげるね」


 彼は笑った。 顔の疲れはすっかり消えていた。


 母が彼を見る目も、相変わらず優しかった。


 「ええ」


 彼女はそう答え、手はいつまでも彼の髪を撫で続けていた。


 これがパーシヴァルにとって、一日で唯一温かさを感じられる時間だった。

 

 これが彼の辛い日々の中で、ただ一つの慰めだった。


 窓の外では帝都の灯りが夜通し輝いている。

 

 しかしこの小さな部屋には、薄暗い灯りと、病弱な母と、疲れ果てても安心しきった子供だけがいた。


 彼はこの日々がずっと続くことを願っていた。


 しかし彼は知らなかった。 体調の問題で自由に動けない母が、毎日何に耐えていたのかを。


 もともと丈夫ではなかったこの身体は、帝都の中心には向いていなかった。


 ここには故郷の街の爽やかな風も、山野の花の香りもない。


 帝都の環境は決して悪くない。 しかし幼い頃から虚弱だった彼女の体にとって、ここは養生に向く場所ではなかった。


 医者が来て、首を振った。


 もっと腕の良い医者が来て、同じように首を振った。


 「治せないわけではありません。 根本的な治療ができないのです。 ただ静かに養生するよりほかありません。 しかし、こちらは……奥様にとっては、決して養生に適した場所とは言えません」


 父は長い間黙り込んだ。


 彼はパーシヴァルに言わなかった。 どう言えばいいのか、分からなかったのだ。


 母はただ微笑んで、自分の夫を慰めた。


 「大丈夫です。 私はまだ頑張れます。 パーシヴァルがもう少し大きくなるまで……」


 彼女は言い終えなかった。


 彼女は分かっていた。 パーシヴァルにはここが必要だ――この訓練場が、この名門の指導者が、この地の資源と人脈が。


 これは彼女のたった一人の子だ。 これはフィッツジェラルド家の唯一の希望だ。

 

 自分のせいで、彼の将来を台無しにはできない。


 だから彼女はただ毎日窓辺に座り、遠くを行き交う人々を眺め、窓台の朝顔の鉢を見つめていた。


 朝顔は早朝にだけ花開き、夕方には萎んでしまう。 しかし次の日には、新しい花がまた咲く。


 彼女は自分の息子を想った。


 彼もそうだ。 毎日傷だらけで帰ってきて、また毎日彼女の撫でる手で立ち直っていく。

 

 彼は彼女の朝顔だった。


***


 その夜、パーシヴァルはいつもより帰りが遅かった。


 訓練場で、一人の少年がどうしても負けを認めず、もう一度勝負しろと言ってきた。 やっているうちに熱が入り、教官の笛が鳴った時には、もう月が昇っていた。


 彼は家まで走った。 息が切れるほど走った。

 

 心の中では今日伝えたいことでいっぱいだった――


 今日、あの一番横柄な奴に勝ったこと。

 

 今日、すごく綺麗な鳥が訓練場の上を飛んでいったこと。

 

 今日、道でつるつるした小石を拾ったこと。 母上様にあげようと思って……


 廊下はしんと静まり返っていた。


 彼は母の部屋の前に立ち、三回ノックした。


 「母上様、私です」


 返事はなかった。


 眠っているのだろう、と彼は思った。 これまでもそういう時はあった。 こっそり入って行って、しばらくベッドの側に座ってから、自分の部屋に戻るのだ。


 彼はそっと扉を押し開けた。


 「母上様、今日ね――」


 言葉が喉の奥で止まった。


 窓辺の椅子が空っぽだ。 毛布が床に落ちている。

 

 母は窓辺に倒れていた。 片手を朝顔の方に伸ばして、何かが落ちたから、それを拾おうとしたみたいに。


 「母上……様?」


 声が裏返った。


 「母上様! 母――!!」


 彼の叫び声が屋敷中を目覚めさせた。


 使用人たちが駆け込んでくる。 医者を呼びに行く者、母をベッドに運ぶ者、彼を外に連れ出そうとする者。


 彼には何も聞こえず、何も見えなかった。

 

