間話 「愛の名のもとに 其一」
新神暦 6865 年。
うららかな晴天の一日。 帝都から運ばれてきた物資が海岸で荷下ろしされており、人混みの中で一人の少年が重量物の運搬を手伝っていた。
少年はおよそ十四歳。 大きな麦わら帽子をかぶり、シンプルな汗着一枚で、焼けつくような暑さの中でもひときわ懸命に働いていた。
「おい、ハク、休憩時間だぞ。 こっち来て休めよ!」
「はいっ! この荷物を運び終えたらすぐ行きます。 おじさんたち、先に昼ご飯を食べててください」
ハクは手元の仕事を終えると休憩スペースへ歩いた。 全身びっしょり汗をかき、荒い息を切らしていた。
彼は帽子を脱ぐと、真っ白な髪を露わにした。 肌も常人よりずっと白いが、腕の部分は日に焼けて真っ赤になっており、明らかな日焼けの痕が残っていた。
「ハク、今日は日差しが強すぎる。 昼からは家に帰って休んでおけ」
大柄な男が歩いてきて彼の隣に座り、水と食べ物を渡した。
「報酬はいつも通り払う。 それに朝からこんなに頑張ってくれたから、少し多めに渡すこともできるぞ」
「ホーケンおじさん、ご心配ありがとうございます」
ハクは食べ物を受け取った。
「でも、今日の仕事を全部やり終えてから報酬をいただきたいです。 どうかそこまで気を遣わないでください」
「お前ときたら、相変わらず真面目だな」
ホーケンは笑って首を振った。
「わかった、午後も続けていい。 だけど無理はするな。 午後は俺たち大人が直接やらなきゃいけない仕事もあるから、適度に手伝ってくれれば十分だ」
彼は少し間を置いて、補足した。
「午後はもっと日差しが強くなるだろう。 勝手に仕事を増やしたりせず、俺の指示に従え。 また倒れたら面倒だぞ」
「はい、ホーケンおじさん。 もう迷惑をかけません」
ハクは少し照れくさそうにうつむき、食べ物を食べ始めた。 その様子を見て、周りの人たちは皆笑った。
——
一日の仕事を終え、ハクは皆に別れを告げて家路についた。
大きな邸宅の前にたどり着いた時、空はすっかり暗くなっていた。 広々とした邸宅の中で灯りがついているのは、一階のたった一部屋だけ。 この家は立派な造りだが、どこかひっそりとして寂しさが漂っていた。
ここが、彼の家だった。
ドアを開けると、彼は着替えた服と道具を玄関にきちんと片付けてから家の中に入った。
「ただいま!」
誰からも返事はなかった。 彼は気にせず、灯りのついた部屋へまっすぐ向かった。
部屋の前で立ち止まり、服を整えて真剣な表情を作ってから、ドアを押し開けた。
「アイン、今日の勉強はどうだった?」
「あ、お兄ちゃん、おかえり!」
十歳ほどの男の子がペンを置いて振り返った。
「今日学ぶべき内容は全部覚えました。 今はノートにまとめて復習してるところです」
「うん。 明日の模擬試験、必ずいい点を取れよ」
ハクは満足そうに頷き、そのまま身を翻して立ち去ろうとした。
「それじゃ、俺は先に休む」
「でも、お兄ちゃん……」
ハクは弟が呼び止めたことに気づかなかった。 毎日の重労働でくたくたになっていた彼は、弟が真面目に勉強しているのを確認すると、ドアを閉めてその場を離れてしまった。
部屋の中は再び静まり返った。 紙の上をペンが滑る音だけが、ひっそりと響いている。
アインはどうしても心を落ち着けられなかった。
(明日…… 僕の誕生日なのに……)
——
翌朝、ハクは起きるとすぐに仕事に出かける準備を始めた。 朝食を食べながら、アインに復習を促した。
「今回の試験は、ここまでの勉強の成果を試すものだ。 正式な大試験じゃないからといって、手を抜いてはいけない」
「いい成績を取ったら、お前が欲しいものをご褒美にやる」
「本当ですか?!」
アインの目がぱっと輝き、約束をしてくれた兄を期待に満ちた目で見つめた。
「その…… 試験の成績は午後には出ると思います。 お兄ちゃんはその頃まだ仕事かもしれないけど、今日は早く帰ってきてくれますか? 欲しいものがあるんです」
