第十話 「旅立ちの前に」
「パーシヴァルお兄ちゃん、どうしたの? 突然ぼんやりして、私、何か変なこと言った?」
パーシヴァルは我に返り、自分が態を崩していたことに気づいた。 困惑した顔のルシアを見つめる。
「失礼、ふと思い出したことがあったんだ。 ところで、さっきの技は弟のアクちゃんに習ったって言ってたよね? 詳しく聞かせてくれないか? アクちゃんもさっぱりわかってないみたいだけど」
「ああ、このこと?」
ルシアは手をひらひらと振って、さも気にしていない様子を装っていたが、わずかに上がった口角が、自慢の弟のことを語りたくてうずうずしている本心を丸出しにしていた。
「大したことじゃないよ。 訓練の合間に、よく彼を捕まえて一緒に練習してただけ」
「こいつさ、時々ぼんやりしてるけど、いざ戦いになったらめちゃくちゃ強いんだ。 普段は私に手加減してくれてるけど、本気で全力でぶつかってこいって言うたびに、一回も勝てたことないんだよ」
「それによく私の欠点を突いて、動作を直してくれたりするんだ。 ただの弟のくせに、お姉ちゃんの私に教えてくるなんてさ」
「でもまあ、私の弟だからね? ほんのちょっとだけ、彼に習っただけなんだから! ベンジャミンじいちゃんも私の技を褒めてくれたけど、アクちゃんはいつも目立ちたがらないんだよ。 教えてくれたのはこいつなのに」
「そうなのか……」
パーシヴァルはさらに考えを巡らせようとしたが、ふとアクセルの無邪気な顔を目に入れて、その考えは消えてしまった。
「いや、なんでもない。 きっと考えすぎだったんだ。 ただルシアさんの話を聞いて、アクちゃんの実力に少し興味が湧いてきたな。 次に機会があったら、ぜひ彼と手合わせをさせてほしい」
真剣な顔のパーシヴァルを見たアクセルは、どう答えていいかわからず、気まずい苦笑いを浮かべてその場をやり過ごそうとした。
「いいじゃん!」
パーシヴァルの最後の言葉を聞いたルシアは急にやる気になり、すぐさまアクセルのところにやってきて彼の肩に腕を回した。
「私もこいつがどれだけ実力を隠してるのか見てみたいんだよね。 今度彼と勝負したくなったら私に言ってよ。 たとえどこに隠れてても、絶対に引っ張り出してくるから」
「ルシアお姉ちゃん、やめてよ……」
アクセルは小さくため息をつき、呆れたように首を横に振った。 どうやらこの場はやり過ごせそうにない。
こうして、リアナとアクセルはルシアに付き添い、日が沈むまでパーシヴァルのもとで訓練を続けた。
すべては順調だった。 ルシアはこの元聖光騎士のことを非常に認めており、彼が自分を強くしてくれると固く信じていた。
パーシヴァルも同じように、ルシアという少女のことを認めていた。 彼女は、彼が今まで出会った中で最も才能に恵まれた子供だった。
それにルシアは訓練に非常に熱心だ。 パーシヴァルは、彼女がすでに多くの訓練を積んだ大人たちと肩を並べ、あるいは凌駕するほどの実力を身につけているとさえ思っていた。
(少しペースを上げても、彼女ならついてこられるだろう。)
***
初夏の訪れ。 相変わらずの、平穏な一日。
ルシアは訓練に出かけ、リアナは神殿の手伝いと魔術の稽古に行っていた。 父のハクと母のエイシャは数日後に遠出する予定があり、朝早くから旅の支度の買い出しに出かけ、ついでに騎士たちや最近やってきたキャラバンにも挨拶に回っていた。
「はあ…… 本当に平和だなあ」
アクセルはリビングのテーブルにうつ伏せになり、けだるい溜め息を漏らした。
「でも、こんな日がいつまで続くんだろう?」
窓の外からはさわやかな風が吹き込み、鳥たちがさえずっている。 カーテンが風になびき、遮られていた陽光が隙間から差し込んで、床にまだらな影を落としていた。
アクセルは半分目を閉じ、そのまま眠りに落ちようとしていた――
ドアの外から、慌ただしい足音が聞こえてくる。
ドアが開けられ、ハクが息を切らせながら入ってきた。 本来は二階に上がろうとしていたが、リビングをちらりと見渡し、テーブルにうつ伏せになっているアクセルを見つけた。
彼は大きく息を吐き、後ろから小走りでついてくるエイシャを待った。
「あなた、ちょっと待って!」
エイシャの声には焦りがにじんでいた。
「アクちゃんにはきっと理由があるわ。 まずは彼の話を聞きましょうよ?」
「あ、パパ、おかえり」
アクセルは先に入ってきたパパを見て、続いて息を切らせながら入ってくるママを見た。
「ママもおかえり」
パパは怒っているように見えた――だが、表情から読み取れるのは、それ以上の心配だった。 ママは彼の後ろで、目立たないように彼の服の裾を引っ張り、顔には不安がいっぱい浮かんでいた。
「アクセル」
ハクは平穏な口調で話しかけたが、そこにはいつもとは違う雰囲気がにじんでいた。
「今日は出かけなかったんだな」
アクセルは一瞬固まった。 表情からパパの機嫌が悪いのはわかっていたが、フルネームで呼ばれたことで、自分がかなりまずいことをして怒らせてしまったのだと悟った。
「はい、お父さん」
ハクも一瞬固まった。 この子は小さい頃から怒られることがほとんどなく、物事の察しがいい…… 自分が思った以上に感情が顔に出てしまっていたのだろうか?