 ただ、母の蒼白い顔を、閉じられた目を、かすかに上下する胸を、じっと見つめ続けた。


 「大丈夫……大丈夫……」


 自分を慰めているのか、何かに祈っているのか、分からなかった。


 「母上様は、一緒にいてくれるって言ったんだ……約束したんだ……」


 医者が来た。


 父も来た。


 彼は人の隙間から、医者が母に薬を飲ませ、魔術を使い、様々な見たこともないことをするのを見ていた。


 飛び込んで行きたかった。 あの人たちを押しのけて、母の手を握りたかった。

 

 しかし誰かに押さえつけられて、動けなかった。


 「放せよ! 母上様のところへ行くんだ!」


 「パーシヴァル、落ち着け」


 父の声だった。


 「落ち着けるか! 母上様なんだぞ!!」


 その手を振りほどき、ベッドの側に駆け寄り、ひざまずいて母の手を握った。


 母の手は冷たかった。


 自分がどのくらいそこにひざまずいていたのか、分からなかった。

 

 医者がようやく体を起こし、「もう危険はありません」と言った時には、体中の力が抜け落ちたように、ぐったりとその場に崩れた。


 だがすぐに、別の力が湧き上がってきた。


 彼は立ち上がり、父の前に歩み寄った。


 「ここにいます」


 「ダメだ、お前は休まなければ――」


 「ここにいます」


 父の言葉を遮った。 声は嗄れていたが、意志は強かった。


 「休みません。 離れません。 ここにいます。 一歩も動きません」


 父は彼を見た。


 彼は父を見た。


 十三歳のその目には、年齢にそぐわない執念と恐れがあった。


 それはわがままではなかった。 彼は怖かったのだ。 自分が離れたら、また母が倒れてしまう気がした。

 

 自分が目を閉じたら、永遠に母を失ってしまう気がした。


 父は長い沈黙の後、口を開いた。


 「……分かった。 明日、訓練場には私から連絡しよう。 お前は一日休め」


 パーシヴァルは答えなかった。 もうすでに母のベッドの側に戻り、再びひざまずき、その手を握っていた。


 父はその背中を見つめ、唇を動かしたが、結局何も言わずに部屋を出て行った。


***


 その夜、パーシヴァルは一睡もしなかった。


 彼はただそこにひざまずき、母の手を握り、その蒼白い横顔を見つめ続けた。


 時々、母がわずかに眉をひそめると、彼は緊張して身を乗り出す。

 

 時々、母が指を微かに動かすと、彼はさらに強く握りしめる。


 窓の外では帝都の喧騒が夜通し続いていたが、この部屋の中は、母のかすかな呼吸の音だけが聞こえるほど静かだった。


 夜が明けかけた頃、母が目を開けた。


 彼女はベッドの側にある小さな影を見た。 徹夜で赤くなったその目を見た。 自分の手を握るその手を見て、涙が溢れ出した。


 「パーシヴァル……」


 彼ははっと顔を上げた。


 「母上様! 目が覚めたんですね! 気分はどうですか? 医者を呼びます――」


 「いいえ」


 母の手がそっと彼の手を離れ、逆に彼の手の甲を覆った。


 「おいで」


 彼はひざまずいたまま少し前に進み、顔をベッドの端に寄せた。


 母の手が彼の髪に触れた。 無数の夜のように、優しく、ゆっくりと撫でる。


 「ばかな子ね、一晩中つきっきりだったの?」


 彼は答えなかった。 ただ顔をさらに深くうずめた。


 「母さんはもう大丈夫よ。 本当よ。 ほら、目も覚めたし、話もできるし、あなたの頭も撫でられる。 大丈夫」


 母の声はとても小さく、弱々しい息遣いが混じっていた。

 

 それを聞いて、パーシヴァルの肩が震え始めた。


 「あなたはもう休まなくちゃ。 母さんの言うこと、聞ける?」


 彼は顔を上げた。 顔中涙で濡れていた。


 「嫌だ! 離れたくない!」


 母は彼を見つめ、その目は痛ましさに満ちていた。

 

