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2022年9月上旬 期待のルーキー

2022年9月上旬編 (2/2)

前話からの続きです。

虫の声に囲まれた夜の工事現場で、微かに混じる異質な音が耳に残っていた。

周囲を見回しても、そこには重機と土砂の山しかない。不穏な気配だけが、じわじわと胸に溜まっていく。


「小さくても構いません。異常があったら知らせてください」


メインヒーローの三条が、トランシーバー越しに全員へ指示を出す。

深夜の工事現場だ。人払いは必要ない。ヒーローとクリーン総出で、エニグマを捜索している。


現場はそこまで広くない。それでも、どこにも姿が見えなかった。

重機の内部か、土砂の中に潜り込んでいる可能性もある。経験上、こういう「見つからないエニグマ」は、たいてい碌なことにならない。


月明かりがわずかに陰り、足元が見えづらくなった。


「重機の下、見てみるか……」


七尾が、俺と片岡に声をかける。

片岡がうなずき、台車を引いてトラックの下へ潜り込んだ七尾を待つ。


「七尾さん、どうですか?」


「ダメだね……見当たらない」


そう言いながら、台車に背中を預けて仰向けのまま戻ってくる――その途中で、七尾の動きが止まった。


目が見開かれ、口が小刻みに動いている。


「七尾さん?」


声をかけた瞬間、七尾は我に返ったように跳ね起き、トランシーバーに叫んだ。


「エニグマ発見! 上空に浮いてます!!」


反射的に見上げた。

その瞬間、喉が詰まる。


雲に遮られていると思い込んでいた月明かりは、上空に浮かぶ“何か”によって遮られていた。

巨大な影。輪郭すら判別できない。


報告にあった「ドスン」という音を思い出す。

――いつ落ちてきても、おかしくない。


「全員退避! 上空を確認しながら安全な場所へ!」


班長の村越が指示を飛ばす。

俺たちは七尾と片岡を連れ、工事現場の壁際まで一気に駆けた。


「全員、退避完了しましたか。応答がない場合は続行します」


静かな声で三条が確認する。


「……応答なし。攻撃を開始します。古賀さん、法月さん。地上から状況を」


そう言って、三条は足裏に集めた炎の熱で上昇気流を生み、夜空へ舞い上がった。


「こんばんは。できれば暴れないでくれると助かるんだけど」


縦3m、横幅と奥行きはそれぞれ2mほど。

石臼に顔が付いたような形状のエニグマが、三条の呼びかけに応えるように急降下した。


――来る。


三条は即座に炎を噴射した。

エニグマは地面に叩きつけられ、「ドスン」という鈍い音とともに、20cm四方ほどの欠片に砕け散る。


「やったか……?」


誰かの声が漏れた。

だが次の瞬間、欠片が意思を持つかのように蠢き、工事現場の端へと集まり始める。


エニグマは再び形を取り、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。


俊敏ではない。だが、破片になれば移動できる――そんな性質らしい。


三条は間髪入れず、完全に形になる前のエニグマへ炎を浴びせる。

欠片は炎を避けるように散り、何事もなかったかのように再構成される。


落下を防ぐため、下から炎を噴射する三条。

しかしエニグマは二つに分かれ、別々に落下した。


空中で集まり、落ちる。

それを、何度も繰り返す。


攻撃は単純だが、対応が追いつかない。

三条の表情に、わずかな焦りが浮かび始めていた。


「落ち着いて、偉紀。よく観察してごらん」


古賀の声が、トランシーバーから響く。

その落ち着いた声色に、こちらまで背筋が伸びた。


「了解しました」


三条は短く息を整える。

ヒーローになって2年、メインヒーローは2回目。実戦経験の差は、こういう時に出る。


攻撃を続ける中で、三条の視線が変わった。


「クリーンの皆さん、土の山から離れてください。そこを狙って落下しています」


言われて初めて気づく。

エニグマは、固い地面ではなく、土砂の山にばかり落ちていた。


「古賀さん、細かい隙間の蔓で拘束を。続けて綿で包んでください!」


「了解!」

古賀は少し嬉しそうに返答した。


「俺が火を放ちます。法月さん、陰で覆って!」


作戦が動き出す。


三条の炎に誘われ、エニグマが上空へ浮いた瞬間、蔓が絡みつく。

綿花がそれを覆い尽くした直後、赤ではない――青い炎が噴き上がった。


下にいる俺たちにも、熱が伝わる。

法月の陰が、そのすべてを包み込んだ。


三条は、灼熱を閉じ込めた影を、静かに見つめながら言った。


「固い地面を避けていました。衝撃を嫌っている。なら、逃げ場のない熱をぶつければ勝てると」


30分後。


「鎮火を確認。影を下ろします」


影が地上に降り、月明かりに溶ける。

熱風が頬を掠め、その先には――灰と化したエニグマがあった。


ヒーローの勝利だ。

そして、ここからが俺たちクリーンの仕事になる。


「成岡、急いで温度計持ってきてくれ。灰の温度を図るぞ。その他クリーンは清掃準備を進めてくれ。」

村越の指示を受け俺たちクリーンは、一斉に動き出す。


灰は人肌程度。集塵機で問題なく回収できる。


「集塵機、二台で足りますか?」


「ああ、あの量なら十分だ。手作業も併用しよう」


そこへ、ヒーローミーティングを終えた三条が駆け寄ってきた。


「また……粉々にしちゃって……」


叱られるのを待つ子供みたいな顔だ。

俺と阿部は、思わず笑った。


「今回は楽な方だよ。爆散してない」


「一か所にまとめてくれて助かった」


三条はきょとんと目を瞬かせ、やがてほっとしたように笑った。


「じゃあ照明運ぶの手伝ってくれ、偉紀!」

俺の声に、安心したように三条も笑いクリーンの手伝いをし始めた。


集塵機と箒とちりとりを使い1時間程度でクリーン作業は終了した。

時間は明け方3時半。犬の散歩やらランニングの人が来かねない時間が近づいてきた。あわてて車に乗り込み撤収する。車に揺られながら、虫の声だけが戻った現場を思い出す。


異質な音は、もう聞こえなかった。


今日は、昼まで寝てやろう。

心地よい疲労感に身を任せながら、帰路についた。


次回 1月 12日 21時更新です。

よろしくお願いします。

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