「欲しいものは直接お兄ちゃんに言えば買ってきてやる。 ただし —— ちゃんといい成績を取ることが前提だぞ」
「絶対頑張ります!」
アインは力強く頷き、それから少し内緒めいた様子で続けた。
「それで…… その…… 欲しいものは秘密です。 とにかくお兄ちゃん、早く帰ってきてくださいね!」
「わかったわかった。 じゃあ俺は仕事に行ってくる。 試験、頑張れ」
「うん! 絶対早く帰ってきてくださいね!」
アインは玄関先で手を振って別れを告げ、そのあと部屋に戻って本を読み続けた。
——
アインは試験会場に入った。
彼には少し自信があった。 辛い思いをしながらも、お兄ちゃんが持てるほぼ全ての資源を使って僕を育ててくれたのだ、失望させるわけにはいかない。
試験会場には、彼よりも何歳も年上の子供たちがたくさんいた。 アインはプレッシャーを感じていた。 今回は普通の小テストだが、順位がつく。 普段はなんとか上位 3 位を保っているが、少しの油断で順位はすぐに落ちてしまう。
(もっと上に行かなきゃ、これまでの努力が無駄になっちゃう。 それに今日は僕の誕生日だから…… この機会に…… お兄ちゃんにたくさん遊んでもらいたい……)
彼は固く決意を固め、答案用紙にペンを走らせ始めた。
——
日がすっかり傾き、沈もうとしていた。
アインはずっと試験会場の外に座り込んで、成績を一刻も早く知りたくて待っていた。
ドアが開き、一人の先生が出てきた。
「先生、先生!」
アインはすぐに飛び上がった。
「僕の成績はどうでしたか?」
先生はびっくりした。 まさか入り口に待っている人がいるとは思わなかった。 よく見ると、受験生の中で最も優秀なあの子だとすぐにわかった。
「アインくんか? ちょうど家に届けに行こうとしていたところだよ。 成績は家で待っていればいいのに、ここまで採点が終わるのを待っていたの?」
アインは返事をせず、先生が持っている書類をじっと見つめていた。 目には期待と不安が入り混じっていた。
「アインくん、今回もすごくいい成績だったよ」
先生は自然に笑いかけた。
「受験生の中で一位だ。 おめでとう」
「やった! ありがとうございます! ありがとう!」
アインは成績表を受け取ると、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら家へと走っていった。 お兄ちゃんにサプライズを届けたい、その思いでいっぱいだった。
家の玄関にたどり着いた時、空は完全に暗くなっていた。
アインは息を切らして玄関の前に立った。 早くお兄ちゃんに会いたい、一緒に遊びたい。
だが、一つの不安な考えが彼の心を掴んだ —— 家の灯りが、一つもついていない。
(…… ありえないよね?)
彼は必死に自分を慰めた。
「お兄ちゃんならこの時間にはもう家に着いてるはずだし、きっと晩ご飯も用意してくれてる。 きっと疲れすぎて先に休んでるから、灯りを消してるんだ。 そうだ、絶対そうだ」
「お兄ちゃんは約束してくれた、今日は早く帰ってきて僕と一緒にいてくれるって」
彼は靴を履き替えてドアを開け、わざと大きな声で家の中に呼びかけた。
「ただいま!」
応えてくれたのは、がらんとしたリビングに響く自分の声の反響だけだった。
「あはは…… きっとそんなことないよ……」
彼はリビングの灯りをつけ、お兄ちゃんがいそうな部屋を一つ一つ探し回った。
どこにも誰もいなかった。
お兄ちゃんは、また約束を破った。
「はあ…… はあ……」
***
その頃。
「ハク、今日は一日お疲れさまだった」
ホーケンはハクの肩を叩いた。
「だけどこんなに遅くなって大丈夫か? お前が自ら残業を申し出てくれたのはありがたいけど、家には弟の面倒を見なきゃいけないんだろ?」
「ご心配ありがとうございます。 大丈夫です。 今日は弟の誕生日なので、ちょうど今日多く稼いだお金で、いいものを買ってあげたいんです」
「ああ、お前も大変だな」
ホーケンは彼に銭袋を渡した。