 指でそっと彼の涙を拭う。 拭いきれず、かえってどんどん溢れてくる。


 「パーシヴァル……」


 「一緒にいてください」


 泣き声混じりだが、一言一言はっきりと言った。


 「ずっと一緒にいてください。 毎日訓練がどんなに辛くても、帰ってきて母上様に会えるだけで、救われるんです。 母上様がいなくなったら、僕は……僕は……」


 言葉が続かなかった。


 母は静かに彼を見ていた。 長い間、見つめていた。


 それから、そっと微笑んだ。


 「ええ」


 手はまだ彼の髪を撫でていた。


 「母さんは約束する。 できるだけ長く、あなたと一緒にいるって」


 パーシヴァルは顔を彼女の手のひらにうずめ、ようやく泣ける子供になったように、声を上げて泣いた。


 泣きながら、彼はベッドの側で眠ってしまった。


 母はその寝顔を見つめ、涙を静かにこぼした。


 窓の外から朝日が差し込み、窓台の朝顔に当たる。

 

 青い花は光に向かって、満開に咲き誇っていた。


***


 夕方、パーシヴァルは父に書斎へと呼び出された。


 彼はもう昨夜のような取り乱しようではなかった。 おとなしく父の前に立ち、父が話し出すのを待っていた。


 父は彼を見て、複雑な表情を浮かべた。


 「お前の母の体については、分かっているな」


 彼はうなずいた。


 「ここでの環境は、母上の養生には適さない。 医者とも相談して、元の屋敷に戻すことにした。 あちらの方が養生には適している。 最上の女中を付けて世話させる」


 彼は黙っていた。


 「だが、我々はここに残らなければならん。 お前の訓練は中断できず、学業も疎かにはできん。 分かっているな」


 彼はやはり黙っていた。


 父は長く待ったが、答えは返ってこなかった。


 「パーシヴァル……」


 「分かっています」


 ようやく口を開いた。 だがその声は、十三歳の子供とは思えないほど落ち着いていた。


 「父上様が仰らなくとも、すべて分かっています」


 父は言葉を失った。


 またあの泣き叫びや反抗を繰り返すと思っていた。

 

 また長い時間をかけて宥め、説明し、説得しなければならないと思っていた。


 だがパーシヴァルはただ淡々と「分かっています」と言っただけだった。


 それが、父に何を言っていいか分からなくさせた。


 「では……母に別れを告げてこい」


 パーシヴァルは背を向けて部屋を出た。


 彼は母の部屋の前に立ち、長い間立ち尽くした。


 それから扉を開けた。


 母はベッドの端にもたれて座っていた。 顔色は依然として蒼白かったが、彼が入ってくるのを見ると、やはり笑顔を見せた。


 「おいで」


 彼は歩み寄り、ベッドの端に腰を下ろした。


 母は彼の手を取って、何かをその手のひらに置いた。


 栞だった。


 薄青い朝顔の花が丹念に押し花にされ、乾燥させられ、細い糸で薄い紙片に留めてある。

 

 花びらの色はもう褪せていたが、元の姿はかろうじて見て取れた。


 「これはね、母さんが窓台の花で作ったの。 あなたがいない間、母さんはこの花を見て、あなたを想っていたのよ。 今度はあなたがこれを持つ番ね。 母さんを想いたくなったら、これを取り出して見るのよ」


 彼はうつむいて、手のひらの栞を見つめた。


 花びらはとても軽かった。 ほとんど重さを感じないほどに。

 

 だが彼の手にはずっしりと重く感じられた。 重くて、握っていられなくなりそうだった。


 「母さんは定期的に手紙を書くから、あなたも母さんに手紙を書いて、毎日何をしているか教えてね。 いい?」


 母の声は相変わらず優しかった。 いつもと変わらず。


 彼は顔を上げた。


 「はい」と言いたかった。


 しかし言えなかった。


 彼はただ母を見つめ、涙が一粒一粒こぼれ落ちた。


 母は手を伸ばして彼を抱き寄せ、小さい頃のように、背中を優しく叩いた。


 「私の愛しいパーシヴァル、母さんはちょっと疲れただけよ。 少し休みに帰るだけ。 あなたは母さんがいないからって諦めたりしないで。 強くなりなさい」


 強く。


 彼は毎晩この言葉を聞いていた。


 母が「強くなりなさい」と言うから、彼は痛みに耐え、疲れに耐え、すべての理不尽に耐えてきた。

 

