第7話:闇の中枢へ潜入と、雫の予感
特務部部長・影山。彼こそが、二年前、刹那の家族を死に至らしめ、その上で彼の能力を無効化しようと画策する「裏切り者」の最有力候補だった。
刹那は、影山が籠もる魔法庁の極秘研究棟へ潜入するための計画を、師である霧島冴子と共有していた。
「極秘研究棟は、旧時代の魔術防壁で守られている。現在の魔法庁のエリートでも解除は難しいわ」
冴子は、研究棟の設計図が描かれたホログラムを見ながら、眉をひそめた。
「でも、旧時代の魔術防壁は、現代の魔力回路とは別系統だ。それが逆に、僕の『時間停止』の隙になる」 刹那は冷静に分析する。彼の頭脳は、復讐計画の実行において、常に冷静なプロの戦略家として機能する。
「その隙を突くのはいい。だが、影山はあなたを待っているかもしれない。彼は、あなたの能力を知っている。これは、復讐という名の罠の可能性もあるわ」
「罠だろうと構わない。僕の家族の命を奪った責任を、彼に取らせる。そして、彼の開発している『対時間魔術兵器』を破壊する」
刹那の瞳には、一切の迷いがなかった。復讐の炎は、すでに彼の存在そのものと一体化している。
潜入決行の日の午後。学校の教室で、刹那はぼんやりと窓の外を見ていた。明日は、影山への復讐を決行する日だ。これが、彼の復讐劇の最大にして、最悪の山場となる。
「刹那くん」
声をかけられ、振り返ると、一之瀬雫が立っていた。彼女の顔には、いつもの明るさだけでなく、微かな翳りが見える。
「何だ」
「あのね、私、昨日、すごく変な夢を見たの」
雫は少しうつむいた。
「夢の中でね、あなたが、すごく冷たい水の中に沈んでいくの。そして、その水の上から、誰かがあなたを助けようと手を伸ばしているのに、あなたはそれを拒否して、どんどん深く沈んでいくの……」
刹那の胸が、一瞬、強く締め付けられた。彼女は『回復魔術』の使い手であり、その感受性は非常に強い。彼女の「予感」は、彼の孤独な戦いを象徴しているようだった。
「ただの夢だ。気にするな」
刹那は、いつものクールな仮面を貼り付け、淡々と答える。
「違うよ、刹那くん。私、昨日からずっと、胸騒ぎが止まらないの。ねえ、あなた、本当に大丈夫?危ないこと、しない?」
刹那は立ち上がり、雫の頭にそっと手を置いた。
「大丈夫だ。僕は、約束がある。必ず、生き残る」
彼はそう言って、優しく微笑んで見せた。その一瞬の笑顔は、彼のクールな外面の裏にある、純粋な「守りたい」という感情の表れだった。
(雫。君の温かい手は、僕の復讐の業には触れさせない。僕が、全て終わらせる)
深夜1時。魔法庁の地下深くにある、極秘研究棟の周辺。人影はない。静寂の中、刹那は研究棟の強固な外壁の前に立っていた。
「零司は、今頃、東京から遠い場所で『法』を追いかけているはずだ。ここには、誰も来ない」
彼は黒曜からの情報を信じ、周囲の警戒レベルが低いことを確認した。
刹那は懐から、冴子から受け取った旧式魔導具を取り出した。これは、旧時代の防壁の魔力回路を、一時的に「停止」させるためのツールだ。
彼は魔導具を外壁に押し当て、自らの魔力を流し込む。魔導具は軋みを上げながら、古い防壁の魔力回路に干渉し始めた。
「あと、五秒……」
魔導具のランプが赤く点滅し、刹那は周囲の気配に最大限の注意を払った。
その時、上空から、極めて強い魔力反応が感知された。
(何だ!?この巨大な魔力……!)
刹那は顔を上げ、夜空を見上げた。そこには、光を反射する巨大な飛行物体が静止していた。それは、魔法庁の超大型監査用ドローンだ。
ドローンの下部が開き、そこから一筋の蒼い光が、刹那に向かって収束していく。それは、空間を歪ませる、神崎零司の『空間断裂』と同じ系統の魔力だ。
「まさか……!黒曜、あんた、僕を騙したのか!」
黒曜の「零司は遠方にいる」という情報は、偽りだった。零司は、監査チームを遠方に派遣し、自身は東京に残り、超大型ドローンを使って、刹那を待ち伏せていたのだ。
「残念だよ、九条刹那」
ドローンの中から、零司の冷徹な声が、スピーカーを通じて響き渡った。
「君は、君の『時間停止』を信じすぎた。そして、君の協力者である情報屋の予測も、僕の法と秩序の前では、容易に破られる」
零司は、刹那の復讐が「情報戦」に特化していることを理解し、あえて裏をかいたのだ。
「君の復讐は、ここでおしまいだ。君の能力は、このドローンが持つ『広域魔力結界』の前では、発動することすらできない」
ドローンが発する広域結界によって、刹那の魔力回路は圧迫され、彼を包む空気が重くなる。
(くそっ、このままでは『時間停止』が使えない!そして、ドローンからの攻撃が来る!)
刹那の額に冷や汗が流れる。彼の眼前で、ドローンから放たれる蒼い光の収束が、空間を裂く刃となって、発射寸前まで高まった。
「法と秩序を乱す者よ。今こそ、断罪の時だ」
絶体絶命の窮地。刹那は、目の前の極秘研究棟への扉を破ることもできず、背後の逃走ルートも零司の広域魔力結界によって封じられた。彼の復讐の旅は、最も重要な局面で、冷徹な「法」の壁に挟み撃ちにされたのだ。
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