3-2
この場にいる二人の観客――国王アルドリックと執事ウィン――は、この衝動的な再会をもちろん目の当たりにしている。
数秒の抱擁の後、ルナはハッと我に返るのだが。
(しまった...! 王子様に抱きつくなんて、これは不敬罪にあたるのでは...!?)
昔のように、王族と平民の身分の隔たりが著しくある文化ではないのだが、それにしても淑女としてのマナーを問われたら、いただけないだろう。
…もう手遅れだと思うが…ルナは慌ててエルリックから体を離し、顔を真っ赤にして後ずさる。
「あ、ああっ…!エルリック殿下、大、大変申し訳ありません!嬉しさのあまり、つい…不敬をお許しください……!」
ルナは顔を伏せ、心臓をバクバクさせながら謝罪の言葉を述べる。
慌てふためく様子に対して、エルリックは完全に動揺を隠し、一瞬で魅惑のプリンスの表情に戻っていた。
彼は謝罪するルナに優しく一歩近づいた。
プツン……と、どこか糸が切れたように、漆黒の瞳が一層その色気を発揮する。
ルナの前に優雅に膝をつくと、貴族の流儀でそっとルナの髪の毛の一房を取り、そこに軽いキスを落とした。
「不敬などと。とんでもない。嬉しい気持ちは十分伝わったよ、ルナ。でもね……」
ルナが息をのむ間もなく、彼はその小さな唇を、次にルナの手のひらへと運び、再度愛を込めたキスを捧げた。
「会いたかったのはわかるけど、今のは、僕だけにしてね」
窘めるような言葉とは裏腹に、彼の声は甘く、クスッ…と笑う顔には蠱惑的な色気が漂う。
そして、エルリックはルナの耳元にそっと顔を寄せ、囁いた。
彼の吐息がルナの首筋をくすぐる。
「……会いたかったよ、僕の可愛いルチェ」
幼い頃の愛称を囁かれ、ルナの顔は一気に熱くなった。
彼の純粋な好意に"魅了"の魔力は込められていない。
魔法に頼らずとも、素の感情で照れるルナを見て、エルリックは満足げにニヒルに微笑むのだった……。
──しかし、この一連の流れを見ていた執事は、これ以上、宮廷の風紀の乱れを許容できなかった。
ウィンは音もなく一歩前に進み、氷のような青い瞳でルナを一瞥する。
「ルナ様。そのような振る舞いは、王家の方々に対し無礼にあたります。今後、公の場ではお控えいただくようお願いいたします。」
彼の声は静かだが、その中には強い咎める響きが込められていた。
それは彼がルナに浴びせた、初めての直接的な叱責だ。
しかし、その場を救ったのはアルドリック国王だった。
一連の様子を国王は驚くこともなく、すぐに状況を理解し「ははは!」と豪快に笑った。
「ウィン、堅いことは言いなさんな!エルリック……お前は相変わらずルナ嬢にだけは大胆だな。ルナ嬢も、変わらない」
国王は全ては語らないが、ルナと会えない間のエルリックは、約束もしていないルナが来るのを待っていることが多かったのだから。
隠れんぼで、いつまでも見つけてもらえない子のように。
国王の温かい言葉のおかげで、場の空気は一気に和んでいた。
ルナは照れながらも国王の優しさに感謝した。
「アルドリック国王陛下、お恥ずかしいところをお見せしてしまい……誠に申し訳ありません」
そして、改めて真剣な表情で支援への感謝を述べた。
「そして、改めてですがこの度、祖父の遺したささやかな洋菓子店の開店に際し、このような大きなご支援を賜り、心より感謝申し上げます。陛下の期待に応えられるよう、精一杯努めさせていただきます……!」
国王は満足げに頷いた。
「うむ、その心意気があれば十分だ。私も楽しみにしているよ。さあ、もう時間も遅い。エルリックは公務に戻りなさい!ルナ嬢。今日はゆっくり休みなさい。」
エルリックは名残惜しそうに、ルナを見つめた。
「承知いたしました、父上。……ルナ嬢、私は残念ながらここで失礼しますが、近いうちに必ず貴女の店を訪れます。約束ですよ。」
彼はルナに意味深な、そして甘い笑みを残し、静かにサンルームを後にした。
ウィンも国王のおかげで場が収拾したことに、安堵したはずだった。
──ふ、と。
抱擁から解放されたルナの髪に残る、エルリックのキスの痕を視界の隅で捉える。
彼の心がなぜか、ザワつき続けていることには……気づかぬふりをするのだった。
ウィンは、静かに自身の持ち場に戻った。
再び完璧な無表情の仮面を被り、ティーポットを手に取る。
そのザワつきが何なのかなど、考えることを拒否するように。
(彼女こそ、王族の間に持ち込んではならない『魔法使い』なのだろうか……)
彼の青い瞳は一瞬だけ、ルナを見つめて揺れていた。
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