二人はアクセルの前に座った。 ハクは腕を組み、厳しい表情を浮かべた。
「この様子じゃ、自分がどこで悪いことをしたか、もうわかっているな?」
「いいえ、お父さん。 わかりません」
アクセルはうつむいた。
「もしお父さんが教えてくださるなら、罰を受けて、きちんと償います」
ハクの表情が硬くなった。
謝罪の言葉に不満だったわけではない。 むしろ、この謝罪はある意味で完璧だった。 だが、父親としては、そこが本当の問題だった。
ハクは自分が優れた教育者だと思ったことは一度もない。 子供たちへの教えは、基本的に「してはいけないこと」と「してもいいこと」だけだ。 それらは人としての最も基本的な常識でしかない。 自分は十分にできていないと、彼はいつも思っていた。 エイシャが助けてくれなければ、子供たちをまともに育てられていたかどうかもわからない。
だが、アクセルは違った。
彼は小さい頃から、世間を騒がせるような大きな成果を上げたこともなければ、大きな過ちを犯したこともなかった――あの恐ろしい大災厄の時を除いて。
あの時、ハクは本気で彼を教えようと思った。
人を助けたことを褒めて、これからも続けてほしいと励まそうとした。
怪我をしたことを叱って、自分の体を大事にしてほしいと心配しようとした。
だが結局、彼は口に出すことができなかった。 まともに彼と心を通わせる話もできず、本当に彼が頼れる父親になることもできなかった。 なぜなら、アクセルはいつだって「いい子」だったからだ。
普段から、良いことをして褒められれば、当然のように喜ぶ。 小さな過ちを犯して叱られれば、すぐに謝って直し、償い、さらに前よりも良くしてみせる。
ごく普通の子供で、他人から見れば完璧と言っていい子だ。 だがハクには、どうしても言いようのない違和感があった。
(こんなはずじゃない)
彼が元々思い描いていたのは、父親としての威厳を持って息子を教え、少しのトラブルを経て、親子で心を通わせ、わだかまりを解消する、そんな光景だった。
だが、自分が過ちを犯したかどうかもわからないまま、先にうつむいて謝罪している目の前の子供を見て、ハクは複雑な気持ちになった。
だが、彼は言わなければならなかった。 これが、不器用な彼にできる唯一の、愛情を伝える方法だった。
「一ヶ月前、森の中で怪我をしただろ? しかもかなりひどい怪我を」
「はい」
「村の人から聞いたんだ」
ハクはわざと間を置き、アクセルの様子から何かを読み取ろうとしたが、何も変化はなかった。
「今日パーシヴァルさんが人と話している時に、うっかり口を滑らせたんだ。 その後慌てて取り繕っていた様子を見ると、あなたが他の人に言わないように頼んだんだな?」
「はい」
ハクは激しくテーブルを叩いて立ち上がった。 エイシャはびっくりしてすぐに彼を引き止め、怒らないでとなだめた。 だがハクは座らず、ただアクセルを見つめていた。
「なぜ俺が怒ってるか、わかってるな?」
「勝手に森に入ってはいけなかったことです」
アクセルは答えた。
「イレギュラーなことが起きたのに、パパとママに謝罪も報告もせず、他人に隠してもらって、心配をかけたことです」
「いや、それだけじゃない」