 母が彼に強くなってほしいと願っているからだと、分かっていたから。


 しかしこの時、この言葉は刃となって、彼の心臓に突き刺さった。


 強くならなければならない。

 

 しかし、彼が強くあるための一番の理由が、去って行こうとしている。


 これから誰が、あの他愛ない話を聞いてくれるのか?

 

 誰が彼の頭を撫でて「まあ、私たちのパーシヴァルは偉いわね」と言ってくれるのか?

 

 誰が彼が一番疲れている時に、あの優しい笑顔を見せてくれるのか?


 分からなかった。


 ただ一つだけ分かっていた。「はい」と言わなければならないことだ。


 「……はい、母上様。 私は強くなります」


 鼻声だったが、一言一言はっきりと言った。


 母はそっと彼の額に口づけをした。


 窓の外の朝顔はもう萎んでいた。


 だが明日には、また新しい花が咲く。


***


 母が去っていく日、パーシヴァルは見送りに行かなかった。


 彼は訓練場に立ち、木人に向かって剣を振り続けていた。


 手のひらから血が滴るまで振り続け、剣が手から飛び去るまで振り続け、教官が我慢できずに歩み寄って肩を押さえるまで振り続けた。


 「もういい」


 彼は何も言わず、別の武器を取って訓練を続け、あるいは本を手に取って学び続けた。


 その日から、パーシヴァルは変わった。


 彼はもう訓練が終わってもキョロキョロと家路を急ぐことはなく、休憩時間に仲間と笑い合うこともなく、食事中にある料理を見つめて「これは母上が好きだった」とぼんやりすることもなかった。


 彼はただひたすらに訓練し、訓練し、訓練した。

 

 夜明けに訓練し、日没に訓練し、人が休んでいるときも訓練し、人が寝ているときも訓練していた。


 教官は「目覚ましい進歩だ」と褒めた。


 仲間は「あいつ、正気じゃない」と言った。


 彼はただ黙って剣を握り、槍を掲げ、弓を引き、魔術を詠唱し続けた……


***


 彼にとって、そこにはただ果てしない武の鍛錬があるだけだった。


 毎月、一通の手紙が届いた。


 封筒には母の美しい筆跡が綴られ、便箋の間には一枚か二枚の乾燥した花びらが挟まれていた。


 母は手紙にこう書いていた。 そちらの天気は良い、空気は澄んでいる、毎日外を散歩できる、と。


 母は手紙にこう尋ねていた。 訓練は辛くないか、ご飯はちゃんと食べているか、ちゃんと眠れているか、と。


 彼は返事を書いた。


 今月は進歩しました、と書いた。


 教官に褒められました、と書いた。


 すべて順調です、母上様もお体をお大事に、と書いた。


 昨夜、母上様の夢を見ました、とは書かなかった。


 毎日とても疲れています、とは書かなかった。


 お会いしたいです、とは書かなかった。


 どう書けばいいのか、分からなかったから。


 彼は強くなることを覚えたが、一方で、胸の内を打ち明けることを忘れてしまった。


***


 十八歳の年、天才と謳われたパーシヴァルは聖光騎士団の選抜を通過した。


 二十歳の年、彼は第五席に昇進した。


 二十一歳の年、彼は第三席になった。


 彼は僅か七人の騎士団の中に立ち、周りには各地から集まった、実力と才能において誰もが傑出した精鋭騎士たちがいた。


 誰も彼が小さな街の貴族の出身だとは知らず、誰も彼に病弱な母がいるとは知らず、誰も彼が毎晩枕の下から古い栞を取り出して、長い間見つめた後、また戻すことを知らなかった。


