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失うのが怖くて

 神様がいるとしたら、たぶん私は八百万の神に見放されているのだと思う。 

 中学時代、三年間のすべての時間をかけて頑張った吹奏楽部の最後の夏に、予選で敗退した。

 高校時代、二年間片想いをして卒業の日にようやく告白したひとは同性愛者だった。

 社会人になったいま。

 半年前に、婚約者が雷に打たれて死んだ。

 

「神様なんて信じない」


 いつからか口癖になってしまった。

 神様はきっと、私以外の誰かを幸せにする。私は神様に、とことん嫌われているようだ。

 だから、大切なひとを失ったとき、思った。


 神様のばーか!

 大ばかやろう!!

 彼を返せこのヤロー!!!


 とんでもない罰当たり娘である。

 でも、そう心の中で叫びでもしないとやっていられなかった。

 だって……だってさ。

 私のなかの神様だったんだよ。

 あのひとは——彼は。私の大切なひとは。

 私には、神様みたいに輝いて見えたんだ。

 なのに、あっけなく死んじゃうなんて、ひどいよ。

 神様はもういない。

 私はこの先、どうやってひとりで生きていけばいいの……?


***


山名(やまな)さん、進捗はどうですか? コンペは十日後だけど、いいのできそう?」

 午後二時三十分、私の所属するデザイン課に顔を覗かせたのは東京第二営業部の宗岡雅也(むねおかまさや)。私より一つ年下の二十七歳だけど、中途採用で二ヶ月前に入社した私からすれば、彼は先輩だ。

「うーん、ちょっとまだアイデア出してる途中で……」

「そうですか。まだ時間あるし、ゆっくりでいいですよ」

「ありがとうございます」

 山名あゆり、二十八歳。

 二ヶ月前の春に現在のパッケージ会社に中途採用で就職を果たした。

 以前は不動産会社の総務として働いていたけれど、どうしてもデザイナーになりたくて、受け入れてくれる会社を探した。大学でデザインを学んでいたことが功を奏し、ようやく辿り着いたのが現在の職。が、思っていた以上にハードな仕事に、日々てんてこ舞いだ。

 雅也とは同じチームで、十日後に行われるコンペでお菓子の箱のデザインを提案することになった。全国的にも有名な洋菓子店で、大元は大手製菓会社である。そこの、新商品のパッケージデザインを提案させていただくことになったのだ。

『私なんかが担当して良いんでしょうか?』

 一週間前、デザイン課の日比谷(ひびや)課長から仕事を任された時には心底驚いた。ほとんど初仕事でコンペなんて聞いていない。でも、課長は「もちろん。期待の新人だからね」と笑って言ってくれた。

『営業部の宗岡くんがぜひうちでデザインを提案したいと掛け合ってくれたそうだ。二人一組で頑張ってくれ』

『……分かりました。ありがとうございます。頑張ります』

 中途採用で入った会社で任された初仕事だ。断るわけにもいかず、仕事へのやる気を見せるチャンスだと思い、引き受けた。

 それともう一つ。

 この仕事を受けようと思ったのには理由があった。

 それは……。

  午後六時。定時を迎えたオフィスではちらほらと席を立つ人が現れた。

「お疲れ様です。お先です〜」

 仕事の早い先輩たちはパソコンの画面を閉めて、颯爽とオフィスから立ち去っていく。

 私も本当は定時で帰りたい気持ちは山々なのだが、まだコンペのデザイン案がしっかりと固まっていない。新人だし、ここですぐに席を立つのは憚られる。とはいえ、じっとパソコンの前に座っていたところで、アイデアが出てくるかどうかは分からない。いっそのこと今日は帰って頭をリフレッシュさせるか、それとももう少し粘ろうか——と考えあぐねていた時だ。私のスマホのバイブ音が鳴った。

 LINEの通知だ。

 誰からなのか、考えなくても分かる。

 スマホを開くと、そこには雅也からメッセージが届いていた。

【お疲れ。今日、この後ご飯でもどう?】

 オフィスで話していた時とは違う、タメ口でのメッセージ。

 気軽に食事に誘ってくるのは、彼、宗岡雅也が私の恋人だからだ。

 雅也と食事か……。

 雅也はロマンチストなところがあって、いつも洒落たお店に連れて行ってくれる。二人できらきらの夜景が見えるレストランに行くところを想像する。すごく、楽しいだろう。

 でも今は、彼と二人でディナーに行きたいという気持ち以上に、仕事に対する不安な気持ちが大きいことに気づいた。

【ごめん。例のデザイン、もう少し考えたいの。コンペが終わったらまたデート行きたいな】

 メッセージを打ちながら、多少の罪悪感に胸が揺れた。でも、不安な気持ちのままデートに出かけたところで、雰囲気をぶち壊してしまいそうで怖かった。

 少ししてから返信が来た。

【了解。俺もチームだから、何かあったらいつでも相談して。また明日にでも一緒に考えよう。頑張ってね】

 優しい彼は私の不安な気持ちを理解してくれたようで、心底ほっとした。

 雅也とは入社してチームで仕事をするようになり、打ち解けた。年下だが、会社の仕組みや人間関係について色々と教えてもらううちにとても頼りがいがあるひとだと分かった。雅也から「実は、あゆりさんに一目惚れをしたんです」と告白をされたのはつい一週間前。私たちはまだ、付き合い始めて一週間の新米カップルだった。

 だからこそ、怖かった。

 この先、大事なひとをまた(・・)失うのかもしれないと思うと。 

 怖くて、雅也との付き合いに慎重になっている自分がいた。


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