アクセルは少し意外そうな顔をした。 彼はいつもの癖で、パパの表情を読み取って次の言葉に備えようと、顔を上げた。
だが、顔を上げて見たのは、さっきの厳しい口調とはまるで違う顔だった――
そこにはもう怒りのかけらもなく、ただ悲しみと自責の念が浮かんでいた。
「アクちゃんよ」
ハクの声は低くなり、さっきの怒りはすっかり消えていた。
「俺が怒ってるのは、お前がいつも全てを一人で背負い込もうとすることなんだ」
「父親として、俺は本当に不適任だと思う。 お前の本音を、一度もちゃんと聞いてあげられたことがないんだ。 でもパパは不器用で、どうしたらいいのかわからないんだ」
「お前がいつもいい子で、大人をがっかりさせないことはわかってる。 同い年の子よりもずっとしっかりしている」
「多くの時、正しい考え方を教えているのは、むしろお前の方だった。 俺たちが忙しい時も、お前が二人のお姉ちゃんの面倒を見てくれていた。 だけど……」
言葉が喉まで出かかったところで、首をかしげて、満面の困惑で自分を見つめるアクセルを見て、彼は言葉を途切らせた。
「はあ、俺は何を言ってるんだ」
彼は自嘲するように、苦い笑いを浮かべた。
「こんな俺が、父親らしく見えるのか?」
「すまない、さっきのわかりにくい話、お前が悪いんじゃない。 ただパパが不器用で、どう言葉にしていいかわからなかっただけなんだ」
「だけどアクちゃん、過ちを認めて直せるのはいいことだ。 でも俺は、もっとパパたちを頼ってほしいんだ。 お前はまだ子供なんだから…… パパもあまりたくさん言いたくない、はあ」
(今日も結局、昔と何も変わらず、子供との距離を縮められないままなのだろう)
そう思いながら、ハクは背を向け、旅の支度を続けようと立ち去ろうとした。
だが、後ろからアクセルの声が聞こえてきた――
少しすすり泣くような、震えた声。 生まれてから今まで、この子の口から一度も聞いたことのない声だった。
「でもパパ…… 俺は、パパたちに迷惑をかけない子になりたかったんだ」
アクセルの声は震えていた。
「完璧にできるようになりたかった。 そうすれば、パパたちをがっかりさせないと思ったんだ」
ハクは勢いよく振り返った。
彼は驚いた顔でアクセルを見つめ、どう対応していいか全くわからなかった。 オロオロしながらエイシャの方を見ると、妻も同じような目で自分を見ていた。
「パパはそんなこと思ってない」
ハクは歩み寄ってしゃがみ込み、自分が泣かせてしまったようなアクセルを、後ろめたい気持ちで見つめた。
「外に遊びに行くのは安全に気をつけなきゃいけないけど、パパが言いたかったのは…… あの…… アクちゃん、泣かないで。 パパもママも、お前がどんな姿でも、ずっと愛してるんだ」
「でもパパ……」
アクセルの瞳には涙がいっぱいに溜まっていた。
「俺は怖いんだ。 完璧にできなかったら、最後には全てを失ってしまうんじゃないかって」
「よく恐ろしい夢を見るんだ。 夢の中で俺は何もできなくて、ただ全てを失っていくのを見ているだけなんだ――あの日がまた来て、今度は俺がちゃんとできなかった時みたいに」
(あの日? 数年前の魔王軍の侵攻、あの大災厄のことか?)