 同僚は彼を「無口な奴」と言った。


 部下は彼を「厳しすぎる」と言った。


 上官は彼を「信頼できる、落ち着いた男」と言った。


 誰も彼が十三歳の夜、母のベッドの前で一晩中泣いたことを知らない。


 誰も彼が毎月届く一通の手紙が、灰色の生活の中で唯一の光であることを知らない。


 母の手紙は一度も途絶えなかった。

 

 彼の返事が次第に短くなり、次第に形式的なものになっても、母からの手紙は変わらずに届き、変わらずに優しく、変わらずに乾燥した花びらを挟んでいた。


 時には朝顔で、時には別の花で――母は言っていた、ここの庭には何でもあるのだと。


 彼は花のことには決して触れなかった。

 

 しかし、花びらはすべて大切にしまい込み、あの古い栞の隣に挟んでいた。


***


 辺境の任地に派遣される前、パーシヴァルはいつも上から指示された任務を受け入れるだけだった。

 

 彼はただひたすらにそれを受け入れていた。


 任務は順調だった。 軽い傷を負ったが、問題にはならなかった。


 彼は知っていた。 今、帝国の辺境の地に欠員が出るということを。

 

 なぜだか分からないが、それが少し気にかかっていた。


 部屋に戻ると、習慣で枕の下からあの栞を取り出した。

 

 いつものようにそれをしばらく見つめてから、寝ようと思った。


 しかし彼の目は栞に留まり、突然止まった。


 栞の中の花びらは、もう見る影もなく枯れ果てていた。


 何年も経っていた。 とっくに崩れ去っていてもおかしくなかった。

 

 彼が大切に保存し、薄紙で挟み、簡単に触れないようにして、やっと今日まで残してきたのだ。


 しかしこの日、彼はふと思った。


 (母上のところには、まだ朝顔があるのだろうか?)


 (あちらの庭には何でもあると言っていたが、母上の窓台のあの鉢は、まだあるのだろうか?)


 なぜ急にそんなことを思い出したのか、自分でも分からなかった。


 彼はただ、その栞を長い間見つめていた。


 それから栞をしまい、横になり、目を閉じた。


 翌日、彼は珍しく自ら任務を受け入れ、長期間の遠征任務の辞令を受け入れ、辺境の地へ赴くことを決意した。


 彼はもう聖光騎士の第三席ではない。 新たな辺境騎士となるのだ。


 本質的に両者の責務に大きな違いはない。 どちらも民を守ることだ。

 

 ただ一つ違うのは、一人前の辺境騎士になることは、聖光騎士であることよりもよほど艱難を伴うかもしれないということだ。


 だから、辺境騎士になることは、聖光騎士の誰にも劣らない実力を獲得し、より多くの資金援助を受け、そして聖光騎士以上の栄誉を得ることをも意味すると言っていい。


 パーシヴァルはなぜ自らこの任務を受け入れたのか、自分でも分からなかった。

 

 より強い実力を得るためか? より多くの資金援助のためか? より高い栄誉のためか?


 おそらくどれも違う。 不確かな辺境の地では、目に見える将来のすべてが、何の保証もないのだから。


 着実に昇進を重ねてきたパーシヴァルにとっては、長年かけて築き上げてきた資源や人脈などのすべてを、新たに築き直さなければならない。


 しかしパーシヴァルの父は、彼を制限しなかった。

 

 すべての努力が無駄になるかもしれないとしても。


 彼は長年にわたって沈黙を守り続けてきた息子の選択を尊重し、かつて父親として自分が強くあれと押し付けてしまったことへの償いの気持ちもあった。


 パーシヴァルは窓辺に立っていた。

 

 あの母が彼を見つめていた場所で、新たに咲いた朝顔を見つめ、手にはあの古い栞を握っていた。


 陽の光が、その二つの間に降り注いでいた。


 彼はふと、母が去っていく前の夜のことを思い出した。

 

