第10話:決別の『クロノ・ストップ』と、ゼロ距離の断罪
極秘研究棟の出口。九条刹那の瞳は、怒りと焦燥で燃え盛っていた。彼の目の前には、超大型監査用ドローンと、静かに待ち構える神崎零司が立ちはだかっている。
「影山に、雫を誘拐させはしない!道を空けろ、零司!」 刹那は、初めて零司に対し、感情を露わにした声で叫んだ。
零司は静かに、眼鏡のフレームを押し上げた。 「君の行動原理は、常に『復讐』と『感情』だ。それが、君の敗因だよ、刹那。君が今、向かう場所も、向かう時間も、全て予測済みだ。君はここで法の管理下に入るべきだ」
零司の言う「管理下」とは、広域魔力結界により『時間停止』を封じられた状態での、絶対的な拘束を意味する。
「お前の『法』は、裏切り者の悪事を見逃し、大切な存在を傷つける!そんなものに、何の価値がある!」
刹那は、迷いを振り切るように地面を蹴った。零司の真横を強行突破し、雫の元へ急ぐ。
「無駄だ」 零司は、刹那の動きを完全に読んでいた。彼は右手を突き出すと、広域魔力結界の圧力を一点に集中させ、刹那の身体に叩きつけた。
ゴオォン!
刹那の全身が、見えない壁にぶつかったかのように弾き飛ばされ、コンクリートの地面に叩きつけられる。激しい痛みが走るが、彼はすぐに立ち上がった。
「これが、お前の『正義』か!」
「これは秩序だ。君が法を乱す限り、僕は君を断罪する」
零司はドローンの広域結界を維持しつつ、自らも一歩踏み出した。彼の右掌に、蒼い魔力が収束する。
「この状況で、君に逃げ場はない。『空間断裂』で、君の逃走ルートを全て切断する」
零司は、空間の刃を連続して放った。そのすべてが、刹那の逃走を阻むように、彼の周囲のコンクリートを鋭く切り裂いていく。空間の裂け目が次々と発生し、刹那は寸前で回避するのが精一杯だった。
(くそっ!このままでは、雫が……!)
刹那は、自分の無力さを痛感した。最強の能力が封じられている今、彼はただの魔術師に過ぎない。
その時、彼の脳裏に、黒曜の皮肉めいた声が響いた。 「復讐は孤独な旅だ。だが、君の力は、感情の炎によってこそ、真価を発揮する」
そして、雫の笑顔が脳裏に浮かんだ。 「私、何でも治すから。困ったら言ってね」
「支える人がいる」――その言葉が、彼の心を突き動かした。
『時間停止』が使えないなら、『停止に近い状態』を作り出せばいい。
刹那は、全身の魔力を、広域結界の圧力を無視して、強制的に右掌に凝縮させた。それは、彼の魔力回路が、文字通り「爆発寸前」になるほどの、無謀な行為だった。
「零司……!僕の復讐は、守るべき存在のために、初めて正義に変わる!」
彼は、凝縮した魔力を零司に向けて、ゼロ距離で放出した。
「――『零距離・超短縮』」
それは、広域結界が解除されるのを待たずに、極めて狭い空間(零司の周囲の半径1メートル)に対して、極めて短い時間(0.1秒)だけ、強制的に時間停止状態を打ち込む、刹那の新たな奥義だった。
ドオンッ!
広域結界の圧力が、刹那の放出した魔力によって一瞬だけ弾かれる。
零司の身体は、魔力の刃を放とうとした、たった0.1秒だけ、停止した。
刹那は、その停止した0.1秒の間に、渾身の力を込めて、零司の腹部に一撃を叩き込んだ。
ガッ!
0.1秒後、時間が再開した瞬間、零司の身体が大きくよろめいた。彼の眼鏡がずり落ち、初めてその冷徹な顔に、苦痛の表情が浮かんだ。
「……ぐっ!この魔力結界を……突破しただと……!」
零司の放とうとした空間の刃は、魔力の乱れによりあらぬ方向へと逸れ、研究棟の壁を切り裂いた。
「これが、僕の復讐の流儀だ、零司。お前の『法』を、僕の『時間』でねじ曲げてやる!」
刹那は、魔力暴走寸前の身体に鞭を打ち、零司を突き破って走り出した。零司は、苦痛に耐えながら、すぐにドローンに指示を出すが、刹那のスピードは、既に限界を超えていた。
「逃がすな!追跡しろ!」
刹那は、雫がいる方向へ、命がけで駆け出す。彼の心は、復讐の炎だけでなく、大切な人を守るための「守護の炎」によって、強く支えられていた。
その頃、雫が歩く薄暗い路地には、魔法庁の黒い制服を着た回収部隊が、彼女を包囲し始めていた。
「一之瀬雫。我々は、君の回復魔術を『対時間魔術兵器』の調整に利用する。静かに従え」
雫は恐怖に震えながらも、瞳の奥に強い光を宿していた。
「嫌です。私は、刹那くんを治すために、この力を使うんだから!」
彼女の身体から、微かに優しい緑色の光が溢れ出し始めた。それは、彼女の持つ『回復魔術』の、抵抗の意志の現れだった。
物語は、「復讐」から「救出」へ。そして、「法」と「感情」の激突は、第二幕へと突入する。