「これが今日の給料だ。 受け取ってくれ」
ハクは銭袋を受け取ったが、すぐに違和感を覚えた —— 普段よりはるかに重いのだ。 中を開けてみると、想定していたよりもずっと多くのお金が入っていた。
「ホーケンおじさん? これは多すぎます。 今日の残業代を足しても、こんなにいただくべきではありません」
「はははは! 気にするな気にするな! 今日は一人の仲間が来られなくなったから、お前が手伝ってくれなかったら仕事が予定より早く終わらなかったんだ。 お前の時間を使ったんだから、これくらいの補償は当然だろ」
「そのお金で弟に美味しいものでも、気に入るプレゼントでも買ってやれ。 プレゼント選びにも時間がかかるだろうし、お金があればあれこれ悩まなくて済むだろ」
彼はもう一度ハクの肩を叩いた。
「さっさと買い物を済ませて、家に帰って弟の誕生日を祝ってやれ。 早く行け」
ハクの胸は感謝の気持ちでいっぱいになった。 深くお礼を言うと、すぐに市場へと走り出した。 この恩は、必ず後で返さなければ。
市場で、彼は焼きたてのパン、様々なデザートやケーキを買った。 弟がどんなプレゼントが好きかわからなかったので、ぬいぐるみ、簡易的な魔導の杖、勉強に使う本も何冊か買い揃えた。
家に帰る道すがら、今夜晩ご飯を作っていないことを思い出し、村の顔なじみの村民に立ち寄って、出来合いの温かい料理を買った。
普段からハクによく手伝ってもらっている村民たちは、ほんの数個の銅貨しか受け取らずに袋いっぱいの料理を渡してくれ、早く家に帰って家族と過ごすようにと声をかけてくれた。
両手いっぱいの買い物を抱えて家路を進むハクは、とても機嫌が良かった。 こんなにたくさんのいいものを見たら、アインもきっと喜んでくれる、そう思うと思わず口ずさんでしまうほどだった。
だが、どこか大事なことを忘れているような、引っかかる気持ちが消えなかった。
——
「ただいま!」
家の中は真っ暗だった。
ハクは一瞬立ち止まった。 夜になったとはいえ、まだ寝るには早い時間なのに、アインはどうして灯りをつけていないんだ?
彼は持ってきたものをリビングのテーブルに置き、何度かアインの名前を呼んだが、誰からも返事はなかった。
彼はアインの部屋へと向かった。 ドアは半分だけ開いていた。
ドアを押し開けると、部屋の中は灯りがついていなかった。 だが廊下の光で、部屋の隅に体を丸めている人影が見えた。
「アイン……?」
その人影は慌てて腕を上げ、顔についたものを乱暴に拭った。 だが、一度もこちらを向こうとはしなかった。
「…… なんだ」
声はひんやりと冷たかった。
「まだご飯を食べてないだろ? 今日はお前の誕生日だ。 帰りが遅くなってしまったけど、美味しいものをたくさん買ってきた。 早く下に降りてきて食べよう」
彼はプレゼントをドアの脇に置いた。
「あとこれ、お前に買ってきたプレゼントだ。 きっと役に立つものもあるはず。 俺は先に下で待ってるから、早く来いよ」
「…… うん」
ハクはおかしな点に気づかず、身を翻して階段を下り、テーブルに料理を並べ始めた。
——
階下で、ハクはテーブルいっぱいに並べられた食べ物を満足げに見ていた。 様々なおかず、パン、ケーキ、デザート…… 非常に豪華な食卓だった。
(こんなに豪華な誕生日なら、アインも絶対喜んでくれるだろう)
「どうしてまだ降りてこないんだ? 仕方ない、もう一度呼びに行こうか……」
その時、階段から重い足音が聞こえてきた。
アインがゆっくりと降りてきた。 表情は奇妙なほど平穏だった。
「あ、ちょうどよかった! 早く座れ、料理が冷めちゃうぞ。 今日はお兄ちゃんも少し疲れてるから、早く食べ終わったら食器を片付けて休みたいんだ」
アインの足が一瞬止まった。
それから急ぎ足で階段を降りると、椅子に座って食器を手に取り、黙って口にご飯を運び始めた。
リビングには、咀嚼音だけが静かに響いていた。 誕生日にあるべきにぎやかさは、どこにもなかった。
(お腹が空きすぎてるのか?)
