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2022年8月某日 声とホタル

2022年8月編 (2/3)

前話からの続きになります。

真夏のダム湖はキラキラ輝いている。エニグマなどいないかのように……

それは長時間も捜索を続けている側の錯覚だった。


「見当たりませんね……」

和泉がサブヒーローの法月に言った。エニグマの捜索を始めて1時間経過していた。

汗がしたたり落ちる程に、ヒーローもクリーンも動き回って捜索していた。

入口から奥の方へだいぶ来ていた。暑さに体力が奪われる。

「飲み物、取に行ってきましょうか?」

班長の村越へ俺は申し出た。

「そうだな、体調不良者を出しても困るし、お願いしてもいいか?」

「了解しました。」

一人来た道を車の方へ引き返す。立ち入り禁止の看板まで残り100m程所まで走って降りて来た。なるべく早く飲み物を届けなければと張り切っていた。



「お兄ちゃん何してるの?」



男の子の声がした。まさか――そんなはずは……



声のする方を見ると、確かに幼稚園児くらいの男の子が真っ直ぐ俺を見ている。俺は今透過を掛けてもらって作業している。一般人に見えるはずがないのだ……でも――


「俺は飲み物を取りに行くところだよ。君は何してるの?」

恐る恐る話しかける。

「ぼくはね、ホタル、つかまえてたの!」

背筋に緊張が走った。昼間に幼児が見つけられるところに、ホタルはいない。屈託のない笑顔に嘘偽りは、無いだろう。残る選択肢としては――


「へぇ!すごいね。お兄ちゃんにも、ホタルみせてくれない?」

「うん!いいよ!」

何かを中に閉じ込めている両手の隙間から、中を覗く。


「こちら宮部です!エニグマ発見しました!」

「どこ?すぐ行く!」

和泉がすぐに応答した。

「立ち入り禁止まで100m地点……」


「……男の子の手の中です――」


トランシーバーの向こう側で息を吞む音がした。


「エニグマってなに?」

男の子が問いかけてくる。

「お兄ちゃんたちが探してたホタルだったんだけど、毒があるかもしれないから、お兄ちゃんが代わりに持っても良いかな。」

男の子が言いよどむ。それもそうだろう。せっかく捕まえた獲物を渡したくないのは、男の性だ。そこは心は痛むが、大人の悪知恵で言いくるめる。

「手、噛まれて痛いの嫌でしょ。」

やや、間があって男の子が小さな声で

「……わかった。」

「ありがとう。」


逃がさない様に慎重に受け取る。生きてるエニグマを触るのは初めてだった。ほんのり手の内側が熱くなっていくのは、エニグマの属性なのか、自分の緊張なのか分からない。

ただ、脈打つように暖かくなったり冷めたりするそれを逃がさぬよう握り込んだ。


「僕、名前は何て言うの?」

「まさき」

皆が到着するまでの間、男の子を近くとどめておくため話しかけた。

「まさき君か。おれは、つきひって言います。」

「つきひお兄ちゃん!」

まさき君の方がコミュ力が高そうだ。それでも話続けた。

「虫好きなの?」

うーん、と考え込む姿は大人顔負けだ。考え込んだ末の答えは

「かわいいのは、すき!かっこいいのは、怖い……」

かわいい答えに吹き出しそうになっていると、和泉と法月の姿が見えた。


エニグマを閉じ込めた手を見せ、二人を呼ぶ。

「こちらです。」

そっと和泉に渡すと

「お姉ちゃん、それ僕のホタルだからね!」

和泉は視線は合わさないが指先が強張っていた。まさきを無視して手の中を覗く。

「間違いない。エニグマだ。」

低く小声で和泉が言った。やはりそうか……エニグマを手放しただけで肩の荷がだいぶ軽くなった。俺、緊張してたんだな……。


「ぼくの、ホタル……」

まさきが、今にも泣きだしそうになっていた。

「やっぱり毒がある虫だったみたい……」

まさきを説得しようとするが、みるみる涙が溜まっていく。横を通り過ぎる村越が、こっそり何かを手渡してきた。それに目をやると、蛇の噛み跡の傷がつく道具だった。村瀬が黙って頷く。

「まさき君、いっしょに他のかわいい虫探そう!」

「……うん……。」

そう言って意識を他にずらし、まさきのふくらはぎ少し下にさっきの道具を押し当てる。

ごめん、まさき君……

「きゃーーーーーーーー!!!!!!」

「どうした?まさき君!!!」

悲鳴に白々しく答える。ごめん、痛いよね……


「どうした!?」

村越も来て演技し始める。

「ちょっと見せてね……、ヤバイ蛇に噛まれたみたいだ!」

泣きじゃくるまさきを見ながら膝にタオルを巻き処置をしているふりをして、後から来た三上に、俺と村越さんは透過を解いてもらった。


そのまま、まさきを抱き上げ、車に戻り村越が毒抜きをしたように装いながら、俺がまさきの親を探す。

「まさき君のお母さんか、お父さんいらっしゃいませんかー?」


大声で三度目の呼びかけをしてる時、一組の赤ちゃんを連れた夫婦が駆け寄ってきた。

「まさきの親です。まさきはどこですか!」

ずっと探していたのだろう二人とも汗でびしょびしょだ。

「まさき君、蛇に噛まれまして、今上司が毒を吸い出す器具で処置しています。マムシの可能性がありますので……。」

母親の顔が青ざめていく。

「あの子、どこにいたんですか?」

「立ち入り禁止区域の中です。我々、自然保護課の職員でして現地調査を行っている時にまさき君に会い話を聞いている時に誤って踏んでしまったのか噛まれてしまって……」

この自然保護課も、事前のミーティングで話し合って決めている。

「とにかく、まさき君の所へ。」

両親を車に案内すると泣きじゃくるまさきがいた。

母親が駆け寄る。

「大丈夫よ、ママ来たからね。」と抱きしめた。


村越が頭を下げ、両親に説明する。

「我々が近くにいながら、息子さんに怪我をさせてしまい申し訳ございません。しっかりと蛇を見たわけでは無いので毒蛇の処置をして、現在救急車待ちの状態です。」

父親は、息子の頭を撫でながら

「とんでもない、息子を見つけて下さり、応急処置までしていただき、ありがとうございます。」

「お父さん、もし差支えなければ救急車に、私も同乗させていただいてもよろしいですか、医師に行った処置の説明と、掛かった時間など説明が必要になると思いますので。」

村越が丁寧に今後の相談を始めた。病院へ付き添うことで、まさきのフルネームと住所を聞く目的もあるのだ。

両親が承諾し、まさきに母親と村越が救急車で付き添い、その後ろを追うように父親が妹を乗せた車で病院へ向かうことになった。


救急車の出発を三上と見送って、透過を掛けてもらってから現場へ戻る。

「宮部くんも現場発症組だっけ?」

三上が言う『現場発症』とは、エニグマを初めて見たのが現場であったという事だ。俺も、まさきと同じ歳の頃エニグマによる土砂崩れ現場で初めてエニグマを見る『発視ほっし』が起こった。たまたま同じ場所で遊んでいた、三条も同じタイミングだった。

発視が確認されても、すぐにどうのこうのは無い。

「高1の健康診断で、異常言われて自分にだけ事実を知らされる。あれはビビりましね。」

「そうよね、まさき君も、きっとそうなるわね……。」

「はい……。」


『つきひお兄ちゃん!』

その笑顔と泣き顔でなかなか切り替わらない気持ちを奮い立たし、エニグマの元へ戻る。

俺の仕事をしに――行くしかない。


次回 1月 6日 21時に更新します。

よろしくお願いします。

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