2022年8月某日 光の粒
2022年8月編 (1/3)
3話連続エピソードになります。
まるで白昼夢を見ているようだ。
山中にひっそりと佇むダム湖の上で、無数の光が明滅している。
太陽にも負けないほどの輝きを放つ蛍のようなそれらは、静かに、幻想的に、そしてどこか悪意を帯びた気配で、確実に水分を奪っていった。
猛暑が続く太平洋側では、涼を求めて山へ向かう人々が後を絶たない。
避暑地の高原、氷穴や鍾乳洞、あるいはキャンプや川遊び。
そんな観光客の車列に紛れ込みながら、我々――清掃52班を乗せた車は、渋滞のど真ん中にいた。
もちろん観光ではない。出動中だ。
アニメのスーパーヒーローのようにマントを翻し、空を飛べたなら、どれほど楽だろうか。
せめて緊急出動なのだから、サイレンと赤色灯があればいいのに。
だが、目立ってはいけない俺たちに、そんな真似が許されるはずもない。
ただひたすら、渋滞に耐えるしかないのだ。
一番年下の成岡が、助手席の村越に声をかけた。
「今回メインの和泉さんって、どんな方なんですか? 自分、初めてで……」
村越は少し言葉を選ぶようにして答える。
「52班と帯同することが少ないヒーローだから、詳しいわけじゃないが……若い女性ヒーローで、水属性の操作技術はピカイチだ。他支部からの応援要請にもよく出ている」
一拍置いて、付け足す。
「ただし、口と態度がクソほど悪い。しかも、同年代から年下にだけな」
立石が会話に割って入った。
俺も思わず「確かに」と大きく頷いてしまう。
今朝の出動ミーティングの光景が、脳裏によみがえった。
「本日の出動でメインを務めさせていただきます、和泉 碧、水属性です。
メインの経験が浅く、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
背筋を伸ばし、堂々とした挨拶。
その瞳は自信に満ちて輝いていたが、若手の多い52班を見渡した瞬間、わずかに曇った。
「サブの法月 翔太です。影属性です。透過ヒーローではありませんが、今回、透過の補助も行います。よろしくお願いします」
影属性のヒーローがメインやサブに立つのは珍しい。
今日のエニグマの詳細が、否応なく気になった。
次いで三上、そして52班の挨拶が続き、現場状況の説明に移る。
「本日の現場は、S市A区I地区、Iダムです。
例年並みの降雨量にもかかわらず、ダム湖の水位が異常に低下しています。
昨日、先発班が調査に入ったところ、無数の光の玉が目撃されました。
エニグマの属性は火、もしくは光と推測されています。
属性次第では、現場でメインをチェンジする可能性があります」
わずかにざわつく室内。
現場でのメイン交代は極めて稀だ。
確かに、炎相手に影は通じないし、光相手に水では拡散させてしまう。
理屈としては妥当だが、厄介な仕事になる――そう考えていたところで、和泉の鋭い視線が突き刺さった。
何もしていないのに。
理由も分からないまま、ミーティングは終了した。
出動時、立石と俺の横をすれ違う際、和泉は周囲に聞こえない低い声で吐き捨てた。
「あんたら、足引っ張んなよ」
表情一つ変えずに。
立石は苦虫を噛み潰したような顔になり、俺の肩に手を置く。
「アイツな……ああいう性格で、同期以下の歳のやつには、クソみたいな態度しか取れない病気なんだ。気にするな」
背中をぽんと叩かれ、出動準備へ戻る。
年下ってだけで睨まれるのかよ……。
気が重たいまま車に乗り込み、今に至る。
渋滞の中でのこの会話に、俺が大きく頷いたのも無理はない。
「なかなか、強烈でしたね」
少しでも重たい空気を和らげたくて、会話に加わる。
「口と態度は最悪だけど、仕事はきっちりしてる。だから文句も言いづらいんだよな……」
立石がため息混じりに言う。
すると村越が、さらっと追い打ちをかけた。
「まぁ、立石はたまにヘマするからな」
「ひどいっすよ! 班長!」
車内が笑いに包まれる。
こういうところが、村越のいいところだ。
重い空気を自然に和らげ、締めるところはきちんと締める。
その緩急が、52班の居心地の良さを作っている。
「立石君、今日は気を抜けないね〜」
西城が茶化す。
「西城さんは年上だから、睨まれなくていいっすよね……」
「レディーに年齢の話はしない!!!」
再び、車内にどっと笑いが起こる。
体育会系だが上下関係が緩い52班は、最高の職場環境だと改めて思った。
三条から聞いた話では、ヒーロー同士はあまり固定のつながりを持たないらしい。
毎回組む相手が変わる以上、深く関わりにくいのだろう。
そんな他愛のない会話を続けながら、車はゆっくりと現場へ向かっていった。
約三時間かけて、Iダムに到着する。
順番に車外へ出ていくと、最後に降りてきた佐々木が大きく伸びをした。
「やっと着きましたね! お尻が四つになるかと思いましたよ〜」
確かに、休憩なしの三時間は体に堪える。
全身がこわばり、尻の感覚も怪しい。
「いつエニグマが出てもいいよう、すぐ支度してください」
和泉がこちらへ歩み寄り、強い口調で指示を出す。
――お前の部下じゃないんだけどな。
「車内ミーティングの通り、班分けして行動してくれ」
村越の声を合図に、クリーンたちが一斉に動き出す。
観光客をダムから遠ざける非透過班。
透過してエニグマ対策を行う班。
俺は透過班に配属された。
映え写真目的の観光客を上手く誘導できる自信がなかったからだ。
探索エリアはすでに立ち入り禁止。
改めて透過をかけ、ダム湖周辺へと足を踏み入れる。
標高は高いが、夏の水辺は蒸し暑く、虫も多い。
「……蜘蛛って、こんなにデカいんすか?」
近くにいた、十歳上の先輩――柚木 愛に訊ねる。
「田舎のは大きいよ。街の倍はあるんじゃない?」
飄々と答えながらも、虫嫌いなのだろう。
枝や大きな葉を使い、露骨に距離を取っていた。
エニグマの目撃地点は、観光客の視線が届かないダム湖の入り江。
今日は観光船も定休日で、まさに討伐日和だ。
――あとは“それ”が姿を現すかどうか。
次回 1月4日 21時 に更新となります。
よろしくお願いします。




