第1話:秒針が止まった街の影
第10作目の投稿です。
今回は、パラレルワールドを舞台に、『復讐』というテーマで作成してみました。
九条刹那は、この世界が「似ている」という事実を、時々ひどく皮肉に感じる。
それは東京。見慣れたスクランブル交差点があり、コンビニエンスストアがあり、制服姿の学生がスマートフォンを片手にせわしなく行き交う街だ。だが、この世界――平行世界では、交差点の巨大ビジョンに魔法使いのランキングが表示され、学生たちは当たり前のように魔力の基礎理論を学ぶ。そして、この一見平和な日常の裏側を牛耳っているのが、彼の復讐のターゲット、魔法庁だ。
放課後。刹那は賑わう校舎の喧騒から逃れるように、古い図書館の最奥にある、普段誰も使わない自習室にいた。窓の外、夕焼けに染まる街並みはいつも通り美しい。しかし、彼の時間の感覚は、周囲の人間とは決定的に異なっている。
(秒針は、今も動いている。だが、あいつらの時間はもうすぐ止まる)
胸の奥で燻る復讐の炎は、二年前に彼の家族を奪った魔法庁の幹部たちを、一人残らず焼き尽くすまで消えることはない。
「ねえ、刹那くん。またこんな所に隠れて」
突然、自習室の重いドアが開き、一之瀬雫が立っていた。彼女の髪は夕焼けを浴びて淡い金色に光り、その瞳はいつでも世界を優しく映し出している。彼女の登場は、刹那のクールで抑制的な日常に、常に予期せぬユーモラスな「乱入」をもたらす。
「隠れてるんじゃない。集中している」
刹那は手にしていた古めかしい魔導書を閉じ、淡々と答えた。その本は、魔法庁によって閲覧を禁じられた非合法な「禁書」の一つだ。
「あ、それまた難しそうな本。私にはさっぱり分からないや。でも、刹那くん、全然集中してないでしょ?だって、窓の外ばっかり見てるんだもん」
雫はそう言うと、彼の向かい側の席にストンと座った。彼女の無邪気な指摘は、鋭く刹那の心臓を突く。彼はつい、その純粋さに対して皮肉を言いたくなる。
「君の魔力感知能力は、僕の視線の先にあるビルにまで届くのか。大した回復魔術の使い手だ」
「ええ?回復魔法と視線は関係ないよ。ただね、刹那くん。あなたが窓の外を見るときって、いつも誰かを探している目をしているから」
雫の言葉に、刹那はわずかに息を詰めた。彼女には、自分の内側の荒廃がどこまで見えているのだろうか。
「今日は帰りに、駅前のカフェに寄らない?新作のメロンソーダが、すごく美味しいんだって」
刹那は即座に拒否の言葉を紡ごうとしたが、ふと、その誘いに乗ることで得られるメリットに気が付いた。
「いいだろう。ただし、五分だけだ」
「五分?五分じゃ飲めないよ!」
「五分あれば、この世の全てを終わらせることもできる。メロンソーダを飲み干すことぐらい、造作もないことだ」
刹那は立ち上がりながら、心の中で今日のスケジュールを再確認する。今夜、魔法庁の中堅幹部である「藤堂」が、非公式なルートで違法な魔導具の取引を行う。それが、彼の復讐の最初の一歩だった。
カフェでの五分は、刹那にとって永遠のように長く、同時に一瞬のように短かった。雫の底抜けに明るい会話は、彼の冷え切った心を一時的に凍結解除させる。その瞬間、彼は自分がただの「高校生」として振る舞えることに、奇妙な安堵を覚えた。
「じゃあ、私、こっちの道だからね。また明日!」
雫が別れを告げ、人混みの中に消えていく。その背中を見送りながら、刹那は心の中で囁いた。
(ごめん、雫。僕の時間は、もう誰かの時間のために使うことはできない)
午後8時。指定された取引現場は、魔法庁が管理する魔力集積所の地下通路だった。コンクリートの壁は薄暗く、魔力の残滓が冷たい空気となって肌を刺す。藤堂は既に到着しており、取引相手と口論している最中だった。
「ふざけるな!この『虚無の砂時計』は、確かに上位時間魔術師しか扱えない代物だと聞いたぞ!」