ハクの頭の中に、戦場でたくさんの人を守り続けた小さな姿がよぎった。 だがすぐに、目の前の、瞳を涙で濡らした子供の姿がそれを塗り替えた。
「アクちゃん、怖くない」
ハクは不器用に手を伸ばし、涙を拭ってあげようとしたが、手を出すことができなかった。
「パパもママも、ずっとお前のそばにいる。 だから泣かないで、いいな? な、エイシャ?」
「うん、うんだよ!」
エイシャはようやく我に返り、不器用な夫がまた変なことを言わないように、急いで言葉を継いだ。
「うちの可愛い子…… そうだわ、いつも欲しいものがあるって言ってたじゃない? 明日パパたち遠出するから、欲しいものを言ってちょうだい。 買って帰ってあげるわ」
彼女もしゃがみ込み、優しい目でアクセルを見つめた。
「そうすれば『失う』ことじゃなく、『手に入れる』ことになるでしょ? だから…… アクちゃん、泣かないで、いい?」
アクセルは体を向け直し、袖で目元を力いっぱい拭った。 もう一度前を向いた時、彼の顔にはいつもの笑顔が浮かんでいた。
「パパ、ママ、ありがとう。 欲しいものいっぱいあるから、絶対買って帰ってきてね」
このあまりにも早い表情の変化に、夫婦は一瞬、この子がわざとこうしているのではないか? と疑った。
だが、目元に残った拭いきれない涙の跡を見て、そんな考えはすぐに消え去った。
(たとえそうだったとしても、どうってことない。 これが、俺たちのアクちゃんなんだ)
「わかったわ、わかった」
エイシャは笑った。
「ママが約束してあげる。 欲しいもの、言ってちょうだい。 あなた、早く紙とペンを持ってきて、メモしなさい」
ハクは我に返り、すぐに引き出しからノートとペンを取り出し、エイシャの後ろに立ってメモする準備をした。
「じゃあ遠慮なく言うね――」
アクセルは首をかしげ、手を顎に当てて、いつもの考え事をするポーズをとった。
「まずは美味しいもの! 甘いやつがいいな。 大きな街はこっちと違って、通りに何件もパン屋さんやレストランがあるんだって。 そういう美味しいものが食べたい」
「わかったわ!」
エイシャは真剣に頷いた。
「ママが魔術で全部新鮮なまま保ってあげるから、アクちゃんが思う存分食べられるようにしてあげるわ」
「うんうん! あとね――ぬいぐるみが欲しい。 ブサカワいぬいぐるみ。 街にはこっちにないいっぱいの種類があるんだよね? そういうのがいいな」
「ブサカワい?」
エイシャは少し考えて、前にアクセルが自分で作って見せてくれたぬいぐるみのことを思い出した。
「前にアクちゃんが自分で作ってくれたやつみたいなの? 白黒で、ぽっちゃりした…… 鳥?」
彼女は笑った。
「いいわよ。 ママもそういうぬいぐるみすごく好きだから、もしかしたらいくつか多めに買っちゃうかも」
「うんうん! パパ、ママ、ありがとう。 以上!」
「いい子ね、アクちゃん。 気分は少し良くなった?」
エイシャは彼の頭を優しく撫でた。
「絶対に買って帰ってあげるわ。 あなた、全部メモできた?」
「ああ、メモした」
ハクはノートを見ながら言った。
「美味しいものとぬいぐるみ、だな?」
エイシャは顔を曇らせ、鋭い目で彼をにらみつけた。
「あら? 詳細は? そんな数文字しかメモしてないの?」
「ち、違う! 詳細もちゃんと書いた、見てくれ!」
エイシャはハクの耳をつまみ上げ、アクセルのお願いをもう一度復唱させ、彼のいい加減さをたしなめた。
――
いつも自分のことを想ってくれる二人の親を見て、アクセルは自分がとても幸せだと感じた。
だけど……
(俺はこんなに幸せでいいのだろうか?)
(彼らに言った言葉に、嘘は一つもない。 むしろ、全部本心だった)
(だけど、俺はこんな幸せを持つ資格がないんじゃないか、といつも思ってしまう。 俺は本来なら……)
彼は首を横に振った。
(俺って、本当にこうなんだよな。 根っからの悲観主義者で、幸せな時に限って、どうでもいいことを考えてしまう)
(もう過ぎたことなんだ。 俺にとっては)
(なのに、どうしてまだ心が痛むんだ? もう乗り越えたはずなのに……)
......
