第11話:回復魔術の抵抗と、黒曜の「再会」
九条刹那は、極秘研究棟から街へと向かって全速力で走っていた。彼の身体は『零距離・超短縮』の反動で悲鳴を上げている。魔力回路は焼きつき寸前だ。しかし、彼の心を突き動かすのは、ただ一点、雫の安否だけだった。
(影山……!僕の家族だけでなく、雫まで巻き込むつもりか!)
その時、刹那の通信魔導具が激しく振動した。今度は音声通話だ。
「やあ、復讐者様。今、急いでる最中かい?」 声の主は、黒曜。
「黒曜!貴様、零司に偽情報を流したのか!?雫が危ない!」 刹那は怒りをぶつけた。
黒曜は、電話の向こうで楽しげに笑った。 「流してないよ。零司には、君が研究棟に来るという『真の情報』を与えた。彼が、君の行動を予測し、僕の流した『遠方の不正情報』を偽物と断定し、監視を続けるだろうと予測したんだ」
「何だと……!?」
「簡単な話さ。神崎零司の『正義』は、『法』と『秩序』。君の復讐が、彼にとって最も脅威になると知れば、彼は他の不正を無視してでも君を追う。僕の情報は、彼の行動を操作するための餌でしかない」
刹那は、黒曜の謀略の深さに、改めて戦慄した。この男は、人の信念すらも、自分のゲームの駒として利用する。
「雫の居場所を教えろ!」
「大丈夫。彼女の居場所は、君のいる場所から最も近い、西口側の路地裏だ。回収部隊は既に接触している。だが、君が到着するまで、彼女は時間稼ぎをしてくれるだろう」
黒曜はそう言い残すと、通信を切った。
刹那はルートを修正し、西口路地裏へと向かう。
西口側の薄暗い路地裏。雫は、魔法庁の黒い制服を着た回収部隊四名に完全に包囲されていた。彼らは、影山の指示のもと、雫の『回復魔術』を『対時間魔術兵器』のキー素材として確保しようとしていた。
「抵抗をやめろ、一之瀬雫。我々は君を傷つけるつもりはない。ただ、協力を願う」 回収部隊のリーダーが、冷たい声で言った。
雫は両手を胸の前で重ね、微かに震えていたが、その瞳は強い意志を宿していた。 「嫌です。私は、この力で人を傷つける手伝いはしない。ましてや、刹那くんの敵になるようなことは、絶対に」
彼女の身体から、優しい緑色の光が、脈動するように路地裏に広がり始めた。それは、彼女の持つ回復魔術の、純粋な癒やしの力だ。
「馬鹿な。回復魔術師が、戦闘で我々を相手にするつもりか」
「戦闘じゃない」 雫は、かすれた声で言った。
「――『広域治癒』!」
彼女は、全魔力を込めた回復魔術を、周囲の空間に放出した。回復魔術は、攻撃能力を持たないが、その癒やしの波動は、回収部隊の体内の疲労や小さな魔力負荷を、強制的に取り去った。
「なっ……何だ、この感覚は!」 「体が急に軽くなった……?」
回収部隊員たちは、その急激な体調の変化に戸惑った。雫の狙いは、彼らを無力化することではない。彼らの動揺を生み出し、刹那が到着するまでの時間を稼ぐことだ。
その一瞬の隙をつき、雫は路地裏の奥へと走り出した。
「追え!逃がすな!」
回収部隊は雫を追いかけるが、その時、路地裏の入口に、一人の男が立ちはだかった。
「おやおや、優しき回復魔術師を追いかけるなんて、野蛮な人たちだねぇ」
その男は、黒いパーカーに身を包んだ黒曜だった。彼は、路地の壁に寄りかかり、常に余裕のある笑みを浮かべている。
「情報屋!なぜお前がここにいる!」 回収部隊のリーダーが、警戒の声を上げた。
「なぜって?ゲームの駒が、次のステージへ行く手伝いさ。それに、この奥は『僕の縄張り』。君たちには、これ以上進ませない」
黒曜はそう言うと、手にした小型の魔導具を起動させた。路地裏の地面に、無数の幻影が湧き出す。それは、回収部隊自身を模した、リアルな幻影だった。
「『幻影操作』!幻術を使うつもりか!」
「ご名答。さて、君たちは、自分自身と戦うのが得意かい?」
黒曜の介入により、路地裏は混乱に陥る。回収部隊は、幻影と現実の区別がつかなくなり、同士討ちを始める寸前だった。
ドォン!
その時、路地裏の屋根を蹴って、九条刹那が舞い降りてきた。彼の身体からは、疲労と魔力過多の熱気が立ち上っている。
「刹那くん!」 雫は、彼の姿を見て、安堵と恐怖の入り混じった声を上げた。
「雫!無事か!」
刹那は、回収部隊を幻影に任せ、まっすぐに雫の元へ駆け寄る。
「やあ、刹那。遅いよ、復讐者様。君のヒロインは、君の到着を信じて、頑張って時間稼ぎをしたんだ。感動的だね」 黒曜は、幻影の混乱を楽しみながら、刹那に話しかけた。
「借りは必ず返す。この恩は、命に代えても」 刹那はそう言い残すと、雫を抱きかかえた。
回収部隊のリーダーは、幻影の混乱を力で振り払い、刹那に向けて魔法を放とうとした。
「逃がすか、復讐者!」
「――『時間停止』」
刹那は、雫を抱えたまま、二人を包む極小の空間に対して、渾身の力を込めた『時間停止』を発動した。周囲の世界は動いているが、回収部隊のリーダーの身体だけが、魔法を発動する一瞬で0.5秒だけ静止した。
0.5秒で、刹那は雫を連れて路地裏の影へと跳んだ。そして、時間が再開した瞬間、回収部隊のリーダーの魔法は、虚空へと放たれた。
「行くぞ、雫。もう、僕のそばから離れるな」 「うん、刹那くん……!」
刹那は、幻影による混乱と、黒曜の笑顔に見送られながら、闇の中へと消えていった。
黒曜は、混乱する回収部隊を見下ろし、楽しげに笑った。 「さあ、これで神崎零司の『法と秩序』は、完全に怒りに震えるだろうね。ゲームは、ますます面白くなってきた」
彼の瞳の奥には、刹那の復讐と零司の断罪の行方を、楽しむ策士の顔があった。
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