 彼は母のベッドの側で眠ってしまい、目を覚ますと自分はベッドの上にいて、体には毛布がかけられていた。


 母はもう起きていて、窓辺に座り、外の朝顔を見ていた。

 

 彼が目を覚ますと、優しく微笑んだ。


 「起きた? 今日は何が食べたい?」


 それが、母が去る前に、二人で過ごした最後の完全な朝だった。


 あの日の陽射しを、あの日の朝顔を、母の笑顔を、彼は覚えている。


 母への約束も覚えている。


 「私は強くなります」


 彼はやり遂げた。


 聖光騎士団第三席になり、無数の任務を完遂し、すべての人の尊敬を勝ち得た。

 

 これ以上ないほど強くなった。


 しかし彼はまた、すべての弱さ、すべての想い、すべて言いたかったことを、心の奥底に押し込め、この栞の中の枯れた花びらにしてしまったのだ。


 今、そんな彼が自分の決断を下そうとしている。

 

 その決断が正しいかどうかは分からないが。


 出発前、彼は相変わらず母に手紙を出した。


 今回の手紙はとても長かった。 パーシヴァルの近況と、下した決断が書き綴られていた。

 

 彼は自分の下した決断を「愚かなもの」だと考え、自己批判に満ちていた。


 数日後、まだ出発していなかったパーシヴァルのもとに母からの返事が届いた。

 

 封筒には見慣れた筆跡。


 彼はそれを受け取り、開けた。


 母の手紙は相変わらず簡潔だった。

 

 最近は体調が良い、庭の花がちょうど満開だ、自分のことはちゃんと大事にしなさい、あまり無理をしないで、自分を過小評価しすぎないで、と。


 手紙の最後に、小さな一行があった。


 「窓台の朝顔がまた咲きました。 母さんは言いました、あなたが小さかった頃、毎日帰ってきた時に、いつも一番美しく咲いていたあの朝顔のように、と」


 彼の指が微かに震えた。


 彼は便箋を胸に当て、目を閉じた。


 窓の外で、新しく咲いた朝顔が風に揺れている。


 二十一歳のパーシヴァルは窓辺に立っていた。

 

 陽の光が彼に降り注ぎ、手の中の古い栞に降り注ぎ、胸の手紙に降り注いでいた。


 彼はふと、遠い昔に母が言ったあの言葉を思い出した。


 「今日は疲れた?」


 彼はずっと「疲れてない」と言ってきた。


 しかし今日は、言いたかった。


 「母上様、少し疲れました」


 彼は口に出さなかった。


 ただ目を開けて、窓の外の朝顔を見て、ほんの少しだけ微笑んだ。


 その微笑みはとてもかすかで、ほとんど分からないほどだった。


 しかしそれは、十三歳以来、初めての笑顔だった。


***


 セイラムにやって来たパーシヴァルは、この地に慣れてから朝顔を探しに行き、母に手紙を出そうと思っていた。


 視線は、本に挟まれたあの朝顔の栞に落ちる。

 

 彼はいろいろなことを考えた……


 一株の朝顔を見つけて鉢に移し、自分の部屋の窓辺に置きたいと思った。


 ゆっくりと腰を据えて、便箋を広げ、手紙を書き始めたいと思った。


 たくさん書きたいと思った。


 今日見かけた道端の花を、窓の外の陽射しを、ふと思い出したあの朝のことを、この何年も言えずにいた言葉を。


 「母上様、一緒に花を見に行きたいです」


 しかし、かつてのように誰かに向かって笑い、誰かに向かって泣き、誰かに向かって甘えることが、今の自分にできるのかどうか、彼には分からなかった。


 もしかすると……


 (私はあの感覚を忘れてしまった。 すべての想いは泡のようなもので、私は二度と咲き誇ることはない。)


 もしかすると……


 (私はもう後戻りできない。 自ら捨て去ったものたちを直視することなど、もうできない。 私はとうに萎んでしまったのだ。)


 栞に触れようとした手が止まる。 その目に、再び翳りが差した。


 その時――


 「おや? これって確か青い朝顔だよね」


 あの少年の声が響いた……

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