(あんまり元気がないな…… やっぱり帰りが遅すぎたのかな)
(だけどこれじゃあ気まずすぎる。 何か話そう……)
彼は少し考えて、ふと思い出したことを口にした。
「そうだ、アイン! 今日の試験はどうだった? うまくいったか?」
アインは咀嚼を止めた。 うつむいたままで、表情は見えない。
長い時間が経ってから、やっとゆっくりと数文字を吐き出した。
「…… はい。 成績は…… すごくよかったです……」
ハクはその元気のない様子を見て、本当にいい成績を取ったのか疑問に思った。
「ん? どうしてそんなに返事が遅いんだ?」
彼は眉をひそめ、弟を諭そうと口を開いた。
「嘘をついちゃいけない。 嘘をつくのは悪いことだ ——」
言葉の途中だった。
アインが突然両手でテーブルを叩きつけて立ち上がった。 衝撃で一部の食べ物が床に落ちてしまった。
ハクは床に散らばった料理を見て少し怒り、責めようと口を開けた —— その瞬間。
「嘘をついてるのはお兄ちゃんでしょ!」
アインはほとんど叫ぶように言った。 その声は、ハクの言葉を完全に塞き止めた。
「早く帰ってくるって約束したじゃない! いつもそうなんだ! 僕と約束したことを毎回守ってくれない! 口を開けば成績だ勉強だって、あなたは本当に僕のことを心配してくれたことがあるの?!」
アインはうつむいたまま、ハクの方を見ようとしなかった。 ただ下を向いて、これまでの数年間溜め込んだ不満を精一杯の声でぶちまけていた。 言葉の合間にすすり泣きが混じり、涙が一滴一滴テーブルに落ちていた。
ハクはようやく弟の不満に気づいた。 自分がこの弟にたくさんの借りがあることはわかっていた。 だけど口下手な彼はどう返事していいかわからず、ただ黙ってしゃがみ込み、床に散らばった食べ物を片付け始めた。
「また黙ってるの?!」
アインの声はさらに大きくなった。
「自分に都合の悪いことがあるといつも黙り込むんですね! 床に落ちた食べ物がそんなに大事なんですか? たかがお金で買ったものじゃないですか! 家族よりも重要なんですか?!」
ハクの手が一瞬止まった。 胸の中がざわついたが、それでも気持ちを押し殺した。
「騒ぐな。 次回はちゃんと補償する。 まずはご飯を食べろ。 話は明日にしよう」
「次回? 補償? いつもそうやって次回に先送りするんですね! 僕はいったい何なんですか? お兄ちゃんはきっと床に落ちたおかずの方が心痛いんでしょ —— だってあなたの大事なお金で買ったものなんだから!」
ハクは何も返さなかった。
それがアインの怒りをさらに煽った。 ネガティブな感情が彼の全身を支配し、ただただ今の思いをぶちまけることしかできなくなっていた。
「いつも勉強はどうだ、ちゃんと頑張ってるかって、そればっかり! そんなもの、たとえいい成績を取ったってどうなるんですか? お兄ちゃんはまだ足りないって、もっと頑張れって言うだけで、他の子と遊ぶことさえ禁止するじゃないですか!」
「僕がどれだけ頑張っても、最後にお兄ちゃんがしてくれるのはお金で買ったもので僕をあしらうことだけ! そんなもの僕は全然欲しくない! なら明日から毎回最低点を取った方がマシなんだ —— そうすれば ——」
「もういい!!」
ハクは勢いよく立ち上がり、アインの頬に平手打ちを食らわせた。
彼は険しい顔をして、目の前のわがままだと思える弟を見つめた。
「俺が毎日朝から晩まで働いてるのは、一体何のためだと思ってるんだ? お前に最高の教育を受けさせて、いい成績を取らせるのは、全部お前のためなんだ!」
「父さんと母さんは早くに亡くなって、俺がずっとお前を育ててきたんだ! 他の子にはない教育資源をお前に与えられてるんだ! それなのにまだ不満なのか?」
「そんなにわがままなことを言うな。 お前が大人になれば、お兄ちゃんの親心がわかる日が来る」
彼は大きく息を吸い込んだ。
「お腹いっぱい食べたか? 食べ終わったら二階に上がって寝ろ。 明日の朝は先生を呼んで補習を頼んであるから、寝坊するな」
沈黙。
アインはゆっくりとうつむいた。
「お兄ちゃんの言う通りです」
彼の声はとても小さかった。
「僕がわがままでした。 これからはちゃんと頑張ります」
言い終えると、彼は一歩一歩階段を上り、自分の部屋に戻っていった。
ハクはその背中を見て、一瞬後悔の念が込み上げてきた —— 自分はやりすぎたのだろうか?
