2022年6月某日 師匠と弟子
2022年6月編 (2/2)
前話からの続きになります。
訓練途中に出動命令が下り、1時間半。それぞれの車に乗って現場に到着した。
「やっぱり、落石始まっちゃってるね」
今回の現場指揮を執るメインヒーローの古賀が顔をしかめる。
「クリーン可視状態で車両整理入ります。神崎、立石、誘導棒と反射ベスト着て上下線に分かれて誘導しろ。」
村越が様子を見て指示を飛ばす。交通量は少ないが、安全のためだ。
「私、工事用のウマ(工事現場にあるオレンジと黒のやつ)置いてきます!」
クリーンの片岡が工事現場の囲いを出そうとするので慌てて呼び止めた。
「設置は俺が行きます。女性がやってたら目立つんで」
「そうだった。宮部くんお願いします。」
俺たちは印象に残ってはけない。男の俺が囲いを設置し、他のクリーンの元へ戻ると、三上が笑顔で話しかけて来た。
「宮部君、透過まだだよね。」
「はい、お願いします。」
今回の透過担当の三上に透過をかけてもらう。これで堂々とエニグマを探せる。
……が、エニグマの姿がない。近くのクリーンも周りを探している。
三上のインカムから三条の声。
『三上さん、下にエニグマらしき姿見えますか?』
「こっちは見当たらないわ」
『了解。上も未確認なので、下も警戒を』
「わかったわ」
やり取りを終え、三条は古賀へ向き直り三上から聞いた事を報告した。
「やはり下にもいないようです」
「そっか……」
古賀は地面に手を置いたまま黙り込む。
三条は、古賀の沈黙に言いようのない不安を覚えた。滅多に迷わない古賀が考え込む姿なんて……
「隠れてるなら、自分から出てきてもらおうか」
「え、どういうことですか?」
戸惑う三条をよそに古賀は指示を出す。
「地中に向かって炎を噴射してみてごらん」
「無理ですよ!地表を這うだけです!」
無茶振りに思えたが、古賀は余裕の笑みで続ける。
「地面は一枚岩じゃない。必ず隙間がある。そこに――炎を通す。」
「……隙間……?」
試しに炎を当てると、地表が干上がりひび割れた。
古賀はにやりと三条を見た。
「そうそう。隙間がないなら作ってねじこむ。木の根が伸びるように」
「火を……根みたいに……細く……」
三条の表情が変わった。
「やってみます!」
放たれた細い炎は、まるで意思を持つ根のように地中を進んでいく。
地面から水蒸気が上がり、崖の中腹に黒い影が滲み出して姿を現した。
「よくやった!偉紀」
古賀が飛び出す。本来飛べないはずだが、植物を伸ばして足場を作りながら空中へ。
ツタでエニグマを拘束し、木の上へ着地。
拘束されたエニグマは最初こそ不敵だったが、すぐに焦り始めた。それに向かって古賀は
「地面に隠れるってのは良いアイデアだったと思うよ。普通のヒーローなら見逃してたかもね。
誤算その1。派遣されたのが優秀な炎使いだったこと。
誤算その2。水なら拘束を抜けられると思った? 木は水を吸うんだよ」
エニグマが暴れ、ツタが軋む。一瞬抜け出せそうになったが、すぐに古賀の木やツタによって身動きが取れなくなる。相手がイライラしている事が手に取るように分かる。
次の瞬間何かに驚いたような反応をした。
「気づいた? 君の体の水分、もう半分以下だよ。スイレンの葉だからね、もう戻らないよ」
ツタが一斉にうねり、まるで獲物に群がる蛇のようにエニグマの四肢を拘束した。
そこから伸びたスイレンの葉が水分を吸い取り花が咲き誇るほど、エニグマの体はみるみる萎れていく。
「まぁ最大の誤算は、相手が僕だったことだね。」
古賀がツタを操り、萎れたエニグマを上下に真っ二つにした。割れた破片は囲いの内側に重々しい音をたてて落下した。
満足そうな顔で古賀が自分の力で生やした木の上から村越に声を掛ける。
「村越!破片2つならすぐ片付く?」
「上の土壌が問題なきゃな!」
「わかった、見てくるよ」
戦闘後の自然回復もクリーンの仕事。
木が減ったら木属性ヒーローに依頼して復旧する。
それを古賀は分かっているので、自ら走って行った。
「3本焼失したから植えなおすよ。麻由香さんお願いします!」
上からの古賀の呼びかけに、透過の解除作業をしていた三上が答える。
「はいはい。ゆうちゃん、順番ね」
ヒーローの力で生やした木は一般の人には見えない。
それを見えるようにするのが光属性の“可視化”の能力だ。
三上麻由香は光属性で、可視化も透過もできる、クリーンにとって特にありがたい存在である。
木属性である古賀がいることから崖上部の復旧作業はお任せし、クリーンは崖下のエニグマの回収作業のみ担当することになった。
水属性だったと思われるエニグマは干からびて縮みミイラのようになっていた。
今回のエニグマの破片は二つなので回収作業もスムーズに終わった。
崖上の復旧も終わり、古賀・三上・三条が戻ってくる。
「今日は本当に勉強になりました!」三条の声が弾む。
「一応指導員だしね」古賀が調子よく返す。
「三条くん、他の人の作業も考えながら力を使おうね」
三上が諭すと、三条は素直に頭を下げる。
「すいません、気をつけ——」
「あー・・・俺が火力はいつでも超強火でって教えてたから」古賀が言い淀む。
「ゆうちゃん。一人で仕事はできないのよ。ちゃんと指導するのも師匠の務めなの」
三上が笑顔で言う。口元だけ。目は怒っている。
52班全員、心の中で深く頷いた。
「すいません三上さん。俺、火力の強弱の訓練始めます」
「え?今までやってなかったの?」
「はい。古賀さんに止められてて……」
「っあ!!それ言っちゃダメだって!!!」
「……ゆうちゃん。後で指令室いらっしゃい」
三上の静かな一言で、場の空気は一気に通夜ムードに。
そんな重たい空気の中、俺たちを乗せた車はまだ水たまりが残る道を23支部へ向かって走り出した。
5話まで毎日21時に更新します。