藤堂が怒鳴る声が、地下に響く。 刹那は壁の陰に隠れ、自らの心臓の鼓動を聞いた。高鳴る鼓動は、彼が生きていることの証であり、復讐の実行を告げるファンファーレでもあった。
(ここから、僕の戦いが始まる)
刹那は右手をゆっくりと掲げた。掌のタトゥーのように刻まれた魔法陣が、微かに青い光を放つ。
「この世界は、腐りきっている。だが、僕の時間は違う」
彼は魔力を極限まで集中させ、全身の細胞が軋むのを感じた。膨大なエネルギーが彼の全身を駆け巡り、脳が警鐘を鳴らす。この魔法を使うたびに襲われる疲労感は、命を削っている感覚に近い。だが、ためらいはなかった。
「――『時間停止』」
世界が、刹那を中心に凍りついた。
藤堂の怒鳴る声は途中で途切れ、取引相手の男は手を振り上げたまま静止している。空中に舞っていたチリや、水滴までもが完璧に停止した。色の彩度を失った世界で、動いているのは刹那ただ一人。
藤堂の顔の前に立ち、刹那は凍りついた男の瞳を覗き込む。そこには、ただ虚無だけがあった。
(これが、僕の復讐の道具。そして、僕の正義だ)
彼は、藤堂の懐から、違法取引の証拠となる魔導具と書類を抜き取った。復讐の第一歩は、魔法庁の「正義」の建前を崩壊させることから始まる。
証拠を確保した後、刹那はポケットから小さな符を取り出した。それは、師である霧島冴子から渡された、一時的に記憶を操作する魔術符だ。
(記憶を改竄し、藤堂が証拠を処分したと見せかける。僕は、ここにいなかった)
彼は藤堂の額に符を貼り付け、その記憶を操作した。全てが完了するまで、凍りついた世界でのわずかな秒数が流れる。
全てを終え、刹那は静止した世界の中で、深く、深く息を吸い込んだ。
「――解除」
世界は一瞬で色彩を取り戻し、時が動き出す。
「――代物だと聞いたぞ!」
藤堂の怒鳴り声が続き、彼はハッと自分の懐に手をやった。
「な、ない!消えただと!?貴様、今、何か……!」
藤堂は刹那の姿に気づかず、取引相手の男に掴みかかる。その混乱に乗じて、刹那は素早く地下通路の暗闇に紛れ込み、現場を離脱した。彼の役目は終わった。残りは、魔法庁内部の自浄作用が働くのを待つだけだ。
しかし、魔力集積所の出口に差し掛かったその時、彼の耳に、静かで冷徹な声が届いた。
「君か。九条刹那。まさか、このレベルの時間魔術師が、僕の管轄内にいるとはね」
地下の薄暗い通路の先に、一人の青年が立っていた。制服ではない、質の良いダークスーツに身を包んだ、銀縁眼鏡の男。その瞳は、冷たい氷のように刹那を見据えている。
神崎零司。魔法庁のエリート魔術師にして、刹那の復讐行を阻む最大の障害となるであろう男だった。
「残念だよ、刹那。法に則らない君の行為は、どんな大義があろうと悪だ。今すぐ、その手を止めろ」
刹那は全身に電撃が走るような衝撃を受けた。なぜ、この男が自分の名前を、そして能力を知っている?疲労で重い身体を押して、彼は冷たい声で問い返す。
「法だと?腐敗した法に、何の正義がある。僕は、僕のやり方でしか、復讐は遂行できない」
「復讐と、正義は違う。そして、君が何者であろうと、僕の秩序を乱す者は、ここで断罪する」
零司は淡々とそう言い放つと、右手を前に突き出した。その掌には、紫色の禍々しい魔力が渦を巻いている。
「君の『時間停止』を破ることはできない。だが、空間は別だ」
零司の放った魔力が、刹那の周囲の空気を歪ませる。
『空間断裂』。
次の瞬間、彼の目の前に、絶対零度のように冷たい、透明な空間の「裂け目」が、一直線に、そして容赦なく迫ってきた。
(……くそっ!)
刹那は、肉体を極限まで酷使したばかりの状態で、ライバルとの遭遇という最悪の幕切れに直面した。彼の復讐劇は、早くも絶対的な「秩序」の壁にぶち当たったのだ。
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