だが彼は首を振って、そんな雑念を払いのけた。 両親がいない今、自分がこの子の保護者としての役割を果たさなければならない。 これは全て、アインのためなのだ。
(まあ、後にしよう。 彼が大人になれば、俺がなぜこんなことをしたのか、きっとわかってくれる)
彼はうつむき、床に散らばった食べ物の片付けを続けた。
翌朝。
ハクは朝食を用意し、弟が階段を降りてくるのを待っていた。
アインは時間通りに姿を現し、いつも通りに挨拶をし、朝食を食べ終えると、勉強のために部屋に戻った。
全てがいつもと変わらない日常だった。 まるで昨夜の出来事など何もなかったかのように。
ハクはとても安心した。 弟は自分の親心を理解してくれて、昨日のことを気にしていないのだ。 彼は機嫌良く仕事に出かけていった。
***
五年後。
「おめでとう、アイン!」
ハクは手に持った手紙を興奮しながら振り回した。
「さすがはうちの希望だ! 帝国でも指折りの名門校に合格したじゃないか!」
彼は入学許可証を見つめ、瞳いっぱいに誇らしげな光を宿らせていた。
「この調子でしっかり頑張れば、卒業したら国内でもトップクラスの仕事に就ける! うちの家族を再興させることも夢じゃないな!」
だけどアインの反応はとても穏やかだった。
「ええ。 あと数日で出発しなければなりません。 ここは辺境の地ですから、帝都までかなりの時間がかかります。 道中で魔獣に遭遇する可能性もあるでしょうから、早めに準備を始めないと」
「もちろんだ! もうベンジャミンじいちゃんや他の騎士たちには頼んである。 連中もお前の合格を喜んでくれてたよ。 ちょうど数日後に帝都に用事があるから、ついでに乗せていってくれることになってる」
「それと、帝都はここより物価がずっと高い。 お前のためにたくさんお金を用意しておかないとな」
言い終えると、彼は興奮した様子で二階に上がり、これまでコツコツと貯めてきた貯金を取りに行った。
アインはその場に立ったまま、複雑な表情を浮かべていた。
「待たせた!」
ハクはいくつもの大きな袋を提げて二階から降りてきた。 重労働に慣れた彼にとってもこれらの袋は重かったが、今の彼はそんなことを全く気にしていなかった。 嬉しい気持ちで、体まで軽くなったようだった。
ドン!
麻袋が床に落ち、鈍い重い音が響いた。
ハクは袋を開け、中身を一つ一つ取り出して並べていった。 あっという間に床は金貨、銀貨、銅貨で埋まり、それに加えてたくさんの希少な宝石や価値の高い魔力結晶も山積みになった。
彼はそれらを見て少し考え込んだ。
「だけど全部持っていくのは少し面倒だな。 あとでベサニーさんにお願いしなきゃ……」
神官に依頼して、資産の一部を帝都の神殿に送金してもらおうと考えていた矢先、アインが彼の話を遮った。
「あの…… お兄ちゃん? そんなにたくさん用意しなくても大丈夫です。 帝都ではアルバイトもしてお金を稼ごうと思ってますから……」
「本当に利口になったな、アイン! だけどやっぱり多めに持っていきなさい、万が一のために。 ここを離れたら卒業まで数年かかるかもしれないし、なかなか帰ってこられないかもしれない。 家のことは心配するな、お兄ちゃんが全部ちゃんとやっておくから」
「…… はい」
アインを見ながら、ハクはこの五年間のことを思い出していた。
あの喧嘩の後、弟は二度と口答えをしなくなった。 何を言っても素直に従い、聞き分けが良すぎるほどになった。
(これが大人になったってことなのかな? まあ、でももう少し自分の意見をはっきり言えるようになった方がいいのかもしれない。 だけどそんなことを考えてる暇はない、早く彼の旅の準備を手伝わなきゃ)
「じゃあ俺は先に出かけてくる。 また後で戻ってくるからな」
彼は改めて分類して袋に詰め直したものを肩に担ぐと、軽やかな足取りで村の中心へと歩いていった。
アインは玄関先に立ち、そっと手を振って別れを告げた。 お兄ちゃんが遠ざかっていく背中を、複雑なまなざしでじっと見つめていた。
翌日。
村の人たちが大勢見送りに集まってきた。
アインは騎士たちの馬車に乗り込み、旅路へと踏み出した。
彼は後ろを振り返った。
白い髪の大柄な背中が、人混みの一番前に立って、力強く手を振り続けていた。




