2022年6月某日 梅雨の日常
2022年6月 編 (1/2)
雨降る夜、木々の間を縫うように、人ではない黒い影が走る。
止まったかと思うと、形を崩してその場から霧のように消え失せた。
奇妙な物音に振り返ると、先ほど消えた黒い影が崖の上に佇んでいる。
ズズズズ……と、何かが土の上を引きずられるような、低く鈍い音を響かせながら。
梅雨特有のジメっとした空気が23支部内に立ち込めていた。
「カラっとした夏が欲しいよ~」
同じ清掃52班のムードメーカー佐々木 綾が嘆く。
「わかるよ綾。でも日本にいる以上、カラっとした夏なんて存在しないのだよ」
西城が肩をぽんと叩いて諭す。このやり取り、今日だけで3回目だ。
飽き飽きしてはいるが、何度も繰り返したくなるほどの湿度に、俺もやられそうになっている。
今日は梅雨の中休みなのか、昨日までの雨は止み、太陽が燦々と降り注いでいる。
おかげで湿度も気温も真夏並みだ。普段は元気いっぱいの佐々木と西城も、さすがに今日はダルそう。
「エアコン付けないとマジで体調不良者出そうですね」
そう話しかけてきたのは、冷静で頼れる一つ後輩の成岡 岳だ。
「誰かが犠牲にならないと、上は分かってくれないのかな……」
遠くを見ながら返す。
「せめてもの救いは、訓練場のエアコンが効いてることだな……」
二つ先輩の男気溢れる立石 海斗が会話に加わった。
23支部には事務棟と訓練棟がある。
事務棟は休憩室、食堂、救護室、メンテナンス室、事務室で構成されているが、救護室とメンテナンス室以外にはエアコンがない。
窓を開けて風頼りだ。
対して訓練棟は、
板張りの広い第1訓練場、岩や土で地形を再現できる第2訓練場、波や水流を起こせるプールを備えた第3訓練場、地下の実験室で構成されており、秘密保持のため基本的に閉め切り。いつでも快適な温度湿度に保たれている。
(なお23支部には屋外演習場もあるので、訓練がいつも快適というわけではない。)
「立石さん、今日の訓練なんでしたっけ?」
「第1で基礎訓練の後、第2でランニングだったはず」
「第1も窓開いてそうですね……」
成岡の恐る恐るの予測に、俺は力なくつぶやいた。
「フラグ立てんなよぉ……」
今日は月曜なので午前中は班ミーティング。
残骸回収や、夏に増えるエニグマの予測などを話し合った。
月曜は班ごと、金曜は全体ミーティング —— ただし出動がなければの話。
ミーティングも出動もない時はひたすら訓練。備えあれば憂いなし……だが、続くと「備えすぎなのでは」と思いたくもなる。
ため息をつきつつ休憩を終え、訓練場へ向かう。
第1訓練場の扉を開けると、涼やかな風が通り抜けた。
立石、成岡と顔を見合わせてガッツポーズ。体が軽くなった気さえする。
「わー!お恵みの涼しさや~」
「生き返る~」
佐々木と西城がエアコン前で天に感謝している。
「二人とも、風の前で溶けてないで集合場所行きますよ」
真面目な片岡 知奈が二人を引っ張っていく。
クリーン全36人と若手ヒーロー7人が集合し、基礎訓練が始まった。
サーキット形式で腹筋3種、背筋、腕立て各20回×3セット。2人1組で行う。
これが準備運動。慣れないと地獄、慣れてくると学生時代と一緒で他のペアと速さを競い始める。
今回は8つ上の兄貴肌な神崎 誠大とバディを組み、立石・成岡ペアとタイム勝負。
若さより筋力で勝った。残りのメンバーを待つ。
「梅雨時期くらいエニグマ減ってくれないですかねー」
冗談で神崎に話しかけると、
「いつでも多いからなーアイツらは。そんなこと言ってると出動かかって、この涼しい第1ともおさらばになるぞ」
「冗談きついっすよ、神崎さん」
続いて20kgのウエイトを背負ったシャトルラン。
村越が班長になってからウエイトは 5kg増えた。
掃除機背負ったり、肉塊になったエニグマ運んだりするから必要だと言われればそうだが、シャトルランは毎度納得できない。
後輩には負けられない、女子にも負けられないプライドで走る。女子は女子で男子を負かしたいので全力。いい勝負になる。
1回目が終わり休憩していると、訓練場の電話が鳴った。
村越が出ると顔が曇る。
「52班、出動命令だ!」
「「「はいっ!!」」」
横から神崎が肘でつついてきた。
「フラグ回収しました……」
「分かっていればよろしいw」
小走りで言い合いながら準備に取り掛かる。
出動車両は、機材トラック、ヒーロー用車、クリーン用車×2の計4台。
積み込みを終え、全員で軽いミーティング。
「今回メインで戦う古賀 勇太郎木属性だ、よろしくね」
30代半ばで背も高くさわやかイケメンな古賀に女子が浮足立つ。
「サブで付きます、三条 偉紀。火属性です。よろしくお願いします」
真面目な三条は言い終わると、キレのあるお辞儀をして隣に向き直った。
「透過サポートの三上 麻由香です。よろしくお願いします」
優しげな雰囲気の、恰幅の良い40代後半ほどの女性、三上が丁寧な所作で頭を下げた。
エニグマ情報の共有が始まる。
「S市K地区の山間道路。崖上から軋むような異音。先発班が黒い影を確認。一般人には崖崩れ予防工事ってことで説明済みです。」
古賀が説明し全員をみわたした。
「現場に出動します。」
「「「はいっ!!!!」」」
出動部隊全員の返事と共に、それぞれの車に乗り込み現場へと向かった。
5話まで毎日21時に更新します。




