第8話:師の魔法と、一瞬の「時間遅延」
神崎零司の罠は、完璧だった。
広域魔力結界を展開する超大型監査用ドローン。そして、そこから放たれようとしている、空間を断裂させる蒼い魔力の刃。九条刹那の最強の切り札である『時間停止』は、結界によって完全に封じられていた。
「抵抗をやめろ、九条刹那。君の力は、我々が管理する」
ドローンのスピーカーから響く零司の声には、勝利を確信した冷たさがあった。
(管理?僕の人生を破壊しておいて、まだ管理だと!?)
刹那のクールな内面が、怒りに燃え上がる。しかし、身体は広域結界の重圧でほとんど動かない。蒼い光は、もはや発射寸前だ。
(このままでは終われない。家族の復讐、そして影山の企みを阻止するまで――!)
その時、刹那のポケットの中で、通信魔導具が微かに振動した。音声通信ではない。極めて微細な魔力信号だ。それは、霧島冴子からの、緊急の指示だった。
【冴子の指示(魔力信号): 『時間停止』は使えない。だが、結界は魔力の流入を阻むもの。魔力の放出は止められない。全魔力を、能力の『極小出力・時間遅延』に込めなさい! 】
刹那の脳裏に、冴子の教えが鮮明に蘇る。彼は時間魔術を「停止」という形でしか使えないと思い込んでいたが、師はかつて言った。
「時間魔術は、停止だけではない。遅延も、加速も、全て時間の認識の歪曲よ」
「くそっ、賭けだ!」
刹那は、自身の極限まで疲弊した魔力回路に残る、最後の魔力を全て掻き集めた。それは、ドローンの結界が感知できないほどの、極小の魔力だ。彼はその微細な魔力を、蒼い光が収束する空間に、狙いを定めて放った。
「――『極小出力・時間遅延』」
世界は停止しない。だが、零司が放とうとしていた蒼い魔力の刃、その収束点周囲の空間だけが、わずか0.5秒だけ、時間の流れから切り離され、遅延した。
この0.5秒の遅延は、刹那の魔力にとっては限界だったが、物理的な効果は絶大だった。
零司の攻撃は、0.5秒ずれたことで、刹那の身体ではなく、彼が立っていた地面のわずか数センチ横を通過した。
ズオンッ!
空間の裂け目が地面を叩き、強烈な爆発音と土煙が舞い上がる。刹那は衝撃波で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。全身が軋む。
「馬鹿な……!あの魔力結界の中で、どうやって時間魔術を……!」
ドローンの中から、初めて零司の声に驚愕の感情が混じった。彼の予測は、わずか0.5秒の遅延によって打ち破られた。
「逃がさない!」 零司は即座にドローンを操作し、次なる攻撃を準備させる。しかし、その刹那、上空から轟音が響き渡った。
夜空の暗闇を切り裂くように、巨大な火の鳥が出現した。それは炎の属性を極限まで圧縮した、冴子の『属性支配』による最高位の攻撃魔術だ。
「撤退しなさい、神崎零司!これは、私の戦いだ!」
冴子の声が、炎の鳥と共に夜空に響き渡る。
「霧島冴子!やはり、君は徹底的に法を冒涜するのか!」
零司は怒りを露わにした。彼は、刹那の復讐行の裏に、元幹部である冴子の支援があることを確信した。
冴子は火の鳥をドローンにぶつけるのではなく、ドローンの周囲の広域魔力結界を狙った。炎と結界の魔力が激しく衝突し、夜空に眩しい光が散乱する。
「この隙に逃げなさい、刹那!そして、二度と私を頼るな!」
冴子は、自らの魔力全てを結界の破壊に注ぎ込んでいた。結界は一時的に弱まり、刹那の身体から重圧が解放された。
「冴子さん……!」
刹那は地面を蹴った。もう、躊躇はない。彼は研究棟の壁に駆け寄り、冴子の最後の力を信じて、力を振り絞る。
「『極小出力・時間遅延』で、防壁の魔力回路を停止させる!」
彼は微細な時間魔術を、冴子が弱体化させたばかりの防壁の回路に流し込んだ。回路は停止ではなく、極めて緩やかな遅延状態となり、一時的にその防御機能を失った。
ガシャン!
刹那は防壁を破り、極秘研究棟の闇の中へと飛び込んだ。
その直後、冴子の火の鳥は消滅し、ドローンの広域結界が再び展開された。零司はドローンのカメラを研究棟の入口に集中させたが、刹那の姿は既に闇の中に消えていた。
「霧島冴子……。そして、九条刹那の、あの時間魔術の応用力。予測を越えた。だが、もう逃げ場はないぞ」
零司はドローンを研究棟の上に静止させ、冷たく宣言した。
(特務部部長・影山。君は、家族の仇。君を断罪する。そして、零司。君の正義が、どれほど脆いものか、ここで証明してやる)
刹那は、研究棟の暗い通路を駆けながら、内なる復讐の炎を燃やし尽くす覚悟を決めた。彼の復讐は、ここから、『裏切り者』との直接対決という、最終決戦の様相を呈し始める。
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