「どうしたの、うちのアクちゃん?」
エイシャは彼がぼんやりしているのに気づき、優しく頭を撫でた。
「悲しまないで。 すぐに帰ってくるから、絶対――絶対――いっぱい美味しいものも楽しいものも買って帰ってあげるわ」
アクセルはここでようやく、また涙が流れていることに気づいた。
「まったく、今日はどうしたんだ?」
ハクは呆れたように笑った。
「普段は俺たちを安心させてくれるのに、今日はすごく普通の子供みたいだな。 パパたちがしばらくいなくなるから、寂しいのか?」
彼は首を横に振り、まるで息子を文句言っているような口調だったが、口角の笑みは隠しきれていなかった。
「これじゃあダメだぞ。 お前が本音を話してくれるのはすごく嬉しいけど、アクちゃんは男の子だから、パパみたいに強くならなきゃ。 俺たちがいない間は、お姉ちゃんたちの面倒を見てあげてくれな?」
「まったくもう!」
エイシャは彼をにらみつけた。
「またうちの可愛いアクちゃんにプレッシャーをかけようとしてるの? ダメダメ!」
「いや…… そんなつもりじゃ…… すまない!」
エイシャはアクセルを抱き寄せて守るようにした。 ハクはまた自分の不器用なせいで雰囲気を壊してしまったことに気づき、隣でうつむきながら何度も謝っていた。
「大丈夫だよ、ママ」
アクセルは彼女の腕の中から顔を出した。
「俺を信じて。 パパも。 絶対にちゃんとやるから!」
彼の言葉を聞いて、さっきまでハクをにらみつけていたエイシャの目は、たちまち溺愛に満ちたものに変わった。 彼女は彼の黒い髪を優しく撫でた。
「無理しちゃダメよ」
「うん!」
――
翌朝。
エイシャとハクは、家の三人の子供たちに別れを告げた。 キャラバンの馬車が遠くに停まっているため、早めに出発しなければならなかった。
この時、キャラバンと護衛を担当する騎士たちは、森の入り口で準備を進めていた。
「リアナちゃん、ルシアちゃん、アクちゃん」
エイシャは一人ひとりを順に見つめた。
「私たちがいない間、ちゃんと自分の面倒を見るのよ。 どうしても解決できないトラブルがあったら、必ず他の大人に助けを求めて。 だけど、人に迷惑は絶対かけないでね」
「わかったわ、ママ」
リアナは頷いた。
「わかってるよ!」
ルシアは気軽に応えた。
「うんうん」
アクセルも頷いた。
「パパとママも、絶対に安全に気をつけてね」
三人がきちんと返事をしてくれた。 夫婦はこの三人の子供たちが自分たちの面倒を見られると信じてはいたが、親として、やはりどうしても心配が残る。
「それじゃあママ、続けるわね」
エイシャは指を折りながら言った。
「この数日、あなたたちの『大冒険』が始まる日でしょ? 私たちがいない間、絶対に安全に気をつけて。 ちゃんとご飯を食べて、お風呂に入って、早く寝るのよ」
彼女はアクセルの方を向き、頭を撫でた。
「アクちゃん、お姉ちゃんたちの面倒をちゃんと見てあげてね」
アクセルは力強く頷き、強い眼差しでママに「大丈夫だ」と伝えた。
「あのね、ママ」
彼はふと何かを思い出し、小さな宝石が一つずつついた、軽やかなネックレスを二本取り出した。
「これ、ママとパパに、一人一つずつ」
「わあ、すごく可愛い!」
エイシャは驚きと喜びで目を輝かせて受け取った。
「ありがとう、アクちゃん。 ずっとつけてるわ。 パパたちも、いっぱい美味しいものと楽しいものを買って帰ってあげるからね」
「うん!」
手を振って別れを告げる。
エイシャとハクは旅路についた。 三人の子供たちは、彼らの姿が視界から消えるまで、ずっと手を振り続けた。
「やったー!」
ルシアは大はしゃぎで叫んだ。
「パパもママも家にいない! 今から何でもやりたい放題――ご飯も好きな時に好きなだけ食べられるし、寝たいだけ寝られるし、誰も起こしに来ないし、あとあと――」
「もういい加減にしなさい」
リアナは彼女の話を遮った。
「私とアクちゃんがちゃんと監督するから。 それに、何か忘れてることがあるんじゃない? 私はもう教会に、この数日手伝いに行けないって伝えておいたわ。 あなたは?」
「あはは――」
ルシアは頭をかいた。
「忘れてた。 大丈夫、今すぐパーシヴァルお兄ちゃんに言ってくるから!」
さっと走り去っていくルシアを見て、リアナはため息をついた。 この妹のことは、いつも心配が尽きない。 親たちがいないこの数日、何かトラブルを起こしませんように、と願うばかりだった。
彼女は、隣にいるアクセルをこっそりと見た。
(弟と二人きり…… ちょっと楽しみかも)
「リアナお姉ちゃん」
アクセルは顔を上げた。
「もうすぐお昼になるよ。 ルシアお姉ちゃんが戻ってきて邪魔する前に、先にお昼ご飯の食材を準備しておこうよ」
「本当ね」
リアナは我に返り、笑って頷いた。
「ごめんねアクちゃん。 この数日、家には私たちだけになるのね」
「パパたちがいない間、お互い助け合わないとね」
アクセルも笑った。
「ちょっと楽しみだな」
「ふふ…… そうね、アクちゃん。 お姉ちゃんもそう思うわ」
二人はキッチンに入り、食材の準備を始めた。
遠くでは、ルシアが家に向かって全力疾走していた。
これからの日々がどうなるのか、誰にもわからない。 だけど、そんなことよりも、目の前の一日を楽しく過ごすことが、彼らにとって何よりも嬉しいことだった。
***
本編 第一巻 完
後日、間章を追加予定です




